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お兄さま!  作者: たま
9/9

聖夜祭の奇跡



「まーつまり、全ては神の思し召しってことだ。神がお前を欲しがったから、お前はこの世界に来たんだろうよ」


とは、異世界トリップをキメてすぐの頃に、教父さんが俺に言った言葉。

幕が上がる前の暗い舞台袖に立って、俺はその言葉を思い出していた。

舞台が始まる前の、高揚感と緊張感に包まれたこの場所で、いま俺は他の役者たちの中に混ざって立っている。

ところで、俺の衣装はRPGの魔導師と騎士を足したような、不思議な、全体的に紺に近い青い服だ。どうやらこの国の昔の服装らしく、周りの奴らも似たような衣装を着ている。

でもよく見ると、青の衣装を着ている奴は、俺以外には見当たらない。

知ってる? 聖夜の劇において、青い衣装は兄神の象徴なんだよ。


まぁつまり、俺はこの聖夜の劇で、準主役たる兄神役を演じることになったということで。


いや、ほんと急転直下で、俺もだいぶびっくりしてる。

この状況も神の思し召しなの? 神ってなに考えてんの?




事の始まりは聖夜祭前日、つまり昨日の夕方。

そのとき俺はみんなへのプレゼントを買いに街に来ていた。聖夜とはやはりクリスマスみたいなもんで、親しい人とプレゼントを贈り合うのだと知ったから。

王都から馬車で5日かかる村にはもちろん今日送っても明日には届かない。が、俺の大切なこの世界の家族たちだ、送らないよりはいい。


そして、「リコ家のみんなや料理人の息子とかにも贈らないとなー」などと暢気に考えつつふと路地裏に入った俺が見たのは、身分の高そうな人がゴロツキに絡まれているところだった。


咄嗟に、ゴロツキの背後に忍び寄り思い切り蹴り飛ばした。

倒れた時の打ち所が悪かったのかゴロツキはそのまま昏倒。死んだかと思ったが息はあった。

いい仕事した。

警察を呼び、さーてお買い物の続きだと立ち去ろうとしたら「待ってください」と呼び止められ、俺は思った。

あれ、デジャヴ?


「助けてくれたお礼を」とかいうやっぱりデジャヴ的なことになり、さらにはよく見たらかなり若かったそいつが同じ学校の生徒でしかも生徒会長的な存在のなんとかという人だということがわかり、ゴロツキに結構ボコられて怪我を負っていたそいつは、

「どうかこの怪我で演じられない俺の代わりに、明日の聖夜祭で兄神役を演じてはくれませんか。危険を顧みず助けてくれた勇気ある貴方こそ兄神役に相応しい」

とか言い出し、やべーめんどくさい話になった。


勇気ある奴は死角から急襲したりしないとか、これは神の思し召しだから俺は関係ないとか頑張ってはみたが「なんで謙虚な方なんだ」とかさらに相手のテンションを上げてしまい、さらに俺が(ブロニアのせいで)兄神の台詞を全部覚えていることがバレると、あれよあれよという間に兄神役を引き受けざるを得ない感じに追い込まれた。

最終的には泣き落としだった。

俺は確信した。俺は年下の頼みに弱い。





俺の心を未だ置いてきぼりにしたまま幕が上がり、劇が始まった。

いやなんか頭の飾りとかジャラジャラ重いし、服の生地もめっちゃ良いし、さすがお坊ちゃん校。文化祭みたいとかなめたこと言ってごめん。

とりあえず俺なりに頑張って演技をする。ステージの下、観客席には、王都中から集まってるとかいう超満員の観客。ちょっと緊張する。こんな人数の前に出たことないし。

しかし、俺の緊張は、俺以上にはるかに緊張した様子のブロニアが側にいるおかげでだいぶおさまった。

主神を演じる、銀髪がよく映える緑の衣装のブロニアは、台詞はかまないものの俺を目にする度真っ赤になっちゃって大変だった。俺の演技なんか家で毎日見てただろ。ほんと俺のこと好きだなお前。


ちなみに、俺がこの役をすることになったと知った各所の反応は様々だ。

おじさんと子供たちは狂喜乱舞、ブロニアは顔を真っ赤にして打ち震え、当日に知った友人(?)たちも狂喜乱舞、今同じ舞台に立ってるロッソは「俺ターマの従者なの? わーい!」、クラシオンは泣き崩れ(たぶん感激?)、聖歌隊の奴らは「いやお前のソロどうすんの? 今さら俺ら歌えないからな。おまえ演じながら歌えよ」――いやなんで? それくらい歌ってくれたらよくない?


ともかく、(望んだわけではない)十分な練習の甲斐あって俺の演技はそれなりにいいかんじ。

無事に物語は進んでいく。音楽隊が演奏する荘厳な音楽と、聖歌隊の男声二部合唱が舞台を彩る。

舞台上にはたくさんのイケメンと、なんか、俺。

心配なのは顔面偏差値くらいだ。


たまにポカやらかす奴(台詞忘れるとか)をうまいことフォローしたりしつつ、劇も終盤。

二人の神が建国に立ちはだかる敵を討ち、これから国土となる広大な土地を見渡す――俺がソロで歌うシーン。

音楽さえも鳴り止み、しんと静まる会場に、俺の歌声だけがめっちゃ響く。もうマジでちょっと勘弁してというくらい恥ずかしかったが、「この新しい土地で頑張ろう」的な歌詞が異世界トリップした自分の状況と重なり、なんか力入った。とにかく勢いでやりきった。拍手が上がった。やめて。


歌い終えて、傍らに立つブロニアに目をやると、ブロニアが跪く。

真っ赤になったりしないでちゃんと跪いてくれてよかった。ここは主神が兄神を兄にと望む、一番重要な場面なのだ。



「やはり貴方は俺の兄様だ。いずこかへ消えてしまった貴方を、異世界から見つけられてよかった。貴方しか、俺の兄はいない。勝手をした俺を怒っていますか。どうか俺を許し、いまひとたび弟と呼んでくれますか」



ん? という顔をロッソがした。

俺も多分同じ顔をしてると思う。台詞が微妙に違う。

ブロニアを見ると、あんなに真っ赤だった顔がだいぶ落ち着いた色味になっていた。てか、目が金に光っている。こいつ、ブロニアじゃない。

目の前の何者かが言った言葉を心の中で反芻して、俺はなんとなく状況を理解した。

たしかに勝手だ。てか、俺がこの役演じることになったのも思し召しじゃねーだろうな。生徒会長的な人の怪我とか、もしそうなら可哀想だろ。ちゃんと不思議パワーで治してやれよ。

まったく、世話の焼ける。

しかし俺は、弟の頼みには弱いのである。




「いいよ。俺、お兄ちゃんだからな」




あ、やべ。台詞じゃなくて普通に喋っちゃった。


と俺が心の中で一瞬焦った次の瞬間、会場中から、ウワーッ! と歓声が上がった。

人々が総立ちになり、拳を振り上げ、拍手し、歓声を上げている。むやみに叫び、指笛が吹かれ、なんか泣いてる人とかいる。

戸惑う俺に、舞台上の役者たちが飛びついてくる。赤い顔をした金目のブロニア、赤い顔をしたロッソ、赤い顔をしたさっき殺したはずの敵(役の奴)。

そして練習のときの100倍くらい激しめにロックみたいなノリでシメの音楽が演奏され始め、それに合わせて聖歌隊が激唱し、会場中もそれに合わせて熱唱。ハコは大盛り上がり。

かくして、大熱狂のうちに舞台は終わった。


……いや、どういうこと?




この日の劇が、俺の楽勝異世界ライフをさらに加速することになることを、場のテンションから完全に置き去りにされた俺は知る由もなかったのであった。







「タツマへ

手紙読んだ。

爆笑した。最近おもしれーことなかったからちょうど良かった。特にお前のために校則が変わって、兄神役を演じた奴は学年が低くても兄になれるようになったってとこサイコーだった。王都の奴ら必死か。あと弟の人数が500超えたくだりを読んで、レイル教父が笑いすぎて過呼吸になった。レイルもう75なんだから手加減してやれ。

何が何だかようわからんと書いてあったが、多分おまえのいろんな言動が、兄を求める奴らのハートを射止めたってことだろ。俺も知らん。聞くな。

みんなの「お兄ちゃん」になって大変だな。でもまー俺らこの教会の奴らも一応、おまえの兄ちゃん姉ちゃん母ちゃん父ちゃんじいちゃんばあちゃんのつもりだから、辛くなったらいつでも家に帰ってこいよ。

つーわけで、おまえが世話になってるリコのオッサンに、「絶対にタツマをおまえの息子にはしねー」って伝えろ。しつけー。あとついにコレリカがそっち行ったから、命まではとらねーだろうが夜道には気をつけるように伝えろ。


追伸

お前の弟たちからの寄付金で、教会は新築し、孤児院は村長の家並みのデカさになり、馬場とプールと劇場が併設されたから、お楽しみに。

てかもはや孤児院じゃなくね?」





おしまい


「聖夜祭の奇跡」は、のちに王都の人々がこの日のことを語るときに自然と生まれた言葉。本人はしばらく知らない。

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