泥と宝石 3
暗闇の中から、なにかがこちらに向かってくる。
ライトに照らされた「そいつ」を見て、チカは全身の血が凍りついた。
そいつは七色に光る宝石でできた銃を持っていた。
けど、そいつのからだは泥まみれだった。
そして、そいつには頭がなかった。
そう。そいつの正体はマッドマンだった。
「ユウマがいるのは『きらぼし公園』よ。できるだけ早くきて」
「わかった。全速力で行くよ」
通話がおわると、花子は日傘を剣のようにかまえた。
「は、花子ちゃん……」
「逃げなさいっていってるでしょ。早く!」
「そうしたいけど脚が……脚が動かないよ」
「じゃあ、そこから動かないで」
花子が腰を落として、大きく脚を振りあげた。
「すぐに片づけるから」
振りあげた脚を、花子はハンマーのように勢いよく地面に打ちつけた。
それが相撲の「四股踏み」だとチカが知るのは、もう少しあとのことである。
花子が四股を踏むと、地面に金色の魔法陣が出現。
あたりの景色が金色に染まった。
(え、なに?)
景色が金色に染まったのは一瞬だけで、すぐにもとの暗闇にもどった。
その直後にマッドマンがふたりに銃を撃った。
「きゃあっ!」
思わずチカは目を閉じた。
けど、いつまでたっても痛みは感じない。
不思議に思って目を開けると、花子が、広げた日傘を盾にして、銃弾を防いでくれていた。
だが、マッドマンの攻撃はおわらない。
2発、3発、4発。
連続で花子に銃を撃ち続ける。
「花子ちゃん!」
「心配しないで」
絶望的な状況なのに、花子の声は落ち着いていた。
「すぐに片づけるっていったでしょ」
その言葉の直後に、またも信じられないことが起こった。
まるで小石を投げた水面みたいに夜空に波紋が広がり、そこに金色の穴が出現。
その穴の向こうから銀色の鷹があらわれたのだ。
鷹は、矢のようにマッドマンに急降下。
そして――グサッ。
するどいツメで相手の手首を攻撃。
マッドマンの手から銃が落ちた。
「花子、いまだ!」
鷹がさけんだ。しかも日本語で。
武器をなくしたマッドマンに、花子は一気に駆け寄った。
折りたたんだ日傘が金色に輝いている。
光をまとった日傘は、まるでSF映画に出てくるビームの剣だ。
距離を詰めると、花子はマッドマンのおなかに日傘を突き刺した。
それが勝利の一撃となり、マッドマンのからだはドロドロに溶け、シューシューという音を立てて蒸発した。
「思ったより到着が速かったわね」
「いっただろ。全速力で行くって」
のばした花子の腕に鷹がとまる。
花子はマッドマンが完全に蒸発をするのを見届けると、
「太郎、元のすがたにもどって」
「でも、あの子が――」
「いいのよ。彼女、スペシャルだから」
鷹がおどろいたようにクチバシを開いた。
「すべてを見られたんですもの。いまさら隠す必要なんてないわ」
「わかった」
花子の腕から飛びたつと、鷹はチカの足元に着地した。
「このすがたでは『はじめまして』ですね、土屋さん」
鷹のからだが銀色の光につつまれ、シルエットが人間へと変わっていく。
「もっとも、人のすがたなら、きのう見てるでしょうけど」
銀色の髪に、黒いタキシード。
銀色の鷹の正体は、なんと銀髪執事の太郎だった。
「土屋さん、あなたにはいろいろと話さなくてはいけませんね。まずは――」
そのとき、グウゥゥゥとタイミングよく(?)チカのおなかが鳴った。
信じられないことが起こりすぎて、ショックでお腹が空いてしまったのだ。
「もしかして、おなか空いてますか?」
グウゥゥゥ!
主人の代わりに、おなかがこたえた。
しかも、さけぶようにはげしく。
「花子、この様子じゃ、話はあとにしたほうがいいかもね」
「そうね。大事な話のとちゅうで、そんな音を鳴らされても困るもの」
花子がもう一度四股を踏むと、地面の魔法陣が消滅。
さっきまで吹いていなかった風が、どこからともなく急に吹きはじめた。
「どうなってるの、いったい?」
「いままでわたしたちは〈フラスコ〉っていう結界の中にいたの。それをいま解除したのよ。どうせ行き先はおなじなんだから、このまま一緒に『ハーヴェ』にもどりましょう」
花子が公園の出入口に向かって歩きだした。
けど、買い物袋を持ってないことに気づき、すぐにベンチへ取りに行った。
「これ、夢じゃないよね……」
夢じゃないよ。
そうこたえるように、またおなかがグウゥゥゥと鳴った。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




