17.生姜の炊き込みご飯おにぎり
朝からよく晴れた日だった。
エイスの街のギルド前で、レンドルフは外に設置されたベンチで皆を待っていた。通りかかる人がレンドルフをチラチラ見ているが、誰も声を掛けて来ないので敢えてそこは見て見ぬ振りをしていた。先日もそうだったが、ギルドに来るとどうしてか視線を集めてしまうらしい。今度ユリにでも聞いてみようと思いつつ、することもないのでぼんやりと空を眺めていた。
レンドルフが注目を浴びているのは、荒くれ者の多い冒険者ばかりの中に混じって、どう見ても品の良い貴族な騎士がいるので戸惑いと困惑の視線を向けられているのだ。だが、彼にはあまり自覚がなかった為、単純に疑問に思っていた。
今日は様子を見ながらだが実戦に近い手合わせをしてみようと言うことで、討伐に行く際の装備で来るようにと指定されていた。
レンドルフは色々悩んだが、王城で訓練時に着ていたものではなく故郷で魔獣討伐に行く際に使用していたクロヴァス領産の鎧を装着して行くことにした。鎧と言っても、クロヴァス領では機動力優先の装備なので、革製で関節や急所をカバーする程度の軽装備に見えるものだ。何せ強大な力のある魔獣相手では、どんなに固い装甲で全身覆い尽くしても、まるでチーズでも裂くかのようにあっさり貫通される。防御で受けるよりも機動力を上げて一撃を避ける方が生存率が高いという先人達の経験から、クロヴァス領での鎧はこのようなスタイルになったのだ。
ギルドや街中で何度か冒険者達を目にして、おそらくクロヴァス領産の鎧が一番それらしいだろうとも確認していたので、今回のチョイスに至ったのだ。
「レンさん、こんにちはー!今日も早いのね!」
「ユリさん、こんにちは。楽しみ過ぎてノルドを飛ばし過ぎたんだ」
道の向こうから、レンドルフの姿を見つけたユリが走って来た。今日は彼女も冒険者風に革の装備とふくらはぎくらいまでの長さのあるポンチョを纏っている。髪も低い位置でキッチリとまとめ、シンプルな銀色のバレッタで留めてあった。まだ街中の為かポンチョの前側をしっかり留めてないので、胸元に揺れる前に贈った白い石の付いたペンダントが見えて、レンドルフは思わず頬が緩んでしまうのを押さえられなかった。
「遠くから見たら、どこの歴戦の猛者がいるのかと思っちゃった」
「そう?ずっと実家で使ってた装備だからかな。使い込んでるけど、手入れと付与はしっかりしてるから大丈夫だよ」
「だからかぁ。すっごくレンさんに似合ってる!」
「あ、ありがとう」
ユリはレンドルフの腕の辺りの装備をまじまじと眺めて、「なるほど、こういう造りもあるのね」などと感心しながら呟いていた。王都から遠い辺境領の装備はあまりこちらでは扱っていないらしい。
「あ、そうだ。レンさんも一緒に持ち込み登録しちゃおうか。折角早く来てるんだし、説明聞いた方がいいし」
「うん。お願いします」
ギルドの演習場には、予め持ち込む物を登録しておく必要がある。誰も目の届かないところで違法行為などが行われるのを避ける為だ。登録をしていない武器などを持ち込んだ際は演習場の入口で魔道具が反応するので、悪質と判断された場合は騎士団や警邏隊などに通報されてそれ相応の罰則を受ける。
「模造剣とかの貸し出しもあるけど、レンさんは自分の持って来てるよね?」
「それはちゃんと準備して来た。でも、これも危険って取られないといいんだけど」
「それは…ギルドの判断じゃないかなあ」
レンドルフの体に合わせた通常よりも大きい模造剣を見て、ユリは否定し切れずに首をひねった。レンドルフが軽々扱っているので見た目には分からないが、実は重さも通常の倍以上ある。これが頭に一撃でもしたら、確実に危ない。
「その時は貸し出しのを使うよ」
レンドルフは苦笑しながらユリと演習場担当の窓口に向かった。
その窓口には様々な魔道具が置いてあって、持ち込む物の危険度の判定をするものや、持ち込み可能にする登録印を付けるものなどがある。
「本日の午後から8番演習場ご予約の『赤い疾風』様ですね。ギルドカードをお預かりします」
レンドルフが色の付いた新人用のカードを出すと、一瞬受付の職員はカードとレンドルフを見比べたようだったが、そこは顔に出さずに淡々と処理を進めていた。前回の予約時に、使用メンバーとして登録の確認をしているようだ。
「私、結構細々持ち込むもの多いから。レンさんお先にどうぞ」
「分かった。じゃあお先に」
レンドルフは、腰に下げていた剣と短剣を外してまず預ける。こちらは危険物扱いとなって持ち込めない為、一旦ギルドに保管してもらうのだ。
「こちらが模造剣ですが、重いので気を付けてください」
「はい」
片手でレンドルフが持っているが、彼の体格と大きさからそれなりの重さを想定していたのだろう。だが、それをはるかに越える重さだったらしく両手で受け取った職員がよろけた。
「これは…大丈夫…かな〜?」
さすがに規格外の重さだったらしく、奥から数人の職員が出て来てレンドルフの模造剣を囲んで何やら相談していた。
「ご本人以外は使えないでしょうし、相手は…ああ、あの『赤い疾風』ですか。では、大丈夫でしょう」
審議していた中でも年嵩の職員がそう判断して、レンドルフの模造剣に使用許可の登録印が押された。これは一定の時間が経つと消えると説明される。
「ありがとうございます」
返された模造剣をヒョイと片手で受け取ると、一瞬だが剣を囲んでいた職員達が動きを止めた気がした。
「次はこちらをお願いします」
今度はユリが手にした袋の中から幾つもの瓶と、比翼貝に入った軟膏、包帯や治療に使う簡易器具などを受付のカウンターの上に並べた。騎士や冒険者は討伐や遠征などで怪我も多い職のため、自分達である程度応急処置は出来る。そして薬師は、医者ほどではないにしろそれなりに本格的な見立てや処置も出来るのだ。ユリは薬師見習いとは言え、揃えられた医療品はかなり本格的な物だった。
「はい、確認します」
こちらは慣れた手つきで、彼女の出した品をテキパキと魔道具に翳して行く。
「あれは回復薬?」
「そう。でもちょっと特殊な物だから、薬師ギルドでは扱ってないの。あ、別に違法な物じゃないからね」
通常の回復薬は、精製する薬師が薬師ギルドから指定された瓶に入れて、全てをギルドに納品しなければならない。そういった正規品は決して安価ではないが、品質は保証されている。ただ薬師ギルドを通していない回復薬もない訳ではないが、それは厳密には違法に当たる。品質の保証はなく、それで万一のことがあったとしても購入者の責任になってしまう。そしてそのような怪しい薬を売った薬師も、発覚すれば罪に問われる。とは言え、様々な事情があって正規の回復薬が入手できない場合もあるので、そこまで厳しく取り締まられていないと言うのが現状でもあるが。
演習場を使用する場合、通常の回復薬は使用予定本数をギルドに申請して受付で買う形になっている。ユリが持ち込んでいる特殊な窓口で販売していない物は、こうして個人で別途に持ち込んで登録を受けるのだ。
「体質によって普通の回復薬が効きにくい人もいるから、そういう人は薬師と直接取り引きするの。ちゃんと薬師ギルドに申請出してるから、問題ないわよ」
「それって、もしかしてタイキの?」
「うん。亜人種とか、異種族の混血とかは基本的に普通のレシピじゃ効きにくいの。でも普通の人も、アレルギー体質とかでダメってこともあるから、意外と特殊回復薬の需要は多いんだよ」
「そうなんだ」
説明をしてもらっている間に、ユリの持ち込み用の確認が終わったようだった。
「お待たせしました。全て持ち込みに問題はありません」
「ありがとうございます」
ユリが全てを袋の中にしまい込んで手続きを終えて時計を見ると、まだ予約の時間までには早かった。
「レンさんはお昼は?」
「うーん、手合わせでどのくらい動くか分からないから、一応軽めにしておこうと思ってるんだけど、ユリさんはいつもどうしてる?」
「私は後方支援でそこまで動かないから普通に食べちゃうけど。でもレンさんは多分タイキが張り切って掛かって来るだろうから、結構動かされるかも」
「じゃあユリさんと同じくらいの量にしておけば大丈夫かな」
「そうね。レンさん食べるもんね」
ギルドのすぐ裏手にあるミキタの店に行くことも考えたが、あの店ではつい食べ過ぎてしまうという意見が一致して、二人はギルドの建物内にある食堂を利用することにした。
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セルフ形式の食堂で、並んでいるメニューをトレイに載せて最終的に会計をするシステムだった。ギルドカードと繋がっている口座に残金があれば、魔道具にカードを翳すだけで自動引き落としで手軽に支払いも出来る。
レンドルフの先日持ち込んだホーンラビットと山鳥の素材の代金を入れてもらったので、それで食事代には十分な残金があった。
ユリはミックスサンドとサラダ、レンドルフは牛肉のトマト煮込みを選んだ。
「あれは…コメ?」
「あ、レンさん知ってた?」
「前にステノスさんが食べてたから。でも色が違うような…?」
「ああ、あれは味を付けて調理してあるのよ。『タキコミ』って言って、コメ自体に味が染みてるから、そのままおかず無しで食べられるよ」
「ああ、そっか、ユリさんもミズホ国に詳しいんだっけ」
皿の上に、手の平サイズ程度の薄茶色のボール状のコメが乗っていた。先日一口味見をしたコメは、あまり味がしていなかったが、味が染みているというのはなかなか想像がつかなかった。
レンドルフは一瞬悩んだが、思い切ってその皿を取ってトレイに乗せた。
「挑戦するんだ」
「この前白いのはちょっとだけ味見させてもらったんだけど、味がついてるのは想像つかないから」
「私は美味しいと思うよ」
「それなら楽しみだ」
それぞれのカードで支払いを済ませると、レンドルフがヒョイと片手でユリのトレイも運ぶ。普通のサイズのトレイなのだろうが、ユリが持っていると大きくて大変そうに見えたのでつい持ってしまった。
「レンさん、私に過保護すぎない?」
「そう…かな?」
そんなやり取りをしながら、ちょうど窓際の席が空いていたのでそこに落ち着く。
「レンさん、そのコメ、そうやって丸めてあるのはサンドイッチみたいに手で掴んで食べられるよ。ミズホ国では、そうやって携帯食にしてるの」
「へえ、そうなんだ。じゃあそれに合わせて」
各テーブルの上には、浄化の魔道具が設置されていた。それで手を清めてから、レンドルフはソロリと「タキコミ」と言われた料理を手に取る。思ったよりもしっかりしていて、簡単には崩れないようだった。
ハムリと控え目に一口齧ると、以前に貰ったコメよりも少し歯ごたえがあるような気がした。噛み締めると、小さな粒にしっかりと味が染みているようで、ほんのりとした甘辛い味とシャクシャクした歯応えに、ピリリとした刺激が遅れて舌の上に広がった。
「これは、生姜、かな?うん、美味しい」
「今日は生姜のタキコミなのね。このコメって、色んなもので味を付けられるから、結構色んな種類があるよ」
「それは面白いね。……この前ユリさんにもらった干し魚の粉末?みたいな味がする」
「ああ、コメって水で炊く…ええと煮る?みたいな調理法で、タキコミはその水に味をつけて染み込ませるから、あの粉末を使ってるのかもね」
「本当にユリさんは色々詳しいね」
ただのコメだと少々香りが独特で慣れなかったが、このタキコミは生姜とほのかな魚の香りがして美味しく感じた。最初の一口で大丈夫と感じたので、次の一口は大きく頬張る。モチモチとした食感と、噛み締めると染みて来る味が今までになくて楽しかった。
その後、牛肉のトマト煮込みも完食して、まだ少し時間があったので追加で紅茶を購入する。
「あ、そうだこの前レンさんが解体してくれたホーンラビットの角、高く買い取ってくれた人がいたから支払うね」
「えっ?それは別に…」
「レンさん?」
反射的に遠慮しようとしたレンドルフに、ユリが笑顔で圧力を掛けた。それで彼も察したのか、少し俯いて「ありがとう」と呟いた。
「俺、あんまり相場とか知らないんだけど、これは多すぎない?」
ユリに手渡された銀貨を見て、レンドルフは戸惑って自分の手の上とユリを見比べてしまった。
「すごく状態が良かったのと、解体料も込みで。あと、一緒に取ってもらった血液の分も入ってるから。少しイロを付けてくれたけど、ほぼ相場よ」
「あ、ありがとう」
最初の素材代は自動的に口座に入ってしまったので、こうして手の上に乗せた硬貨が嬉しく感じた。勿論騎士団からの給料は支払われているが、自分の手で仕留めた獲物で稼いだという実感は初めてだった気がしたのだ。
もし時間があれば、帰りにこの銀貨でミキタの次男が営んでいるパン屋で使用人達に土産でも買って帰ろう、とレンドルフは考えながら大切に財布の中に銀貨をしまった。
「今日は、手合わせって言ってたけど、どんなことするんだろう」
「うーん、まずはレンさんの実力が見たいから色々やってもらうと思うんだけど…」
「魔法の実演とか?」
「本当はそういうのから始めるのが普通だと思うけど…タイキが張り切っちゃうと思うんだ…」
「張り切る?」
「うん…多分、結構全力の手合わせになる…んじゃないかなー…」
「全力…」
話ながら遠い目になっているユリに、レンドルフは落ち着かない気持ちになる。
「あ!あのフォローはするよ?今回は大目に回復薬用意してるし、いざって時は麻痺粉とは睡眠粉とか使ってタイキ止めるから!」
「ユリさん…むしろ不安しかないんだけど?」
「デスヨネー」
取り敢えず、タイキが暴走するかもしれないということだけは分かった。しかし、レンドルフも騎士団の訓練や模擬試合でさえ対人に全力を出したことがない。手抜きをしているつもりはないが、どうしても無意識的に人に対しては魔獣とは違う怖さを感じてしまうのだ。
学園を卒業してまだ騎士団の見習いだった頃、それを早々に総括騎士団長に見抜かれて、「苦手を克服するよりも得意分野を伸ばした方が良い」と異例の近衛騎士団への配属が決まったという経緯がある。おそらくクロヴァス領で培われた「人は味方」という意識がどこかに染み付いてしまっているのだろうと指摘も受けた。故郷で繰り返し連れられて行った国境の森は、人と協力をして魔獣を倒さなければ命が危ない場所だ。そのせいで、人を敵として認識する判断が僅かに遅いらしかった。
とは言え、その認識のズレも守るべき者がいた場合はほぼ起こらないと分かっているので、王族を守る近衛騎士は彼にしてみればこれほど向いている職はなかったのだ。
「どこまで出来るか分からないけど、頑張ってみるよ」
「そうね。なるべくどれくらいの能力があるかはお互い把握しておきたいしね。タイキは結構クセはあるけど、強いのは間違いないから、変に遠慮しない方がいいと思う」
ユリ曰く、タイキは実力だけで言ったらAランクでもおかしくないそうだ。属性魔法は一切使えず、身体強化だけと言ってはいるが、おそらく自己強化にあらゆる属性を乗せているらしい。魔獣の魔法攻撃も身一つで弾き返せるそうだ。しかし時折自分の力を越える強化を掛けてしまうらしく、制御できなくなることが度々あった。その為、制御された状態でランクを計る為にCランクで留まっているということだった。
「クリューさんも、魔法だけで言ったら多分Aランクだよ。でも体力があんまりないのと、全力で魔法打ったら魔力切れで当分動けなくなっちゃうから、Dランクだって言ってた」
「雷魔法の使い手って今まで会ったことないから、どんな力なのかは興味あるな」
「麻痺とか気絶とかはすごく助かるよ。広範囲の小さい魔獣とかは一気に行動不能にしてもらえるし」
「赤い疾風」での対魔獣の基本的な戦略は、クリューが力の弱い魔獣を雷魔法で行動不能にした後、群れのリーダーや大物をバートンが引き付けて足止めをしてタイキが仕留めるというスタイルらしい。タイキは力の制御が不安定なので、動いている魔獣をバートンが足止めすることで成功率を上げるそうだ。ミスキは、大物が複数いる場合や、クリューの魔法で行動不能にし切れなかった物を倒したり回復薬を回したりしてフォローに徹している。そこにユリが入る場合は、ユリが回復を一手に引き受けられるので、ミスキ曰く「楽でいい」そうだ。
「私はレンさんの戦い方も楽しみだなあ。剣と魔法だとやっぱり剣がメイン?」
「どっちかと言うとそうかな。囲まれた時なんかは防御に土魔法使いながら戦う時もあるけど、組む相手次第かな。お互い慣れてないと巻き込んじゃうし」
「剣と同時展開!?それってすごくない?」
「慣れればそうでもないと思うよ。ああでも火魔法は魔法に集中しないと制御に失敗するかも。相手と距離がある時は、土魔法と火魔法の複合で通常より固い防御壁を作ったりは出来るよ。ただ水魔法は攻撃魔法よりは補助的な方が得意だから、戦闘中にはあんまり使わないな」
「聞けば聞くほどレンさんが凄い…」
複数の属性魔法を使えるのも珍しいが、複合させて同時展開できるというのも相当珍しいのだ。それだけ使えれば、魔法士を名乗っていてもおかしくない。
「そうかな?」
あまり自覚がないのか、レンドルフは少々怪訝な顔をして首を傾げていたのだった。




