第七十九章:劉備は曹操との決戦を宣言し、孔明と龐統は次の戦場を選んだ
三城を守り抜いた翌日、劉備は諸将を集めた。
曹操は敗れても軍を立て直し、なお南へ圧力をかけている。
「このままでは民が何度も田を捨てねばならぬ」
劉備は地図を見つめた。
「ここで決着をつける」
張飛が拳を握り、関羽は静かに頷いた。
孔明と龐統は互いに目を合わせ、すでに次の戦場を思い描いているようだった。
俺は決戦の前に三つの条件を出した。
兵が十分に食べられること。
負傷者を後送できること。
危険な兵器を無理に使わないこと。
張飛は「相変わらず注文が多い」と笑ったが、劉備は真剣に聞いた。
「すべて守ろう」
孔明は「兵が明日を信じられる軍だけが、長い戦を終わらせられます」と言った。
龐統は「では、敵に長い戦を選ばせぬ策を」と続けた。
工房では新しい軍用車の試作が進んでいた。
車輪の交換を容易にし、荷台を外せば負傷者の搬送にも使える。
別の職人は折り畳み式の盾を軽くし、兵が一人で扱えるようにした。
俺はそれらを並べて眺めた。
どれも火薬ほど派手ではない。
しかし戦いが続くほど、地味な改良が兵の命を守る。
俺は工房の者たちに言った。
「次の戦が終わったら、この技術を村の荷車にも使おう」
出陣の前、劉備は俺を呼び止めた。
「お前はいつも、戦いが終わった後のことを考えているな」
俺は答えた。
「終わった後も、人は腹が減りますから」
劉備はしばらく黙り、それから笑った。
「ならば、勝ってからも頼む」
その一言は褒賞より重かった。
孔明も龐統も、勝つための策を練っている。
俺は勝った後に続く暮らしを守る。
その役目を、もう手放すつもりはなかった。
劉備が曹操との決着を宣言した後、作戦会議室に残ったのは俺と孔明と龐統だけだった。
俺は帰還者用の配給表を見せた。
「敵兵が武器を置いたら、食べさせられますか」
龐統は即座に「食べさせねば、彼らはまた剣を取ります」と答える。
孔明は捕虜を集める場所と農村へ帰す道を地図に描いた。
俺は戦後に必要な鍬と種を数え始める。
戦いの前から負けた者の暮らしを考えるのは、甘いのかもしれない。
だが劉備が求める天下が、飢えた人間を増やすだけなら、俺たちの工夫は何のためにある。
記録に新しい欄を引くと、二人は何も言わず手伝ってくれた。
若い兵は腰を下ろす代わりに、故郷から届いた布包みを開いた。
中には乾いた豆が三粒入っていた。
次の決戦への準備で見た光景がまだ頭から離れないのだろう。
俺は兵糧帳と地図を脇に置き、温かい飲み物を差し出した。
何か言うべきか迷ったが、相手が自分から話し始めるまで待つことにした。
孔明は曹操の主力が南へ進むなら、川と陸路の両方を考えるべきだと告げた。
龐統は水運に目を付けた。
「船の上では、強い兵も足場を選べません」
俺は船で運べる食料と水の量を計算し、湿気を避ける保管法を職人と相談した。
火薬はすでに実戦で使っている。
だが水辺で同じように扱えるとは限らない。
孔明は俺の注意を聞き、「ならば船を使う戦い方そのものを変えましょう」と答えた。
出陣前夜、劉備は兵たちの前に立った。
「我らは曹操を憎んで戦うのではない。明日の田を守るために戦う」
関羽と張飛が兵の列を歩き、孔明と龐統は静かに地図を畳んだ。
俺は最後の鍋を見回り、配給の数を確かめた。
十万の敵を退けた俺たちは、さらに大きな戦いへ進もうとしている。
遠くで川の流れる音がした。
次に孔明が火薬を使う場所は、広い大地ではないのかもしれなかった。
決戦準備の最後に、俺は工房の職人たちへ休みを命じた。
親方は「こんな時に休めるか」と怒ったが、疲れた手で作った道具は戦場で壊れる。
俺は一日交代の作業表を示し、「作り続けるために休んでください」と頼んだ。
親方はしぶしぶ頷き、若い職人たちもようやく椅子に座った。
火薬の管理も、食料の配給も、兵器の修理も、人が続けられる仕組みでなければならない。
その夜、孔明と龐統が俺の工房を訪れた。
二人は完成した荷車を見て、「この車があれば、戦場を選ぶ自由が増える」と言った。
俺は驚いた。
俺にとっては運搬の道具だが、二人には戦略の一部に見えるらしい。
龐統は「あなたの発明は、我々の地図を広くする」と笑った。
孔明は静かに頷いた。
俺は二人の背を見送り、次の戦で必ず全員を帰したいと願った。
軍議の終わり、劉備が戻ってきて俺の手元の紙を覗いた。
「まだ勝ってもいないのに、帰る兵の飯を考えるのか」
俺は頷いた。
「帰る先がなければ、勝った兵もまた戦うしかありません」
劉備はしばらく黙り、それから「ならば曹操の兵にも帰る先を残そう」と言った。
孔明が地図に退路を書き込み、龐統が降伏を受け入れる使者の候補を挙げた。
戦の終わらせ方が、ようやく作戦の一部になった。
俺は翌日、次の水上戦について現場の者から話を聞いた。
作戦図の上では整って見えたことも、実際には小さな不都合がいくつもあった。
誰かが道を間違え、誰かが荷を落とし、誰かが食事を後回しにしていた。
俺は一人ずつ理由を尋ね、怒る前に仕組みを確かめた。
失敗した人間を叱れば、その日は静かになる。
だが次から失敗が報告されなくなる。
それでは軍は強くならない。
兵の一人が「こんな細かい話まで聞くんですか」と不思議そうにした。
俺は答えた。
「細かいことが積み重なって、最後に大きな差になるんだ」
出陣を前に、若い兵が帰郷用の食料札を握りしめていた。
「これを使う日は来ますか」
俺は即答できなかった。
孔明がそばに来て、札を奪う代わりに紐を結び直した。
「なくさないように。帰る日まで持っていなさい」
劉備が決戦を口にしたとき、誰もすぐには歓声を上げなかった。
前の戦で弟を失った兵が「今度は畑へ帰れますか」と尋ねたからだ。
劉備はその兵を正面から見て、「帰すために戦う」と答えた。
俺はその約束の重さを覚えておこうと思った。
俺は帰還兵用の食料札を別の箱にしまった。
まだ戦いは終わっていないのに、と兵糧係は不思議そうな顔をした。
「終わった日に慌てないためだ」と答える。
龐統は箱の蓋に『帰る者』と書き、孔明は「その文字を消さずに済むように」と言った。
決戦の準備に、初めて帰郷の準備が加わった。
作戦会議が終わっても、俺は劉備の「決着をつける」という言葉を考えていた。
敵を倒せば終わるのか。
川の向こうには、曹操の兵として徴発された農夫もいる。
孔明にそう告げると、彼は「勝利の後を考えぬ策は半分しか完成していません」と答えた。
龐統は笑わず、「降伏した者が帰れる畑を残しましょう」と続けた。
俺は保存食の配分表に、戦後の帰還者用の欄を作った。
誰もその欄を使わずに済むかもしれない。
それでも、戦いが終わった日に空腹の者を見捨てない準備をしておきたかった。




