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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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592.知りたくないもの、知られたくないもの


「私も、彼に色々とやらかしていて…その、謝罪の機会をうかがっていたのだ。だからユリアネ嬢も同じかと思い、一緒ならば謝罪の場が設けやすいかと…」


外からは分からないようにエドワードの口の動きは最低限のものであったし、表情も絵に描いたように爽やかな微笑みだ。しかし口を衝いて出て来る言葉はどうにも情けない類のものだ。


「エドワード殿下…」

「そ、その、自国の臣下を相手に情けないと思うだろうな」


レミアンヌはその通りだと思ったが、それでも肯定する訳にはいかずに、扇子で口元を隠しながら微笑んでいるかのように僅かに目を細めた。


「彼は、兄上の側近候補だった。だから、私があまり彼に近付くと混乱を招くと言われて…」

「それでわたくしを理由に機会を作ろうと?」

「申し訳ない。その、つもりだったのだが」



オベリス王国に来る前に、レミアンヌは当然この国のことも調べている。第二王子の婚約者候補として内々に打診があったのだから、特に王家周辺のことは念入りに両親が洗い出していた。


今の王太子のラザフォードは側妃の息子で、エドワードは正妃の息子だ。側妃は異国の姫であるが、遠方の国である上にオベリス王国よりも小国で後ろ盾はほぼない。この国でなければエドワードが王太子に選ばれていただろうが、この国は血筋や性別に拘らず長子相続を国で推奨している為、ラザフォードが選ばれていた。幸いラザフォードは慈愛に満ちた賢人の誉高い人物であり、エドワードとの仲も良好だと言われている。しかしだからと言って、全ての者がラザフォードの即位を歓迎しているものでもない。

その中で、ラザフォードの側近候補だったレンドルフとエドワードが必要以上に距離を縮めれば、確かに波風が立つことにもなりかねない。しかも王族からの謝罪ともなれば、いらぬ混乱を招くことになる。



(でもそれ、却って逆効果ですわよ…)


マリエールと遠話の魔道具で話した翌日から、レミアンヌはクロヴァス家のタウンハウスに面会を求める書簡を出していた。けれど返って来た返事は、丁重な断りの内容だった。前回送られて来た手紙とは筆跡が違っていたので代筆を頼んだか、或いはレンドルフの元に届いていない可能性もあった。何せレミアンヌは、クロヴァス家の一門からすればレンドルフの将来を潰した怨敵のような存在だ。レンドルフの手を煩わせることを望まず、知らせないで処理されてもおかしくない。

マリエールが予言を授かったと書けば気を引けるかもしれないが、万一それが漏れてしまえば大事になるので詳細は書けなかったのだ。


そこまで避けられているレミアンヌを理由に使えば、レンドルフの中でエドワードの株は駄々下がりするだろう。


初めてエドワードときちんと話をしたが、レミアンヌは外見は完璧な王子様であるのにどこか抜けている「残念王子」だな、と評価をそっと付けたのだった。



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夜会の準備で忙しい中、レンドルフは副団長のルードルフから直々に休みを取るようにと半ば命じられた。王家主催の夜会なのでいつも以上に厳しい警護体制になるのに、休みになったレンドルフを少し恨みがましい目で見る者もいたが、ルードルフが懸命に取りなしをしてくれたので多少はマシになった。


レンドルフが休みを取ることになったのは、その夜会にヴァリシーズ王国の外交官と留学生が参加する為だった。一年前にレンドルフが近衛騎士を解任されることになったのが、ヴァリシーズ王国の彼らを迎える為の謁見式の出来事だったのだ。その件は既にレンドルフが副団長の任を解かれて第四騎士団に異動し、内々で進められていたエドワードとの縁談を白紙にすることで両者手打ちとなった。


当事者のレンドルフからしてみれば完全に巻き込まれた形の災難ではあったが、その後にユリと出会い、友人も増えて満更ではない結果だと思っている。しかし未だにヴァリシーズ王国側はレンドルフへの対応が生温いと不服に思っている者もいるらしく、さすがにないとは思いたいが万一絡まれたりしては主催者である王家の顔に泥を塗りかねない。

夜会会場であるホールの外の警護に回すことも検討されたが、目立つ体格のレンドルフを完全に目に付かないようにするのは不可能であると、休みを取るようにと申し渡すことになったのだった。




その日レンドルフは、朝早くから体調を診てもらう為にエイスの街の治癒院を訪れていた。ヴァリシーズ王国の外交官達は夜会の参加なので顔を合わせることはないだろうが、それでも念の為と早くに王城を出発していた。


「担当医師の診療が押しておりますので、こちらでお待ちください」

「恐れ入ります」


採血を終えたレンドルフは、事務員に応接室に案内されて、そこで診察結果を待つことになった。検査の為に朝食を抜いていたので、終わったらギルドの裏手にあるミキタの店で昼食を食べるつもりだったが、この分だといつになるか分からない。


出してもらった紅茶にたっぷりと砂糖を入れて、レンドルフは鳴き止みそうにない腹の虫を誤摩化すことにした。しかし一向に効果もなく、レンドルフは三杯目の紅茶に更にひと匙多く砂糖を追加してそっと啜った。このままでは砂糖壷の方が空になりそうだな、などと考えていると、応接室の扉がノックされた。

ホッとして返事をすると、扉が開いて予想外の人物が顔を出した。


「クロウさん!?」

「レン殿、調子は如何ですか?」


大公家別邸で騎士を務めているクロウが、片手に紙袋を抱えて応接室に入って来たのだ。休暇なのか、騎士服ではなく随分ラフな恰好をしていて、冒険者と言っても通りそうだった。


「そろそろお昼時ですから、差し入れです」


クロウは持っていた紙袋をレンドルフの前に置いて、その口を開ける。その中から香ばしい匂いが一気にレンドルフの鼻先を掠めて、これまでで一番大きな腹の音が鳴った。


「あ、ありがとうございます…でも、どうして」

「大公家の敷地内での客人の負傷ですから、きちんと最後まで責任を持つようにとご当主の命で伺いました。診察やそれに伴う治療費、騎士団を休んでいた分の補償などなど、です。それでこちらもその一環ですよ。さ、ひとまず冷めないうちに食べちゃいましょう」


紙袋に印刷された店名を見ると、ミキタの次男のユーキが店主をしているパン屋で、レンドルフも気に入っていて何度も購入している店だ。焼き立てを買って来たのか、中から取り出すとまだほんのりと温かい。クロウも「俺も昼飯がまだなんで」とレンドルフのはす向かいに座ったので、何となく一緒に食べることになった。


「その後何か体調の変化などありました?」

「特にはなかったです。大公家で治療していただいたおかげです」

「それなら良かったです。これで検査結果にも問題がなければ、ユリ(お嬢)さんも一安心ですね」

「そう、ですね…」


サクサクのデニッシュ生地の中にシャッキリとした歯応えの残る甘酸っぱいリンゴ煮を入れたパンをほぼ二口で食べ終えたレンドルフは、指先を紙ナプキンで拭いて、少し口ごもるような素振りを見せた。


「気に掛かることでも?」

「ええと…その、あの夜の魔獣襲撃は少ししか記憶がなくて」

「ああ、それは聞いてます。何か思い出したことでもありました?」

「いえ…それは相変わらずで。ただ、どうやらフリアイを討伐したと聞いたので…クロウさんはその時近くにいたりしませんでしたか?」


そうレンドルフに問われて、クロウは一瞬視線を泳がせる。近くにいたも何も、フリアイの中から産まれた黒い異形と共に屋根の上から落ちて来たレンドルフを助けたのはクロウなのだ。けれど、ユリの意向はレンドルフが忘れているのなら思い出させないままでいた方がいいとのことで、それを汲むようにするのは別邸に仕える者の絶対だ。その為、どこまで話していいものかの線引きを判断するのに迷ってしまった。


「ええと、レン殿が高いところから落ちた時に、その近くにいましたが」

「その時、俺は何かしていませんでしたか?奇行とか、おかしなことを口走ったとか」


落ちたところを目撃した、程度ならば嘘でもないし話しても大丈夫だろうと伝えたのだが、クロウの言葉にレンドルフは急に前のめりになって焦ったように聞いて来た。その勢いに、クロウは不意にレンドルフの本気の殺気を向けられたことを思い出して少しだけ体を引いてしまった。

今のレンドルフは一切敵意などは向けていないのだが、魅了に囚われて理性の箍が外れた状態の純度の高い殺気は簡単に忘れられそうになかった。


「あ…すみません。その、おそらくフリアイはハーピーと同じく魅了と幻覚魔法を使って来ていたと思うんですけど、俺はその耐性がほぼゼロで、あの時は魔道具の効果が切れていたのもあって記憶が飛んでしまったんだと思うんです」

「ああ、なるほど」

「その…魔獣の魅了を受けて記憶が飛んだのは初めてなので、自分がどんな状態になったのか不安で」

「俺も自分のことで手一杯で、正直あまり把握していないのです。お役に立てずすみません」


実際は近くで見ていたのだが、あまり詳細を話して思い出されても良くないと判断して、クロウは見ていなかったことにして頭を下げた。それにレンドルフは慌てて首を振る。


「いいえ!それは仕方ないです!あと、そのもう一つ聞きたいことが」

「俺で分かる範囲でしたら」


応接室の中にはクロウの他誰もいないのだが、何故かレンドルフはキョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見回し、少し声を潜めてクロウに顔を寄せた。


「その、俺が目を覚ました時に、ユリさんの後ろにクロウさんもいましたよね」

「ええ、お嬢さんの護衛として任命されてましたから」

「記憶では一度だけなんですが、ユリさんの話だと、俺の治療に何度もユリさんが協力していたとか」

「ええ、してましたね」


クロウが肯定すると、レンドルフは耳まで真っ赤になって俯いてしまった。


魅了のせいで正常な判断の出来ない中で、投薬の為の注射を攻撃と見なして治療が出来なかったレンドルフを唯一落ち着かせることが出来たのがユリだった。それで合計三回の投薬時に、ユリがレンドルフを抱きかかえて補助していたのだ。レンドルフの話では、すっかり魅了から抜け出していた三度目しか記憶にないらしい。その前の二回ともクロウも付き添っていて、レンドルフはぼんやりとしていたがユリと会話が成り立つ程度にやり取りするのは耳にしていたので、不思議なものだと思う。


「そ、その、ユリさんが治療を協力するのを指示したのは…」

「さあ…俺はそこまでは。でも、あのお嬢さんのことだから、レン殿を引き留めたことに責任を感じて自分から言い出したんじゃないですかね」

「そう…ですか」


もうこれ以上赤くなりようがない程に顔を赤くしたレンドルフは、うっすらと額に汗までかき始めていた。そして何度か何かを言おうと口を開きかけて閉じるのを繰り返して、ようやく覚悟を決めたのか両手をギュッと握り締めて顔を上げてクロウを見据えた。


「ユリさんには伝えないで欲しいんですが」

「お嬢さんに?…ええ、まあ…いいですよ」


ここでの会話は聞かれているので、ユリはともかくレンザには丸々伝わってしまうだろう。クロウはちょっとレンドルフが気の毒だと思いつつ、ユリに対して他の追随を許さない過保護なレンザを止めることは不可能だ。クロウに出来ることは、あまりユリに対して下世話な内容でないことを祈るだけだ。


「覚えてはいませんが、多分、俺は…彼女の幻覚を見ていたと思います」



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幻覚魔法は、術者そのものを別の姿に見せるものと、他者の精神に働きかけて別の姿に錯覚させるものの二種類がある。前者はほぼ見破ることは不可能と言われているが、常に魔法を行使していなければ偽の姿を保つことが出来ないため魔力消費が激しく、術者の集中が切れただけでも崩れてしまう。短期的に使うのには有効であるが、実戦向きではない。後者の場合は相手の精神や記憶に依存するので、魔力消費は少なく長期間保つことが出来る。

魔獣が行使する幻覚魔法は記憶依存の方なので、大抵の場合は「一番大切な存在」に見えてしまうのだ。それは家族であったり、恋人、友人など人それぞれだ。互いに違う人物が見えたことで婚約を解消した話や、全く自覚がないのに特定の相手が見えて初めて自分の気持ちに気付たりしたという話もある。


実のところ、レンドルフの母が正式に婚約を交わす前に幻覚魔法で父の姿を見て自覚したという話は、幼い頃から繰り返し聞かされている。



「だから、覚えていなくても、言動に出ていたのではないかと思うと不安で」

「不安、ですか…?」


クロウはレンドルフの不安が理解出来ず、思わずキョトンとした顔になってしまった。ユリとレンドルフは家格も年齢も釣り合うし、どちらも婚約者などはいない。それに何より覚えていなくてもユリの幻覚を見たと思えるのならば、気持ちの上で何ら問題はないのでは?とクロウは首を傾げたくなってしまった。

それに端から見ていれば、「何で二人とも付き合ってないんだ?」と問い詰めたくなるくらい分かりやすい態度なのだから、今更ユリの幻影を見たからといって不安になる意味が分からなかったのだ。


「俺からすると、不安になる要素が分かりませんが」


クロウも貧乏とは言え伯爵家の出なので、大公家の縁組みが一筋縄では行かないことくらい分かっている。当主のレンザが動いていないところを見ると、色々と課題は多いのだろう。けれどユリが大公女だと知らないレンドルフからすれば、何ら障害はないように思える筈だ。一番大切な人が見える幻覚にユリの姿を見たと自覚があるのなら、むしろレンドルフ主導で積極的に動いていてもおかしくはない。


「その…ユリさんには、知られたくないんです…」

「はぁ!?」


体に見合わぬか細い声で呟いたレンドルフの言葉に、クロウは思わず大きな声を出してしまった。


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