08 ぼーい・みーつ・がーる
なんだ、あの甘い呼びかけは。
圭太くんに『あずり』と呼ばれた瞬間に、私は抵抗するのをやめた。この胸の奥の熱に、『恋』という名前がついてしまった。
「ばかやろー! どうしてくれるー!」
顔は真っ赤だ。
「簡単に可愛いとか言うなー! 女たらしかっ!」
心臓はバクバク鳴って痛いくらい。
「名前で呼ぶなー! 惚れてまうやろー!」
圭太くんが呼ぶ声が頭から離れない。
「責任、とーーれーーー!」
吉木あずりは恋してしまった。
心に溜まった想いが爆発して、とにかく早く発散してしまいたかった。
だから忘れていたのである。
先週も同じように叫んで、人に見られてしまった事を。
「あずり」
昼休みにも聞いた、甘い呼びかけに凍りつく。振り返らなくても分かる。私を下の名前で呼ぶ男子は今1人しか居ないのだから。
聞かれていた? どこから? どこまで?
「こら、無視すんな」
肉への気持ちを聞かれるよりまずい。どうして放課後に屋上なんて来るのか。
「あずり、こっち向け」
グイッと引っ張られて、せめて顔は見られないようにしようと俯いた。
腕を掴まれていなければ、ここから走って逃げ去るのに。ああ、消えたい。
思わぬ失態に心底慄いている吉木あずりは、中村圭太が幸せそうに微笑んでいる事に気がつけなかった。顔を上げれば、すぐ分かるのに。
「あずり。大切にするから、俺と付き合って。好きなんだ」
届いた言葉に驚いて、顔を上げれば。それが真実だとすぐに分かるのだ。だって、あずりを見つめるその目が、何よりも分かりやすく好きだと言っている。
「よろしくお願いします」
そうして、吉木あずりと中村圭太は。
向かい合って、両手を繋いで、堪えきれない笑顔を見せて。
お互いが幸せになるために一歩踏み出した。