表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残された禍根  作者: 長谷川龍二
第一章 後悔
3/82

思案

 父家康の手によって毒を盛られて衰弱した自分に父を討つ「力」を貸す。


 徳川家の為に人生を翻弄され、命すら奪われようとしている結城秀康にとって「声」の提案に応諾したい気持ちはある。だが何故自分に話を持ちかけたのか理由が分からない以上、簡単には返答出来なかった。


(父上を憎悪している者は多い。父に主家を滅亡させられた者や父と戦い敗北して肉親や親族を失った者は数え切れない程いる。父を討つ力を、機会を与えられるなら命を差し出す事を躊躇わない者も多いはず。刺し違えてでも討ちたいと願うはずだ。何故、そのような者達ではなく、儂に話を持ちかけるのだ……)



 秀康は瞑目して「声」が自分を選んだ事を考え、何となくではあるが理由を見つけた。


(父上は徳川家と己を守る為に無実の罪で兄上を自害させ、儂も暗殺するつもりだ。全ては徳川家の天下を維持するという父の野心の為に。儂を暗殺する事も、兄上を無実と知った上で自害に追い込んだのも、父上にとっては当然の事なのであろう。その非情な男が切り捨てた倅の手で果てる最期を迎える。天下人たる父に無様な最期を迎えさせることが、この上ない復讐になるという事なのか……)



 思案に暮れていた秀康の耳に再び声が聞こえた。


『お主の考えている通りだ』


『世の人々から嘲笑される死に様を与える』


『それが我らの望むあの男への復讐なのだ』


『父を憎悪するお主の手で無様な最期を遂げさせる事が我らの望みだ』



 秀康は自身の考えた内容が当たった事を疑問には思わなかった。


 家康は天下人になった。そして、天下人の地位に座るには無数の犠牲者を出さねばならず、非情な人間でなければ耐えられない事を秀康は見てきた。


(天下人の座は山の頂きと同じと思う者は多いであろう。高い山の頂きから眼下に広がる土地と土地に住む者を見下ろす。高みに登り詰めた優越感を得られるなどと勘違いしている者は多いはずだ。実態は、積み重ねられた無数の屍の上に立ち、周りを睥睨する場所であり、積み重ねられた屍の重みと流された血の量に耐える居心地の悪い場所だ。その事を知っているのは屍を踏みしめて頂きに立った太閤殿下のみだ)



 養父の豊臣秀吉は晩年に正気を失い暴君となった。実弟であり豊臣家の重臣大和大納言豊臣秀長亡き後、一人で重みに耐えてきたのが理由ではないかと秀康は考えた事がある。


(太閤殿下は亡き大和大納言様以外、心から信じる事ができる者を傍らに置くことが出来なかった。それ故に大納言様が亡くなってからは己一人で自分が立っている場所の居心地の悪さを、自分が積み上げた屍の山と流した血の多さの重みを耐え続け、そして晩年には耐えきれず壊れた……)



 天下人になるには様々な覚悟が必要になる。天下人の地位を継承するのではなく自分の力で天下人の地位を得るには、徹底的に他人を疑い、冷酷かつ非情になり己以外のすべてを利用し尽し、使えなくなれば平然と捨てるだけの覚悟が必要になるのだ。


(天下人の座に手をかける為には冷酷さ、そして猜疑心の強さが必要だと太閤殿下は知っていたであろう。だが、猜疑心の強さと冷酷さが仇となり、殿下の主君であった織田殿は明智日向守殿に討たれた。故に太閤殿下は多くの者に闊達で気さくに接し、その者達の心をつかむ事と多くの物や土地を与える事でいわば人の欲を満たしてやる事で無用な恨みをかうことを避け、豊臣家と己の身の安全を保もうとしたのかもれん)



 その考えは間違っていないと思ったが、譜代の家臣を持たなかった事が豊臣家に忠義でなく欲をもつ者を引きよせた。また、後継者を早くに得られなかった事が豊臣家を破滅に導こうとしている。欲によって従った者に忠誠心など存在しない。

 

 それは関が原の合戦で多くの太閤子飼いの大名が父に従った事が証明している。


 父の猜疑心の強さを正に身をもって体験している最中、猜疑心の強さと徳川家の安泰に執念を燃やし、自分を暗殺しようとする父への憎悪を強めると同時に、温情を眼に宿して接してくれた秀吉の事を思い出したのかもしれなかった。

 

 仮にそれが実子が産まれるまでの短い期間であっても、不満には思わなかった。


(人質の価値がない儂を亡き鶴松君が産まれるまで、殿下は大切に養育してくれた。家族の温かみを感じたのは、兄上以外は殿下だけだった。鶴松君が産まれた後に結城家に養子に出されたが、それまでは儂に家族として父として接してくれた。武将としての教育も施してくれた。今の儂が武将として恥かしくない振る舞いが出来るのは殿下のおかげだ。その温情を否定することはできぬ。あれが本当の父親の姿ではないのか……)



 関が原の戦い以降、秀康は家康から丁重に扱われたが、家康の眼に猜疑心が満ちていた事を秀康は見抜いていた。幼いころから他人を信じられない日々を過ごした秀康にとって、他人がどのように己を見ているか理解するのは簡単だった。

 

 そして、家康もまた秀康の眼に宿る不満を感じ取ったのかもしれない。


(おそらく父上は儂が今でも父上を憎んでいると思っているのであろう。将軍職の継承を諦め、結城家の先代当主だった義父には申し訳ないが、結城家の当主として松平姓を名乗る許可を得てことで、儂は不満が無い事を表明したつもりだった)



 秀康は徳川家康の次男だが、関東の名門結城家の家督を継承し現結城家の当主である。秀康存命の間は、徳川一門として優遇するが、代が変わればその対応を改めることも考えられた。それ故、義父である結城晴朝の許可を得て、徳川家の一族である松平姓に復することを願い、その許しを得て、徳川一門の自覚を持っている事を示したつもりだった。


(それでも父は儂に猜疑の目を向け、徳川の安泰を図るには儂が邪魔と判断した。両家に縁のある儂を使って大坂の問題を解決するのではなく、豊臣家を滅ぼす事を選び、それに邪魔な存在となりかねない儂を暗殺する。今ではそうとしか思えん。ならば儂は………)



 「声」が聞こえてからどれだけ時間が過ぎたのかも理解できない程、考え続けた。


 そして、自分の考えて導き出した答えに後悔が無い事を確認し、小さく呟いた。


 『力を望むなら、力を得たならばどうなるのだ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ