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【18話】夢の守護者 (最終回)


 ドリームマッチ計画から1週間がたった。


 その夜、チカが料理番組を観ていると、ドアホンのチャイムが鳴った。


 モニターに映っているのはアルル。


 いそいでチカは玄関に向かった。


「アルル。こんな時間にどうしたの?」


「チカ、あなたに話があるの。一緒に来てちょうだい」


「いまから?」


「ええ」


「あとじゃダメ? それか夢の中で――」


「大事な話なの。だから夢じゃなくて現実で話させて」


 真剣な声に、まっすぐなまなざし。


 どうやら本当に大事な話のようだ。


 チカは両親にひと声かけて、203号室を出た。




 アルルが向かったのはマンションのとなりにあるブランコしかない小さな公園だった。


 公園に入ると、アルルは四股(しこ)を踏(ふ)んで〈フラスコ〉を張った。


「安心して、ユウマはいないわ」


「じゃあ、なんで〈フラスコ〉を張ったの?」


「あなたとふたりきりになりたかった。それだけよ」


 アルルはブランコに腰かけると、


「明日、わたしとエンリルはこの町を去るわ」


「えっ……」


 とつぜんのことすぎて、それ以上なにもいえなかった。


「『黄金(おうごん)の意志(いし)団(だん)』から正式に異動の連絡が来たの。異動先はX県の緑(みどり)野(の)町(ちょう)。山と田んぼに囲まれた極上(ごくじょう)の田舎町(いなかまち)よ」


「なんで? なんでアルルたちがそんなところに行かなくちゃいけないの?」


「規則違反をしたからよ。ルールを破った者が罰を受けるのは当然のことでしょ」


「規則違反って、もしかして、わたしにユウマのことを教えたこと?」


「それもあるし、ショウに夢を見せたこともそうね。あと一時的に錬金術(れんきんじゅつ)でカズヤを歩けるようにしたことも」


 アルルが指を折りながら数えた。


「ショウくんは、このこと知ってるの?」


「いまごろエンリルが教えているはずよ」


 どうやら、この場にエンリルがいないのは、ショウに会いに行っているかららしい。


「昔からそうなのよ。シャサールのあいだじゃ、わたしたち兄妹(きょうだい)は規則を守らないヤバいやつで通ってるの。だから異動も慣(な)れっこよ」


「それでもおかしいよ! だって、ふたりはわたしやショウくんの夢を守ろうとしてくれたんだよ」


「夢を守る?」


 おどろいたようにアルルが訊(き)き返(かえ)した。


「そうだよ!! アルルが『夢を持ってもいい』っていってくれなかったら、わたし、料理人になる夢を持てなかった。それだけじゃない。ショウくんだって、夢でカズヤさんに会わなかったら、きっと野球選手になる夢をあきらめたままだったはずだよ」


 吐き出した想いが闇の中に吸いこまれてゆく。


 チカはさらに言葉を続けた。


「たとえ規則違反でも、アルルやエンリルさんがしたことは人の夢を守ることなんだよ。それなのに異動なんておかしいよ」


 気づけば、こぶしがブルブルと震えていた。


「アルルは自分のこと、夢の狩人(かりゅうど)っていうけど、わたしにいわせたら、アルルもエンリルさんも狩人(かりゅうど)じゃなくて守(しゅ)護(ご)者(しゃ)だよ。夢の守護者だよ」


「夢の守護者……ふふ、悪くない響きね」


 ブランコから立ちあがると、アルルはチカの肩に両手を置いた。


「ありがとう、チカ」


「わたし、アルルと会えてよかった」


「わたしもよ」


「いつか遊びにいってもいい?」


「それはムリね。町を出る前に、正体を知っている人の記憶を消さなくちゃいけないの。いくらわたしでも、この規則だけは破るわけにはいかないわ」


 肩に置いた手を背中にまわして、アルルがチカを抱きしめた。


「記憶を消すなんてこと、本当はしたくない。あなたとずっとともだちでいたい」


 抱きしめたのは泣けないアルルなりのさびしさの表現だった。


「でも夢はすばらしいものだと、いつまでも人間に思ってもらうためには、ユウマのことも、シャサールのことも世間に知られちゃいけないの。だから記憶を消さなくちゃいけない。けど安心して。たとえ記憶が消えても、夢までは消えたりしないから」


「わたし、いつか自分の店を開く。メニューにちゃんこ鍋も入れるから、ぜったい食べに来てね」


「ええ、約束するわ」


 アルルが両腕を離した。


「さよなら、チカ」


 アルルのひとさし指が、そっとチカのひたいに触れた。





 ……どれほど時間がたったのだろう。


 気がついたとき、チカは自宅のリビングのソファに座っていた。


「ん? なに、これ?」


 なぜかはわからないけど、手にノートを持っている。


 ノートの表紙には、




 秘伝のレシピ集① ~斧(おの)牛(うし)部屋(べや)鶏塩(とりしお)ちゃんこ鍋~




 見覚えのあるようなないような字で、そんなタイトルが書かれていた。



 ★  ★  ★  ★  ★



「それじゃあね、チカっち」


「うん。また明日ね、ゆっぴぃ」


 おたがいに手を振ると、チカはゆっぴぃこと桜木(さくらぎ)ユミと校門の前でわかれた。


「さーて、夕食の買い物っと」


 肩をまわすと、チカは自転車に飛び乗り、スーパー・トクヤスへ向かった。


 あれから3ヶ月。


 チカは中学生になり、いまは料理部の部員として、ゆっぴぃたちと毎日のように料理をつくっている。


 部活で料理をつくり、家でも家族のために料理をつくる。


 それがチカの習慣になっていた。




 トクヤスにつくと、チカは精肉コーナーへ向かった。


 きょうの夕食は鶏肉と野菜をたっぷり入れた、鶏塩(とりしお)ちゃんこ鍋。


 家族にも好評のチカの得意料理だ。


 ジャンボパックの鶏肉を買い物かごに入れたとき、


「やあ、チカちゃん」


 制服を着た根岸(ねぎし)モリオに声をかけられた。


「夕食の買い出しかい?」


「うん。モリオくんも?」


「ぼくは、ただのおつかいさ。さっき電話でカレー用の豚肉を買ってくるよう、ママにたのまれたんだ」


 スマホの入ったポケットを叩くと、モリオはチカの顔を見つめた。


「な、なに? わたしの顔になにかついてるの?」


「そうじゃないよ。チカちゃん、変わったなって」


「変わった?」


 あわててチカはおなかをへこませた。


 まずい。


 自分でつくった料理の食べすぎで2キロ太ったのがバレたのかもしれない。


「チカちゃん。以前(まえ)は料理は食べる専門で、つくるほうには、ぜんせん興味なかったよね」


「あ、変わったって、そっちのほうか」


「それがいまじゃ、毎日のように家族のために料理をつくったり、美(み)空(そら)ショウのためにハチミツ漬けレモンをつくったりしている」


 最後のくだりは、いかにも恨めしいといった口調だった。


「あ、あれは野球部みんなへのさしいれで、ショウくんだけにつくってるわけじゃ――」


「ふん。まあ、いいさ。ところで、チカちゃん、どうして、きみがそこまで本気で料理に打ちこむようになったのか、よかったら、教えてくれないかな」


「いいよ。けど、モリオくん、ひとつだけいいかな」


「?」


「教えるの、ちゃんこ鍋の具材を買ってからでもいい?」


 買い物かごには、まだ鶏肉しか入っていない。



 ★  ★  ★  ★  ★



 買い物をすませると、チカとモリオは近くの『きらぼし公園』へ行った。


 トクヤスへ行くたびに、チカはかならずといっていいほど、この公園に立ち寄る。


 理由はわからないけど、ここへ来ると、なぜか夢に向かってがんばる気持ちが湧いてくる。


 そして、なぜか無性に四股(しこ)が踏(ふ)みたくなる。


「わたしが料理に打ちこむようになった理由だけどね、ちょっと不思議なんだ」


 最初にそう前置きして、チカは話しはじめた。


「ちょっと前までね、わたしのとなりの部屋に花(はな)子(こ)ちゃんっていう子が住んでたの。その子が、わたしの握(にぎ)ったおむすびを食べて、おいしいっていってくれたんだ。そのときに決めたの。料理人になって、おいしい料理でみんなを笑顔にしようって」


「それだけ?」


「うん」


「いい話だとは思うけど、いったい、その話のどこが不思議なんだい?」


 サラサラヘアーをかきあげながら、モリオが眉間にしわをよせた。


「もしかして、花子ちゃんの正体はトイレに住むお化けだったとか?」


「ちがうよ。不思議なのは、わたしが花子ちゃんのことを、ほとんど覚えてないってことなの」


 うでを組みながら、チカは首をかしげた。


「花子ちゃんの顔も声も思いだせないし、ふたりでどんな会話をしたのかも覚えてない。花子ちゃんと過ごした時間だけが、頭の中から、すっぽり抜け落ちてるみたいなの」


「え? でも、花子ちゃんはきみの握ったおむすびをおいしいっていってくれたんだろ。なら、さすがに声ぐらいは覚えてるんじゃないかい?」


「それが覚えてないの。おいしいっていってくれたのは、ぜったい事実なんだけどな」


「事実って言い切れる?」


「言い切れる。なんか、こう、たましいに刻まれてる感じがするもん」


 チカが胸のあたりを指で叩いた。


「引っ越しの日のことすら、なにも覚えていない。けど、いつかわたしが自分でお店を開けるようになったら、花子ちゃんが店に来てくれるような気がするの。そのときに、わたしの料理を食べて、またおいしいって、いってもらいたいんだ」


 そのとき――


 ガサガサガサ。


 不気味な音とともに、なにかが闇の中でうごめいた。


「ま、まさかユウマか!?」


「ユウマ?」


「マッドマンの別名だよ。以前(まえ)に話したじゃないか」


「え? ええと、そうだっけ」


 公園の奥から、ゆっくりと黒い影がこちらに近づいてくる。


「だ、だいじょうぶだよ、チカちゃん。ぼくがきみを守るからね」


 モリオが両手を広げた。


「き、きみはぼくの将来のパートナーなんだ。だから――」


「モリオくん、あれ、ネコだよ」


「へ?」


 黒い影がライトの下へやってきた。


 明るいLEDライトが照らしだしたのは、まるまる太った白黒(しろくろ)模(も)様(よう)のぶちネコだった。


 さっきのガサガサはネコが木から降りるときに枝を揺らした音だったのだ。


「この近くに棲(す)んでる野良(のら)ネコだよ。ブッチャーっていうの」


 ブッチャーはチカのそばへ来ると、


「みゃお、みゃお」


 あまえるように顔をチカのくるぶしにこすりつけた。


「聞いてよ、ブッチャー。モリオくんってば、あなたのこと、お化けだと思ってたんだよ」


「あ、あれはジョークだよ。オカルト研究部エースのぼくが、まさかネコとユウマをまちがえるなんてこと、あるわけないじゃないか。あははは!」


 わざとらしく笑うモリオを見て、ブッチャーは、


「んなぁ~」


 バカにしたように鳴き、公園から出ていった。


「あ、もうこんな時間。モリオくん、わたし、ちゃんこ鍋をつくらなくちゃいけないから、帰るね」


「あ、うん……それじゃあ、また明日ね」


 ネコにバカにされたのが、よほどショックだったのだろう。


 モリオはその場に立ち尽くしたまま、チカに手を振った。


「わたしはぜったい料理人になる。料理人になって世界中の人を料理でしあわせにする。そのために今夜もおいしいちゃんこ鍋をつくるぞー!」


 群青色の夕空には、すでにたくさんの星がかがやいている。


 そのかがやきをつかむように、チカは自分の夢を力強く宣言するのだった。



(完)


読者の皆様へ



『夢の狩人 ~それでも世界は夢を見る~』は「夢を持つことで、だれかを傷つけてしまったら……」という想いから生まれた物語です。


作品に登場するユウマですが、これは作者のオリジナル怪異なので、もちろん実在はしません。


約2週間という短いあいだでしたが、アルルやエンリル、そしてチカやショウのかつやくを最後まで追いかけていただき、誠にありがとうございました。




12月20日から、また新作を投稿したいと思います。


タイトルは『声勇はじめました』!


声優をめざす内気な少女と、声の力をまとって戦う少年との出会いを描いた物語です。




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