↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/120

第九十八章:孫権は、劉備軍が強くなりすぎたことを恐れた

孫権のもとに届いた報告は、劉備軍の勝利だけを記していた。

赤壁で共に戦ったはずの相手が、今は荊州の城を次々に掌握している。

周瑜は地図を広げ、「曹操を退けた後に、もう一つの強国を育てたことになります」と告げた。

孫権は答えず、指で長江の流れをなぞった。

呉にとって川は命綱だ。

劉備が川の上流を押さえれば、明日の商いまで左右される。

呉の使者が劉備の陣に来た。

表向きは祝辞だったが、質問は港の税と軍船の数に集中した。

龐統は笑顔で茶を勧め、孔明は答えられる数字と答えられない数字を分けた。

俺は使者を市場へ案内した。

そこで見せたのは兵器ではなく、船から荷を下ろす木製の滑車だった。

呉の商人は目を輝かせたが、使者は顔を曇らせた。

「軍にも使えるな」

俺は頷いた。

「だからこそ、市にも使える形で残したいんです」

その晩、劉備は俺に尋ねた。

「呉の民は我らをどう見ると思う」

俺は少し考えて答えた。

「勝った軍として恐れるでしょう。だから商いの道を閉ざさない約束が必要です」

孔明は水運の共同管理を提案し、龐統は港ごとに争いを裁く役人を双方から出す案を加えた。

関羽は不服そうだったが、黄忠が静かに言った。

「矢を放たずに済むなら、それに越したことはありません」

孫権は呉の将を集め、劉備軍への警戒を強めるよう命じた。

ただし軍船を出すことは許さなかった。

周瑜が「今戦えば、曹操が息を吹き返します」と言ったからだ。

孫権は窓の外の川を見た。

「ならば、戦わずに我らの利益を守る道を探せ」

その言葉が届いたとき、俺はようやく息をついた。

戦を避けるにも、戦に勝つのと同じくらいの知恵がいる。

俺たちが向かったのは江東の評定と荊州の作戦会議だった。

孫権の家臣が荊州の帰属をめぐって強硬論を唱える。

赤壁で曹操の大艦隊を破ったとはいえ、荊州の城や街道がすべて味方になったわけではない。

戦が長引けば、せっかく救った民がまた飢える。

俺は地図の端に、兵糧の残りと一日の消費を小さく書き込んだ。

呉の使者は市場の滑車を見た翌日、荷役の職人を一人連れて帰りたいと言った。

職人は技を教えることには賛成したが、故郷に残る母を案じていた。

俺は技術を独占しないための図を渡すと申し出た。

しかし呉の役人は「図だけでは直せない」と言う。

孔明は両岸から職人を派遣し合う期限付きの取り決めを提案した。

龐統はさらに、滞在中の工賃と帰還の保証を文書にした。

川の支配を争う前に、ひとりの職人が家に帰れるかどうかで、両軍の信用が試されていた。

俺の仕事は市場の食料価格を記録し、民の暮らしの回復を測ることだった。

職人を呼び、炊事係と荷運びの兵を集める。

机の上の図では簡単でも、現場で使える形にするには手間がかかる。

最初の試みでは思うように進まず、年配の職人が「手を動かす前に現物を見ろ」と叱ってくれた。

やがて、武力衝突を避けながら、劉備は荊州の統治を固めた。

報告を受けた劉備は、勝利を祝う前に「民に被害はないか」と尋ねた。

俺は負傷者の名簿を持って前へ出た。

完璧な戦などない。

だから、少しでも被害が小さく済んだことを確かめるまでは喜べなかった。

孫権の使者が去ると、作戦の話し合いには妙な静けさが残った。

張飛は戦の支度を急ごうとしたが、孔明は江東の港で働く商人の名簿を広げた。

俺は船大工に頼んで、川を渡る荷の封印札を作った。

敵か味方かを決める前に、往来を絶やさない方法を探す。

その難しさを皆が感じていた。

呉の使者が帰った後、周瑜から別の書状が届いた。

軍船の修理に必要な木材が上流から来なくなったという。

こちらが港を押さえた影響だ。

孔明は「意図せず相手の首を絞めていました」と認めた。

龐統は商人を呼び、軍用材と家屋用材を分けて通す案を出した。

俺は船大工に頼み、木材の寸法を揃える目印を作った。

船に使う板は長さが揃わなければ継ぎ目から水が入る。

だが材木をすべて軍に回せば、冬を越す家を建てられない。

孫権の側にも譲れない事情があった。

長江の港を失えば、塩と米の値が上がる。

周瑜は使者に「劉備の善意を信じるだけでは国は守れぬ」と言い聞かせた。

使者は再び劉備の陣へ来て、木材の流通量を記録する共同の記録帳を求めた。

俺は返却した船の現物を示しながら、数字の改ざんを防ぐため両軍が一部ずつ控えを持つ案を説明した。

使者は「戦の道具より面倒だな」と笑った。

「面倒だからこそ、剣を抜かずに済むんです」と俺は答えた。

関羽は呉の警戒を聞き、「敵となれば我らは戦う」と言った。

劉備は否定しなかった。

「だが敵にしない道があるなら探す」

その夜、俺は港で船大工と食事をした。

呉の者も荊州の者も、焼いた魚の骨を器の端へ寄せる仕草は同じだった。

国境を引くのは地図だが、食卓に引かれた線はまだ薄い。

俺はその線が濃くならないことを願った。

翌日、港には呉の船大工が二人やって来た。

彼らは滑車の形を見て、木軸に砂が入りやすいと指摘した。

俺は悔しかったが、実際に回すと確かに軋んだ。

二人は薄い木の覆いを付ける案を示し、こちらの職人が固定方法を工夫した。

国境の向こうから来た知恵で、港の道具が一つ良くなった。

争いを避ける理由がまた増えた。

呉の商人が港の秤を確かめると、こちらの秤とわずかに目盛りが違った。

俺は両方で同じ袋を量り、差を帳面に書いた。

小さな誤差が大きな疑いを生む。

周瑜の使者は修理した滑車を見て「これは呉でも使える」と言った。

俺は図を渡し、代わりに船板の防水方法を教えてもらった。

知恵は奪うより交換したい。

長江の夕焼けを見ながら、劉備は「勝っても敵を増やすなら天下は遠い」と言った。

俺は答えず、港の作業を続ける人々を眺めた。

港の倉庫では呉と荊州で使う荷札の形が違い、荷役人が積み間違いを起こしていた。

俺は荷札の角を切る位置で行き先を区別する案を出した。

字が読めない者にも分かるようにするためだ。

試すと雨の日に札が破れ、荷が一つ行方不明になった。

船大工が薄い木札に穴を開ける方法を教えてくれた。

失敗を一つ減らすたび、両軍の商人が互いを疑う理由も一つ減った。

呉の使者が去るとき、俺は改良した滑車の小さな模型を渡した。

使者は驚き、「軍の秘密ではないのか」と尋ねた。

「港で働く人が安全に荷を下ろせるなら、秘密にする理由はありません」

使者は模型を包み、深く礼をした。

長江を行き来するのは軍船だけではない。

その当たり前を、これからも守りたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。