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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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601.誓約と約束

まだ昼間パートと夜パートで少しだけ時間軸がずれたまま進行しています。


すっかり春めいて、陽射しに既に夏の気配すら感じる日もあるというのに、このバルコニーの場は極寒のように冷ややかな空気で満たされていた。


沈黙に包まれたこの場を打破したのは、オランジュの軽やかな笑い声だった。


「彼の国ではそのようなご冗談が流行りとは存じませんでしたわ。それともお若い方なら通じるのかしら?」

「ラ、ラン姉上…」

「エドワード殿下」


笑うのを止めて、オランジュはひたとエドワードを見据えた。エドワードはヒュッと小さく息を呑んで、ピシリと姿勢を伸ばした姿で固まってしまった。


「わたくしに、どなたか紹介して欲しいご夫人やご令嬢を、と望まれましたら、大抵の方にはお繋ぎ出来ますわ。これまであまり交流のなかったヴァリシーズ王国のご令嬢とのお話ならば、皆喜んでお会いになるでしょう。ですが、殿方、それも未婚の方へのご紹介は受け付けておりませんの」

「そ、そうではございません。詳しくは申せませんが、クロヴァス卿に重大なお知らせが」

「でしたら尚のこと、ご紹介はいたしかねます。第一、わたくしはクロヴァス卿とは二度程言葉を交わした程度で、さして親しくはございませんのよ」


オランジュは面白そうなことならば多少厄介事であっても首を突っ込みたがる性質だが、さすがに国が関わるような大きな問題に発展しかねないことは望まない。


多少強い語気で言い切ったが、それでもレミアンヌは肝心の目的を話す様子はない。国を代表して遠いオベリス王国まで学びに来る才女で、しかも祖国では王太子妃候補になった程の身分の貴族令嬢であるのに、今の振る舞いはオランジュの目にはひどく残念に映った。もしかしたら学業だけ突出した血筋だけの令嬢なのかもしれない、とオランジュは認識を改めねばならないと考えていた。


「これ以上はお話しすることはなさそうですわね。貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました」

「ラン姉上…」


立ち上がる気配を見せたオランジュに、後ろで控えていた侍女メリヴィラがスッと立ち位置を変えて手を差し出す。オランジュはその手を借りて優雅に立ち上がると、顔色を悪くして座っている二人に向けて一礼をするとクルリと踵を返した。


エドワードが追いすがろうと腰を浮かせた刹那、突然メリヴィラが跳ねるように動いてオランジュを抱きかかえるようにして床に引き倒した。何事かと思ったエドワードが口を開きかけた瞬間、足元がグラリと揺らいだ。


「地震!?」

「殿下!こちらに!」


立ち上がったエドワードの袖を、隣にいたレミアンヌが強く引いた。そして迷わずテーブルの下に引っ張り込んだ。高位貴族の令嬢とは思えない素早さで、何の躊躇いもなく床に這いつくばってテーブルの下に潜り込む姿にエドワードは呆気にとられて、されるがままに一緒にテーブルの下に体を突っ込んだ。


地面の揺れはユラユラと螺旋を描くように奇妙に回り、随分と長く感じられたがおそらく一分もなかっただろう。


テーブルの下で、エドワードは身内以外でこれだけ顔を近くに寄せたことがない程に近い距離にいたレミアンヌ相手に固まってしまっていたが、彼女は全く気に留めていない様子で揺れに集中しているようだった。やがてレミアンヌが「治まりましたね」と言っても、エドワードはまだ地面が揺れているような気がしていた。けれどいつまでもこのままにしている訳にはいかないので、エドワードはすぐにテーブルの下から先に這い出して、ドレスの裾に苦心しながら出て来たレミアンヌに手を貸して椅子に座らせた。


「ラン姉上は」

「わたくしなら大丈夫よ」


エドワードが顔を向けると、既にオランジュは立ち上がっていて、彼女を庇ったメリヴィラの背中に付いた汚れをはたいていた。彼女達の足元には、一部欠けた灯りの魔道具が落ちている。


「そちらの侍女殿は」

「大丈夫よ。ね、メリヴィラ」

「はい、問題ございません」


直答出来る身分ではないので、返答はオランジュを介する。見ると侍女服の背中が少し裂けていた。さすがに皮膚には届いていないようだが、上から吊っているものなので落ちて来ただけで結構な衝撃だったのだろう。


「殿下とユリアネ公爵令嬢はご無事ですか」

「お、俺は…んんっ、私は大丈夫だ。ご令嬢は…」


椅子に座っているレミアンヌの方を見ると、彼女は一つ灯りがなくなった薄暗さの増した中でもハッキリと分かる程に血の気の引いた顔色をしていた。


「ユリアネ公爵令嬢?」

「さ…三回、目…」

「ああ、ヴァリシーズ王国には地震がございませんものね。とは言え、こちらもそこまで頻繁ではないのですけれど」

「最近妙に多いな。大丈夫か、ユリアネ公爵令嬢?」


レミアンヌは真っ白な顔色のまま、唇を戦慄かせて何か呟いていたが、エドワードの問いかけてハッと我に返ってガタリと椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。


「お願いです!どうか…どうかレンドルフ様とお話をさせる機会を下さいませ!」

「しかし…」


貴族令嬢らしからぬ感情をむき出しにした様子で、レミアンヌは深く頭を下げた。テーブルの上に掛けられた手には力が込められているのか、指先が白くなってはっきりと震えている。


「理由を、お聞かせいただけませんか」

「ですが…」

「決して他言はいたしませんわ。ですわよね、エドワード殿下」

「あ、ああ…約束しよう。話してはくれないだろうか、ユリアネ公爵令嬢」


二人に言われてもまだ躊躇している様子のレミアンヌに、余程注視していないと分からない程度に軽く片眉を上げてオランジュは彼女に近付き、落ち着かせるかのように軽く背中に手を当てた。


「話していただければ、わたくしからクロヴァス卿と親しい方にお願いしますわ。ご友人ですから、間違いなく仲介していただける筈です」

「そ、れは…」


途切れる声の合間に、レミアンヌは大きく息をついている。それは誤摩化そうとする時間稼ぎと言うより、気持ちの混乱で上手く言葉を紡げないといった風だった。オランジュもそれを察して、レミアンヌからの言葉を待つようにそっと背中をさすってやる。


「エドワード殿下!こちらにいらっしゃいましたか!」

「ヒム!」


レミアンヌが口を開きかけたとき、エドワードの側近であるヒムが駆け込んで来た。本名はヒースクリフであるが、エドワードが常に愛称で呼んでいる為に、彼の本名を聞いてもすぐに分かる者の方が少ない。


「た、大変失礼いたしました。しかし、緊急事態ですのでどうかご容赦ください」


ヒムはエドワードに耳打ちをすると、内容を聞いたエドワードの顔がサッと強張った。


「申し訳ない、少々席を外す。ここには誰も立ち入らせないよう警備を申し付けておく。あとは…ラン姉上、よろしくお願いします」

「ええ」


慌ただしくヒムを引き連れてバルコニーを後にするエドワードを見送って、バルコニーには奇妙な沈黙が訪れた。


「さぁて、と。殿下がいなくなりましたし、そろそろお話聞かせていただいても?」


オランジュはピアスを片方だけ外して、コトリとテーブルの上に置いた。次の瞬間、何か薄い膜のようなものが全身を撫でて行くような感覚がして、それと同時に周囲の音が一切聞こえなくなった。


「これは、防音の」

「ええ。それに幻覚魔法も付与されていますから、読唇術が得意な者がいても内容を知られることがありませんわ」


先程までエドワードがいたのだから、当然どこかで王家の護衛が潜んでいるだろう。いくらエドワードが移動したといっても、数名は見張りに残している筈だ。


「メリヴィラ」


オランジュが手を差し出すと、メリヴィラは侍女服の隠しポケットからサッと折り畳んだ書類とインクが一体化しているペンをオランジュの手の上に乗せた。


「多少ヴァリシーズ王国とは書式は異なりましょうが、内容は変わらなくてよ」


そう言ってオランジュがテーブルの上に書類を広げて、レミアンヌの目の前に滑らせた。覗き込むと、それは誓約魔法を結ぶ為の書類で、既に必要事項が書き込まれて後は署名を入れるだけの状態になっていた。


「これを…?どうして」

「こう見えましても、数年は公爵家当主代理を務めてまいりましたのよ?こうした夜会などで急な密談を持ちかけられることもありますから、色々な誓約書は準備しておりますの」


オランジュは思わず見惚れるような艶やかな笑みを浮かべて、レミアンヌにペンを差し出したのだった。



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「わあ、アクセサリーがいっぱい」

「どれも可愛いからユリさんに似合いそうだね」

「え、ちょ…レンさん!?」


先程のカフェでユリはサービスしてもらったコーヒーと同じ豆と黒砂糖を、レンドルフはコーヒー味のパウンドケーキとクッキーを購入して、再び散策を再会した。


その中で、庭先にテーブルを並べてその上に小さなアクセサリーを売っている店を見付けた。完全に女性向けの品揃えで、小さく繊細で可愛らしいデザインのものが並んでいる。その店先を覗き込んで、レンドルフは素直に感想を口にしたのだが、ユリは何故か少し焦ったような顔になっていた。


「何か気に入ったのがあれば贈らせてくれる?」

「で、でも」

「今日は記念日…って思っていいのかな?俺はそう思ってるんだけど」

「記念日…そ、そうね、記念日よね!じゃあレンさんにも贈らせてね」

「いや、俺は」

「記念日!」

「…うん、ありがとう」


ユリに押し切られて、レンドルフは少し恥ずかしそうに頭を掻く。


「ちょっと墓穴を掘ったかも」

「ふふ、穴掘りはレンさんの得意でしょ」

「あはは、その通りでした」


ユリが楽しげにテーブルの上のアクセサリーを眺めているのを、レンドルフは商品を見るフリをして嬉しそうに上からユリの姿を見ていた。


(ん?何だろう…)


けれど、レンドルフはその姿にどこか違和感を覚えた。けれどその違和感が何であるのか全く分からなかった。


(気の、せいか…)


何となくモヤモヤしたものがあったものの、楽しそうなユリに水を差したくはない。レンドルフはその違和感の正体が分かってから言えばいいと、テーブルの上のアクセサリーに目を移したのだった。



「これがいいわ!」


少し迷って、ユリは一つの小さな指輪を摘まみ上げる。シルバーの台に、小さな丸い白とピンクの石が並んでいる。デザインは一見シンプルだが、石を留める部分が二本の糸を縒り合わせたような彫金細工が施されていて、それが光を細かく反射させているので華やかに見える。


「どうかな?」

「俺もそれがいいと思ってたんだ」

「そうなの?嬉しい」


ユリは何かを選ぶ時にピンク色を選択する傾向にあると、レンドルフは気付いていた。出会った当初から持ち物や伝書鳥などがそうだったので偶然だと理解しているが、それでも自分の髪色を意識されているようで少し気恥ずかしくも胸の奥がくすぐったい嬉しさに満たされる。


「これはピンキーリングですよね?サイズ調整は出来ますか?」

「すぐに出来ますよ。お嬢さんの指なら薬指にも嵌められそうですけど」

「くっ、薬指はその…」

「ふふっ、そうでしたね。薬指にはもっと特別な色の石が付いた指輪でないといけませんね」

「そういう訳では…」


店主らしい中年女性に聞くと、すぐに対応出来るとのことだったので指輪を手渡した。その場でユリの指のサイズを測りながらそんなことを勧められたので、ユリは思わず視線を泳がせてしまった。


元は貴族の間であった慣習で、婚約者に自分の髪や瞳の色を模した品を贈ることが一般的だった。そして婚姻後はそれに加えて嫁いだ家門の色を纏う。それは宝飾品や衣服など、特に指定はなかった。それが最近では宝飾品となり、一目で分かりやすいように、と指輪が広く作られるようになった。

それと同時期に、異国の風習で左手の薬指の指輪は恋人の証という話が流行り、この国でも定着したのだ。そしてそれは貴族だけではなく、平民の間にもかなり浸透していた。


店主の女性が「特別な色」と言ったのは、今のレンドルフはエイスの街に来る時の仕様で髪色を栗色にしている為、ユリが選んだ色とは違うからだったのだろう。実際はレンドルフの髪色は薄紅色で、ピンク色はそれに近しい色なのだ。


「それじゃあ、後で取りに来ます」

「はい、お待ちしております」


指輪の代金をレンドルフが支払って、仕上がるのを待つ間に他の店を見に行くと告げて店を後にした。



「レンさんは何か欲しいものはある?」

「そうだなあ…そろそろこのチョーカーの革紐を交換しようと思ってたから、丁度良いのがあるといいんだけど」

「それ、まだ使ってくれてるんだ」

「それはそうだよ。俺にとってはすごく大事なものだから」


レンドルフが胸元に手を添えて、シャツの上からすっかり体温に馴染んだ魔石の感触を確認する。これは出会って間もない頃に、ユリから譲られた防毒の装身具だ。革紐に黄土色の魔石を一つあしらったシンプルなデザインなので、レンドルフはほぼ毎日身に付けている。むしろ今となっては着けているという感覚すらないくらいに馴染んでいた。


「じゃあうんと良いものを選ばなくちゃ」

「あんまりすごすぎると着けてても緊張するから、程々でお願いします」

「ええ〜、レンさんが言う?」

「それならユリさんだって」


軽口を言いつつ、お互いにとんでもなく稀少なものを贈り合っている自覚はあるので、顔を見合わせて思わず吹き出していた。


「ああ、レンさんといるとすごく楽しい!」

「俺も楽しいよ。ユリさんと出会ってから、その前までどうやって過ごしてたのか分からないくらいだ」

「これからもいっぱい楽しいこと、していこうね!ずっと!」

「うん、ずっとだ」


そう言って笑い合いながら、二人はどちらともなく繋いでいた手をギュッと握り締めたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいねなどなど、ありがとうございます!誤字報告も感謝です!フシアナを患っているので、大変助かっております。


少しずつですが、最終章に向けて動き出しております。とは言いつつ、そこに行き着くまでに大きなエピソードが三つ、細かくなるとどれだけあるのか書いている当人にも全く予測が付きません。どこまで長くなるかも分かりませんが、お付き合いいただければ幸いです。

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