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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第五十章:孔明は俺の火薬を見て、戦の常識が変わると断言した

諸葛孔明が軍営に来て、最初に尋ねたのは火薬の作り方ではなかった。

「昨日の夕食は、何人に行き渡りましたか」

「兵が一万二千、荷運びと工房の者が千余り。負傷者の分は別に温めています」

「余った分は?」

「次の朝に回しません。傷みそうなものはその日のうちに加工します」

孔明は感心したように頷き、俺が差し出した軍の台帳を開いた。

昨夜から磨いていた火薬庫の鍵は、まだ俺の手の中にある。

「火薬を見に来たんじゃないんですか」

「見ます。ただ、道具が働くには、道具を使う人間が今日も明日も生きていなければなりません」

一言で、俺はこの人が何を見ているのか分かった気がした。


翌日の巡察では、孔明は兵糧庫の戸口にしゃがみ込み、床に残った車輪の跡を見た。

「荷車はここで向きを変えていますね。雨の日には滑るでしょう」

俺は職人頭を呼び、床に細かな砂利を敷く案を出した。

孔明はそれを聞いて「戦の策も同じです。人が曲がれない場所で曲がれと命じてはいけない」と言った。

俺は戦術と床の補修を一緒に考える軍師など、聞いたことがなかった。

訓練場では、孔明が張飛に目を閉じて太鼓を聞かせていた。

二度は停止、三度は後退。

張飛は最初の一度で走り出し、兵たちを笑わせた。

「将軍が間違えたら兵はどうなると思いますか」と孔明。

「俺について来る」「だから困るのです」

張飛は唸り、今度は最後まで音を聞いた。

俺はそのやり取りを記録した。

大将が学ぶ姿を見れば、若い兵も間違いを隠さなくなる。

夕食の席で劉備は、孔明に何を望むかを尋ねた。

孔明は少し考えてから答えた。

「勝ったあとに、田へ戻れる軍を」

劉備は椀を置き、「ならば、我らは同じ道を歩ける」と言った。

俺は二人の間に湯気が立つのを見ながら、歴史の本には書かれなかった小さな約束を聞いている気がした。

俺はかつてこの世界に生まれ落ちた、名もない孤児だった。

腹を空かせて倒れそうになりながら、前世の知識で粥の炊き方を変え、食料の保存を工夫し、やがて火薬まで作った。

火薬はもう実戦で使っている。

新発明を披露する場ではない。

孔明に見せたいのは、失敗も含めた運用の記録だった。

工房の戸を開くと、職人頭が待ち構えていた。

「今日は軍師様に見せるんだろ。派手に鳴らすなよ。屋根を直したばかりだ」

「屋根を壊したのは前回の試験じゃなくて、張飛将軍の馬です」

「同じくらい厄介だ」

孔明は笑ったが、火薬を納めた封印箱を見た途端、表情を引き締めた。

保管庫は炊事場から離し、鍵を二人で管理している。

雨水の流れ、火の気のある作業場との距離、運搬時の立ち入り制限。

俺は順に説明した。

「これを用いた戦の記録は?」

俺は巻物を広げた。

敵を怯ませた成功例だけでなく、煙で味方の旗が見えなくなった失敗、運搬車の車輪が折れて予定を変えた事例も記してある。

孔明の指が止まった。

「ここです。敵が退いたのに追撃を控えた理由は?」

「味方の視界も悪かった。あのまま追えば同士討ちになる」

「では、敵が退いたのではなく、退かせたように見せたかったとしたら?」

俺は返事ができなかった。

孔明は机上の石を動かし、火薬の使用地点ではなく、その後に敵が進む道を指した。

「戦の常識が変わります。力で押し破るだけではない。相手に、そこが危険だと信じさせることができる」


午後の将たちの協議で張飛が真っ先に身を乗り出した。

「ならば北の渡しで一発鳴らして、曹操の斥候を追い払えばいい!」

「それでは、敵に我らの手札を教えるだけです」と孔明。

「じゃあ、何もしないのか」

「何もしていないように見せるのです」

関羽は地図の渡しを見て、顎を撫でた。

北岸には低い葦原がある。

そこへ空の荷車を何台も往復させ、夜には炊事場の煙を別の場所から上げる。

兵が増援してきたように見せる策だった。

俺は反対した。

「煙を増やすために燃料を浪費したくありません」

「では、食事を作る時間を二組に分けてください。煙は同じ量でも、長く続く」

孔明の返答に、俺は思わず膝を打った。

その夕方、炊事係の女が怒った。

「軍師の都合で飯を冷ます気かい」

「冷ましません。先に食べる組と後に食べる組を分けます。鍋は二つに増やします」

「鍋は誰が洗う?」

「俺が手伝います」

彼女は鼻を鳴らし、ようやく承知した。

孔明の策は将たちの協議で完成しても、現場で動かなければただの線だ。

夜半、敵の斥候が北岸から灯を数えた。

次の日の朝には、曹操軍の前衛が渡しから一里退いたという知らせが届いた。

火薬は一粒も使っていない。

「勝ったのか?」と張飛。

「まだです」と孔明。

「敵が考え始めただけです」

俺は封印箱の鍵を戻した。

新しい軍師は、俺が作った武器を強くする前に、使わずに済む一日を作ってしまった。


その夜、記録の末尾に一行を書き足した。

『火薬使用量、零。

渡しの損害、零。

炊事係の不満、大』

孔明がそれを見て笑った。

「最後の項目が、明日の軍を動かすかもしれませんね」

俺も笑った。

戦を変えるのは、案外そういう数字なのだ。

夕餉の席で、孔明は干し菜を一口食べ、静かに箸を置いた。

「塩が足りませんね」俺が塩壺を取るより早く、龐統の名を知る古参兵が笑った。

「軍師というものは、飯の味まで軍略で測るのか」

孔明は真顔で答えた。

「塩が濃ければ水を多く飲む。井戸が少ない土地では、それも兵站です」

俺は感心しかけたが、隣の張飛が鍋を抱えたまま「理屈はいい。おかわりだ!」と叫んだ。

孔明が初めて吹き出した。

戦場では難しい顔をする男も、食卓ではただの腹をすかせた人間なのだ。

孔明は去り際、火薬の台帳に自分の署名を加えた。

誰が何を決めたかを残すためだ。

「策が外れたら、私の名も書いてください」と言う。

俺は頷いた。

英雄の名が残るのは勝利の記録だけだと思っていた。

だが、この人は失敗の記録にも名を残すつもりなのだ。


夕刻、見張りの若者が息を切らして駆け込んだ。

「敵は退いていません。川上の浅瀬に旗が移っています。私が見誤りました」

張飛が立ち上がった。

「ならば今から追うか!」

孔明は若者に望遠筒を渡した。

「まず、浅瀬を渡る準備をしているか確かめてください。間違いを隠さず戻ったあなたの目が必要です」

若者は驚いてから頷き、見張り台へ駆け戻った。

俺は台帳の「敵後退」に線を引き、「川上へ移動。渡河の意図は未確認」と改める。

今夜は見張りを二人に増やそう。

そう告げると張飛が「なら俺も見る!」と梯子へ向かい、孔明が慌てて止めた。

「将軍が登れば台が壊れます」

炊事係が鍋の蓋を開け、兵たちの笑いが湯気に混じった。

敵の行方はまだ分からない。

それでも、誤りを言い出せる者がいることが、今夜の俺たちを守っていた。

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