111話・・・アマルティア激突5
前回の投稿から1年以上空いてしまいましたが、やっと投稿できました。
読みに来ていただき感謝します。
サラサラと髪や肌に纏わりつく細かい粒子。ジリジリと焼ける様な熱さにブレイズは呼吸を思い出したかのように息を吐く。勢いよく目を覚ますと、そこは砂漠だった。周りを見渡すとブラッドが立っており、状況を判断しているようだった。気絶している間に掻いた汗に砂がくっつき気持ち悪い。払いながら立ち上がりブラッドに声をかける。
「ブラッド大尉…これは、いや。ここは一体どこでしょうか。ナノスが作り上げた空間の可能性は」
「いや、それは無いはずだ。地図が機能している、実在する場所だ。おおよそシルヴィノだろう。…奴等お得意の空間移動でここまで運ばれたのだろう。とんだ古代魔法を復活させてくれた」
「古代魔法?確かに現代では使用されていませんが…そんな便利な魔法がどうして使用されなくなったんだ?」最後はもう独り言だった。
「万人が利用するにはリスクが大きすぎた。それが理由だろう」
そう聞いてマルペルトで起きた、肉片が降ってきた情報を思い出す。何故かその事件が直結した。リスクというのが人体への負荷だとしたら。
「はぁ…ありえねぇ。なんだよこれ。本当に現実か?」
思わず髪を描きむしる。
「…偵察、行きますか?」
「いや。無駄に体力を消費するな、向こうからやって来るだろう」
無意識に額を手で拭う。汗だ。目を細め、空を見上げると太陽が燦燦と照りついている。木陰になるような場所は無い。日差しさえ敵になるらしい。ブレイズは思わず小さく溜息を吐いた。
ふと肌がピリついた気がした。それはブラッドも同じだったようで静かに睨めば、空に歪みが発生し敵…ソイルが現れる。相変わらず下衆でニタついた笑みをしている。
「ようこそ、諸君。【全てが私の武器になる場所】…へ」
「なるほど…」
ここに転送された理由に納得してしまった。ソイルが独壇場にするべくブレイズ達を連れてきたのだ。自分が絶対に勝つために。土属性は水属性にとって不利だ。だが、火属性は有利。それなら、と考える。
ブレイズは足を取られながらも走りソイルに攻撃を開始する。
「ブレイズ、早まるな!」
「大尉!」
止めるな、と反抗しようとすると、ブラッドが駆け抜け、ソイルに突進していく。圧倒的な不利なのに。それを解っているから、ソイルはニタニタ顔から大声を上げ笑い始める。
「自殺行為だな、ブラッド!部下を守るために猛進するとは!」
手を振りかざせば砂の波がブラッドを襲う。それに銃を向け氷魔法を撃つ。砂漠で水球を撃ったところで蒸発して終わりだ。焼け石に水。氷の方が多少は通じるかもしれない。砂の波は一瞬で凍るが、ガリガリと音を立て、内部から破壊しようと暴れている。この波一つを止められたからと言って一難去った訳ではない。周りは全て砂漠だ。一つ潰してもまた現れる。今がそうだ。砂の波は四方八方からブラッドを殺そうと迫ってくる。それを氷漬けにしても間に合わない。足元は蟻地獄のように埋もれていく。
「大尉!」
「助けは不要!待機命令だ!」
どんどん、ブラッドが波に囲われて見えなくなる。もう声と荒い息遣いしか聞こえない。そして、氷の中で暴れていた砂がついに破壊し、ブラッド目掛けて襲う。ブラッドが叫んでいるのか、その暇が無いのかすら解らない状況だった。ただ、ブレイズは言われたまま待機…突っ立っているしか出来なかった。茫然と、アホみたいに。上官がピンチで、命を落とすかもしれないのに。なんというか、頭が上手く働かない。ここに来る前なら、こんな体調じゃなかった。脳味噌もクリアだった。
砂の波は引くように更地になると、そこには誰もいなかった。ぷん、と砂漠がブラッドを中から吐き出した。ブラッドは傷だらけで中傷といったところか。ブレイズの前にどさりと落ち、力無く寝転がっている。
「ブ…ブラッド大尉…俺」
抱き上げると、ブラッドの瞼が震え、目を覚ます。瞳は光を失ってはいないが、どこか濁っていて疲れた様な感じだった。そして、ブレイズをしっかりと見ると、小声で伝える。
「いいか。俺はあの中で様々な攻撃を試した。水魔法は駄目だ…すべてを砂に持っていかれる。氷なら対処は出来るが悪あがきにすぎない。アイズを使ったところで体に砂が纏わりついて着いてこない。見ていただろう?ここでは…水は全て削られてしまう」
「見てましたよ…何も出来ずに、ただ…突っ立って」
「それでいい。ここはソイルの魔力が行き渡っている。気持ち悪いほどに。異常なんだ。通常の魔力量ならここまで広範囲を支配することは困難だ。こんな広大な砂漠に魔力が行き渡っている事態が明らかな罠で、俺達を確実に殺しに来る。…だから、俺がまた挑む間に少しでも遠くへ逃げろ。撤退命令だ」
あぁ…これはつまり、敗北宣言なのだ。モルガンと一緒にここへ飛ばされればブラッドの戦況も少しは変わったのだろうか。エアルとなら?他にもいる、強い奴…リアムとか。
――悔しい
(俺は、俺なら土に有利なのに。それでも逃げろと言うんですか、貴方は)
悔しい。
ここに来てから変なのだ。やる気を削がれるというか、ブラッドの言うことを従順に訊いてしまう。持前の反骨ややる気が湧かないのだ。今でさえ「解りました」と承知してブラッドを置いてどう逃げようか考えている自分に嫌気がさす。自分が自分じゃあない。何かが可笑しい。
「…ブラッド大尉、俺は」
撤退します。もう何もかもが諦めだった。生きたいとか、死にたいも解らない。泥に沈んだ精神が浮かんでこない。ただもう、ここにいたくなかった。
・・・
「緊張してんのかよ」
突然声をかけられ、ハッと前を向く。そこは飛行艦の中だった。リアムが真顔で周りにはマシューやゾーイ、シレノがいる。マノンはぼんやりと外を眺めている。
(走馬灯…?そこまで俺は追い詰められてんのかよ)
思わず苦笑いする。
「いや、誰が向かい打ってくるか解らないから」
あれ。この会話…した。飛行艦の、アマルティア襲撃前に話した。リアムと。
「…エルドのこと?」
「……いざってなるとビビってる。それに…アマルティア幹部に匹敵する連中が未知数で黒い霧を切っているみたいで」
バン!と背中を叩かれる。なんで痛みもリアルに再現されるんだ。思わずリアムを睨んだ。
「なにすんだよ!」
「お前らしくないぞ、マジで。普段なら武者震いしてそうなのにな。そんなに怖いか?」
「…お前も手ェ震えてるぞ」
「それはそう。打倒ナノスを掲げて何年追っていると思ってんだよ。目的との接触が叶うかもしれないんだぞ。血管が沸騰しそうだわ」
殺気立つ瞳に、目が離せなくなる。あぁ、コイツはこんな顔をしていたのか。復讐のためにここまで努力…いや、常に極みを目指して這い上がってきた。そしてこれからも高みしかみない、殺すべき相手が上にいる以上。
「俺も!」
ブレイズは叫び声を上げ、周りの兵士達がビックリして視線が集中する。
「俺はティアマテッタ軍軍人だ!腹くくるぞ!」
ギュッと拳を強く握る。
ドヤ!とリアムの方を向くと、驚いた顔をしていたが、可笑しそうにふっと笑った。
リアム、お前は今誰と戦っている?ナノスだとしたら…それはここよりもっと恐ろしく、冷たく、過酷な所だろう。ナノス以外だとしたら、そうだとしても果敢に挑んでいくのだろう。
(俺は何にやられていたんだ。雰囲気か?空気に呑み込まれていたか?はず…)
ブレイズは頬をバシンと叩く。
停滞していたように感じていた血液が全身に清流のように流れていく。あの不安定な精神がいつまたぶり返すか解らない。ハイになっている今に正常を装って攻撃をするしかない。
「オラァ!」
剣に炎を纏わせ振るいソイルへ向けて解き放つ。火炎放射のように、聖なる剣のように。一直線に光るように。しかし砂が壁のように、山のようにズモモモと盛り上がると攻撃を受け止めた。「クソがぁ!!」魔力を倍増し壁を突破しようと突き上げる。ガッと砂の壁に穴が空く。そのままソイルに一撃でもいい。食らわせ、隙を作りたい。ブラッドも起き上がり目に光を取り戻している。
しかし炎はソイルに届く直前でまた砂の壁が立ちはだかる。まるでブレイズをあざ笑うかのように。傷を与えられると思ったか?そんな訳無い、残念だな、と。炎は壁を焦がすように暫く燃えていたが砂に呑み込まれるように消えていく。
「……マジかよ」
「予想通り過ぎる反応で一周回って面白いぞ!火属性なら俺に有利になるとでも思ったか?俺はな、必ず勝つために労力は惜しまないんだ。前回のモルガンには散々な目に合わされたが…ここにモルガンがいれば確実に勝てた。いないのが残念だが…お前等が死してなお屈辱を受ける無様な死体を土産に再戦を果たすとするよ」
「おいおい、勝手に俺達が負ける前提で話し進めんなや。逆にテメェの死体持って凱旋してやるよ」
走り込みたいが一歩踏み出すと砂が足を飲み込んでいく。足の甲に砂がサラサラと流れてくる。それを振り払うように走るだけでも重く感じる。まとわりつかれているようで気持ち悪い。
「オラァ!」
振りかざし炎の渦を巻きあげる。ソイルを囲むがあのニヤケ面は変わらない。
「ここではこんな炎、蝋燭を吹き消すも同然なんだよ」
ソイルの周りから砂嵐が発生する。それはブレイズ達をも飲み込み、眼球にも砂粒が入り痛みが生じる。思わず目を瞑るが片方だけは薄っすら開け、敵を見逃さないようにする。砂嵐はいとも簡単に炎の渦を鎮火させる。そして何事もなかったかのように嵐は治まる。呆気にとられた。相性はこちらが上のはずなのに。かなりの威力で攻撃をしかけた。それなのにソイルは容易く消し去った。涼しい顔をして、こちらを見ている。奴に初めて邂逅してから二年は経つ。この間も修行して、訓練をしてきた。それこそ砂漠地での訓練だって行ってきた。なのに、差が縮まっていないように感じるのは何故なのだろうか。理由も解らないのに、心がぽきっと音を立てそうになる。
(あれ…俺は何でまた弱気になってんだよ。訓練を思い出せ、何とか解決方法を見つけて、皆のもとへ…!)
心臓が変にバクバクと鳴る。暑さからくる汗なのか、はたまた別の意味を持つ汗なのか。額に滲む。
ブレイズはふとブラッドを見た。険しい表情をし、策をめぐらせているようだった。今、精神的にめちゃくちゃ頼りにしたいブラッドは自身の魔法が無効化されることに対抗するべくソイルを注視している。場を繋ぐためにもブレイズが気を張らなければならない。解っている、でも。
「なんだ、威勢がいいのは最初だけか…。お前等ではなく女が一人でも混ざっていれば…もう少しは楽しめたかもしれないのに」
血管が切れそうなくらい青筋が立つ。下衆な笑みに、腸が沸騰する。ふと脳裏に浮かんだのはゾーイだった。
・・・
『野戦訓練の時の武勇伝でも語ってあげましょうか』
二年前の、入隊してすぐにあった野戦訓練。大怪我も完治し退院した頃だ。ランニング終わりに水場で顔を洗っているところにゾーイが隣に立った。
「何だよ、その自慢話?しにわざわざ来たのかよ」
「お役立ち情報みたいなものよ。ほら、火属性は足場が作れないだろうから」
「…あー、なるほど?」
「水の上とか、今度ある砂漠での実習とか。足を取られるときにもしブレイズ独りだけだったら詰みだけど」
「勝手に決めるなよ」
「もし水、金、木が土いたら足場になる土台が作れるわ。これは私が訓練の時に実践して証明済みよ」
ちょっとドヤるゾーイ。
「確かに山の中だったけど足場が悪い場所なんかあったか?」
「いいえ。私の場合は滑るために氷を張ったの。相手よりも速度を出すためにね。だから、これを応用すれば足場が悪くてもなんとかなるかなって。思っただけよ」
「なるほどなぁ。覚えておくわ」
ゾーイはどこか満足そうに微笑んだ。
「大尉!氷の道を作ってくれ!」
ブレイズの声に即座に反応し、ブラッドはブレイズが動ける範囲に氷の床を作り出す。
「ほう?」ソイルが目を細める。
「ぜってぇぶっ殺してやる!オメェの下衆さは前から大っ嫌いなんだよ!」
ブレイズは走り出し火球をソイルに向かい打ち放つ。砂が生き物のように火球を受け、ソイルを守っていく。触手のような砂が気持ち悪い。
「ネズミのようにちょこまかと走りやがって。ゴーレム達よ!」
砂漠から無数のゴーレムが出現する。
「ブレイズ、ここは俺が引き受ける!お前はソイルに集中しろ!」
ブラッドも氷の床を張り、その上を走るとゴーレムに向かい氷の剣を大きく振ると全体が氷結されてゴーレムはカチンコチンに凍っていく。だが破壊できた訳ではない。動きを止めることは出来てもまた無限に湧いてくる。いたちごっこだ。それでもブラッドは魔力がある限りゴーレムを破壊する術を見つけようと足掻きながら攻撃を続ける。
「いやぁ、愉快だ。ナノス様に頂いたこの力…無限に私を満たすこの力。気分が良い…。この気分の良さは優越感だけではない。お前等が負ける勝負だと解り切っているから余計気持ちが良いのだ」
ソイルはもう勝負が決まっているとでもいうように語り、胸に手を置く。
(なるほどな)
なんとなく。恐らくだが、ブレイズが感じ取っていたやる気を削がれる何か…の正体はソイルの魔力量だ。ナノスがまた何かソイルに与えた…植えこんだ?のだろう。魔力が倍増…永遠ともいえる回路を。ゾッとするほどの力に、無意識に戦意喪失させられていたのだ。もはや本能だ。逃げろと体が訛り、拒否し、怯えていたのだ。
情けない――
こんな姿、リアム達に見られたら笑われるだろう。ナイーブになったのかと。いや、生き残るというなら正しい反応なのかもしれない。だが、ブレイズは違う。軍人だ。国民を守るため、任務を果たすため。アマルティア殲滅のため。戦争に立たなければならない。勝たなければならない。じゃないと、今は亡き故郷のような末路を世界が辿る。ブレイズはハンドサインでブラッドに合図を送る。
ピキピキとブレイズとソイルを覆うように大型の氷のドームが覆う。
「私を囲んだとしてどうする?貴様の俊足も制限されるぞ」
「別に!俺達二人っきりになれればいいんだよ!」
「ふむ…よくわからんが、お前の策に乗ってやろう」
砂が反りたち、ガリガリとドームを削る。そしてソイルが指揮を執るように振るう。ゴーレムが湧きだし、ブレイズ目掛けて攻撃を仕掛けてくる。炎を纏った剣で首を狙い反撃する。しかし首が刎ねられたところで奴等は土人形。手足は動き、殴りかかってくる。最悪なことに腕が伸び、そこらじゅうを殴打してくるのだ。砂がドリルになりブレイズの腹を刺す。
「ぐっ!」
腹を抉るかのように回転する。思わず絶叫する。耳の穴にも侵入し、鼓膜がゴリゴリと音を立てる。かっぽじりたくても奥まで届かない。足は取られ、ゴーレムは砂へと戻るが、それは魔力が尽きたからではなくブレイズを圧迫するためだった。ゴキゴキと骨が折れる音がする。
「ハハハ!良い悲鳴だ!」
「はぁ…クソ、そこら中がイテェ。だけど、まぁ潮時か」
意識がぼんやりとしてくる。ドームの外にいるブラッドは大丈夫だろうか。彼なら、ゴーレム相手に何とかなっているかもしれない。
「諦める姿も無様だ…さて、ドームを壊してブラッドの目の前で貴様を殺して、…」
ソイルの視界が大きく揺れる。眩暈?いや、よろめき膝を突いたのだ。そして、倒れる。気が遠のくのだ。
「な、なんだ…何をした」
「はっ…一酸化炭素の恐ろしさを知らねぇのかよ」
ハッとし、ソイルは砂の中から自分とは違う魔力を探し出す。僅かに出来た空洞。その中に燃え盛る炭が隙間をぬって煙を放出している。一個や二個ではない。いつ仕込んだ?思い当たるとしたらブレイズが剣術ではなく銃で応戦してきたときくらいだ。
「き、貴様…!」
ドームを作らせたのも、ブラッドに目がいかないようにするためではない。一酸化炭素中毒に持ち込むためだ。道連れ覚悟で。いくら砂とはいえ、ブラッドの魔力が行き届いたドームを削り破壊するには時間がかかる。
「ま、魔力さえ使えれば!」
「まだ意識があるのかよ」
ブレイズは無事だった左手に銃を持ち、ソイルの眉間目掛けて引き金を引く。ぶれたのか、銃弾は鼻に命中し、ソイルは静かになる。
(…終わった…。ドーム、なんとかして…大尉と合流して、)
一酸化炭素の毒にかかったのはソイルだけではない。ブレイズも自滅覚悟で行った作戦だ。朦朧としつつも、火を焚こうと指先を動かす。
身体がふわりと浮かぶ。ブラッドだろうか。
「目を覚ませ、ブレイズ」
その声に耳を疑った。
ドームが簡単に壊されると、ブレイズは宙へと持ち上げられる。磔にされたような恰好になる。目の前には、浮かぶソイルがニヤリと笑っている。
「ど…なって」
「あぁ。私が本物だよ。お前の相手をした私は精巧に作り、魔力をたっぷりと与えた人形だよ。お前等の現段階の実力を知りたかったからな。強化されたことに浮かれ、生身で挑んで、これでまた負けなどしたらナノス様に顔向けできん。おっと、ナノス様の力を信じていない訳ではないぞ。私は強い。戦略の一つだ」
偽物だと気づかなかった。これっぽっちも疑わなかった。それはブラッドも同じだ。それ程に、土人形のソイルは生き写しだったのだ。
「お前が命をかけた作戦も水の泡だ。ガハハ!」
口を大きく開け、下品に笑うソイルに苛立ちが募る。
(ブラッド大尉は?)
目を動かし、地上を探す。しかし、そこに希望なんかなかった。まず、ブレイズがこのような状態になっていたら真っ先に助けに来るはずなのだ。しかし、そんな彼からの応戦も、救助もない。
「上官をお探しかね?彼なら彼方だよ」
ご丁寧に磔にしている砂を動かし、ブレイズにブラッドの結末を見せてやる。四肢こそ五体満足だが、流血が酷く、口を開け、白目を向いてみっともなく気絶していた。皮膚はところどころ抉れ爛れている。砂でやられたのだろう。口からは砂が僅かに零れている。無理矢理飲まされたのか…。爪も、確認できる指は全て剥がされていた。剥がされた爪の部分には砂がまぶされており、更に血が滲んでいた。
「た、い…そんな」
「なに。後でまとめて処刑する。それまでお前も白目をひん剥いていろ」
首を絞められ、気絶する。ソイルは汚れを払うように手をパンパンと叩いた。
マイラは屋敷の中を駆けまわっていた。
「レンさん!レンさん!」
今、アマルティア軍はティアマテッタ軍と対峙するために殆どが出払っている。逃げるなら今がチャンスなのだ。
先程、レイラに逃げる支度をするように伝えた。動揺していたが、頷いてくれた。レイラはここに来てから決して幸福とは言えなかった。寧ろ…いや。ナノスの愛人としての立場がレイラと自分を守ってくれていた。マイラとレンを守るためにレイラは自分の身体と子宮を差し出した。決して幸せとは言えないだろう。安全を手に入れるために肉体を差し出すなんて。だが、ジェイとノエミを授かったこと、無事出産し、母として生きる日々を手に持てる幸福として大切にしていた。今でも、凛としたレイラは生きている。
心配なのはレンの方だ。ナノスと関係を持っていることは薄々気づいていた。
「…レンさん。貴女も、一緒に逃げてくれますよね」
着いた所はナノスの研究室前。ここに来れば、レンがどこにいるか解る…はずだ。ドアに手を触れると、ウィン、と機械音が鳴る。開かれたドアを通り、室内に入る。相変わらず薄暗い。ナノスはいない。彼も、出ているのだろうか。
モニターに、大勢の人達が映る。リアム、エアル、ヘスティア…彼等も対峙するべく赴いているらしい。一画面に、マノンが映る。
「マノンさん、ティアマテッタ軍に入隊したんだ」
ふわりと、嬉しくなった。あぁ、一緒にお祝いが出来たらどんなに楽しかったことか。そして、その画面が移動しレンを映す。
「……レン、さん?」
レンは、マノンと向き合っている。感動の再会ではない。レンは見下し、マノンの表情は怒りに満ちている。
――あぁ…彼女は、心までアマルティアに、ナノスに落ちたんだ。
そう理解した。
マイラは蹲ると、深呼吸を何回か繰り返す。
「…よし」
マイラは飛行艦の下へ走る。エンジンをかけ、調整をしてレイラ達家族を逃がす。そして自分はここに残る。レンを独りにさせる訳にはいかない。
(レイラさん。レイラさんにはもう守る存在がいます。こんな恐ろしい所じゃなくて、正しく光る場所へ行く必要があります。レンさんのことは…私が守ります。だから、だから)
もう振り返らないで。
新しい世界へ…




