あやしい隣人 1
この作品は、2024年に『夢の狩人』というタイトルで書いたものに加筆・編集をし、タイトルを一部変更したものです。また作者の別の作品『ゴクドウの花子さん(ギャル)』のプロトタイプとなった作品のひとつでもあります。
連載期間は約3週間(予定)。最後まで読んでいただければ、幸いです。
「はぁ……」
図書室の前にくると、自然とためいきが出た。
(夢って、持たなくちゃいけないものなのかな?)
空気を引きずるみたいに、土屋チカは重い足取りで図書室に入った。
(だいたい、きょうの晩ごはんだってわかんないのに、将来のことなんて、わかるわけないじゃん)
チカの通うのぞみ第2小学校は毎年1月になると、6年生が自分の夢を発表する〈将来の夢〉という超メンドーな行事がある。
夢のないチカが放課後の図書室をおとずれたのは、どんな職業があるのかを本で調べるためだったのだ。
職業コーナーの本だなには『こども仕事シリーズ』という分厚い図鑑が、特大ボリュームのサンドウィッチみたいに、ぎっしりと詰まっている。
さっそくチカは図鑑のタイトルを目で追ってみた。
【アイドル】
(わたし、歌も踊りもヘタだし、アイドルはムリかな)
【医者】
(う〜ん、カッコいいけど、むずかしい勉強とかしたくないしなぁ)
【植木職人】
(植物のこととかわかんないし、これは全力スルー)
こんな調子で、やりたいことは見つからなかった。
(あーあ、いろいろ考えたら、おなか空いちゃった)
おなかに手を当てると、グウウゥと助けを求めるみたいな音が鳴った。
そのとき、
「よう、土屋」
だれかが、うしろからチカに声をかけた。
「うわぁっ!」
あわててチカはうしろをふりかえった。
鷹のように力強い目と、天にのぼる竜のように美しいかたちのまゆ。そして大人っぽい落ち着いた雰囲気。
声をかけたのはおなじクラスの美空ショウだった。
ショウがのぞみ第2小に転校してきたのは去年の4月。
教室に入ってきた彼を一目みたときから、ショウはずっとチカのあこがれの王子さまだった。
まさか、その王子さまにおなかの音を聞かれたんじゃ……。
「い、いまの聞いた?」
「聞いたって、なにを?」
ショウがけげんな顔をした。
セーフ!
どうやら、おなかの音は聞かれていないようだ。
「もしかして〈将来の夢〉のこと、調べにきたの?」
「う、うん。わたし、スマホ持ってないから」
「おれもだよ。こういうとき、スマホないやつって、つらいよな」
ショウが肩をすくめて、苦笑いをした。
「土屋は将来、どんな職業に就きたいの?」
「え? ええと、わたしは――」
チラリと本だなを見ると、
「料理人かな」
ぐうぜん目にとまった【料理人】の図鑑を抜き取った。
チカは料理が好きだ。
ただし、好きなのは「食べる」ほうであって「つくる」ほうではない。
だから、図鑑の表紙を見ている今この瞬間も、料理人へのあこがれは湧いてこない。
「料理人か。へえ、カッコいいじゃん」
ショウにほめられると、首筋のあたりがくすぐったくなった。
「あ、あのさ、ショウくんの夢、よかったら、わたしに教えてくれないかな?」
「おれの夢?」
「う、うん。ショウくん、勉強もスポーツも得意でしょ。なんでもできる人って、いったいどんな夢を持つのかなって」
1秒でも長くショウくんと話していたい。
だから勇気を出して訊いてみた。
「…………」
「ショウくん?」
「ん、なんでもない。ちょっと考えごとしてただけだ」
ショウが本だなに手をのばした。
「おれの夢は――」
とある図鑑に触れる直前、ショウの指先が止まった。
「これだよ」
すばやく手を右へ動かして、ショウは【薬剤師】の図鑑を抜き取った。
「おれ、将来は薬剤師になろうと思ってるんだ」
ショウは図鑑の表紙をチカに見せると、
「じゃ、また明日な」
その場から逃げるようにして、カウンターへ向かった。
(ショウくん、ほんとに薬剤師になりたいのかな?)
薬剤師の図鑑を抜き取る前、ショウはべつの図鑑を取ろうとしていたようにチカには見えた。
チカは、もう一度本だなに目をやった。
抜き取られた薬剤師のとなりにある図鑑のタイトル。
それは【野球選手】だった。
★ ★ ★ ★ ★
そのあとすぐにチカは学校を出た。
チカは『ハーヴェ』というマンションの2階に住んでいる。
階段をあがって廊下に出ると、チカの住む203号室の前に二人組の外国人が立っていた。
顔立ちが日本人とちがうので、ちゃんとした年齢はわからないけど、ひとりは16歳ぐらいの銀髪のお兄さん。もうひとりはチカとおなじ12歳ぐらいの金髪の女の子だ。
ふたりを見た瞬間、チカは打たれたクギみたいにその場から動けなくなった。
金と銀というド派手な色の髪もそうだが、それ以上に、ふたりの服装のインパクトが強烈すぎて、脚が動かなくなってしまったのだ。
お兄さんが着ているのはパリッとした黒いタキシード。
女の子のほうは、フリルつきのヘッドドレスと、これまたフリルがたっぷりついた黒スカートのゴスロリドレス。
お嬢さまとその執事がアニメの世界から飛び出してきたみたいだ。
「もしかして、土屋さんですか?」
チカに気づいて、銀髪執事がこちらにやってきた。
「そ、そうですけど……」
防犯ブザーを強く握った。
近くで見るとアイドル顔負けのイケメンだけど、油断はできない。
「わ、わたしになにか用ですか? うち、セールスはおことわりですよ」
「そんなにおびえなくても、だいじょうぶ。ぼくの名前は前田太郎。きょう、202号室に引っ越してきた者です」
見た目と名前にギャップのありすぎる太郎が202号室を指さした。
きのうまで空いていた部屋のドアに「前田」という新品のプレートがつけられている。
「お近づきのしるしにと思って持ってきました。手土産のタラバガニです」
そういって太郎は持っていた箱をチカにわたした。
縦20センチ、横30センチの箱には、
海洋生物フィギュアシリーズ01 タラバガニ
デカデカと商品名が書かれている。
太郎がくれたのは本物ではなく、タラバガニのフィギュアだった。
「ほら、花子も自己紹介を」
太郎がゴスロリお嬢さまの背中に手をやった。
これまた見た目と名前にギャップのありすぎる花子お嬢さまは、持っていた日傘を太郎にわたすと、
「前田花子よ。よろしく」
チカに手をさしだした。
人の顔をジロジロ見るのはよくないことだ。
けど人形みたいに整ったきれいな顔と、右が赤、左が青という左右で色のちがう目がめずらしくて、チカは花子の顔から目をそらすことができなかった。
「なに? わたしの顔になにかついてるの?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どうして、そんなにジロジロ見てるの?」
「それは――」
あなたの顔がすごくきれいだから。
素直にそういおうとしたとき、どこからか飛んできたカラスが廊下の塀にとまった。
「カァカァカァ」
こちらに顔を向けて鳴くカラスは、まるで3人に何かをつたえているみたいだ。
「そうか。教えてくれてありがとう」
太郎が礼をいうと、カラスはおじぎをして、飛び去った。
「カラスがおじぎした……」
「すみません、土屋さん。はずせない用事ができたので失礼します。近いうちにお茶会でも開いて、ゆっくりとお話しましょう」
太郎がニコッとほほえんだ。
「行くよ、花子」
「ええ」
ふたりは足早に階段のほうへ走っていった。
「わたし、夢でも見てるのかな……」
チカはゆっくりとほっぺたをつねってみた。
「ふふ……ひはひ」
銀髪のイケメン執事と金髪のゴスロリ美少女が引っ越してきたことも、まったくうれしくない手土産をもらったことも、どうやら、すべて現実のことらしい。
(つづく)
更新は毎日19時におこなう予定です。
今日はもうひとつエピソードを投稿します。
※25日に『ゴクドウの花子さん(ギャル)』の短編新作エピソードを投稿します。そのためゴクハナの設定を完結済から連載中に変更して、新エピソードの「カレーおじさん」を28話目として投稿します。
※本日、大相撲11月場所(九州場所)が千秋楽を迎えました。毎日、手に汗握る取組を見せてくれた力士の皆さま、おつかれさまでした!




