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ろくぶんのいち聖女~仮初聖女は王弟殿下のお気に入り~  作者: 綴つづか


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8/21

8.厄日②


 王弟殿下を助けてからこっち、どうして次から次へと高貴な方々と相対さねばならないのだろう。人生、何が起こるかわからない。

 先ほど以上の緊張感をもって、私は第一王子マティアス殿下の向かいのソファに腰を下ろした。微笑みを崩さずにこやかにしているものの、背中はだらだらと冷や汗が伝っている。エマ様が背後に立ってくださっていることが、これ以上もなく心強い。


「弟が失礼をした。ユユア・ブルーマロウ子爵令嬢」

「……っ!! こ、こちらこそ助けていただきありがとうございました。……私のことをご存じでしたか、殿下」

「ああ。叔父上から大体の経緯は聞いている」


 事情を知るのであれば話が早い。ほっと胸を撫でおろす。挨拶を遠慮されたものの、私はヴェールを取り、改めてマティアス殿下に恭順の意を示すべく胸に掌を当て、頭を垂れた。


「頭を上げてくれ。まずは君の助力に感謝する。騎士団、魔法師団共に今も無事動けているのは、君の手によるところが大きい。まさか治癒の使い手が、辺境にいたとはな」

「いえ……私はただ与えられた仕事をこなしただけです。ですが、殿下からのお言葉、光栄に存じます」

「まったく、あの人は突拍子もないことをぽんぽんと……。巻き込まれた君も、ご愁傷様としか言いようがない」


 マティアス殿下は、はーっと深いため息をついた。

 ここにもルクス殿下に振り回されている人がいた。ついつい温い笑みが浮かんでしまう。


「気を取り直して、本題と行こう。弟が君に絡んだのは、私が原因な部分もあってね。というより、立太子がかかわってくる」


 予想もしないところから降ってきた話に、私は小首を傾げた。聖女と立太子が一体何の関連を持つのだろう。


「私の卒業をもって、立太子の儀を執り行う予定なのだが、側妃とオルヴィスは未だ王太子の座を諦め切れないらしくてね。聖女に乗じて何やら画策しているようで、どうにもキナくさい。ブルーマロウ子爵令嬢にちょっかいをかけたのも、そのせいだな」


 王位継承争いときた。何だか眩暈がしそう。表情が引きつっていないか心配してしまう。

 陛下と正妃様との間に生まれた御子は、マティアス殿下ただ一人。産後の肥立ちが悪く、正妃様は次の御子が望めなくなってしまった。

 そこで召し上げられた側妃様は、王子と王女を一人ずつ産んだ。側妃様のご実家である侯爵家の長は、結構な野心家らしい。それが火種に繋がってしまった。


「毒殺や暗殺は、密かに叔父上の力添えで防げているのもあって、向こうもいよいよ焦り出したみたいでね。俺の失脚に繋がりそうなものは、手あたり次第というわけだ。浅はかだよな」


 くつくつと、マティアス殿下は喉を鳴らす。薄く笑みを刷きながら言うことではないけれど、権力者にとって殺意は当たり前のように隣り合わせなのだろう。

 王太子になるべく一発逆転できる大きな功績や政策を、今のうちに第二王子派は打ち出さなければならない。だが、オルヴィス殿下は側妃様に甘やかされて我儘で人望に欠ける、という話を耳にしたことがある。先ほどの様子を思い返せば、さもありなん。

 その横で、ルクス殿下が魔物討伐やら聖女やらで、空気を読まずに実績をざくざく上げて、好き勝手しているわけだ。目の上のたんこぶすぎる……。

 規格外の強さを持つ故に、王弟派は未だ根強く残るものの、ルクス殿下は王太子が決まり次第継承権を放棄して、臣下に下ると宣言済みだ。そして、表沙汰にしてはいないが、どうやらマティアス殿下を次代の王に推しているらしい。確かに、第二王子派からすると、面白くない流れになっている。


「オルヴィスは叔父上が大嫌いだから、聖女云々の計画を聞かされていなくてね……。そういうわけで、君はこれから第二王子派の動きにも巻き込まれると思われる。まあ、それ以外にも絡まれる要因が生まれてしまったようだが……。オルヴィスのバカも、政略とはいえ仮にも婚約者がいるくせに、わざわざ厄介な相手に目をつけなくとも……頭の痛いことだ」


 後半はぶつぶつと小声で呟いていたので、マティアス殿下の憂慮は良く耳に入らなかったが、流されるところまで来てしまったなあという感じだ。

 よもや自領の森での人助けが、巡り巡って王位継承争いに片足突っ込むまで発展するとは、誰が想像できるだろうか。


「第二王子殿下は、化粧に惑わされただけですので……。騒ぎになってしまい、申し訳ないです」

「いやいや、元をただせば叔父上のせいだし、俺の目から見ても君は充分に美しいよ。弟の周囲にはいなかった、清楚で可憐なタイプだから余計にね」

「清楚で可憐」


 お忘れかもしれないが、私は領地で馬をヒャッハーと駆るような人種なんですが。王子二人が、まんまとペテンにかかっている。詐欺被害で訴えられないだろうか。背後のエマ様が、ドヤ顔を晒してそうな気配がしたが気のせいだろう。

 取って付けたようなお世辞はおいておくにしても、社交界は華やかな女性が多いから、私のようなぱっとしない女が、返って物珍しいといったところか。まさかオルヴィス殿下から妙な興味を持たれてしまうとは思わず、正直泣きたい。


「何を企んでいるのかまでは、まだ掴めていない。迷惑をかけてすまないが、俺からはくれぐれも気を付けてくれと忠告するくらいしかできない。とはいえ、叔父上がきちんと君のことを気にかけているから、問題ないとは思っているが」

「……ルクス殿下が、ですか?」

「ああ。ここに俺をよこしたのも叔父上さ。自分が行けないからと言って、人使いの荒い」


 言われてみれば、今ルクス殿下は南方に討伐へ出ていたはず。エマ様を見やると、こくりと頷き返された。エマ様はルクス殿下から緊急時の連絡用魔道具を預かっているから、やり取りがあったのだろう。だからといって、第一王子を顎で使うのはどうなのか……。第二王子対策としてこれ以上もない人選ではあるが、私のほうが恐縮してしまう。


「ブルーマロウ子爵令嬢は、随分と叔父上に気に入られているのだな。驚いたよ。叔父上にもようやく春がきたというわけだ」


 マティアス殿下が、ニヤニヤしながら揶揄ってくる。切れ者で怜悧な印象を与える殿下は、てっきり浮ついた話題は好まないとばかり思っていたのだが、意外すぎる。


「いえ、そういうわけではないかと。多分、珍しい光魔法が使えるからでしょう。王弟殿下は、こよなく魔法を愛していらっしゃいますし」

「それは違うと思うぞ。10年ほど前だったか、光魔法の使い手に突撃して、あれやらこれやら付き合わせて、やらかしていたからな」

「えっ!?」


 それは初耳だった。てっきり、初めて光魔法の被検体が手に入ったから、あんなに日々浮かれていたのだとばかり……。

 そうだよね、私だけじゃなく昔から光魔法の調査をしているに決まっているよね。

 どうしてだろう、胃のあたりがもやもやする。


「……では、殿下は一体私の何を調べているのでしょう?」

「さあ……そればかりは叔父上にしかわからないな。心当たりは?」

「私の魔法がポ、ポンコツなことくらいしか……」

「ポンコツ」


 結局のところ、ルクス殿下に対する疑問だけが残ってしまった。





* * *





「いや、もう、王族はご遠慮したい……お腹いっぱい……」

「お疲れ様でございました、ユユア様」

「エマ様も色々とありがとうございました。本当に助かりました。エマ様が誰よりも格好良すぎて、思わずときめいてしまいました。結婚してください」

「まぁ。うふふ……ルクス殿下に妬かれてしまいますわね。嬉しい申し出ですが、婚約者がおりますので、ご遠慮させていただきますわ」

「デスヨネー。エマ様のような素敵な方に、婚約者がいらっしゃらないわけがなかった!」


 軍部治療院からの帰り。私はふらふらした足取りで、エマ様と軽口を叩きながら私室への道を歩く。情報量がありすぎて、頭がパンクしそうだった。一介の子爵令嬢風情が知っていい内容ではない。


「それにしても、全然仕事が捗りませんでしたね……。騎士様や魔法師様方に申し訳が……」

「こればかりは仕方ありません。明日また頑張りましょう。今日の件は、ルクス殿下を通じてきっちり抗議させていただきますので、ユユア様もご安心くださいね。ええ、きっちりと!」


 使命に燃えたエマ様が頼もしい。どうやら、オルヴィス殿下とは犬猿の仲っぽい。

 王子といえども同じことを繰り返されてはこちらとしても困るので、しっかりお灸を据えてもらえるのならば良いことだ。また、あの鼻持ちならない視線で見られるのも不愉快だしね。

 同じ王族でも、ルクス殿下やマティアス殿下は大丈夫なのに、オルヴィス殿下だけは生理的に受け付けられなさそうだ。もう二度とお会いしたくないけれども、マティアス殿下のお話からするとそうも言っていられなさそうで、気が重い。

 精神力がゴリゴリ削られてしまったので、さっさと屋敷に戻ってベッドにダイブしたい。


 そんなことを考えながら足を進めていると、珍しいことに対向から侍女を連れた女性が歩いてくるのが視界に入った。

 ウェーブがかった長い銀髪を揺らし、つんと澄ました様子がどこか猫を思わせる。すっと一本芯が通った美しい立ち居振る舞い。豪奢なドレスもその身を飾る宝石も洗練され、気高い風貌に良く似合っていて、彼女の優雅さをいっそう引き立てている。遠目から見ても、とんでもない美少女だと一目でわかる。この通路を利用できるのは、一部に限られている。つまり、高位貴族のお嬢様だろう。


 私とエマ様は廊下のはじに避けて、彼女が通り過ぎるまで頭を下げた。

 すると、私の前でぴたりと足が止まった。何故に……。

 どうも、無遠慮にじろじろと見られている気がする。早くいなくなってくれないものかと我慢をしていると、フフンと勝ち誇ったような高飛車な笑いが耳に届いた。ほんの少し前にも、似た感じの嘲笑を浴びた覚えがあるのだが気のせいか。


「……貴女が、ルクス様に気に入られているとかいう聖女? やぁだ、全然大したことないじゃない。ルクス様ったら、こんなみすぼらしいののどこがいいのかしら。貴女、ルクス様が優しいからって、変な勘違いをしないことね。身の程を弁えなさいよ。麗しいあの方の隣に立つのに相応しいのは、このわたくしなんですからね!」


 言いたいことをきつい口調で言い放ち、私が呆気に取られている間に彼女は颯爽と立ち去って行った。姿形はお人形のように愛らしいのに、性格は嵐か。


「私、お会いしたことも一言も喋ってもいないのに、散々な言われようですね……。随分とお綺麗な方でしたけど」

「あちらは、グラマティク公爵家の次女ミレディ様ですね。以前からルクス殿下を慕っていらっしゃるご令嬢です」

「ああ、だから……」


 グラマティク公爵家は、2代前に王女が降嫁している高貴な家柄だ。

 またしても、面倒なのに目を付けられてしまったらしい。でも、敵視されるのはどう考えても不可抗力でしかない。


「殿下ってば、ほら、外面だけはいいですから。顔綺麗ですし、血筋ばっちりですし、権力ありますし、仕事できますし、財産ありますし、顔綺麗ですし……」

「……2回も美形の主張を。言われてみると、ただの魔法大好き残念な人じゃなかったんですね」

「最大のネックがそこなので、返す言葉もございません。これでもかなり減ったのですけど、未だに諦めきれず惑わされたままのご令嬢がまだわんさといる中で、筆頭が彼女です」


 殿下も結構いい年なのに。せめて婚約者でも作っていれば、また話は違っていたかもしれないのだろうけれども。あの魔法に目がない様子を鑑みると、女性よりも魔法を優先する図式は容易に想像できてしまった。なまじその手腕で国家に富をもたらしている実績があるから、陛下も口うるさく言えないのだろう。


「ここでも王家の血が……」

「ユユア様、王家の血に好かれる何かを持っていらっしゃるのでは?」

「絶対に好かれていないし、そんなの欲しくないです……」


 私は泣いた。

 変人と名高い王弟殿下絡みの仕事だし、もちろん私とて多少トラブルに合うくらいは覚悟していた。けれども、多少どころではなくゆうに許容を飛び越えて次々と厄介ごとが訪れるものだから、私もげんなりと肩を落とす。私が甘かった。挫けそう。

 やっぱり罠じゃないか。あの日に戻れるのなら、何が何でもそこから逃げろと、過去の私に伝えたい。



 今日は、厄日に違いない。



いつもご覧いただきありがとうございます!楽しんでいただけると嬉しいです。

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