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ドリームマッチ計画 4

 

 カンッ!


 ボールにバットが命中。

 けどボールはうしろへ飛んでファウル。

 これでファウルは4度目だ。


 7球目までのカウントは2ボール、2ストライク。

 もしあと1球でもストライクが入れば、3アウトとなり、その瞬間、リキシーズの負けが決まる。

 だからぜったいに失敗は許されない。


 あのピッチャーはまちがいなくカズヤさんだ。

 よくカズヤさんはショウの練習につきあってくれたが、5歳も年上なので本気でピッチングしたことは一度もなかった。

 けど、いまはちがう。

 カズヤさんはショウを打ち取るために本気でボールを投げてくる。

 それがショウはうれしかった。

 あこがれのヒーローと真剣勝負ができる。

 そのドリームマッチ(夢の対決)をショウは心からたのしんでいたのだ。


 そして8球目。

 ピッチャーが肩をすくめる。

 肩のあがり方がさっきより小さい。

 そこから一度、動きを止めて、

 ビュンッ!

 ムチのようにしなる腕からボールが放たれた。

(振るな、このコースはボールだ!)

 ショウはボールを見送った。

 判定は――

「ボール!」

 これでカウントは3ボール、2ストライク。

 現実の試合なら、あえてフォアボールにして、相手選手を一塁に送りだすこともあるだろう。

 けど、それはないとショウは確信していた。

 カズヤさんなら、かならずストレートを投げる。

 全身・全霊・全力をこめたまっすぐな球で、おれに勝負をいどんでくるはずだ。

「こい!」

 その声にこたえるように、ピッチャーが肩をすくめた。

 さっきより肩のあがり方が大きい。やっぱりストレートだ。

 そして一度、動きが止まり――

 ビュンッ!

 ピッチャーの投げたボールがこちらにまっすぐ飛んでくる。

 ショウは思いきりバットを振った。

 角度、パワー、スピード、そしてタイミング。

 すべてがカンペキなかたちでボールをとらえた。


 カキーン!


 金属音が鳴りひびき、白いボールがぐんぐんと青空にのびてゆく。

 ショウの打ったボールがフェンスの向こう側に落ちた。

 逆転のサヨナラ2ランホームランだ!

「やったー!!」

 ベンチのチカ、そして力士たちが歓声をあげた。

 試合は2―1で(かに)()リキシーズの勝利。

 ホームベースにもどってきたショウを力士みんなで胴上げした。

 胴上げがおわると、ひとりの選手がこちらへやってきた。ニンジャーズのピッチャーだ。

「ナイスホームラン」

 ピッチャーがショウに手をさしだした。ショウはその手を見つめながら、

「ありがとうございます」

 感謝の言葉と一緒に両手でピッチャーの手を握った。

「最後の球、マジで打ち取るつもりで投げたんだけどな」

 ピッチャーがきんを取った。

 思ったとおり、ピッチャーの正体はカズヤさんだった。

「いちおう、夢の中でピッチングの練習をしたんだけどな。いまのおれじゃ、あれがせいいっぱいだったってわけだ」

「現役のカズヤさんの球なら、まちがいなく打ち取られてました」

「ありがとな、お世辞でもうれしいよ。ショウ、ひさしぶりにキャッチボールしないか?」

 グラウンドの整備はチカたちにまかせて、ショウはすみのほうでカズヤさんとキャッチボールをすることにした。

「ショウ、ごめんな」

 ボールをキャッチすると、カズヤさんがあやまった。

「エンリルさんから聞いたよ。おまえ、いま野球をやってないんだってな」

「……はい」


 なんのために、いままでがんばってきたんだよ。

 こんなことなら、夢なんて持たなきゃよかったんだ。


 二度と歩くことができないことを知った手術直後のカズヤさんの悲痛な叫びを思いだすと、いまでも胸が張り裂けそうになる。

 きっとカズヤさんは、あのときショウが病室の前にいて、自分の言葉を聞いたことを知っているのだろう。だから「ごめんな」とあやまったのだ。

 けど、ショウは野球を辞めたことをカズヤさんのせいにしたくなかった。

「カズヤさんがあやまる必要なんかありませんよ。夢が叶わなかったら、いままで自分がしてきたことがすべてムダになるんじゃないか。それが怖くて、おれは自分で夢から逃げたんです」

 カズヤさんは、黙ってショウの話を聞いていた。

「ショウ」

 カズヤさんはボールを握ったまま、右手で胸をたたいた。

「たしかにおれは歩けなくなって、世界最高のピッチャーになる夢をあきらめた。いまでも先輩たちのことは許せないし、二度と顔を見たいとも思わない」

 あたりまえだ。

 夢と歩く力をうばった相手を許せる人なんて、この世にいるはずない。

「けどな、ピッチャーのかわりに、おれはべつの夢を見つけることができたんだ」

「べつの夢?」

「ああ。いまのおれの夢は世界一おいしいトマトをつくることだ」

 カズヤさんはボールをトマトに見立てて、かじるマネをした。

「おれ、いまはK県でミサちゃん――ああ、おれのカノジョな。その子と一緒にトマトを育ててるんだ」

 ショウはカズヤさんの言葉が信じられなかった。

 野球一筋のカズヤさんがトマトを育てている? 

 しかもカノジョと一緒に?

 (ハテナ)がピンポン球のように頭の中で飛び跳ねた。

「これは夢だけど、いまから話すことはウソじゃない。ぜんぶ本当のことだ」

 混乱するショウに、カズヤさんはいままでのことを1から教えてくれた。


 ショウは知らなかったが、じつはカズヤさんには中学生のときから交際している藤波(ふじなみ)ミサさんというカノジョがいた。

 カズヤさんが事故で歩けなくなったあとも、ミサさんは別れることなくカズヤさんをささえ続けてくれた。

「あのころのおれ、むちゃくちゃグレてたからさ。親切にしてくれるミサちゃんに、いろいろとひどいこと、いっちゃったこともあるんだ」

 話しながら、カズヤさんはそのときのことを悔やむように顔をしかめた。

「いまのおれがあるのはミサちゃんのおかげだよ。ミサちゃんがずっとそばでささえてくれたから、おれは立ち直ることができたんだ」

 その後、カズヤさんはトマト農家であるミサさんの実家で働くことになり、いまではあたえた肥料の量をデータにまとめたり、取引先にわたす資料をパソコンでつくる仕事なんかをしている。

「最初はすべてがうまくできなくて、何度もくじけそうになった。けど、野球だって最初からうまくプレーできたわけじゃない。何度も練習して、どうすればうまくできるか自分で考えて、少しずつ上達してきた。ショウ、おまえだってそうだろ?」

 ショウは小さくうなずいた。

「野球のきつい練習に耐えてきたおれなら、かならずできる。そう思ってトマトのこともパソコンの使い方も勉強した。従業員ごとの得意なこと・苦手なことも把握して、みんなで助け合いながら仕事をするように指示を出したこともあった。野球みたいにな」

 カズヤさんは大きく肩をすくめると、

「世界最高のピッチャーになる夢は叶わなかったけど、野球に費やした時間もそこで得たものも、ぜんぶ、おれの人生の中で生きている。だから夢はムダになんかならない」

 そういって、カズヤさんはショウにやさしいボールを投げた。

「たとえ叶わなくたって、夢は生きるために必要な能力をあたえてくれる。だから、ショウ。夢を追いかけてもいいんだ。大好きな野球に一生懸命になっていいんだ」

 カズヤさんの想いが詰まったボールを、ショウはグラブでしっかりキャッチした。

「カズヤさん、ずるいですよ」

 言葉と一緒に、ショウの目からなみだが出てきた。

「夢をあきらめて、それでも立ち直って、いまはべつの夢を見つけて一生懸命に生きている。そんなのずるいぐらいカッコいいじゃないですか」

 なみだを拭くと、ショウはボールを持った手を突きだして、

「やっぱり、カズヤさんはおれのヒーローです」

 カズヤさんに笑いかけた。


(つづく)



更新は毎日おこなう予定です。

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