おわり(完)
ガイと恋人同士になってから、俺の朝は潮の匂いで始まるようになっていた。
「起きろ、朝だ」
低い声と、肩を揺する大きな手。
眠そうに目を開ければ、すでに支度を終えたガイが立っていた。
「……もう少し」
そう目を閉じると、ガイはため息をつきながらも俺の背中に腕を回す。
「海に連れていくぞ」
「……抱えて?」
そう言うと、一瞬だけ目を丸くして、それから仕方がないと言ったような顔をして俺を静かに持ち上げる。
夢と同じその腕は、ひどく逞しいものでもあった。
けれど今は、夢じゃない。
一緒に浜に行くと、エルは舟を出す準備をしていく。
もう海にも、慣れたものだ。
俺はその横で網をほどいたり、捕れた魚を桶に入れたりして手伝っていた。
「危ないから、あまり前には出るなよ?」
そう言いながら、ガイは何度もこちらを振り返る。
「ガイ、漁より俺のほうを見てないか?」
「……見ている」
即答されて、思わず胸が熱くなる。
赤くなった俺の頬に口づけをして、ガイは優しく笑っていた。
昼前に戻ると、俺は火を起こして魚を手早く焼いていく。
塩加減にうるさいガイは、いつも俺の手つきを見守っていた。
「味、どう?」
そう聞くと、ガイは一口食べてから少し首をかしげていた。
「……うまい」
「よかった」
食後は、浜辺に並んで座る。
俺が海を見ていると、ガイは黙って、俺の肩にそっと上着をかけてくれた。
「冷えるだろう?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
隣り合って座っていると、いつしか肩がぶつかって、俺の顔はガイの顔に吸い寄せられるように近づいた。
「今日も、愛している」
「俺も、愛しているよ」
そっと口づけを交わして、沈む夕陽を見つめていた。
夜は、小さな家で一緒に眠る。
最初は緊張して、寝台の中で互いに背を向けていた。
けれど、今は違っていた。
「寒い」
俺がそう言うと、ガイは黙って腕を伸ばして強く抱きしめてくれていた。
心臓の音が、はっきりと聞こえる。
「……夢と同じだ」
ぽつりとこぼせば、ガイは少しだけ力を込める。
「夢より、あたたかいだろう?」
「……うん」
眠る前に、ガイが言う。
「お前は、もう流されてこない……」
「えっ?」
「こうして、俺のところにいる」
その言葉が、熱く胸に染みていく。
助けられる夢を見ていた俺は、今は、ガイの腕の中で生きている。
波の音、潮の匂い。
規則正しいこの鼓動。
人魚は、もう海へ帰らなくてもいいんだ。少し不器用で、それでいて心優しいこの漁師の腕の中が、一番の居場所なのだから。
END




