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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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618.絡む想い


「レンドルフ!」


ユリとの待ち合わせのカフェまであと少しというところで、後ろからすごい勢いでオルトが走って来た。

レンドルフと並んでいると小さく見えるが、オルトも平均以上の体格をしている。そして右頬に二本の目立つ傷跡があるせいで、子供や女性などは初対面では大抵怯えられる。そんなオルトが全速力で髪を振り乱して走って来るのだ。周囲は振り返った瞬間、反射的に道の端に避けていた。


「オルト!?どうしたのそんなに慌てて」


どれだけ全力で来たのか、レンドルフの前で立ち止まってオルトは膝に手を当てて前のめりの姿勢で息を切らしている。すぐにベルが支えるように肩に触れて、オルトの乱れた前髪を整えた。


「す、すまない…レンドルフ、緊急召集だ」

「…っ!はい、分かりました」


オルトの激しい息の合間から漏れた言葉に、レンドルフは一瞬息を呑んだがすぐに姿勢を正して頷いた。



王城騎士団は国王直属の騎士団であり、国王と王族を中心とした王都の治安を維持することが主な役割であるが、オベリス王国内で危難が発生した際には応援要請がなされ、王命によって騎士団が派遣されることになっている。

かつてのように著しく人口が減って、各領地では専属騎士団が維持出来なかった時代には、唯一の武力として休む暇もなく各地に遠征に出され、大半の騎士は一年の内殆どを王都以外で過ごさざるを得ない状況だった。

今はそれもかなり改善されて、各地に直属の駐屯地を設立したこともあって、地方で何か有事が発生しても領地の騎士団と駐屯部隊で大抵のことは解決されるようになった。


しかしそれでも王城騎士団への派遣要請はゼロではなく、その規模によっては休暇中であっても関係なく緊急召集が掛かる。


地元の騎士団や駐屯部隊だけではどうにもならず、更に休暇中のレンドルフにまで呼び出しが掛かったと言うことは、何か相当危険な事態が起こっているという証だった。



「レンドルフくん…」

「申し訳ありません、ベルさん。同席出来なくなって申し訳ないと、彼女に言伝をお願いします」

「分かったわ。その荷物預かろうか?」

「…よろしくお願いします」


ほんの少しだけレンドルフの目が迷うように泳いだが、すぐにベルに手提げ袋を差し出す。その目の奥には自分でユリに手渡したかったという葛藤が見えたものの、また渡せる機会がいつになるか分からないのもあってベルに託すことを決めたようだ。


「ちゃんとお渡しするわね」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ベル。後は任せた」

「行ってらっしゃい。二人とも、無事で帰って来てね」

「おう」


短いがしっかりとオルトがベルを抱きしめて離れた。そしてオルトとレンドルフは、全力で王城の方へと戻って行ったのだった。



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レンドルフと待ち合わせたカフェは貴族や大店の商人などが秘密裏に使う店で、個室を使用する際には店側から指定された入口からでないと行くことが出来ない。そうやって誰が個室を利用したのか分からないようになっているのだ。


指定された入口から廊下を進んでいたユリは、途中にあった鏡の前で足を止めてチョイ、と前髪に触れた。今日のユリは黒髪に濃い緑の目の色の、レンドルフが知っている「変装なし」の姿で来ていた。


一応レンドルフには、いつも中心街で会う時にしているような変装をしておいた方がいいかと手紙で聞いていた。レンドルフの返答はユリに任せるということだったので、ユリとしては今後のことも考えて、レンドルフが素だと思っている姿で会うことを選んだのだった。もしこのままレンドルフが連れて来る女性と専属契約を結ぶのであれば、姿を偽っておかない方が良いだろうし、レンドルフが紹介したいと言って来るくらいなのだから、信頼出来る相手だと思えたからだ。


「ねえ、大丈夫?おかしくない?」

「いつも通りお可愛らしいですよ、お嬢様」


思わず同行している護衛兼侍女のサティを振り返って問いただす。けれど彼女は「ニヒヒ」と擬音が付きそうな顔で、ニンマリと笑ってそう答えた。


「そうじゃなくて…張り切り過ぎてないかと」

「いいじゃないですか!張り切るくらい会いたかったんですよね」

「うっ…」


いつも以上に細かく編み込んでもらって、少し高い位置にまとめてある黒髪に色味の少しずつ違うペリドットを並べた髪留めがよく映えていた。当初はレンドルフから贈られた珊瑚の髪留めにする予定だったが、三日前に宝石商が持ち込んだ髪留めに一目惚れをしてしまったのだ。

その髪飾りは、シンプルなシルバーの台座に、小さなペリドットが石畳のように敷き詰められたものだった。その使用されている石の色は様々で、職人が色味を見極めて台座の端から中心に掛けて濃くなって行くように並べられている。一番外側は僅かに緑がかった淡褐色で、中心は澄んだ濃い緑になっていた。


その色味は、レンドルフの瞳にそっくりだった。


即座に購入を決めたユリは、誰に聞かせるでもなく「ほら。指輪と合わせるのにちょうどいいから」などと言い訳めいたことを呟いていたが、傍に控えていた使用人達は何とも温かい目を向けていた。


「大丈夫です!レン様も間違いなくイチコロです!お嬢様の圧勝です!」

「そういう勝負じゃないから…」


そんなやり取りをして鏡の前で足を止めていたのだが、一番後ろに控えていた護衛騎士マリゴが軽く咳払いをして、懐から懐中時計を取り出す。ユリとサティはそれを見てハッとして居住まいを正し、表情を引き締めて再び廊下を進んで行ったのだった。



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一本道の廊下を進むと、その突き当たりに扉があった。その扉には予約者の名が書かれた小さな札が下げられている。その扉をノックすると、応答があって静かに中から扉が開いた。

顔を出したのは細身なメイドで、整った顔に表情を消しているせいか妙に人間味を感じさせない。


「もう先に?」

「はい、中でお待ちでございます」


扉が開いた瞬間、微かな嗅ぎ慣れない香水の香りがしたので、もう先に来ているのだろうと察しがついた。いつもレンドルフは、待ち合わせの時間よりも大分早く到着している。絶対に女性を待たせない、というのが彼の実家の家訓だと聞いていたので、あまり気を遣わせ過ぎないようにレンドルフとの待ち合わせの時、ユリはなるべくギリギリに到着するようにしていた。ただ今日は紹介してくれる連れもいるので、そこまで早くは来ていないだろうと思ってユリも少し早めの時間を目指していた。

実際は、ユリがあまりにも落ち着かないので、本邸の侍女長に「早く行って早めにお顔を見ればよろしい」と強引に馬車に乗せられたのだが。


「お待たせしました」


案内されたユリが部屋に入ると、先に来て座っていた一人の小柄な女性が立ち上がるところだった。30代くらいの肉付きの良いふっくらとした丸顔の女性で、左目に眼帯を付けている。柔らかで優しそうな雰囲気の女性には妙に不釣り合いに見えて、ユリは一瞬だけ眼帯を凝視してしまった。しかしすぐに失礼だったのではと思い当たって、慌てて視線を下にずらした。


「初めまして、ベルと言います。この度はお時間を取ってくださって、ありがとうございます」

「初めまして。薬師見習いのユリと申します」

「あの、私、平民なものですから、言葉遣いが相応しくないかもしれませんが…」

「いえ、楽に話してください。そんなに緊張されるような立場ではないですから」

「ですが…」


そう言ってベルは控え目に、ユリの後ろに控えている護衛のマリゴとサティにチラリと目をやった。今日のユリの出で立ちは、下ろしたてのワンピースと半貴石とは言えそれなりの数の石があしらわれている装飾品を身に付けているので、いつもより良いところのご令嬢らしい仕上がりになっている。それに侍女と護衛を連れているのだから、貴族と思われても無理はなかった。


レンドルフが同席しているのだから大丈夫だろうと思っていたのだが、肝心のレンドルフの姿が見えないため、ユリは一瞬言葉に詰まってしまった。


「わたくし共は、こちらのお嬢さんの上司の方より護衛に付くように命じられておりますので、席を外すことは致しかねます。どうぞいないものと思ってお話しください」

「……分かりました。では、普通に話させてもらうわ」


ユリに代わってマリゴがニコリともしないで応じた。マリゴは細い銀縁の眼鏡を掛けて、まるで直前に人を殺して来たばかりのような鋭い目付きをしているので、ただ理路整然と話しているだけでも妙な威圧感が出る。しかし本分は護衛騎士なので積極的に殺しに行くことはないのだが、ベルは気圧された様子で何度か小さく頷いていた。



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本来ベルは異国とは言え貴族同様に育てられたので、貴族向けの言葉遣いや所作にはほぼ問題はない。それに呪術関連でベルに助言を求める者は身分の高い者や裕福な者が多い為、護衛がどれだけいても場慣れしている。

けれど敢えてただの平民をフリをしたのは、ユリの態度を見極めたいという思惑もあった。レンドルフがすっかり信頼しているのは分かるが、それが彼の前だけという可能性もある。もし裏の顔があるのであれば、呪詛に利用された気の毒な被害者ではない場合も想定されるのだ。悲しいかな、ベルはそういった人間を山程相手にして来ていた。


(左目で見ていなくても、何か厄介な気配が絡み付いてるのが分かる…前にレンドルフくんに絡んでいた呪詛だけじゃない。もっと、根源的なところで強い恨みを買っている。でも…)


ユリに分からないように、ベルは僅かに目を細めた。


小柄な自分よりも更に小さなユリの全身に、通常では有り得ない程の呪術に似た気配が絡み付いている。通常の人間ならばとうの昔に不調が出ていてもおかしくないのだが、おそらく当人に自覚が薄いのと、それを打ち消すような強い気配も確かに感じていた。

呪術というと一般的に良くないものと思われがちだが、祝福や相手の幸せを願う祈りもベルから見ると根幹は呪術と同じだ。


(恨みを買う以上に、彼女は愛されている)


それが誰かまではベルには分からないが、その気配の中にきっとレンドルフも混じっているだろうと考える。今手元に預かっているレンドルフから託された手提げからも、微かではあるが温かな祈りを感じているからだ。絡み付いている呪詛にどこまで効果があるかは分からないが、それでも彼女を助ける力になる筈だ。


ベルは確信を持って、ユリを正面から見つめた。



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「ええと、今日同席してもらう筈だったレンドルフくんは、先程緊急召集が掛かって急遽王城に戻ってしまったの。ごめんなさい」

「そ、そう、でしたか…」


そもそも隠れられるような造りになっていないカフェの個室なので、レンドルフの姿が見えないことは一目で分かる。しかしユリはそれでも視線を彷徨わせてしまい、すぐに察したベルに謝られてしまった。


「レンドルフくんも、今の貴女と同じようにガッカリした顔をしてたわ。いえ、彼の方がもっと絶望的な顔だったかしら」

「絶望的…」


ほんの一瞬だが、ユリは「もしかして会いたくない理由にしたのでは」という考えが頭をよぎってしまい、けれどレンドルフがそんなことをする筈がないと慌てて頭の中からその思考を追い出した。だが、ベルにはまるでその心の動きが分かっていたかのようにサラリとその時のレンドルフの様子を知らされる。


「またの機会に改めることにしましょうか」

「い、いえ!今日はベルさんにお話を伺う為に時間を取ってもらったのですから、このまま続けさせてください。レンさんに同席を望んだのは私の勝手で…それに、騎士の任務を優先にするのは当然です!」


薬師は繊細な調薬を行う為に、常に冷静さが求められる職務だ。ただ同席してもらうだけの相手がいないくらいで揺れてはならないと、ユリは姿勢を正してキッパリと言い切った。

そんなユリの様子を見て、ベルは隠れていない片方の目元を緩ませて、不思議と温かな目を向けて来た。顔かたちは似ていないが、その視線はよくクリューやアキハに向けられる種類のものと同じような気がした。


「これ、レンドルフくんから預かったの。『同席出来なくて申し訳ない』って言伝付きよ」

「あ、ありがとうございます…」


ベルから差し出された大きな手提げを、ユリは少し戸惑い気味に受け取った。思ったよりもズシリとした手応えに、ユリは思わず中を覗き込もうとして、すぐに顔を上げた。今日はベルと話をしに来たのであって、そちらを優先させなければ失礼だと判断したのだ。


「私は十分時間があるから、貴女が急いでいなければゆっくり確認して?」

「お気遣い、ありがとうございます…」



ベルの言葉に甘えることにして、ユリは素直に手提げの中を覗き込んだ。中には、小さな贈り物が大量に入っていて、その一番上に封をしていない小さな封筒が乗っていた。それだけそっと摘まみ上げて中を確認するとメッセージカードが入っていて、見慣れたレンドルフの文字が並んでいる。そこには、なかなか時間が取れないことへの詫びと、遠征などで出掛けた先で購入して来たお土産だと書かれていた。

以前のようにすぐに会える時には、ちょっとした食べ物や飲み物などの消えものを渡してくれることが多かったが、いつ会えるか分からないので色々な小物のようだった。ただどれも包装されているので中身は分からない。そのうちの一つを手に取ると、固い包み紙の下はフワフワと柔らかい感触がした。形と大きさから、ハンカチかもしれないと予測する。


(これは、別邸に戻って開けよう)


パッと見ただけでもかなりの量があるので、全てを確認するにはそれなりに時間が掛かるだろう。それにユリはレンドルフから貰ったものは全て保管してあるのだ。それこそ包装紙や掛けられていたリボンやシールなどもきちんと取っておく為に、普段の倍以上掛けて開封することにしている。


「ありがとうございます。お待たせして申し訳ありません」

「もっとゆっくり見てもいいのよ」

「それは…自宅に帰ってからのお楽しみにします」

「ああ、そうね。野暮なこと言っちゃったわね」


ユリは蕩けるような笑顔を浮かべて、一度胸に手提げを抱きしめた。そして話の邪魔になるからと、控えていたサティに渡したのだった。



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