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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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596.始まりの知らせ


「うげ」


年に何回しか装着しないコルセットで締め上げたドレスと、エスコート必須の細いヒールという出で立ちのアキハは、それに全く相応しくない声が漏れてしまった。

それでも周囲には聞こえない程度の小声ではあったが、すぐ隣に寄り添って腕を組んでいた老紳士にはしっかりと聞こえていた。


「我が妻はいつまでも子供のようですね」

「初々しくてええやろ」

「そうとも言います」


アキハの隣にいるのは、彼女の夫でもあるノーイ伯爵だった。ノーイ家の本家は侯爵位で、今は彼の息子が当主を務めている。彼は引退してから従属爵位を得て、後妻としてアキハを娶ったのはもう15年前のことになる。


彼女がこの夜会に来ているのは、王家主催の夜会の中で新成人が貴族の仲間入りをするデビュタントを見届ける為だ。毎年多忙のためと不参加であったのだが、さすがに義理とはいえ孫娘の成人を祝う夜会は欠席出来なかった為だ。



もともとアキハは聖女候補であったが、ユリの父であった大公家令息との婚約の為に候補から外されていた。それは当時の建前であって、アキハ自身が実家との縁を断ち切りたい為に聖女の道を拒否していたのを、ユリの曾祖父にあたるムクロジが交換条件として大公家との婚約を持ちかけたのだ。結果的にユリの父とアキハとの婚約は無くなったが、それでも当初の契約として聖女にならないようにノーイ家の後妻として契約結婚を調えてもらったのだ。


ノーイ家は代々聖魔法の使い手を多く輩出して来た家門で、聖女、聖人だけでなく神官も多数一族に名を連ねている。その為神殿内での発言力が強く、強引な手段でアキハを聖女にするようなことは防げるのだ。人々を癒し救済をすることが役割である神殿と、医療の大公家とは繋がりも深い為に成った契約だった。


アキハが嫁いだ夫のノーイ伯爵は亡き妻以外に興味のない御仁で有名だった為に、アキハとは契約結婚で仮面夫婦であることは公然の秘密である。だが、それを正面から揶揄するような命知らずはいない。それに、二人とも夫婦と言うよりは同志のような戦友のような絆で結ばれているので、互いの関係は非常に良好なのだ。



「それよりも旦那様。御前が来るなんて聞いてませんでしたけど?」

「私も今知ったところですよ」

「はぁ!?じゃあ何でそんなに落ち着いてはるん」

「年の功と言うやつですね」

「いやぁ、そういう余裕綽々なトコ、ムカつくけどかっこええわぁ、ウチの旦那様」


もう既に新成人のデビュタントもファーストダンスも終了し、後は緩やかな社交の場へと移行していた頃に、そのざわめきを一瞬にして止める存在が現れたのだ。二人の視線は、にこやかな貴族の笑みを浮かべながら遅れて夜会の会場に入って来た黒衣の紳士に釘付けになっていた。


その視線の先に、国王と同等の権利を与えられたこの国唯一の大公家当主、レンザ・アスクレティの姿があった。



基本的に社交をしないアスクレティ大公家でも、年に数回は夜会に参加することがある。けれどその当主レンザはここ数年、ごく内輪の祝い事などに短時間顔を出す程度で、このような大規模な夜会に参加することはなかった。毎回しつこく招待状は送られているが、常に欠席の返答ばかりだった。今回も同じように不参加を表明していたが、そこにいきなり現れたのだから、誰もが驚きを隠せずにいた。


国王と同等の権利とは言っても表向きは大公家も王家の臣下であるので、驚きを隠せないでいる国王フリードリヒに挨拶をしに行く。何を話しているかは離れた場所にいるアキハの耳には届かなかったが、国王の後ろに控えている宰相コウライの顔色も良くないので、レンザが痛烈な皮肉でも投げ付けているのだろうと予測が付く。


レンザが登城してから、広い会場でも高位貴族がいる辺りでは空気がピリ付いていた。一人一人はそれなりに隠しているのだろうが、全体で見ればレンザ達の会話を気にしているのが丸分かりである。


(そりゃ、ユリちゃんに必要な魔法陣を巻き上げたんやし、嫌味の一つで済ませるんは優しいの最大級やで)


アキハもユリの体調管理に関わっているので、レンザが王家に献上した魔法陣のスクロールの件は知っている。それを聞いた時には国王と宰相の鼻に再生魔法を掛けて鼻毛を伸び放題にしてやろうかと思ったが、それを事前に知っていたレンザが劣化版を渡したのだと知って一応振り上げた拳を収めた。

しかしそれでも彼らのしたことは、なければ命に関わるような薬を患者から奪ったことに等しいと、アキハを始め大公家に連なる者は「王家許すまじ」の気概を心に掲げていた。



高位貴族達がレンザと国王のやり取りに注目していた時、その場所よりも遥かに後方、主に下位貴族達が集まっている方向から大きなどよめきが上がった。


「なっ…!」


そのどよめきに釣られてアキハが振り返る。そちらは下位貴族を中心にしたエリアで、出入口も近い。レンザ以上にどよめくような者がやって来たのかと、怪訝な顔をしたまま視線を向けると、そこには確かにレンザ以上の驚愕の人物が見えた。


家門の色である焦げ茶色の艶のある生地に、黒の絹糸で幾何学模様の刺繍を襟元にあしらった非常に落ち着いた風合いのフロックコートを纏い、杖こそ付いているがまさに威風堂々という足取りでコールイ・シオシャが入場して来たところであった。コールイは病のため療養中だという話が広まっていたため、まさか夜会に参加するとは予想していなかったのだ。

そしてその後ろに、一組の男女が続いた。人々がざわめいたのは、コールイだけでなくその二人にも向けられていた。


「ほう、シオシャ公爵閣下ですか。その後ろに『暁の女神』殿とは。これは実質二大公爵家がそろい踏みと言ったところですね。そしてもう一人…これは興味深い」


落ち着いた様子で感想を述べるノーイ伯爵は、まだ驚いた顔のままのアキハの頬に軽く指を添える。そのおかげでアキハはハッと我に返って、すぐに貴族らしい淑女の笑みを張り付ける。


「ええ、本当に興味深いことですわね」


アキハは落ち着いて受け答えていたが、言葉にいつもの島嶼(オキノツ)訛りが出ていないのは相当に混乱している証左だった。



コールイ・シオシャは、少し前に罪人として捕縛され、更に重篤な病も発覚した為に入院生活を余儀なくされていた。本来ならば爵位を取り上げて家門を取り潰されてもおかしくない程の罪状だが、そのことは世間には公表せずにいる。

シオシャ家は傍系王族として長く王家に仕えて来た忠臣であり、特にコールイは他国から「英雄」と呼ばれて人気が高い為、影響を考えると穏便に引退する方向にしたいというのが国の意向だ。その為、体調の不安を理由に今は急ぎ縁戚に相応しい後継者がいないか選定中となっている。


そんなコールイが夜会に姿を現し、しかも「暁の女神」と呼ばれる元バッカニア公爵夫人、オランジュを従えていたのだ。注目を集めない訳がない。そして彼女の隣にいる人物にも、大いに様々な感情の籠った目が向けられていた。


オランジュはバッカニア公爵の後妻として嫁ぎ、公爵亡き後に家門を支えた嫋やかな外見とは正反対の女傑として有名だ。現在バッカニア領は未だ領主不在のままだが、ここには数年後に第二王子エドワードが臣籍降下して公爵を継ぐことになっている。それに備えて、もう代理の妻がいなくても領政が回る仕組みを調え、今はオランジュは生家のパフーリュ姓に戻っている。それでも何か領内で起これば彼女が助言をして解決をしているので、領民から非常に慕われているのだ。そしてそのオレンジ色の瞳の色から「暁の女神」との呼び名が定着した。


オランジュはこれまで領政に全力を傾けていた為に表舞台に立つことは控えていたが、最近は社交界に復帰している。まだ若く美しい才女に、秋波を送る者は後を絶たない。これまで特定の相手はいないとされていたオランジュの隣に、見慣れない美丈夫を伴って現れたのだ。これで目が行かないという方がどうかしているだろう。


そしてオランジュをエスコートしている青年は、どの高位貴族も社交の場で彼の姿を見たことがなかった。スラリとした長身だが胸板は厚く、体躯を見て武門か騎士の家の出はないかと参加者達は予想を付ける。そしてこの国の貴族では珍しく小麦色の肌と、少し鋭い目付きが野性的ではあるが、所作が美しく丁寧であるせいか不思議な色香があった。


そして誰もがその青年に釘付けになったのは、白に近い発光しているかのような淡い金髪に薄紫の瞳という「王家の色」と呼ばれる色を持っていたことと、初めて見る顔であるにもかかわらずその面差しに皆が見覚えがあったからだ。


この色を持つ者は、かつて正当な王位継承者と定められていた。今の世では必ずしも発現するとは限らないので廃れた慣習となっているが、それに近しい色を持つ王族は多く、貴族達の間ではその色を持って産まれた子は歓迎されている。現在王家直系で「王家の色」を有しているのは、王太子ラザフォードと、その長子第一王女アナカナのみだ。


だが、突如現れた青年もまさに正統派の王家の色を持ち、更にその顔は国王のいる位置から一つ下がったところにいる先王ニコライの若かりし姿にそっくりだったのだ。



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「これ、結構楽しい!」

「乗り心地は大丈夫?」

「大丈夫!レンさんこそ重くない?」

「全然」


特に目的もなくブラブラしよう、とレンドルフとユリはエイスの街でもあまり行かない方向へ行ってみることにした。


レンドルフが騎乗して来たスレイプニルのノルドに乗って行けばすぐに街の端まで行くことが出来るが、何か違うことをしてみたいと言うユリの言葉で、レンドルフは貸し出し用の人力荷車を使ってみることにした。

これは人が二人程乗れる荷車の前に、足でペダルを踏んで車輪を回す乗り物が付いているものだ。馬車を使う程ではないが、持ち運ぶには少々嵩張る品を運搬する用に主に使われる。荷物の他に、馬に乗れない人がちょっとした遠出に行く際にも利用されている。


レンドルフは学生時代に同級生と何度か乗ったことがあったが、ユリは乗るのは初めてだということで、レンドルフが前に乗って、ユリは荷台の方に乗ることにした。

ただ乗る際にユリが食い入るように見入っていたので、きっとそのうちユリも前の方に乗りたがるだろうと、少し広い場所に出たら聞いてみようと思いながらレンドルフはペダルを漕いでいた。



「あ…」


不意に背後でユリが小さな声を上げた。ペダルを踏むと少しだけ軋む音にかき消されそうな程の音量だったが、レンドルフが聞き逃す筈がない。


「ユリさん、何かあった?」

「あ、ええと、その伝書鳥が来てるのが見えたから…」

「受け取らないの?」

「レンさんと一緒にいるのに、何か悪い気がして」

「気にしないでいいよ。何か急ぎの用事かもしれないし」

「…だから、それが悪いって言うか…」


ユリの最後の声はほぼ声になっておらず、さすがにレンドルフの耳にも届かなかった。レンドルフに言われてしまうと、ユリとしても無視することは出来ない。もし急な知らせであればそちらに行かなくてはならなくなるのが惜しい気がしたのだ。

けれど放置も出来ないので、ユリが手を翳すと頭上を飛び回っていた白い鳥の形をした伝書鳥が降りて来て、ユリの手の上で白い封筒に変わる。


「これ…!」

「何か急ぎの知らせ?だったら戻るけど」

「大丈夫!ただちょっと確認するから、そのまま進んで!」


ユリは封蝋の印を見て息を呑んだ。レンドルフが心配そうに声を掛けて来たが、ユリはそのままにしてもらって大急ぎで小型のナイフを取り出して封を切る。慌てていたので切り口がかなり歪んでいたが、中身に影響がなければ問題はない。


中から取り出したのは、蔦模様の透かしが入った上等な便箋だった。それを手にしたユリはすぐには開かず、大きく息を吸い込んで一度目を閉じた。


そして微かに震える指先で、そっと畳まれた便箋を開く。


「っ!」

「ユリさん?」

「う…」

「ユリさん!?どうしたの?気分でも」


息を呑んだユリの様子に、レンドルフが慌ててペダルを漕ぐ足を止めて、道の端に寄って手元の停止のレバーを引く。きちんと制止させてから足を着いて振り返ろうとした瞬間、ガバリと背後から抱きつかれた。


「ユッ、ユリさん!?」


レンドルフの胸の下辺りに回されたユリの腕は一周回るには到底程遠く、ジャケット越しに腹筋をガッチリと押さえられた。実のところ、背中に当たる柔らかな感触から気を逸らそうとして腹の方に神経を集中させているので、余計にユリの手の動きに気を取られてしまう。


「受かったあぁぁーーーー!!!」


アワアワとしているレンドルフに気付かず、ユリは抱きついたまま叫んだのだった。



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