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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第四章 遺臣
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評定

慶長十二年 閏四月二十二日 越前国


 本多冨正は主だった重臣を城内の評定の間に集めた。


 今村大炊助、江口石見守、久世但馬守、関根織部、土屋左馬助、吉田好寛。

 いずれの家臣も家禄の大小はあれども、家中において秀康の信頼が厚い者か重臣として活躍している者達である。



 家臣の多くを早急に呼び出した冨正はまず詫びの言葉を述べた。


『各々方には急な呼び出しを受け、さぞかしご不快な思いを為されかと存ずる。全ては某の不徳の致すところ、どうかご容赦頂きたい』



 呼び出しを受けた重臣の中には突然の呼び出しに困惑する者もいたが、冨正の表情がかつて見たことの無いほど険しいものであったので、文句を口にする者はいなかった。


 やがて、久世但馬守から冨正に緊急に家臣を招集した事についての問いがあった。


『伊豆守殿、此度の急な呼び出しは何事でござろうか。口にするのも憚られるが、よもや殿の御身に何か異変が起きたので御座るか』



 久世但馬守の発言に集まった家臣たちは頷いたり、考え事をしたりしていた。

 秀康の容態が悪化している事をこの場の重臣達は皆が承知しており、その事を気にしていた。



 冨正は今後の事を考え、家中の者に事実を伝えるべきだと判断した。秀康が病躯を押して駿府に赴いた事を隠し通す事は不可能である。

 

 秀康が身罷った事が表沙汰になればその事を知っていた者たちは、家中の多くの者達から何故主君を止めなかったと非難を受ける事になる。

 

 それは、秀康死後の家中に無用な疑念や対立をもたらすことに繋がりかねない。


 

 冨正は秀康から下知を受けて駿府へ赴いた事を正直に話した。主君の厳命であり口外を固く禁じられた為、広間にいる者達に伝える事が出来なかったと素直に詫びた。


『但馬殿。まずは某が申す事を最後までお聞き頂きたい。某の言葉に納得いかない事もあろうかと思うが、まずは順を追って説明すべきかと存ずる』



 冨正は、秀康から呼ばれ駿府へ赴くように命じられた事から話しはじめた。


『今月の一日に、某は殿から駿府の大御所様へ急ぎ書状を届けよとの厳命を受け、月の始めに国許から駿府まで赴き申した。何故に大御所様に書状を送るのか、某以外の者を使者とする事を何故にお認め下さらないのか、殿はご説明下されなかった。家中にも口外を禁じるとの命を受けたことや書状の内容については何も教えて下されなった故に、方々に話すのが遅れ申した。お許し願いたい』



 久世但馬守、江口石見守らをはじめとする家中の重臣たちは秀康から最も厚い信頼を受けている冨正にすら、秀康が書状の内容を伝えなかった事、冨正を名指しで使者に指名したことに疑念を覚えたが、まずは状況を知ることが最も重要な課題であると判断し、その事を江口石見守が質問した。


『伊豆守殿、駿府の大御所様へ書状と届けたと申されたが、気になる事が御座る。今月に入ってから殿のご容体を含め、殿に関する事柄が全て意図的に隠蔽されているような気がするのだが、伊豆守殿は何か存じておられるのか』



 江口石見守の質問は冨正がどのように説明すべきかを最も悩んでいた事であった。


 冨正自身は駿府城での秀康の言動から、もはや秀康が身罷った事を想定しているが、多くの家臣達はその事を知らない。冨正が迂闊な発言をすれば、家中の内部が紛糾する恐れがあった。


『石見殿。殿は大御所様と江戸の上様に家族として最期の別れを告げると申されて駿府へ赴いて御座る。殿ほどの御方が大御所様のもとへ赴かれた事が周囲の者に知られれば、殿がお望みになられた家族として静かに別れを遂げる事が出来なくなる故、内密に赴く以外に方法が無いとお考えになられても不思議では御座らぬ』



 秀康が家中の一部の者に厳重な箝口令を敷いて、駿府へ赴いた事を知った重臣たちは驚いた。


 だが、秀康の病は悪化の一途を辿っており、死を前に家族に最期の別れを告げに内密に行動したとあれば、親子の別れを告げるべく行動を起こした主君を押し留められなかった事を非難する事は出来ない。



 吉田好寛が、広間の沈黙を打ち破るように冨正に話しかけた。


『伊豆守様、某は駿府に赴いた殿から書状を受け取り申した。伊豆守様に文箱を渡す事、伊豆守様以外に渡してはならぬとの言付けがあった故、昨日の早朝に伊豆守様に書状の内容を確認して頂くようにお頼み致しました。まずは文箱の件について我等にご説明して頂けませぬか』



 吉田好寛は冨正が受け取った文箱の中に、何か今後についての主君からの指示が書かれた書状があるのではないかとの疑問を持っており、あえて文箱の件を口にした。


『昨日ご説明致した文箱の中に今後の事に関する書状があったかと存じまする。まずはその内容を我等にご説明して頂き、その上で何を為すべきかを検討したほうが良いかと存じますが、皆様におかれては如何思し召しでしょうか。憶測で物事を話しても意味がないと存じまする』



 吉田好寛の発言に土屋左馬助が同意した。


『修理殿の申される通りかと存ずる。伊豆守殿、文箱の中に如何なる書状があったのかご説明頂けませぬか。伊豆守殿以外に触れる事を殿がお認めにならなかったならば、よほど重要な事が書かれた書状があったとしか思われませぬ』



 冨正はこの発言にどう返答すべきか迷った。


 たしかに秀康の遺言はあったが、冨正宛ての書状も存在した。そして冨正自身が書状に書かれていた内容に驚愕したのである。


 冨正宛ての書状が存在する事を知るのは亡き秀康と冨正のみである。そして書状の内容を口にすれば、秀康の毒殺に家康が関与していた事、そしておそらくは秀康が家康を手にかけた事を全員に伝えることになる。


 家臣の多くは秀康に対して厚い忠義を持っている。真実を話せばどう反応するか予測できない。

 

 冨正は亡き主君の思いを正確に汲み取らねば、家中の結束が乱れる事を懸念し、自身に宛てた書状の事は説明しないことを決意した。


(殿は当家を守る事を望まれた。某が真実を話せば家中の多くの者は激昂し、直ぐにでも将軍家に叛旗を翻す事にもなりかねぬ。将軍家が当家を攻めるならともかく、今は某宛ての書状の内容は話すべきではない)



 冨正は懐から家臣宛てに秀康が書き残した遺言状を差し出し、広間にいる者達に読むように話しかけ、今後自分達が何を為さねばならないかを口にした。


『恐れ多いことだが、御遺言を残されて駿府へ赴かれたという事は殿ご自身が病から回復する事は無いとお考えになり、駿府の大御所様の元へ親子の別れを告げにゆかれたと考えるべきかと存ずる。残された我らが為すべきは、まず殿の状況を確認すべきであり、それらによって為すべき事が変わる事もありえるかと存ずる』



 冨正の口から出た言葉に広間にいた者達はみな沈黙した。

 

 主君から絶大な信頼を寄せられていた冨正が既に秀康が身罷ったと思われる事を口にした以上、その事は充分にあり得た。



 やがて、沈黙を破るかのように土屋左馬助が言葉を述べた。


『考えたくもない事だが、伊豆守殿が申された事には道理が通っておる。まずは駿府へ使者を送り殿が江戸に向かわれたのか或いは駿府で病いを悪化させ療養されているか、または既に身罷られたのか……。いずれにせよ、何処におられるのか、また既に身罷られたのかを知らねば、我らとしても動きようが無い。駿府だけでなく江戸へも使者を出してどうであろうか』



 土屋左馬助の発言に関根織部が同意して言葉を続けた。


『皆様方の申される通り、まず我らが為すべきは殿が如何なる状況におわすかを知る事かと存じまする。伊豆守様をはじめとする大身の方々には家中を纏め、殿の御遺言をはたす準備を進めて頂き、その間に江戸へは某が、駿府へは修理殿が使者として赴き状況を調べてみては如何でしょうか』



 冨正を除く他の出席者は織部の意見に同意した。まずは秀康がどのような状況にあるかを知らねば動きようが無いという事で重臣達の意見が纏まったと言える。


 出席者を代表して今村大炊助が冨正に声をかけた。

 

 多くの重臣達の意見は纏まったが、家中で最上位にある冨正が意見を異にすれば、議論を続けなければならなくなる。多くの者達は冨正が普段浮かべたことがない険しい表情を崩さない事を不安に感じ、今村大炊助が冨正の意見を求めた。



『伊豆守殿。皆の意見が概ね纏まったと思われるが、如何される御積りか。某もまずは状況を把握せねば何事も出来ぬと思うが、伊豆守殿のご意見を伺いたい』



 冨正は険しい表情を崩さずに、今村大炊助の意見に同意した。


『某も各々方の申す事に同意致す。まずは殿の事を早急に調べねば我らも迂闊に動けぬ。申すに憚りがあるが殿が身罷られたならば江戸へその旨を急ぎ知らせ、忠直様への家督相続についての許可を頂かねばならぬ。駿府と江戸に使者を送り、その返事があるまでは家中での殿に関する流言飛語を禁止する。使者については先程、織部殿が申された人選で問題ないかと存ずる』



 評定の終わりに、冨正は出席した者達に釘を刺した。


『各々方には既にお分かりかと存ずるが殿の事に関する迂闊な発言は避けて頂きたい。当家に関する奇妙な噂を立つような事があれば、江戸から詮議の使者が来る事もあり得る。当家が何故に幕府から制外の家の扱いを受けているか各々方はご承知かと存ずる。殿に関する事柄がはっきりするまではくれぐれも慎重に振舞って頂かねばならぬ。憶測で殿の事を語る愚か者は処分をせねばならぬ状況である事をお忘れなきようご対応頂きたい』



 冨正は結城家を幕府が特別な扱いをせざるを得ないのは秀康の存在があるからだと婉曲に伝え、家中で迂闊な事を言い出す者は厳重に処分する旨を口にして、評定を終えた。



 評定の間に一人残った冨正は心中で今後の事を考えていた。


(当面はこれで問題が起きる事はあるまい。だが、間違いなく今後幕府から何らかの事を申してくる事は疑いない。どのように対応すべきか考えておかねばならぬ。上様の傍らで知恵を付けるとなれば、彼の御方以外におるまい。佐渡守様を欺く事が出来ねば当家を守り抜くことも、殿の御無念を晴らす事も不可能になる。手強い御方だが負ける訳にはゆかぬ)


 冨正は主君秀康の無念をはらす為、悪辣な策を用いる事すら考えた。


(佐渡守様は事の真実を知ろうと信頼できる者、いやご自身で越前まで赴かれるかもしれぬ。ならば某が佐渡守様と刺し違えるか謀殺すればよい。某が秀康様が身罷られた事で乱心したと思わせる言動をとればそれは可能だ。左様な卑劣な事をすれば亡き殿は激怒なさるかもしれぬが、それでも構わぬ。佐渡守様さえ欺くか亡き者にする事ができれば、真相は闇に消え去り、当家は守れる)



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