1話【初めての電話】
――2022年7月7日(青年)
短冊が雨で濡れる夜。
会社も辞め、家族とも疎遠になった青年は橋の欄干に立つ。
スーツが水分を含み、青年に重くのし掛かる。
「もう終わりにしよう……」
声は雨音に溶けて消えた。
涙を隠すように雨が頬を伝う。
誰かに必要とされた記憶さえ、思い出せなかった。
ゆっくり目を閉じた。
その時――
電話が鳴る。
内ポケットから取り出す。
画面には――
【非通知】
不審に思いながらも電話を取る。
『も……もしもし……聞こえますか?』
少し怯えた少女の声。
「……どなたですか?」
『えっ! 本当に繋がったの……!?』
自分から掛けておいて驚く少女。
『あっ、不審な電話じゃないですからね!』
あたふたする少女を想像して、思わず口元が緩む。
こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろう。
『あの……私――』
心地の良い少女の声に惹き付けられる。
気づけば欄干に腰掛けていた。
冷たい雨も、さっきまで胸を締めつけていた苦しさも、少しだけ遠くなる。
電話の相手は、病院のベッドにいる少女だった。
好きな食べ物。
趣味。
夢。
他愛のない話をする。
『私……絵本作家になりたくて』
「是非とも聞かせてください」
『良いんですか?』
小さく咳払いをする少女。
優しい声で語り始めた。
夢を語る少女の声は、生きたいという気持ちであふれていた。
その眩しさが、少しだけ羨ましかった。
互いに見知らぬ相手。
だが、その一時間の会話で青年は飛び降りることをやめる。
『私の話を聞いてくれて、ありがとうございました』
「いえ……こちらも癒されました……ありがとうございます」
『お話しできて楽しかったです』
切り際。
少しの沈黙。
『来年の七夕も……生きてたら……また電話して良いですか?』
青年は冗談だと思い小さく笑う。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
「生きてたら……」
その何気ない一言が、自分にも向けられた気がした。
同時に――
少女に救われた気がしていた。
「えぇ、もちろん」
また、話がしたいな……
来年の七夕まで。
……もう少し生きてみよう。
青年は欄干から降りた。
さっきまで重く感じていた雨は、少しだけ優しく思えた。
雨の中を一歩ずつ歩き始める。




