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いざ!初デート

 私は鏡とにらめっこして最終確認をする。髪は乱れ無し。白の布地に、ピンクのフリルとリボンががあしらわれたワンピースにヨレは無い。


 私は振り向いてベッドに寝転がり、流行りの小説を読むヴェロニカに「ヴェロニカ! 今日の私最強だよね!」と尋ねた。


「そうね。最高ね」

「せめて見て言ってよ!」


 こちらを一瞥もせずに生返事をしてくるヴェロニカ。本当に、微塵も興味がなさそうで「はいはい」と訴えは却下されてしまう。


「ヴェロニカが良いって言ってくれれば、自信になりそうな気がしたのに……」


 もう1度、鏡と向き直る。鏡の中の私は綺麗に着飾られている。けれど、いくら頑張っても元の顔は変えられない。平凡な、特筆すべき魅力のない顔に体。それらはどう頑張っても変えようがない。もっと優れた容姿に生まれたかった。ブルーノと接する度に、コンプレックスはどんどん肥大化していく。


 だから褒められたかった。そうすればこのくらい気持ちが少しはマシになるから。自分は堂々としてていいんだ、と今日くらいは思えるから。


 私の異変に気づいたのか、ヴェロニカが私の方を向いたのが鏡に映り込む。


「服なんてなんでもいいのよ。いつもの制服でも、部屋着でも、裸でも」

「いや、部屋着で外に出るのは淑女としてアウトだし、裸は論外だよ」

「そういう話じゃないわよ」

「……言いたいことは分かってるよ。でも何着ても喜ぶのは、ヴェロニカを前にしたカルロくらいでしょ」

「…………分かってないわね」


 ヴェロニカはため息混じりにそう呟き、また寝転がって視線を持っていた本に戻した。そしてこちらを見ずに面倒くさそうに手を振る。どうやらこれ以上、私と話をする気はないらしい。


 時間を確認すれば、もう既に約束の10分前。そろそろブルーノが待っているであろう時間だった。ヴェロニカはもう話に付き合ってくれないだろうし、出かけてしまおう。


「行ってくるね」


 私は手を振り返して、自室から出た。


 廊下を進み、玄関を目指す。寮には人の気配がほとんどなく、やはり休日は多くの人が出かけているのだと実感した。


 その行先は買い物だったり、芸術や演劇の鑑賞だったりするのだろう。


 自分のコンプレックス以外にも、今日のデートには不安があった。それは行き先だ。


 自分でデート場所を考えた時にも思ったが、休日は多くの人が出かける。その行き先は様々だが、ブルーノが渡してくれたチケットは今流行りの演劇のチケットだった。つまり、人が多く来る。大抵の人はブルーノの顔に耐性がない。多分、隠してくるだろうけどそれでも見えてしまうことはあるかもしれない。その時は私が何とかしよう。今日のためにエチケット袋と水筒をしっかり準備してきた。予行練習も充分。


 細心の注意を払いながら、彼が気を使って用意してくれた初デートを思いっきり楽しもう。そして今度は自分から誘うんだ。彼の顔を見て、デート出来る最高のプランを考えて。


 決意は万全。私は目の前に迫った玄関の扉を開けた。想像通り、ブルーノは先に来ていてそわそわと動き回っていた。ネズミみたいで可愛い。


「おはよう、ブルーノ」

「おはようございます」


 私の声に顔を上げた彼は、黒っぽいレンズをつけたメガネをかけていた。レンズの色が暗いせいで目が見えにくい。街中でたまに見かけてどういう理由でかけているのかずっと疑問だったが、私はその用途をようやく知った。


 服も体型がわかりにくいように重ね着しているようで、見慣れた細身の体型とシルエットが違っていた。身長は誤魔化しようがないので、そのままだった。しかし黒いレンズのメガネと、重ね着だけで随分と違って見える。


 特にメガネ。メガネのおかげで、いつもと全く違う雰囲気になっている。顔を隠すためのアイテムなので、褒めるのは憚られるがたまに着けてほしいと素直に思った。


「メイア……いつもと違いますね」

「あ、うん。どうかな?」

「良くお似合いです! メイアは何を着ても似合いますね」


 ヴェロニカの言っていたことは、間違いではなかったのかもしれない。私を見て迷うことなく笑顔で褒めてくれるブルーノなら。私がどんな格好をしていても、褒めて認めてくれるのではないだろうか。


 優しく気遣いのできるブルーノは、本当に私にはもったいないくらい素敵な彼氏だ。胸が締め付けられるように苦しくて、でもその苦しさがなんだか嫌ではない。これを、この感情を、なんと呼べばいいんだろう。分からない。分かってしまってはいつか後悔する日が来る気がした。


 だからそれ以上は考えない。ブルーノは素敵。彼と付き合えて幸せだ。私が理解すべきことはこれだけでいい。


「ありがとう、早く行こう」

「はい! ……あ、あの、お願いがあるんですが」

「どうしたの?」


 顔を赤くし、モジモジと手を弄るブルーノ。傍から見れば不審者だ。


「その……手を、握ってもいいですか……?」


 私は彼からの提案に息を飲んだ。


 そうだ、これはデートなのだ。恋人らしいやり取りが必要になる。そしてそのひとつが手を繋ぐこと。しかもただ繋ぐだけではない。親密な間柄なら指を絡ませるものらしい。マンガでそう読んだ。


 思えば手を掴んだことはあるが、手を繋ぐのは初めてだ。でも前にブルーノがしてきたハグよりも難易度は低い。大丈夫……のはずなのに、まだ手を繋いですらいないのに。既に私の心臓は、バクバクと大きく音を立てていた。手を掴むのと、繋ぐのでこんなにも違うなんて、今まで知らなかった。


 返事を、早くしなければ。また彼が不安に思ってしまう。大きく息を吸い込み、お腹に力を入れた。


「いいですよ……!!」


 お腹に力を入れたせいで、役者並みの声量が出てしまった。木から鳥が飛び立っているし、ブルーノはいきなりの声量に驚いている。


 デートの出だしとしてはあまり良くない。それ以前に淑女として相応しくない。


 それでも、ブルーノの顔から驚きが消え去った後。破顔した彼を見て、これで良かったのかもしれない、と心の底から思った。


「……それでは、失礼します」


 手を繋ぐ前とは思えない言葉だ。もう許可しているからそういう前置きはいらないのに。でも、そういう所がブルーノらしい。


 私はカタツムリのようにゆっくりと、手を近づけてくるブルーノの手を握る。もちろん指と指を絡ませる恋人同士のやり方で。


「ひゃっ、めめめメイア」


 ゆっくりと詰めていった距離がいきなりゼロになり驚いて顔を赤くしたブルーノとは違い、私は羞恥で頬が熱い。それを見られないように俯いて隠す。


「早速行こう!」


 冷たい手をぎゅっと握りながら、私はとある確信を得る。きっと、今日は最高の一日になる!

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