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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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595.無意識の指先と意識する唇


「レンさん!こっちの花壇よ!」


ユリは公園に足を踏み入れると、レンドルフの手を引っ張って花壇のあるベンチへと誘導した。先導して小走りになっているユリの小さな背中を、レンドルフは目を細めて眩しげに見つめた。


出会った時は腰の辺りまであった黒髪は、昨年の夏頃に起こったユリの誘拐事件の際に肩口まで切られてしまった。今は少し伸びて、肩より下の背中に掛かるくらいになっている。今日はハーフアップスタイルにして、枝を模した銀細工に不透明な白と淡いピンクの石で花をかたどった髪留めを着けている。ユリの艶やかな黒髪に、淡い色の石はよく映えた。


ユリに引かれて着いた場所は、公園の端の方の何の遊具も、設備もない場所だった。そのせいか唯一設置されているベンチには人影はなく、地面に残っている足跡も疎らだ。

けれどその先にある花壇一面に花が咲き誇っていて、その前に立った時にはレンドルフは思わず感嘆の声が漏れた。


「綺麗だな…」

「ふふ、嬉しい。今年はね、レンさんの髪色をイメージしたの」

「そうなの?俺でいいのかな…」

「いいに決まってるじゃない。私の色じゃどう考えても物足りないわ」


今はエイスの街仕様で栗色に変えてあるが、本来の薄紅色は幼い頃から花のようだと喩えられて来た。まだ華奢だった頃ならともかく、成人を過ぎて育ってからはそう言ってくれたのはユリくらいだ。


遠目で見ると薄紅色に見えた花壇も、近くに寄ってみるとレンドルフの本来の髪色よりも濃いピンク色の花に、白と淡いオレンジ色の小さな花も混ざっている。しかし遠目で見るとレンドルフの髪色によく似た薄紅色に見えるのだ。花の種類や配置など、門外漢のレンドルフにもどれだけ手間ひまを掛けたのだろうと分かる程だ。


「でも、やっぱりレンカの方がレンさんの色に近いわね」

「そう?こっちも十分同じ色だと思うけど、ユリさんがそう言うなら…」

「そろそろレンカも開花する季節よ。エイスの街の定期討伐が終わった辺りだから、ひと月後くらいね。でも花の開花はそこから結構長く続くから、花だけなら初夏くらいまで見られるよ」


ユリはレンドルフの左手を両手でキュッと握り締めて、覗き込むように見上げて来た。その目は、期待満ちた光が宿っている。


「ね、いつ見に行く?」

「レンカを?」

「そう。約束したでしょ、次の機会に案内するって。やっぱり池一面に咲いてる時を見せたいの。初めて見るなら絶対その方がお勧めだから!」

「うん、そうだね」


初めてユリに本来の髪色を見せた時に喩えられたレンカの花は、泥の中から茎を伸ばして水上に花をつけるもので、その凛とした様は美しく、泥の一滴付いていない清廉な姿で咲き誇るそうだ。花弁の色だけでなく、その見た目もレンドルフに似ているとユリは言ってくれたのだ。本物を見たことがないレンドルフに、ユリは一緒に見に行こうと誘ってくれていた。約一年越しにその約束が果たされようとしていた。


「花の開花は水温にもよるから、何日か候補の日程を決めておいた方がいいかも」

「分かった。先の予定が決まったら真っ先にユリさんに知らせるよ」

「ありがとう。すごく楽しみ!見た瞬間に驚いて欲しいから、池の近くまでレンさんには目隠ししてもらおうかな…」

「お手柔らかにお願いします」


わざと畏まるレンドルフに、ユリはクスクスと笑う。そんなやり取りをしているうちに、レンドルフは内心の葛藤が薄れていることに気付いた。これならばユリに気付かれずに済みそうだとそっと胸を撫で下ろす。


花壇の方に向けて設置されているベンチに並んで座ると、ほんのりと甘い香りがした。レンドルフにはどの花かは分からなかったが、香りがするのは一種類のようで、キツ過ぎず気持ちがフワリと緩むような感覚になった。


「ユリさん、好きなのを選んで」

「ありがとう。じゃあ、そのトマトのがいいな」


二人の間にパンの紙袋を裂いて広げると、ちょうど甘いパンと食事パンが半々くらい程入っていた。甘い物がそこまで得意ではないユリはトマトとハーブが練り込まれたパンを選び、甘党のレンドルフはカスタードクリームを中に詰めたブリオッシュを手にした。公園の入口に出ている屋台で買った飲み物を並べると、ちょっとしたピクニックのようだ。


「ん、相変わらずユウ兄のパンは美味しい」

「前に食べたときより、カスタードが味は濃厚だけど食感が軽いな。パイとかシュークリームでも合いそうだ」


パン屋の店主ユーキは、パン職人であると同時に、現在ケーキ職人を目指して修行中なのだ。彼の技術は確実に上がっていて、もはやこれはケーキではないのかと思えるような繊細な飾りと味わいの菓子パンが店に並ぶ。


「うーん、それも美味しそうだけど一個は多いかな…」

「ユリさんが食べられるだけ食べていいよ。残りは俺がもらうから」

「何か、いつもそうやってレンさんに残り物を食べさせてるような気がする…」

「お互い色々な味が食べられて、良いことずくめだと俺は思ってるんだけど」

「う…レンさんがそう思ってくれるなら」


ユリはそれでも遠慮がちにブリオッシュを手にすると、指先で摘んで半分にちぎる。さすがに齧ったものは渡せない。だが中のクリームがたっぷりと詰められていたので、端から零れ落ちそうになる。いくら慎重に扱っても、クリームがそのままユリの指に触れそうになった。


「レンさん!あーんして!」

「え?ええっ!?」


慌てたユリは、咄嗟に大きくちぎれて半ばクリームが零れている方をレンドルフの口に向かって差し出した。その際にユリが思わず叫んだ言葉に、レンドルフが驚きつつも素直に口をパカリと開けた。そしてユリが差し出したブリオッシュは、狙い違わずレンドルフの口の中に押し込まれた。さすがに一口では入りきらない大きさではあったが、クリームが流れ出していた裂け目の部分は綺麗に投入されて、見事にレンドルフの口の中にクリームが収まる。


「わぁ!ご、ごめん、つい!」

「むぐ…」


反射的に勿体無い精神を発揮して、それをレンドルフに押し付けるようになってしまったことに気付いて慌てて手を引いた。幸いブリオッシュはレンドルフの口にしっかりくわえられていたので落ちることはなく、ユリの手と入れ替わるようにレンドルフの手がそれを押さえる。


「わわ…こっちも」


ユリのもう片方の手に残っていた小さい方もクリームが垂れそうになっていて、そちらは急いでユリが自分の口に入れる。そちらは少しユリの口には大きく、口の端にクリームが付いてしまい、ブリオッシュを持っていない方の指先でクリームを拭ってペロリと舐め取る。


しばらく二人は口の中にブリオッシュを入れたまま、無言で口を動かしていた。



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(今…ユリさんの指が唇に…)


ブリオッシュのバターの風味と、カスタードクリームの軽やかな風味のミルクの甘さが口一杯に広がっているが、レンドルフはそれどころではなかった。


先程ユリの手で口にブリオッシュを入れられた際に、彼女の細い指がかなりしっかりとレンドルフの唇に触れたのだ。しかし慌てていたユリはそのことに全く気付かない様子で、そのまま持っていたブリオッシュの片割れを自分の口に運び、唇に付いたクリームを指先で拭っていた。


それがたった今自分の唇に触れた指先だと思うと、レンドルフの顔がカッと熱くなった。特に今は色々と意識しないようにしていたからこそ、余計に意識が向いてしまった。


「ご、ごめんね。つい調子に乗りました…」

「い、いや、大丈夫。零さなくて良かったし…」


お互い口の中の物を飲み込んで、ペコペコと頭を下げる。


「これからはちゃんと一個食べるようにするわ…」

「無理しないでいいよ。何だったら持ち帰ってもいいんだし」

「そうか!やだ、レンさんと半分こすることしか頭になかった」


思わず頭を抱えてしまったユリに、レンドルフはその様子が微笑ましくなって口元がニヤ付いてしまい、慌てて手で隠す。その仕草をレンドルフが吹き出すのを堪えていると思ったのか、ユリは恥ずかしそうにちょっと口を尖らせて「だって、分けて食べた方が美味しいし…」と小さく呟いていた。


それもまた可愛らしくて、レンドルフはますます口元を隠すようにしっかりと押さえてしまったのだった。



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「レンさんはこの後の予定は?そのまま王城に戻っちゃう?」

「俺はあんまり早く戻らない方がいいから、夜までは特に何も。森の浅いところで何か狩るのもいいかな、って」

「戻らない方が…って、どういう状況?」

「今日は王城で夜会があるんだけど、顔を合わせない方がいい人物がいるから」

「顔を合わせない…って、それってレンさんが一年前…」


ユリが声を上げそうになったので、レンドルフはやんわりと微笑んで自分の人差し指を立てて口の前に翳した。ユリもすぐに察して、パッと口を閉じた。


ユリにはレンドルフが近衛騎士団を異動になった理由を「距離感を間違えた為に令嬢に恐れられて任務を外された」と告げてある。世間話程度であれば咎められることはないが、告げていないとは言え相手は異国の公爵令嬢なので、波風を立てないに越したことはない。勿論ユリはその後大公家の情報網で実態を把握しているが。


「じゃあ、今日一日、一緒に過ごさない?」

「え?そ、それは嬉しいけど、ユリさんの予定は…」

「大丈夫!調薬とか薬草の手入れとかで急ぎのものはないの」

「それなら…ええと、どこか行きたいところとかある?」

「えーと、それならね、何にも決めずにブラブラしたい!」


唐突なユリの申し出に、レンドルフは目を瞬かせる。


「ほら、レンさんと出掛ける時って行く場所を計画するでしょ。それもすごく楽しいんだけど、そうじゃなく無計画にこう…」

「うん、それ楽しそうだね」

「でしょ!」


弾けるように笑うユリに、レンドルフも釣られて笑顔になる。実のところ、今日は検査が終わったらどう時間を潰そうかと悩んでいたところだったのだ。特に趣味らしい趣味のないレンドルフは、せいぜい森に行って狩りをするくらいしか思い付かなかった。

けれど予想していなかったユリの誘いに、レンドルフは何だか今日一日が急に色付いたような気がしたのだった。


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