落胆
秀康の口から出された声は小さく呟かれたものであったが、何らかの覚悟を決めた意思が言葉に込められていた。
(儂に与えるという力とは一体どのようなものなのだ? それが儂にとって満足できるものなら、命と交換でも構わん。儂の手で父を討てるならば儂は全てを失っても後悔はせぬ)
父家康によって道具のように扱われ、人生を台無しにされた。
挙句の果てには毒を盛られ、命をも奪われようとしている。
このまま死ねば、何の価値もない生涯を送った事になる。
ならば、己の手で父を討たねば死に切れないと切実に思った。
『儂に与えると言った力とは如何なるものなのだ?』
秀康は再び「声」に小さく呼びかけた。そして、耳元から「声」が聞こえた。
『衰えた心身を甦らせる事』
『但し、期間は十日のみ』
『十日後には確実に死を迎える』
その言葉を聞いた瞬間、秀康は全身から力が抜ける気がした。
提示された条件はあまりにも期待からかけ離れていたものだった。
わずか十日の期間だけ秀康の健康を取り戻せる事だけであり、それでは何も出来すに確実に死ぬ事になる。
(十日程度で何が出来るというのだ。父への復讐は徳川家の天下を崩壊させる事以外にあり得ん。戦国を生き抜き、三河の小大名から天下人となった父にとって、もう少しで徳川家の天下が安定する事ができる状況なのだ。その安定を儂の手で崩壊させる事が父へのこの上ない復讐になる。わずか十日では兵を挙げることすらも不可能だ)
「力」の内容を尋ねた際に秀康は一つの望みを抱いていた。
病み衰える前の気力と体力を取り戻し、父家康へ反旗を翻し徳川家の天下が崩壊する光景を父に見せつけた上で討ちとる事だった。その為には十年短くても五年以上の時間が必要になる。
(父上は天下人になったが、いまだ天下は安定しているとは言い難い。徳川家に不満を持ち、機会があれば兵を挙げる大名や野に下った多くの浪人には無視出来ぬ実力の持ち主も多いのだ)
秀康は自分の野望が現実を無視した夢のようなものではないと思っている。
徳川家に従属しているが領土を減らされた者や、徳川家から約束された恩賞を関が原の合戦の後に反故にされた者は数多く存在する。
(仮に儂が豊臣家に味方する事を口実に内密に味方を募り、準備を整えて挙兵し近江を押し通って大坂へ行くことができれば秀頼殿を担ぎ挙げ、徳川に不満を持つ大名に決起を促せる事は不可能でないはすだ。徳川家に不満を持つ者が多い以上、徳川家をすぐに倒す勢力を作る事は困難だが勝利する可能性が皆無ではない)
徳川家の武威の前に口にはしないが、内心では不満を持つの者は多くいる。
少しでも徳川家の武威が揺らぐならば反逆を起こす可能性のある大名は少なくない。
伊達家、毛利家、島津家は徳川家から提示された恩賞や約束を反故にされた。
前田家は徳川家に言いがかりを付けられ、藩主の母を人質として差し出す屈辱を味わっている。機会があれば、彼らが反逆に踏み切る事も充分ありえる。
また、黒田家、鍋島家、藤堂家、蜂須賀家、最上家などは徳川家が秀吉の後に天下人になると判断して徳川家に従属しているのであり、徳川家が不利な状況になれば仰ぐ主を変える事もは十分にありえる。
豊臣秀吉恩顧の加藤清正、福島正則とも秀康は交誼があり、説得によっては味方に引き入れる事も不可能でない。そして、真田昌幸、長宗我部盛親など兵を与えれば十分な活躍をする浪人達も数多く野に下っている。
秀頼の義兄として豊臣家の為に行動した事を理由に、秀康が主導権を握る事は不可能ではない。豊臣家の内部にもこのままでは遠からず滅亡すると考える者がいても不思議ではない状況にある。
越前六十万石の主であり、秀頼の義兄秀康が、豊家一門であるを理由に徳川家と戦うと世に広めるだけで、徳川家の天下を揺るがせる事も可能なのだ。
そして、秀康が徳川家に勝てると考えたのはいくつかの理由がある。
ひとつは大坂城が難攻不落といわれるほどの規模をもつ巨大な城であり、容易く力攻めで落とせるような城では無い事を知っている事である。
(父上は老齢であり、まともに戦場で指揮をとれるのは長くても十年が限度だ。そして、十年もの間、大軍を率いて大坂を囲み戦い続けるなど出来るはずがない。いったんは兵を引き再度押し寄せる事を繰り返しながら、戦うしかないはずだ)
もうひとつの理由は徳川家の武威を支えてきた人材が枯渇しつつある事だった。
家康をはじめ、主だった武功のある徳川家の武将は既に亡くなったか、老境にあり兵を指揮する事が時間が経つほど困難になる。
(秀忠は合戦の経験など殆ど無く、関が原の戦いでも真田殿の策に嵌まり武将としての能力が無いことは周知の事実となっている。関が原で武功を立てた弟の忠吉そして多くの武功を立て徳川家を支えてきた康政や直政らも既に世を去った。忠勝も老いている。もう戦場には立てまい。そして父上が死ねば徳川家の武威は崩壊する)
豊臣家、加賀の前田家、豊臣恩顧の加藤家、福島家を味方につけ、大坂に蓄えた財を使って軍備を整えながら、諸国の大名に決起を促す。野に下った浪人達を集め、兵力を増強する事も可能であり、山城、近江などは一国を支配している大名が居ない為、両国を攻めとり越前から将兵を呼び寄せる事も不可能では無いと考えた。
(秀頼殿の母や取り巻き達を理由を付けて監禁、あるいは徳川方の間者の仕業に見せかけて謀殺すれば、大坂に集まった武将を中心に戦うこと出来るはずだ。今の大坂の者達だけで戦うならば多くの大名は味方せぬ)
豊臣秀頼が過保護に育てられ、母や取り巻きの者達が権力を持っているとの話は秀康も聞いた事がある。実際に事実がどうかはともかく、秀頼を神輿として担ぎ戦うには、秀頼の母や取り巻きの者達は邪魔な存在でしかない。秀頼を担いで戦う際に、その者達が邪魔な存在となるならば、謀殺する覚悟を決めていた。
(儂が大坂に味方するなら、限りなく少ないが味方する大名も出るかもしれぬ。少なくとも、世に隠れている浪人達は集められるはずだ。まして天下人の居城であった大坂は簡単に力攻めで落とせる城では無い。太閤殿下が築城した天下人の城であり、内部から裏切り者が出るか、愚劣な策をとらねば容易に陥落せぬはずだ。父上が大坂を攻めるであろうが、簡単に落城はさせぬ。そして時間の経過は焦りとなり父上の寿命を徐々に縮める原因となるであろう。その時期を慎重に見極めて攻勢に出る。合戦に反対するものや和議を望むような愚かな者は始末すれば良い。儂の人生を掛けた戦いの邪魔は認めぬ)
秀康は時間をかけて家康の焦燥感を高め、心労によって健康を害した家康が采配をとれなくなった頃に全面的に攻勢に出て、総大将が不在の敵に戦いを仕掛ける事を考えた。
三河譜代の強兵もその頃には老いて世代が変わっており、将兵ともに合戦の経験をした者が不足している者が多いことに勝機を見出すつもりだった。
しかし、「声」の提示した提案ではその事は単なる夢で終わってしまう。
(たかが十日では、儂が考えた事は所詮幻だな。やはり儂はこのまま死を迎える以外にないようだ。儂はやはり木偶として死ぬしかないのか。たかが十日間か。期待を持たせておいてその程度しか出来ぬとは何の役にも立たない奴らだ……)
秀康が心の中で、自分に期待を持たせておきながら到底納得できない条件を示した「声」の存在を痛罵している時、またもや秀康の耳元で声がした。
『お主の望みは家康を討つ事』
『お主の望みは徳川の天下を崩壊させる事』
『十日で充分のはずだ。だからこそお主に声をかけている』




