閑話.ウォルターとレナード
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整然とした部屋の中では、ただペンを走らせる音だけが響いていた。その静謐な空気の中、時折遠くから太い号令のような声が聞こえて来る。
この部屋の主は、書類をキリのいいところまで仕上げ、インクの着いたペンを丁寧に拭くと大きく溜息を吐いて掛けていた眼鏡を外した。
軽く目頭を数回揉みほぐして時計に目をやると、そろそろ次の予定が迫っている時間だった。
まだインクの乾き切っていない書類をそっと机の脇に寄せると、引き出しの中から手の平ほどの大きさの魔道具を出して指先でトントンと叩く。
「そろそろタンザナイト殿が来る時刻だ。茶の用意を頼む」
その魔道具に向かって声を掛けると、一瞬だけフワリと光を帯びる。
これは離れたところに声を届けたり、送られた声を受信することが出来る魔道具だ。遠話の魔道具ほどの距離は出せないし、声を送受信することは出来るが時差が発生するので会話は出来ない。だがこの建物内で仕事で使用するには十分な機能だ。
以前試しに、時差なく互いに会話が出来る物を導入してみたのだが、いつでも話せるということで時間を考えずに相談事を持ち込む者が多発して、書類業務やスケジュールに支障が出た為に今は会話が出来ない物になっている。指で叩く回数によって、予め登録した魔道具に声が届く。彼の言葉は、階下の秘書官の執務室に送られていた。
インクの乾き具合を確認して、彼は机の上の書類を束ねて封筒に入れる。それと同時に、先程の魔道具から小さくチリン、と鈴のような音が鳴った。彼がその魔道具に触れると、『タンザナイト近衛騎士団長様が到着されました』と声が届いた。
しばらくすると、文官の案内でウォルター・タンザナイト近衛騎士団長が現れた。見上げるような体躯に、標準装備されている眉間の皺を見て、彼は微かに口角を上げる。ウォルターとは付き合いが長いので、その皺の加減で機嫌の状態が分かってしまうのが可笑しかったのだ。本日のウォルターは大層機嫌が悪そうだ。
彼に続いてすぐさま茶器がセットされたティーワゴンを押した秘書官もやって来る。レナードは「後はこちらでする」と受け取って、手ずから二つのカップに紅茶を注いでテーブルの上に置いた。
「ミスリル統括騎士団長殿、忙しいところ失礼する」
「こちらこそわざわざ足を運んでもらって申し訳ない」
ウォルターはソファにどっかりと座っても、厚みのある体なので立っている時と圧はあまり変わらない。
「それで?今日はどこの苦情処理の依頼だ?」
ウォルターが出された紅茶に手も付けずに腕を組んだままなので、彼は促すように足を組み直しながらゆったりと背もたれに身を預けた。口調も崩して気楽な空気を作る。
「ウォルター、このままサボりに来ただけなら俺は勝手に書類仕事を続けるが?」
「王太子側妃殿だ。あいつを引き取りたいと俺に直接言って来た」
ウォルターが重い口を開いてそれだけを言うと、彼は目を丸くして一瞬動きを止めた。
「これはこれは、結構なお名前が出て来たな」
「気楽に言うな。レナードのところにもそれなりに情報は来ているだろう」
「そうだな」
そう言って彼、レナード・ミスリル統括騎士団長は軽くこめかみに指を当てて揉みほぐした。
「それにしても、近衛騎士団の秘蔵っ子は随分と人気者だな」
「そうさせたのはお前もだろう」
「否定はしないさ。あれだけ護りに特化した才能を無駄にする気はない」
「…それにあいつはもう近衛騎士団ではない」
「……そうだったな」
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王城の騎士団でトップの二人が話題にしているのは、先日近衛騎士団を解任されて、現在休暇中となっているレンドルフ・クロヴァスのことだ。当人は控え目な性分でその気はなかっただろうが、良くも悪くも目立つ人物である。
彼の身に降り掛かった災難は、事実は公に出来ないまま「国の事情」として騎士団内に通達している。勿論それで納得する者はないだろうし、それぞれが独自で情報を集めてある程度のことは知れ渡っているだろう。
レンドルフの休暇後の処遇はまだ確定していない。近衛騎士団は解任になったが、まだ籍は王城騎士団にある。もし休暇後に王城を去ることになったとしても、国より与えられた正騎士の資格を有している。正騎士の資格を持った者を自領の専属騎士団に引き入れたいと思う者達が、水面下で既に動き始めていた。それに、色々と憶測はされるだろうが正式に何か罰を受けるようなことは一切記録されていない。レンドルフには武門の名門と名高い辺境伯家の出身で、史上最年少で近衛騎士団副団長に就任したという立派な肩書きは残る。その肩書きだけでも囲い込むには十分な魅力のある物件だ。
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「それで?側妃殿は何と?」
「側妃殿のご実家の侯爵家で専属騎士にしたいと言われた。そしてご実家から連れて来ている護衛騎士に指名したいそうだ」
「侯爵家から連れて来られるのは女性騎士だけだろう。近衛騎士団では手が足りてないからこそ特別に許可されている筈だが」
基本的に王族の護衛を務めるのは近衛騎士団の団員である。女性王族には男性が入れない場に同行する女性騎士が必要となるのだが、もともと女性騎士の数は少なく、近衛騎士団に所属可能な爵位と実力を持った者となると数名しかいない。現在いる女性騎士は王妃と王女だけで手一杯になってしまう為、直系の王族ではない配偶者は実家などから特別に護衛騎士を連れて来ることが許可されているのだ。
「ご自身ではなく、末の王子殿下の専属護衛に付けたいようだ」
「それなら…王太子の許可があれば特別に認められなくもない、か」
近衛騎士団は王族の護衛が主ではあるが、その王位継承順に護衛の手厚さが如実に変わる。現在王太子には正妃との間に王女と王子が一人ずつ、側妃には王子が三人いる。残酷なようだが側妃の末王子にまでなると、近衛騎士が護衛に付くのは一人ほどで、不足している人員は王城の護衛を担当する第一騎士団から出されることが多い。それを理由に、元近衛騎士のレンドルフを護衛として付けたいと言えば特例として何とか通せるかもしれない。特に王太子の口添えがあれば、間違いなく通る案件である。
「当人が望めばいいんじゃないか?」
「レナード…お前も分かってるだろ。ただでさえ厄介な状況なのに、そこにあいつを放り込むつもりか?火事場に火薬を放り込むようなもんだ」
「そうは言っても、当人の希望をなるべく優先するように、と王命が出てるだろう」
今の王太子の子供達は、正妃の長女と側妃の長男が同い年であった。男女問わず長子相続が望ましいと国法にも記載されている為、その流れで行けば正妃の第一王女が僅かに生まれ月が早い為、王太子が即位すれば彼女が後継の王太女となる。しかし、つい近頃まで男子の長子が相続することが当然であった為、未だに国内では女性が当主になることに抵抗がある貴族は多い。国の方策としては、性別や血筋などに関係なく優秀な人間に活躍してもらわなければ、あっという間にかつてのような荒廃した国土に逆戻りになる。一度滅びる寸前にまで弱った国力は、現在は多少回復したとは言え、未だに薄氷の上を歩いている状態なのだ。
この国法が定められて以降、王家ではずっと長子は王子が続いていたのだが、現在の王太子の長子が王女だった為に、良くも悪くも今後の王家の動向に注目が集まっている状況だった。もし長子ではない王子が王太子になった場合、制定した筈の国法が完全に形骸化し、少しずつではあるが女性の地位が見直されて来ている風潮に王家が逆風となってしまう。しかし、古きを重んじる貴族も多い中、女王が国を纏め上げるのは茨の道になるのは予想がつく。
まだ王女も王子も幼いので、今後の素質次第であろうと現在は静観している者が大半ではあるが、これは嵐の前の静けさであることは国の上層部にいる者達は承知していた。
「ラザフォード殿下はレンドルフを友人と思っているからな。あいつが側妃殿の元にいれば殿下も足が向く回数が増えるかもしれんな」
「博愛主義も脆いものだ」
「レナード、いくら何でも不敬が過ぎるぞ」
レナードの言葉に、ウォルターは顔を顰めた。眉間の皺がより一層深くなり、もはや名刺くらいなら挟めそうな感じだ。不機嫌そうな表情に拍車がかかる。
王太子ラザフォードは、かつて政略とは言え仲睦まじい正妃がいた。だが、彼女が流行病で子を成すことが難しいことになり、派閥のバランスなどを鑑みて二家の侯爵家からそれぞれ側妃を迎えた。王太子は、子を成せない正妃の立場を重んじたのか、側妃に対しては全く平等に振る舞ったのだ。その結果、二人の側妃はほぼ同時に身籠った。
その頃、残念なことに正妃が亡くなり、繰り上がるように先に子を産んだ方が正妃として選ばれたのだった。しかし立場は変わっても王太子は二人の妃にはあくまでも平等に接した。決して王太子と二人の妃との仲は悪い訳ではない。しかし、我が子が王位に就けるか否かは母の立場としては別物なのだろう。王太子が平等が故に、年々妃達の派閥の対立が顕著になりつつあった。
「いっそ殿下がどちらかに偏ってくれれば臣下も『王太子派』として動けるのだがな」
「それは…そう思わんでもないが。お優しい方なのだ」
近衛騎士に就任したばかりの頃から、レンドルフは王太子の護衛に付くことが多かった。気性が穏やかで優しいレンドルフと、年の近かったラザフォードは気が合ったらしく、ラザフォード自身がレンドルフの護衛をよく指名していたのだ。レンドルフが史上最年少で副団長に選出されたのも、多少は影響があったのかもしれない。
そのレンドルフが、謂れのない理由で解任されたことをラザフォードは何より心痛めていた。彼の今後の動向に付いては、誰よりも気に掛けていることだろう。
目敏い貴族はそれをいち早く察知して、レンドルフを自陣営に引き込むことは、王太子を引き込む一手になるのではないかと画策を開始している。今のところレナードとウォルターの騎士団トップが撥ね除けているが、休暇期間が終われば周囲が煩くなるのは間違いないだろう。
一応高位貴族にあたるレンドルフの実家がある程度の防波堤になればいいのだが、彼の実家は中央から遠く、権力に頓着しないクロヴァス辺境伯家だ。当人もその気質を受け継いでいるらしく、何度か遠回しに今後の希望を打診したものの、返って来るのは「ご命令があれば従います」というものばかりだった。
「側妃殿が動き始めたとなると、王太子正妃殿のご実家も動くか」
「その前に第二王子も動いているぞ」
「はあっ!?」
やれやれとうんざりした口調で呟いたウォルターに、レナードがサラリと追加の名を挙げる。思わず立ち上がりかけたウォルターは、うっかりテーブルに足をぶつけてしまい、その上に乗っていたカップが傾いて中の紅茶が半分ほど零れてしまった。
「落ち着け」
「いや、すまん…つい」
「今タオルを持って来る。そのハンカチで拭くな。娘殿に怒られるぞ」
「お…おう…そうだな」
紅茶は幸いテーブルの上に広がっただけで、床の絨毯までは汚さなかった。ウォルターは慌てて懐から取り出したハンカチで吸い取ろうとしたが、それをレナードに止められる。見ればウォルターの手に握りしめられているのは、まだ幼い娘が拙いながらも懸命に刺繍してくれたハンカチだった。
先日もレンドルフに貸してしまいむくれられたばかりであった。もっとも、後日綺麗に洗濯をされて良い香りになった上に、王都で有名な菓子店の焼き菓子詰め合わせとともに送り返されて来たのですぐに機嫌は治ったのだが。
持って来たタオルでサッとレナードがテーブルの上を拭いて、中身が半分以下になってしまったウォルターのカップを下げる。そして部屋の隅に置いてあるティーワゴンに乗っている保温の付与が掛かっているティーポットから新たな紅茶を注いだ。
「今度は熱いからあまり暴れるなよ」
「い、いや…申し訳ない」
大きな体を小さくして反省しているウォルターを見て、レナードのいつも怜悧な印象を与える灰色の目がほんの少し温度を持ったようだった。
「それで…第二王子殿下の事だが…」
「まあ動機はそこまで深刻ではないがな。しかし、仮にも王子が動くとなるとそれなりに大きな尻尾が付いて来るのが厄介だな」
「レナード、だから不敬が過ぎると」
「大丈夫だ。この部屋の防音は王太子の執務室並に厳重だ。だからお前もここに来たのだろう?」
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レナードに、レンドルフのその後の処遇に付いて打診をして来たのは、第二王子エドワード本人だった。
彼は兄のラザフォードを慕っており、自分のせいで友人のレンドルフを遠ざける事態を招いてしまったと、こちらも心痛めていた。近衛騎士からしてみれば、レンドルフは王太子の専属護衛ではないので、第二王子の護衛に付くことも当然の任務だ。彼が気にすることではないのだが、ラザフォードが落ち込んでいるのを見て罪悪感を持ってしまったらしい。
そこで、レンドルフが次に配属される部署が決まっていないのなら、祖父の専属護衛騎士に推挙できないかとレナードに持ちかけて来たのだ。エドワードの言う祖父とは、現王妃の父であり、現宰相の侯爵家当主だ。もしレンドルフが護衛騎士になれば、宰相と共に王や王太子の御前に伴われる機会も多くなるだろう。近衛騎士程ではないが、兄が友人と顔を合わせる機会が多くなるという実に単純な理由からの打診であった。
それ自体は兄想いの弟、で済むのだが、巻き込んでいる周辺が大物過ぎる。もしレンドルフが出世欲や野心を持った若者であるならば、それこそ選り取りみどりな喜ばしい状況である。しかし、おそらくレンドルフの性格上、ただただ困惑するだけだろう。
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「もう困った顔で『オ任セシマス』とか繰り返すあいつの姿しか思い浮かばんのだが」
偶然にもレナードと同じ想像をウォルターもしていたようだ。
「側妃殿にエドワード殿下。そのうち正妃殿も動きそうだし…他にも打診やら抗議やらが来てたな」
「ああ。とは言えこちらはほぼレンドルフの身内のようなものだな。まあ、彼らからすると王城の騎士団の信頼が余程失墜しているようだ」
そう言ってレナードは手紙の入った文箱ごとウォルターの前に置いた。ウォルターは思ったよりも多い束に一瞬手に取るのを躊躇ったが、仕方なく上からめくって行く。
まずレンドルフの実家のクロヴァス辺境伯。その大半が実家への帰参要請と騎士団に対する抗議だった。一応言葉は丁寧だが、烈火の如く吹き出す怒りが文字の向う側から透けて見えるようだった。しかも日を分けて何通も来ている。代替わりして兄が当主だが、歳の離れた弟のレンドルフのことは息子同然に可愛がっているらしい。
そして彼の両親である前辺境伯夫妻からも書簡が届いている。こちらは苦情というよりは、今後の処遇についての懸念が綴られていた。おそらく母親である夫人が書いたのだろう。優美な文字と美しい言葉の羅列の中に、鋭い剃刀の刃のようなヒヤリとした的確な皮肉を混ぜて来るところが実に見事だった。さすがに独身時代に社交界の白百合の君として、当時の淑女の頂点を担っていた一人だっただけはある。
次いでやんわりとした表現の貴族らしい文言ではあったが、それに油断すると揚げ足を取られそうな気配の漂うデュライ伯爵家。この家は、レンドルフの母の実家であり、現在は彼の伯父が当主を務めている。中央の政治に深く関わっている家門ではないが、歴史は長く治癒や浄化の魔法を含む高度な水魔法の使い手を多数輩出しているため、決して無視は出来ない存在だ。その存在を匂わせながら、良い縁談もこちらで用意しているというような旨が続いている。
他には血縁ではないが、ノマリス伯爵家も自家への推挙を申し出ている。先代伯爵夫妻がレンドルフの両親と親友だったそうで、なかなか王都に来られないクロヴァス家の代わりに、息子達が王都の学園にいる間は親代わりになって面倒を見ていた実績がある。こちらも武門の家系なので、ノマリス家の子息とも随分親交を深めて、互いに切磋琢磨する良き友人同士であったそうだ。先代の伯爵は第四騎士団団長を務め、伝説級の話題には事欠かない人物であった。更に今は彼の孫娘が女性初の団長職に就いている。それ故に騎士団での発言権はかなり強い。
そしてもう一つは、非公式ではあったが隣国の辺境伯家からであった。隣国とは約50年前の戦争寸前だった諍いから国交は絶たれている。しかし、20年ほど前にクロヴァス家子息が婿に行ったことから、非公式ではあるが少しずつ国交が回復しつつある国だ。そこからも、いっそ薄情な国を捨てて来てはどうか、と直接な物言いで綴られている。
身内として考慮できる家門だけでなく、他にも学園で友人関係であったという繋がりや、護衛任務で守ってもらったという当人も忘れていそうな僅かな縁を繋ごうとしている家からも手紙が届いていた。
レンドルフ自身が特に報告をする必要がないと判断したので知らされてはいないが、この騒動の元凶となったヴァリシーズ王国の留学生レミアンヌ・ユリアネ公爵令嬢からも「公爵家の力の及ぶ範囲で何でもする」という手紙まで貰っていることが分かったら、二人は確実に頭を抱えたであろう。
「は、ははは…もうここまで来ると、いっそ争奪戦でもして優勝者に渡してやりたくなるな」
「まあそうなればクロヴァス家が勝つだろうさ。本当に困ったらこの手を使えばあいつもそう悪いことにはならないだろう」
レンドルフの預かり知らぬところで、おそらく人生最大のモテ期が来ているのだろうが、その状況を正しく把握している騎士団トップの二人は、深い溜息を吐いて疲れたように項垂れたのだった。
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「本当に…あいつはどうしたいのだろうな」
「さあな。あまりせっついて休暇期間中にずっと悩ませるのはしのびなくて、こちらからもあまり聞いてはいない」
「おい、レナード。そうなると決めるのはお前になるんだぞ」
「そうなったら俺の元で副団長にでもなってもらうか。王城騎士団初の統括騎士副団長だな」
レナードは涼しい顔でそう言って、大分温くなってしまった自分の紅茶を飲み干した。
第一から第四までの騎士団を纏める地位の統括騎士団長。もう長らくこの地位に就いているレナードだが、これまで副団長や近しい補佐官を置いたことはない。もしレンドルフを副団長に置いたならばそれはそれで一波乱も二波乱もありそうではある。が、彼が人を傍に置きたがらない理由を知っているウォルターは、その発言はレナードの冗談だと分かり切っていた。
贔屓の引き倒しをするつもりはないが、やはり前途ある若者を理不尽な騒動を収めるために犠牲にさせてしまったことは、二人の中では如何ともしがたい感情として渦巻いている。当人の気持ちに沿ってやりたいと思いつつ、なるべく良い形でその後の道を作ってやりたいとも考えていた。だが、こうしてトップ同士が頭を付き合わせていてもなかなか良い案は出ないでいた。
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「そろそろ時間なので、俺はこれで失礼する。忙しいところすまなかったな」
壁にかかる時計を見ると、面会終了の時間が迫っていた。
「いやなに。大してもてなしも出来なかったが」
「次に来た時は上等なワインでも用意してくれ。渋みが強い赤がいい」
「考慮しよう」
そんな軽口を言い合うと、ウォルターは「見送りはいい」とさっさと執務室を出て行った。その言葉通りレナードも送ることはせず、机の上に置いたままだった魔道具でウォルターの帰りを報せ、ティーワゴンを下げるように指示を送ったのだった。
レナードは「夢を叶える首長尾鳥令嬢」「パトリシア・グレッグの〜」に出ています。ちょっとばかり「おや?」と感じるところがあるかと思いますが、その理由はちゃんとあるのでそのエピソードはいつの日か。