表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/625

18.全力の手合わせ

戦闘(手合わせ)、怪我の表現あります。ご注意ください。


待ち合わせの時間になったので、二人でギルドの受け付けに行くと、ちょうど「赤い疾風」メンバーが持ち込み登録を済ませたところだった。



「おー、レン!調子はどうだ?折角手合わせすんだから万全じゃないと困るぜ!」

「大丈夫だよ」


見るからにテンションが高そうなタイキが、レンドルフの姿を見つけるとブンブンと手を振って来た。

タイキの格好は、先日顔合わせをした時と殆ど変わらない軽装だった。自分の鱗で防御力を上げられるので、鎧を付けていると却って動きにくくなるのだろう。唯一違うのは、腰のベルトに下げている剣だった。左右にそれぞれ長さも形状も違う剣を下げているので、二刀使いなのかもしれない。

他の三人は、革の鎧を装備している。クリューは装備の上に先日とは違うローブを身に着けて、手には魔石が三つほど埋め込まれている杖を持っている。それを持っている手にはおそらく魔力補助や防御などの付与をした装身具をかなり付けている。体力や力のない魔法士の冒険者はそれで補うことが通常だ。見えていないところにも装着しているのだろう。

ミスキは弓を扱う者らしく、背中や腰に幾つかの矢筒を携えている。腕には自動装塡可能なクロスボウを装着していた。背中にはショートボウも括り付けられている。

彼らの中でバートンは一番重装備だった。役割がタンクなので当然だろう。自身の身長と大差ない大盾を担いでいて、腰にも接近戦用の幅の広い短刀を二本下げていた。盾で相手を止める時に負担がかかる体の左側に分厚そうな装備を集中させている。



「じゃあ演習場へ移動しようぜ」


かなり大きな袋を担いで、ミスキが全員を促した。


「俺が持つよ」

「おお、助かる」


レンドルフがその袋に手を伸ばすと、ミスキがあっさりと渡して来た。袋は思ったよりもズシリと重たく、中でカチャカチャと音を立てている。


「一応いつもより多く回復薬用意しといた。タイキが張り切ってるからな。気にせず頑張れよ〜」

「それ、俺が使うってこと前提?」

「使わないといいねえ」


鼻歌混じりでミスキはレンドルフの背中をポンポンと叩いた。



----------------------------------------------------------------------------------



「ええと、一応考えてみたんだけど、三対三に分かれて手合わせしようって思うんだ。」


ミスキの提案で、タイキをメインにしてフォローをバートンとミスキ、対するは、レンドルフをメインにフォローと後衛はユリとクリューで分けるということにしたらしい。


「一番の目的は、お互いの実力を知ることなんだけど、タイキがレンと手合わせしたいって煩いんで、初っ端で悪いがガツンと遠慮なくやってくれ。とは言え俺達もレンに実力を示さなきゃならないから、きっちり攻撃は仕掛けさせてもらう。時間は30分。その前にヤバそうなら止めに入る。そんな感じでいいか?」

「ああ、構わない」


ミスキは、袋に入った回復薬をちょうど半分に分けて半分は自分が、もう半分はユリに渡した。ユリが持ち込んだタイキ用の特殊回復薬は、手合わせが終わった後に使うものらしく、通常のものより効果の高い中級回復薬と共に演習場内にある安全ゾーンを作り出す魔道具にしまわれた。


「そんじゃ、これから10分間作戦タイムね」



演習場の左右に分かれて、それぞれの三人が顔を突き合わせる。


「まあ間違いなくタイちゃんはレンくんに突っ込んで来るとして」

「あとの二人がどう動くかよね」


彼らのことをよく知っているクリューとユリに任せて、レンドルフは黙って聞くことにした。取り敢えず、タイキがレンドルフに突っ込んで来ることはどうあっても確定らしい。


「レンくんがタイちゃん相手にしてるところにバートンが遅れて突っ込んで来るとさすがにレンくんも大変だろうから、バートンの足止めはあたしがして、ミスキの遠距離はユリちゃんに攪乱してもらおうかな」

「ミス兄の矢は風魔法でなるべく散らす方向ね。時間が決まってるから、魔力量は気にせず落としに行った方がいいかな」

「そうね。でもあんまり強いのだと足を取られるから程々にね」

「了解」


ミスキは同時に数本の矢を打つことが出来るのだが、全ての矢を方向も強さも速さもバラバラに打つことが可能なのだそうだ。矢の威力はそこまで高くないが、場を混乱させるには持って来いらしい。その為風魔法などで飛んで来た矢を散らすのは難易度が高い。しかし今回は短期集中なので、魔力量を気にせずに大きめの風魔法で吹き飛ばすことに決める。


「あたしの魔法ではタイちゃんの動きが速過ぎて止めるのは困難だから、タイちゃんは全面的にレンくんに任せるわぁ」

「分かりました」


何となくまとまって立ち上がると、既に話し合いが終了していたらしいタイキ達はそれぞれに体を伸ばすなどしていた。


「そっちの準備は大丈夫か〜?」


レンドルフがユリとクリューの前に立って、チラリと後方の二人に顔を向ける。二人ともレンドルフに軽く頷いてみせる。


「ああ、大丈夫だ」


リラックスした様子で手足をブラブラと振っているタイキを前に、後ろで控えているバートンが盾を構えてグッと腰を落とした体勢を取る。更にその後ろに立っているミスキが片手を上げた。開始の合図は彼がするようだ。

レンドルフも腰から模造剣をスラリと抜いて重心を少し下げる。


両陣営の間に、一瞬ピリリとした空気が走る。


「始め!」


ミスキの声と同時にタイキが案の定飛び出して来る。踏み込む一歩が大きく、空を飛ぶように一瞬で間合いを詰めて来た。正面で対するレンドルフもいつもよりも強めに身体強化を掛けているので、彼の動きは確かに速いが対応できないほどではない。が、あと少しで来ると思った瞬間、タイキの姿が視界から消えた。


「あたしっ!?」

「アースウォール!」


レンドルフに辿り着く直前、突然の方向転換で横に飛んで斜め後ろに控えていたクリューに向かっていた。一瞬の隙を突かれて脇を突破され、レンドルフはすぐさま後方に地面を蹴りながら土魔法を展開させた。

タイキがクリューの元に到達する寸前、土の壁が彼女の足元から出現してタイキの眼前を塞ぐ。


「甘い!」


咄嗟だったので十分な強度がなかった土壁は、いつの間に抜いたのか、タイキの右手に握られた短剣で瞬時に砕かれた。短剣というにはやや刃渡りが長く細身で、土壁は刀身とそれを握る彼の拳で同時に破壊されたようだった。しかし、一撃で砕かれたとは言えその僅かな一瞬でも、レンドルフがタイキの正面に回るには十分な時間だった。

砕けた土の向こうから、顔の前に長剣を構えたレンドルフがタイキの短剣を受け止める。タイキはその動きを読んでいたかのように、短剣とは反対側の左手で長剣を抜きざまにレンドルフの脇腹を狙う。レンドルフは自分の長剣の根元まで受けていた短剣を滑らせ、柄で押し込むように軌道を変えてタイキの長剣を防いだ。タイキの長剣は極端に弧を描くように反りが強く、レンドルフの真っ直ぐな長剣では止めきれずに滑るように横に薙ぎ払われる。その切っ先はあと少しでレンドルフの腹に届きそうになったが、紙一重で躱された。


しかし、タイキはその瞬間にレンドルフが僅かにバランスを崩したことを見逃す筈がない。タイキの細くしなやかな体躯はどんな体勢からでも攻撃を出せる。通常ならあり得ない体勢をしていながら、タイキは振り抜いた長剣を持つ腕を捩って下から斬り上げる。


ガンッ!!


一瞬、タイキは何が起こったか分からず、ただ本能的に後ろの飛び退いた。斬り上げた方の左手がビリビリと痺れている。そしてすぐ鼻先数ミリのところを鋭い風が掠めたのを感じた。


目の前にはレンドルフが、腰を深く落として長剣を横に薙ぎ払っていた。


斬り上げた長剣をレンドルフが柄で直接刀身を殴りつけ、強引に長剣を横なぎに振るったのだとタイキはすぐに察した。考えるよりも速く後ろに飛び退いたおかげでタイキもギリギリで躱せたようだ。


タイキは、自分の血液が沸騰するような感覚が走り抜けるのを感じた。意識していなくても、彼の口がニィ、と横に裂ける。


「イイネェ」


ペロリと唇を舐めると、自分の尖った牙で舌先が傷付き微かに塩辛い味が口内に広がる。だがタイキは血が沸くほどに興奮して、そんなことは一切気にならなくなっていた。ユラユラと陽炎のように視界が揺れるが、それは最も調子がいい時の状態なのは分かっている。


目の前にいるレンドルフは、ずっと崩したことのない柔らかな表情も消え失せ、ただ鋭い視線でタイキを見据えている。その目の奥には怒りや憤りなど一切存在しない、温度のない冷たい静謐が湛えられている。


その目を見ているタイキの背筋にゾクゾクとするような震えが走る。喉の奥から獣のような唸り声が漏れた。それと同時に肌の上で弾けるような音色と共に、彼の特殊な皮膚が一気に開花して全身を覆った。彼の鱗の色は透明に近いのだが、光を反射してまるで金属のように輝く。その鱗に覆われたタイキは、まるで全身鎧を纏ったようにも見えた。


「タイちゃん!?」


タイキの変容に、クリューの焦ったような声が響く。その声を背中に受けながら、レンドルフはさしたる驚きもなく鱗に覆われたタイキを見ていた。通常であれば多少は驚いたのかもしれないが、それよりもタイキから放たれている殺気にも似た気配への警戒に、別の感情を回している余裕がなかった。ほんの数手剣を交わしただけなのに、全身に汗が滲む。


タイキが地面を蹴って、今度はレンドルフに一直線に突っ込んで来る。その蹴った後の地面は大きく抉れていた。


ガツッ!!


正面からぶつかって来たかと思ったのだが、勢いがあり過ぎたのかレンドルフの剣で受け止めたところから流されるようにはるか後方にタイキが飛んで行った。その勢いのまま地面に激突し、土煙を上げながら転がって行く。その転がった後の地面もヒビが入り抉れている。


(これが制御できないってことか)


タイキには力はあるが制御が出来ないためランクが低い、と言われていた所以を目の当たりにして、レンドルフはこめかみから顎を伝う汗を拭う。


「レン!」


誰かの声がすると同時に、すぐ背後まで迫って来ていた足音に気付いた。


土槍(アースランス)!」


転がって行ったタイキから目を逸らさずに、気配だけでレンドルフの魔法が背後に伸びた。地面から尖った土の槍が一斉に飛び出して来て、背後から近付いて来る気配が少し遠ざかる。


「うぉっ!?」


背後からレンドルフに攻撃を仕掛けようとしていたバートンが、足元から無数に出現した土の槍に思わず飛び退く。しかし、そこまで足の速くないバートンは追いつかれて、手にした大盾で次々と槍を砕いた。たちまち足元に大きな瓦礫が詰み上がって、足元の安定が悪くなる。


雷球(サンダーボール)!」

「クリーン!」


動きの鈍ったバートンに、クリューの雷魔法が飛ぶ。最初の一撃をどうにか避けて、バートンが上位の生活魔法を使った。生活魔法は基本的に攻撃力はないが、使い方によっては戦闘でも有利な使用方法は幾らでもある。バートンは広範囲の掃除に役に立つ生活魔法を使用して、足元に詰み上がっていた瓦礫を自分の周辺から一掃した。完全に平らにすることは出来ないが、動くのに支障のないレベルにまで地面が片付く。


土埃の中から再び飛び出すようにタイキが跳ね起きた。そしてレンドルフに向かいかけ、また最初の時のように急に方向を転換して、次はユリの方へと向かった。今度はレンドルフもその動きには備えていた為、即座にタイキの剣が振り下ろされる前にユリとの間に滑り込んだレンドルフの長剣が的確に弾き返す。


二人の剣が当たる度、とても人間同士のぶつかり合いとは思えないほどの固く重い音が響く。


「すご…」


スピード重視の戦闘スタイルのタイキに対して、体の大きなレンドルフは不利にも思えたが、どちらも一歩も引かない。誰からともなく思わず声が漏れた。目に身体強化を掛けても追えないほどに速度を上げているタイキの猛攻に、一見レンドルフは防戦一方のように見えたが、時折タイキの太刀筋が不自然に乱れる。

やがて、タイキの持つ短剣が半分ほどの場所から折れた。おそらく目には留まらないほどの隙を突いて仕掛けられていたレンドルフの攻撃が効いていたのだろう。


「やった…!」


ユリは、先程から絶え間なく射掛けられるミスキの矢を風魔法で絡めとりながら、レンドルフの方に視線を向けた。


一体どれだけの量を持ち込んだのか、ミスキの放って来る矢は、絶妙にユリとクリューとレンドルフの距離が開くように次々と仕向けて来る。勿論矢じりは削ってあるので当たっても怪我をすることはほぼないが、当たればそれなりに痛いし、訓練であっても本気で避けねば意味はない。

レンドルフにも向けて放たれる矢は、彼の戦闘の妨げにならないように距離があるうちにユリが全て風魔法で落としてはいたが、緩急自在で射掛けてくるミスキの矢は一度の風魔法では落とし切れない。一度魔法を放った後に重ねるようにしてすぐさま次の魔法が必要になる。だが、あまり重ね過ぎると今度は威力が大きくなり過ぎる。レンドルフの近くで強い風魔法を使用して、舞い上がった土で視界を妨げないとも限らない。大した魔力は消費しないので魔力量は十分残っているが、どちらかと言うと弱い方の調整があまり得意ではないユリは、集中力を保つ方が苦しくなって来ていた。


「当たった…!」


クリューの雷魔法がバートンに当たり、バートンがガクリと膝をつく。しかしそれまでにユリの風魔法の範疇から逸れたミスキの矢を躱していたので、大分体力が削られたようだ。彼女は遠目で見ても肩で息をしていた。


「バートン!」


開始位置からほぼ動いていないミスキが、初めて声を上げた。そしてまだあれだけの量の矢を持っていたのかと驚く量の矢を、斬り結んでいるレンドルフとタイキに向けて放った。


「タイちゃん巻き込む気!?」

風圧(エアプレス)!」


焦ったクリューの言葉に呼応するように、バートンが今まで温存していた風魔法を放つ。それで操って矢をレンドルフに集中させるのだろう。


風槍(ウィンドランス)!」


同じ風魔法のユリが、バートンよりも上位の風魔法を使って先に矢の操作を制しようと集中した。


「待ってた」


ユリがレンドルフの方に意識を向けた瞬間、ミスキの落ち着いた声が響いた。


ハッとしてユリがミスキに視線を戻すと、いつの間にかショートボウの方を構えたミスキが、二本の矢をつがえていた。ユリは何かあると悟ったが、先に放った魔法の制御に集中を取られていたせいかすぐには反応が出来なかった。


ミスキの放った矢の一本は、高く上へ向かい弧を描いて落ちて来る。その落下地点はレンドルフとタイキがいる場所だ。そして遅れて放ったもう一本は、ちょうど最初の矢が彼らの頭上に達したところを掠めて直線に飛んで行く。

これがレンドルフの体に当たるような軌道であれば、彼も反応しただろう。だが、確実に当たらない軌道であったことで、タイキの攻撃を受けることを優先した。


頭上から来た矢には、何か小さな袋が括り付けられていた。一瞬、何かあると視認はしたものの、次の瞬間には別の矢が掠めてその小さな袋を破っていた。


「うわっ…!」


レンドルフは、目に激痛を感じて思わず目を閉じた。


近距離でタイキと斬り結んでいた状態で、視界を奪われることは致命的だ。


「喰ラェ!」

「ぐっ…!」


考えるよりも早く、レンドルフは右腕に痛みを感じると同時に手にしていた剣を手放して、痛みの先にあるタイキの体を掴んだ。鱗に覆われていた彼の体はガラス片が付いているような感触で、手の平にザクリと刺さるのが分かったが躊躇いなく全力で掴み掛かる。そして全く見えないながらも右手で掴んだ感覚を頼りに、思い切り引き寄せて確実にタイキの体があると思われる部分に容赦なく左手の拳を叩き込んだ。



もしこれが視界が少しでもあった状態ならば、多少手加減が出来たかもしれなかったが、全く目が見えない状態だったレンドルフは、渾身で強化を掛けた拳を振り抜いた。そしてそれは見事にタイキの脇腹にめり込むように命中した。彼の腹も覆っていた鱗は砕け、手甲の関節部分に入り込むようにレンドルフの左手の指の付け根にも砕けて刺さったが、そこまで気に留める余裕はなかった。



「ギャーーーー!ストップストップ!!タイキ、待て待て待て」

「落ち着いて!タイちゃん!!ハウス!ステイ!!」

「レンさんも!レンさんも止まって!!」



まだ掴んだ手を緩めずに次を構えたレンドルフの周りで、何か焦った声が飛び交ったかと思うと、奇妙な香りがして掴んでいたタイキの体から力が抜けてグニャリと地面に崩れ落ちた。彼をしっかり掴んでいたレンドルフも、釣られて一緒に座り込んだ。



----------------------------------------------------------------------------------



頭に血が上っていたのか、一瞬自分の状況が全く分からなかった。レンドルフは、ようやくハアハアと肩で息をしていたことに気付いて、それと同時に刺すような目の痛みに襲われて呻き声を上げた。


「ああ、駄目!擦らないで!!」


思わず顔に手を当てようとすると、柔らかいものが腕に絡みついて来る。それは意外と強い力で、簡単に振り解けそうにない。しかしそうは言われても、痛みを自覚すると目だけでなく顔全体がピリピリと痛み出して、涙と鼻水が止まらない。


「ちょっと待ってろ。すぐに浄化する。クリーン」


ガシリと頭を大きな手で掴まれて、強引に上を向かされる。しかし次の瞬間には嘘のように顔と目の痛みが消え去った。急に楽になって目を開けると、目の前にはバートンのゴツい顔があった。状況が読めなくて、レンドルフはポカンとした顔で何度か瞬きをしてバートンの顔を眺めてしまった。


「おい、クリュー、タオル取ってくれんか。レンの顔拭いてやらんと。こんな綺麗なご面相で鼻水垂らしてんのは見てて気の毒だ」

「ああ、はいはい、あたしがやるわ。ちょっとじっとしててねぇ〜」

「あ、の、自分で…」

「手に怪我してるから、治療終わるまで動かないで」


クリューに顔をゴシゴシと拭かれながら、何とか視線を下に向けると、ユリがレンドルフの腕に絡み付くようにして彼の手に顔を近付けている。見ると、いつの間にか手甲が外されていて、レンドルフの両手は血まみれになっていた。


掴んでいたタイキとともに地面に座り込んで、少しの間意識が飛んでいたらしい。顔の痛みが無くなると、今度は両手の痛みが襲って来た。特に右腕の痛みは脳天に響くようなものだった。


「鱗の破片が入ったまま回復薬使うと、手の中に残っちゃうから。痛いだろうけどちょっとだけ我慢してて」

「あ、うん。ありがとう…」


レンドルフの左手をタオルで包むようにして、ピンセット片手にユリが傷の具合を見ている。レンドルフが礼を言うと、手を止めてパッと見上げて来た。


「良かった、いつものレンさんだ」


ユリはそう笑いかけると、またレンドルフの手に顔を近付けて治療を再開した。


「あの…色々ご迷惑を…」


何だか急に気恥ずかしくなって、レンドルフは顔が熱くなるのを感じた。だが、それをごまかそうにも両手が動かせない。


「タイキは…」

「大丈夫よぉ〜。睡眠粉つかって強制的に眠らせたからぁ」


クリューの指し示す方に顔を向けると、半分鱗に覆われた姿でタイキが転がっていた。先程一瞬だけ感じた奇妙な香りは睡眠粉だったらしい。レンドルフは防毒の装身具を付けているので無効化されているが、タイキは特に付けていなかったようだ。

戦っている最中は分からなかったが、透明な鱗の下にうっすら透けて見える彼の体はかなりボロボロになっている。


「結構大変なことになってる気がするけど…」

「あー大丈夫大丈夫。起きて回復薬飲ませりゃすーぐに治るから。こいつ丈夫なのが取り柄だし。それよりもレンの方が重傷っぽいけど、大丈夫なのか?」

「俺は…」

「中級レベル。もー、初めての手合わせでする怪我じゃないからね」


レンドルフの問いに、タイキの側に座り込んでいるミスキが軽い口調で答えた。逆にミスキの問いにレンドルフは「大したことはない」と口を開きかけたが、ユリが被せるように口を挟む。


「言っとくけど!タイキだって普通なら中級レベルの負傷だからね!タイキは丈夫だから下級で済むけど、中級になったらミス兄にもタイキ用の特殊回復薬飲ませるから!」

「いやホント申し訳ございません」


ユリの抗議に、ミスキは食い気味に座ったまま深々と頭を下げた。


「ねえ、レンくんは水魔法使えるって言ってたよね?治癒とか浄化は使えないの?」

「すみません、俺はその二つは全然使えなくて」


クリューの質問に、レンドルフは軽く頭だけを下げる。

怪我や病気の治療に使える治癒魔法や、消毒代わりになる浄化魔法は聖魔法の範疇だが、例外的に属性魔法では唯一水魔法にも含まれる。もっともこの二つの水魔法は上位の魔法に入るので使い手は多くなく、便利ではあるがやはり聖魔法に比べて効果は落ちる。


「レンさんは他の魔法がすごいから謝る必要はないよ。はい、左手動かしてみて」


刺さった鱗の欠片を取り除いて、ユリはレンドルフの左手に回復薬を掛けた。回復薬は基本的に飲用が一番効果が高いが、外傷に直接掛けてもそれなりに効果はある。左手の方はそれほど深い傷はなかったので、掛けた側からあっという間に傷が塞がる。


「どう?動かしてみて痛みが残ってるとか、違和感とはない?」

「大丈夫。問題ないよ」

「そう。後からでも違和感があったら医者に診てもらって。……問題は右腕だけど。もう直接治癒院か神殿連れてった方がいいかなあ」

「これくらいなら回復薬でも治ると思うけど」


ユリがそっと袖をめくり上げると、レンドルフの右腕は紫色になってパンパンに腫れ上がっていた。レンドルフは今までの感覚から、おそらく骨にヒビが入っているだろうと判断した。この程度ならば普通の回復薬数本を飲むか、それよりも効き目の高い中級の回復薬を飲めばすぐに治る筈だ。騎士団の訓練でもこの程度の怪我はそこそこよくあることである。


「骨のヒビはね。でも回復薬飲むと、鱗が刺さったままで傷まで回復しちゃう。この状態で傷の様子見るのに手を動かさない訳にはいかないし。ヒビのまま腕を捻ったりするのは痛いでしょ」

「回復薬を飲んだ後にもう一度手を切って取り出すとか」

「聞いてるだけで痛いから止めてー!」


さらりと物騒な提案をするレンドルフの言葉に、ミスキが耳を塞いで叫んだ。


「レンさん」


場違いなまでに冷たいユリの声がした。ギクリとしてレンドルフがユリに目を向けると、顔は笑っているがものすごく冷たいオーラで満ち溢れていた。その圧力に、レンドルフは思わず身が引き気味になってしまった。


「薬師見習いでも、一応医療に携わってる身としては、治しておいてわざと傷を付けるとか非っ常ーぉにあり得ないお言葉を聞いたような気がするんですけど?」

「え…いや、その」

「何とおっしゃいました、レンさん?」

「イエ…何モ…」


小柄なユリに完全に威圧負けしているレンドルフの姿がツボに入ったのか、悪いと思いつつクリューがこっそり背を向けて笑いを堪えていた。しかし、肩が小刻みに震えているので全く堪えられているように見えなかった。


「レンさん、防毒の装身具外せる?麻痺粉があるから、それをちょっとだけ使って傷の方治療しちゃおう」

「ええと…イヤーカフと…チョーカー。あと…服の下の腰にも付けてる」

「その手じゃ誰かに外すの手伝ってもらわないと、だね。どうする?ここで治療するか、治癒院か神殿に行くか」

「出来ればここで頼みたい、けど…」

「ワシが手伝うぞ」

「俺も。こんだけ怪我させたのも俺の責任だし」


さすがに腰に付けているのは服を脱がせてもらわなければならない。すぐにバートンとミスキが引き受けてくれてレンドルフはホッとする。


「ミスキはここで治療した方が安上がりだから言ってるんじゃないでしょうね?」

「違うって!そういうの止めてくれる?ユリの目が痛い痛い!」


半目で疑いの眼を向けて来るクリューに、ミスキは大袈裟なまでに否定する。



即効性のある回復薬があれば大抵の怪我や病気は治るので、治癒院や神殿で魔法士などを頼る者は多くない。しかし、回復薬で治らない場合や、患者本人の体力が消耗し過ぎていて却って回復薬が悪い方へ作用する場合などもあるので、人の手で治療を行う場は必要である。そしてそういった場所に運び込まれる患者は難しい処置などが伴うので、どうしても治癒院や神殿での治療は高額になってしまうのだ。



レンドルフの大変強い希望で、女性二人には背を向けてもらって、その間に腰の装身具を外してもらう。女性陣には「別にいいのに」「減るもんじゃないし」などとブツブツ言われたが、レンドルフはそこは断固拒否した。

とは言うものの、服を脱がせたミスキが「めちゃくちゃ腹筋割れてる!叩いたら音がしそう!」などと口に出して色々と実況したため、レンドルフはどちらにしろ真っ赤になる羽目になったのだが。



----------------------------------------------------------------------------------



麻痺粉は、その名の通り触れたり吸い込んだりすると体が麻痺する毒の一種であるが、場合によっては怪我の痛みを軽減させたりすることにも使用する。一般的に使われるものは、後遺症など出ない程度に効き目を弱くしたものではあるが、悪用を防ぐ為に使用者はきちんとした資格が必要となる。同じ理由で、睡眠粉も資格が必要となるが、その資格はユリとミスキが取得していた。

ユリは薬師という仕事柄、当然取得しなければならないのだが、ミスキは幼い頃に力の制御が出来なかったタイキを制止する為に必要だったのだ。


今はその機会も減ったが、暴走を止められない方が危険と言うことで、タイキには防毒の魔道具を装着させずにいるのだ。



「じゃあ少しの間、息苦しいだろうけどそのままでいてね」


防毒の装身具を外したレンドルフは、麻痺粉を吸い込まないように口と鼻の部分にタオルを二重に巻かれている。ユリが右腕にサラサラと麻痺粉を振り掛けてしばらくすると、腕の感覚が無くなって来るのが分かった。


「ゆっくり動かすけど、痛かったら左手を上げて教えて」


レンドルフが頷くのを確認して、ユリはそっとレンドルフの手の平を上に向けるように回す。特に痛みはないようだったが、レンドルフの顔を確認しながら動かしていた。


「じゃあこっちの鱗も取るから。途中で効き目が切れて来たらちゃんと教えてね。我慢はしない!いい?」


ピシリと指摘されて、レンドルフはコクコクと何度も頷いた。その様子を、彼の後ろで見ていた他のメンバー達は、何とも微笑ましい気分で眺めていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ