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1.聖女への勧誘

初めて投稿します。楽しんでいただけたら嬉しいです。お手柔らかによろしくお願いします。



「ねえ、君。聖女になってみないか?」

「……は!?」


 

 私のあげた素っ頓狂な声にも動じす、唐突な勧誘をしてきた目の前の美丈夫は、真意の読めない碧い瞳をにっと細めた。


 

 ――そもそも、聖女ってそんなに簡単になれるものなんですか!?

 


 

 * * *


 

 

 ふわりと暖かく柔らかな風が、長い黒髪を揺らす。長く雪で白んでいた大地も、雪解けからこっち緑の恵みを見せている。息を吸い込めば、若く青い草木の匂いが鼻を掠めた。上着を着用しなくても充分な陽気に、自然と私の心も弾んでしまう。


「うーん、良い天気ね!」

「ユユ姉様、天気が良いからって、いつまでも薬草取りに夢中になっていたらダメだからね。早く帰ってきてよ?」

「もう、大丈夫よ。グレイアったら心配性ね!」

「そういって、この間夕方まで木陰で寝こけていたの、誰だっけ。リルル、くれぐれも頼んだよ?」


 弟の呆れ声を尻目に、あははと誤魔化すように笑って、私は鎧に足をかけひょいと愛馬に乗る。葦毛のリルルが、任せておけとばかりにブルンと小さく鼻を鳴らした。

 パシリと鞭を入れれば、リルルは軽快に走り始める。普段よりも高い馬上からの景色は、私のお気に入りだ。

 風を切って駆ける傍ら、民たちが田畑を営む様子が視界に飛び込んでは流れていく。小さな領地だから、領民たちは私に気づくと、笑顔で手を振ってくれる。私はそれに応じながら、先を急いだ。


 ここは、辺境伯領に隣接するブルーマロウ子爵領。それなりに古くから在る貴族の家系で、眉唾ものだけど遡れば聖女を祖にしているとか何だとか。ただし、御大層な由緒はあれども、金はない貧乏子爵家だ。

 私はその娘、ユユア・ブルーマロウという。17歳になった。

 通っていた王都の学園をわずか半年程で辞めざるを得なくなり、私は今、治癒師見習いとして領地の治療院とお隣の辺境伯騎士団を行ったり来たりしながら働いている。

 というのも、私が貴族学校に通い始めた直後に、領地が大規模な嵐に見舞われたからだ。災害は領内に深い爪痕を残し、未だ復興の最中にある。

 売れるものは売って足しにしろとばかりに私財を投入して各地の救援に奔走したため、我が家は没落寸前なところをギリギリで維持している。王家と、懇意にしている辺境伯領からの迅速な災害支援もあり、そこそこの借金でどうにかなったことだけが唯一の救いかもしれない。


 あれから一年半。川の氾濫によってダメになった田畑も、どうにか種を撒けるまでに回復し、暗かった領民たちの顔にも徐々に明るさが戻っている。何よりそれが嬉しくて、私は目を細めた。生活は苦しくなってしまったけれども、あの時の父の判断は間違っていなかったと、胸を張って言える。

 まあ、私の学園生活やデビュタントが流れて、社交が疎かになっているのが痛くはあるが、このまま順調に領地が持ち直せば弟の代で何とかしてくれるだろう。私よりも弟の方がしっかりしている。

 それに、どうやら私は堅苦しい貴族よりも、治癒師という今の立場が性に合っているようなのだ。


 しばらく愛馬を走らせると、辺境伯領寄りにある森に到着した。馬を木に繋いで、私は森の中へと足を踏み入れる。奥に自生する薬草が、麻痺薬の原料の一つになるので、時折休日に気分転換がてら摘みに来るのも私の仕事のうちだ。

 鬱蒼とした印象の森だが、差し込む木漏れ日は眩しく、昼間であれば視界は開けている。幼い頃から父に連れられ遊び、慣れ親しんでいる場所だから、迷うべくもない。


 お隣の辺境伯領の騎士たちの仕事もあってか、ブルーマロウ領は魔物の出現も滅多にない。仮にも貴族のお嬢様である私が護衛もつれず呑気に一人でほっつき歩いていられる程、平和な場所である。

 ――はずだったのだが。

 不意に、どんと爆発にも似た音が静寂を破り、私ははっと辺りを振り仰いだ。


「何……?」


 よくよく耳を澄ますと、ビリビリと肌を震わせる程の苦悶の咆哮が響き渡る。その後、森は何事もなかったかのように静けさを取り戻した。

 音の大きさからして、多分そこまで遠くない位置で魔物との戦闘があったはずだ。方角に当たりをつけ、私はその場を駆け出した。

 周囲を見回しながら走っていくと、やがてぽっかりと開けた場所に出た。木々があちこち無惨に倒れ、所々焼け焦げているようで焦げ臭い。地面はでこぼこに穴が開き、岩や石が散乱している。戦闘による痛ましさが窺えた。被害は、辺境伯領の方から続いている。

 その中心には、血溜まりの中倒れ伏す、大きな魔物の遺骸。頭部は獅子、胴に山羊、蛇の尾を持つそれは、Aランク討伐対象として名を馳せている凶悪なものだ。


「キマイラ……!」


 ぞっと、血の気が引く思いがした。

 嘘でしょう。こんな人里近くに気軽に出没する魔物ではない。討伐隊を組み、数人がかりで倒さねばならぬほど、厄介な存在だ。

 だが、その割に傭兵や騎士たちの姿は見受けられない。最悪の状況を考えてしまい、慌てて周囲を見回すと、キマイラの影になっていて気づかなかったが、奥の木の下に人が一人、もたれて倒れているではないか。


「だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってみれば、魔法師のローブを身にまとったその人物は、腹部から血を流しながら意識を失っている。キマイラの鋭い爪にやられたか。


「ど、どうしよう……」


 早く手当てをしなければ、このまま失血死まっしぐらだ。このレベルの傷をふさげるポーションは中級以上で、散歩気分で暢気に森へとやってきた私には持ち合わせなどあるわけがない。思わずごくりと息をのんだ。

 迷っている暇はなかった。私がやるしかないのだ。

 己の掌を、魔法師さんの患部へ添える。



「偉大なる女神ウィルキオラの恩寵のひとかけを彼の者に。《治癒(ヒール)》!」



 柔らかく、暖かな黄金の光が、魔法師さんの傷を包み込んで。すっと、自分の身体の中からごっそりと魔力を持っていかれる感覚に襲われる。傷が深いからか、少し時間がかかりそうだ。私は、じっくり治療を施した。


「ふう……これで大丈夫だと思うけど……」


 失敬して、着ていたローブを開き、血でぺたりと肌にはりつくシャツをまくり上げはだけさせると、傷はきちんとふさがっていた。さすがに失った血についてはどうにもならないが、これでもう大丈夫だろう。


「よかった……上手くいった……」


 私は、額に滲んだ汗を拭い、ほっと胸を撫でおろした。

 薬の知識もまだまだな私が、治癒師としてどうにか働けているのは、この身に宿った光魔法のおかげだった。ただ、魔力に乏しいので、治癒できる範囲は限られる。欠損部を生やすなんてことはできない。加えて、効果にムラがあるというポンコツっぷりなのである。自分で言っていて泣けてきたが、それでもこの人を助けられて、本当によかった。


 血まみれになった掌を、持参していた水筒の水で洗い流しつつ、魔法師さんの様子を窺う。

 慌しくローブをはいだせいか、気が付けば一緒にフードもまくれていて、彼の相貌が露わになっていた。年の頃は二十五くらいだろうか。青白い肌の上に、長い金色の髪が零れ落ちる。品のあるその顔は、思わず目を引き付けられるたいそうな美丈夫で、私は息を飲んだ。綺麗な人だ。いや、でもどこかで見たことがあるような気が……。


「う……」


 まじまじと顔を覗き込みながら、どこで見たのだったかと記憶を探っていると、かすかな呻き声とともに、魔法師さんの瞳がゆるりと開く。吸い込まれそうな青緑色をした瞳は、深い海を思わせる透明さをもって焦点を結んだ。



「聖、女……?」



「いえ、違います。どうやら意識が混濁していますね!? さあ、これを飲んでください」

「うぐ」


 ウェストポーチから取り出した手持ちの低級ポーションを、魔法師さんの口元へと運んで飲ませる。単純な回復であれば、これで充分だろう。

 ごほごほ咳き込みつつも(決して無理矢理瓶を突っ込んだからではないはずだ)、身を起こせる程度には復調したらしい魔法師さんから視線を向けられる。


「君、は……?」

「私は当子爵領の長女、ユユア・ブルーマロウと申します。貴方がこちらで倒れていたのをたまたま発見したので、僭越ながら私が対応をさせていただきました」

「……ああ、そうだ。くそ、最後の最後で急にヤツの動きがおかしくなったから油断した! キマイラは!?」

「私が来た時には、息絶えてそこに。他の討伐隊の方はいらっしゃいませんか? もし怪我人がいるなら手当を……」

「いや、ヤツは僕一人で屠った」

「一人で……」


 キマイラの遺骸を確認して、魔法師さんは安堵に息を吐きだした。どうやら、私が聞いた轟音のタイミングで相打ちとなったらしい。


「怪我は……光魔法、か? って、これは……随分と珍しい属性を持っているな」


 治療痕に手を這わせ、魔法師さんはまじまじと傷の失せた己の腹を見ている。魔力の残滓を追ったのか。キマイラ単独討伐といい、ポーションでなく魔法による回復だと判断したところといい、相当の手練れだと伺える。


「それに、その髪」

「……黒髪は確かに珍しいですけど、全くいないというわけではありませんし」


 奇異の瞳でじろじろと眺められ、むっと私は唇を尖らせた。確かに、私の黒髪は、国全体からすると滅多にお目にかかれない色だ。

 赤毛の父、金髪の母、金髪の弟、そして黒髪の私。母の不貞を疑われなかったのは、この領地には昔から「領主家に生まれる黒髪の子女は、幸運を呼び込む」という言い伝えが残るからだ。何代か前にも、隔世遺伝によるものか、黒髪の女子は生まれていたらしい。実際に幸運を呼び込んでいるかは定かではないが、おかげで私は領民からも懇切大事にされているし、家族仲も良好である。まあ、家族に似ず、暗い色味のせいで地味な身形の自分がちょっと切ないっていうだけで。


「そうではなく……いや、助けてもらったのに無粋なことを言ったな。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「ふむ。それにしても、貴重な属性を持つご令嬢か。これは興味深い」

「光魔法を使えると言っても……私に大した魔力はないので」

「君に魔力がない、と? ……んん? そういえば、こちらに向かうにつれ、魔物が……。しかし、それでは……」

「な、なんですか」


 ぶつぶつと何事かを呟きながら、魔法師さんはぐるぐると私の周りを回る。先ほど以上に好奇をはらむ視線をもって、上から下から正面から背後から、つぶさに観察してくる。何故そんなに目をキラキラと輝かせているのだ。美形の圧になど慣れていないので、正直居心地が悪いし恥ずかしい。自然と頬に熱が上ってきてしまう。

 そんな私の戸惑いなど露知らず、魔法師さんの節くれだった指先が、くいと顎にかかって。強制的に顔を向き合わされ、彼の碧い瞳の奥に、地味な私の姿が映る。


「ひぇ……」

「君はもしかして……」


 言葉はそこで途切れた。奥からかすかに誰かを呼ぶ声が耳に届いたからだ。

 我に返って魔法師さんの緩やかな拘束から距離を取り、何事かとそちらに目を向ける。すると、魔物による蹂躙の痕を追い走ってくる二つの影が見えた。騎士だろうか。がしゃがしゃと軽鎧のこすれる金属音も聞こえる。

 彼らは魔法師さんを見つけると、一目散にこちらに駆け寄ってきた。


「ルクス殿下! ご無事で本当によかった!! 一人で囮役を買って出るなど、やめてくださいとあれほど……!!」

「あああ、殿下、ローブが血まみれのボロボロじゃないですか!!」

「うるさい、クロードにディディエ。どうにかなったのだから、いいではないか」

「それは結果論にすぎません、殿下」

「殿下がいくら強かろうが、本来守られる側の人間が、護衛を振り切るなんて正気の沙汰じゃありませんからね!」

「いや、悪いとは思っているが、あの状況ではさすがに仕方ないだろう。ほら、こうしてきっちり倒しているんだし」


 詰め寄り興奮も露わな騎士様たちとは裏腹に、魔法師さんはのほほんとした様子で、憤慨する彼らをどうどうと窘めている。

 だが、待ってほしい。聞き捨てならない単語が、先ほどからぽんぽんと耳を掠めている。


「……でんか?」


 ぽかんと間抜けな声を上げる私に、魔法師さんはにっと不敵な笑みを浮かべた。




「ああ、名乗るのを忘れていたな、ご令嬢。僕は、ルクス・スローン・ノルンディード。この国の王弟などというものをやっている」




「おうていでんか」


 最初に脳裏に浮かんだ言葉は、「やらかした」だった。いや、ギルドに登録する冒険者の割には随分と高貴な感じがしたし、手触りの良い高そうなローブ着ているなとは思っていたのだけれども。

 道理でどこかで見たような記憶があるはずだ。半年前、学園の入学式で国王陛下の代理として訪れた彼を私は見ていた。


 ルクス・スローン・ノルンディード。それは、陛下の年の離れた弟で、この国の継承権第三位を持つ王族の一人。5つの属性をその身に宿す魔法の申し子、最強とも変人とも魔法狂いとも呼ばれる魔法師の名。

 夜会にも出ず自らの研究室に引きこもっていると専らの噂の彼が、何故こんな片田舎にいるのだ。

 私は慌ててその場から数歩引き、丁寧に膝を折り臣下の礼を取った。カーテシーは無理だ。こちとら動きやすさ重視の乗馬服である。


「王弟殿下とは知らず、た、大変、失礼を……」

「なに、命の恩人に向かって、不敬を問うたりしないさ。楽にしてくれ」

「待ってください。殿下、命の恩人とはどういうことです!? もしかして、ローブの血は、返り血ではないのですか!?」

「あっ、しまった!!」


 ばふ、と唇に掌を当てて眉根を下げるルクス殿下は、どこかお茶目で気さくだ。彼に先ほどから食ってかかっている彼らは、胸元に国家の象徴である鷲と百合の紋章を刻んだ白銀の鎧を身に着けている。近衛騎士団の一員であり、ルクス殿下の護衛だろう。

 とはいえ、パワーバランスがおかしすぎやしないか。何故、こんなにも彼らに怒られているのだろうこの王族は。飄々とかわして、取り付く島もないけれども。


「……とにかく、詳しいことは後できっちりお伺いするとして、まずはこの場をどうにかいたしましょう。ご令嬢がいるのに、悠長に話をするような場所ではございません」

「それもそうだ」


 きっちりの部分に物凄い力が入っていたので、この人たちは振り回されているのだろうなあと、ちょっとだけ同情心が湧いた。


「それにしても、手頃な素材が手に入った。ちょうどキマイラの尾が欲しかったんだよね」


 死にかけたというのにほくほくした笑みを浮かべながら、ルクス殿下はローブの内側に仕込んでいたバッグを取り出すと、キマイラの死体に向けて口を開ける。すると、あれだけ大きな遺骸にもかかわらず、あっという間にバッグの中に取り込まれていった。空間拡張魔法のかかった収納鞄だ。便利なので私も喉から手が出るほど欲しいのだが、その分大変値の張る魔道具なのでおいそれと使えるものでもない。

 ルクス殿下は《清掃(クリーン)》の魔法をあたり一帯にかけ、死臭や血痕を跡形もなく綺麗にしていく。もちろん人にも作用し、土埃まみれの私も、血まみれの殿下もさっぱりした。最後に土魔法で、でこぼこになった大地を均していく。手際が良い。さすがに折れた木々まではどうにもならないが、キマイラによる被害にしてはかなり少ないといっていい。


「こんなところかな。ディディエ、被害状況について二アール辺境伯と取りまとめを。念のため、ブルーマロウ子爵にも伝令を出しておいてくれ」

「はっ。かしこまりました」


 ディディエと呼ばれた茶髪の護衛の片割れは、命を受けて元来た道を戻っていく。

 それを見送ったルクス殿下は、くるりと身を翻し私を見た。酷く、愉しげな表情で。


「さて、と。待たせてすまないな、ユユア嬢。大変世話になったね。そして、世話になったついでに、僕から申し出たいことがある」

「はぁ……?」


 申し出とは一体何だろう。私は小首を傾げた。ただでさえおいそれと会話ができるような間柄でもないし、そろそろ薬草摘みに戻りたい。とは、さすがに口が裂けても言えやしない。

 ああ、もしかして、命を救った褒賞とかだろうか。それだったら、借金返済の足しになるし、ありがたいのだけれども。

 しかし、私の内心にひっそり浮かんだ期待とは裏腹に、ルクス殿下はどうしてそうなったといわんばかりの突拍子もない提案を投げかけてきたのだ。



「ねえ、君。聖女になってみないか?」



ご覧いただきありがとうございます。本日はあと1話追加します。楽しんでいただけると嬉しいです。

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