2.やっぱり罠だった
昔から「僕と契約して、○○になってよ!」という胡散臭い勧誘は、罠と相場が決まっている。
「お断りします!」
ついつい、反射的にずばっと切ってしまった私は悪くないはずだ。だが、相手は腐っても王族。さすがに断り方というものがある。「ユユ姉様はもうちょっと良く考えてから発言をしなよ」というグレイアの呆れ顔が脳裏をよぎったがもう遅い。
私が冷や汗をかいていると、目をぱちぱちと瞬かせたルクス殿下は、次の瞬間腹を抱えて爆笑し始めた。
「ふははは。即断即決って! いや、いっそ清々しい」
「それは、貴方がおかしな提案をするからでしょう。私だって、そんな怪しげな話、断りますよ……。殿下が申し訳ありません、ええと……」
もう一人の護衛、金髪碧眼の近衛騎士がありがたくもフォローを入れてくれたので、私はすかさず礼を取った。
「ご挨拶が遅れ失礼いたしました。私はブルーマロウ子爵家が長女、ユユアと申します」
「こちらこそ。私はルクス殿下の側近として護衛の任を賜っております、近衛騎士団所属、フィアット侯爵家三男、クロードと申します。ブルーマロウ子爵令嬢、この度は殿下をお救い下さったとか。ありがとうございます」
クロード様は、ルクス殿下に厳しく突っ込んでいた様相とは異なり、柔らかく紳士的な言動で挨拶を返してくれた。こちらも身分が高くて震えてしまいそうになったが、それを上回る親近感がわいてしまったのは、多分ルクス殿下に振り回されている同士の空気を互いに察知したからだろう。
「まあまあ。そう邪険にせず、ちょっとくらい耳を傾けてくれないか。僕だって何も事情なくこんな提案をしているわけではないよ」
「10割思い付きだと私は思っていますよ」
「否定できないところが辛いな!」
ルクス殿下はけらけらと声を上げた。先ほどから繰り広げられる主従のやりとりは、高位貴族っぽさの欠片も遠慮もなく、どちらかといえば友としての信頼感を強く滲ませている。それに、ルクス殿下はあまり王族という感じをさせない。クロード様の容赦ないツッコミも相まって、私の身体から少し緊張が抜けた。
それを受けてか、ルクス殿下は笑みを刷きつつも、表情を幾分引き締めて私に尋ねた。
「が、こと状況は予断を許してくれなくてね。ユユア嬢。君は今、我がノルンディード王国において、魔物による被害がここのところやけに増えているのを知っているかい?」
「魔物の……被害ですか?」
「ああ。見たところ君の領地では、あまり実感がないかもしれないね。そうだな、元は辺境伯領から僕がおびき寄せたとはいえ、そもそもこんな場所にキマイラが出るのがおかしいとは思わなかったか?」
「それは……」
私も先ほど同じ思考に至ったので、こくりと頷く。キマイラはどちらかといえば、険しい山岳地帯を住処に選ぶと小耳に挟んだことがあった。どちらかというと西部辺りで出没しやすい魔物だ。
「僕があちこち遠方まで足を運んで調査しているのも、これが理由でね。こういった被害が各地で少しずつ増えているんだ。おかしいくらいにね」
「陛下が止めるのも聞かず、普段政務もそこそこに引きこもっているくせにフィールドワークだと喜び勇んで飛び出したのは、どこのどなたでしたっけ?」
「さっきからうるさいな、お前は……」
「連れまわされる私どものことも、少しは考えていただきたいものでして」
ルクス殿下は継承権を放棄して魔法研究に骨を埋めたがっているいう話を思い出して、クロード様の茶々に内心でくすりと笑う。多分、私に負担を感じさせないよう、わざとやってくれているのだろう。
「それはさておき、だ。今はまだ魔物が出ても堪えきれている。騎士たちがよくやってくれているしね。けれども、このまま数が膨れ上がっていけば、いずれ国に訪れるのは……」
「スタンピードの可能性……ですか……」
胃の腑に、えも言われぬ感情がもやもやと蟠る。
スタンピード。何らかの事情で、魔物が大量に町や村に押し寄せ、壊滅的な被害をもたらすといわれる大規模な災厄。
「そう。冒険者ギルドとも裏から協力体制を敷き始めたのだが、調査や討伐に出ている騎士団も結構な怪我人が出ている上に、出撃が増え疲労が色濃くなってきていてね。このままでは頭打ちだし、民たちも徐々にだが、不穏さを感じ始めているらしい」
ルクス殿下のみならず、クロード様の表情もいささか険しい。
不安というのは、いとも容易く伝播する。魔物による影響を、真っ先に被るのは各領地の民たちだ。簡単に隠しおおせるものでもないだろう。
「そこで、君を見て思いついたのが聖女の存在だ。人々の傷と心を癒し、魔を打ち払うと謂われる聖女は、民の希望と安寧の拠り所となれる。君の魔法は稀有な上に、奇しくも聖女と同じ黒髪持ちときている」
数百年前、我が国ノルンディードを襲ったスタンピードの際に、女神直々にいずこから召喚された少女が、いわゆる聖女の始まりだ。黒髪黒目の凛とした娘は、与えられた力を振るい国を救ったという。
ただ、近隣諸国との小競り合いや継承問題はあったものの、その後国家を揺るがすほどの大惨事はなく、比較的安定した時を経過した末に、聖女の伝承は薄れつつあるのが現状だった。
「要するに、過去のスタンピードに倣い、聖女という古の高位の存在を偶像として立て、いたずらに不安を招かぬよう民衆の統制を行いたい、と」
「うん。理解が早くて助かるよ。偶像にしておくつもりは、毛頭ないけれどね。というわけで、しばらくの間、君を王都に招きたい。体制が整うまでは、我々が上手くやる。君はいてくれるだけでいい。身の安全も保障しよう。まあ、魔法で騎士たちを回復してくれると、こちらとしても大変ありがたい」
潔く腹を割って私を利用する宣言をされてしまうと、何だか逆に肩透かしだ。普通そういうのって、手八丁口八丁で騙くらかすのが常ではないのだろうか。
それに、お飾りとしてただぼーっとしているだけではなく、国のため命を懸けて働いている方々の役に立てるのであれば、やぶさかでもない気持ちにもなる。スタンピードがこの先、本当に現実になるのであれば、他人ごとではいられない。
だが、私は重大な欠陥を抱えている。
「ですが……私の光魔法はポンコツなんです。治癒魔法一つしか使えませんし……」
「ポンコツ」
ルクス殿下の目が、面白いくらい丸まった。
ひとえに光魔法といっても、バリエーションは多岐に渡る。代表的なのは回復や解毒といった癒しを中心としたものだが、攻撃はもちろんのこと、結界の構築や補助などもでき、四大属性に勝るとも劣らない。
「魔力が少ないというお話はしましたけれど、お恥ずかしながら発動効果にムラがあるんです。殿下の傷には、たまたま上手くいっただけで……。だから、私がお役に立てるとは……」
「ほほう? 興味深い。そこは僕も気になるところだ。これもお願いしようと思っていたのだけれども、聖女の役割とは別に、僕に君の魔法で遊ば……じゃない研究、もとい、調べさせて欲しい」
「取り繕っているのに、取り繕われた気がしません」
「……実はそちらが本命なのでは? 殿下」
「やだなあ。これはひいては君のために、国のためになることだよ?」
などとルクス殿下は建て前をのうのうと口にしているが、クロード様たちがくるまで、好奇心を隠しもせずに私を観察していた人である。
もちろん、私の光魔法がどうしてこうもポンコツなのか、調査してもらえるのならば興味はある。だが、相手は魔法狂いの変人と名高いルクス殿下。正直、自分を暴かれるのは少し恐い。
それに、同じ黒髪でも私は見た目があまりにも地味で平凡だ。絶世の美女だと伝えられる聖女と並びたてられるなどおこがましい。
魔法に対する自信のなさもあいまって、ひたすら尻込みする私を見かねてか、ルクス殿下は「6分の1か……そうだな」と言って、掌をぴっと中空に開いた。
「魔力量を鑑みて、1日に4時間ほど聖女の役割を行ってもらうこと。それと、君の魔法や魔力の調査協力。その報酬として、都度金貨5枚を支払おう。どうかな?」
ぴくり、と反射的に私の肩が跳ねた。たったそれだけのお仕事で金貨5枚。破格すぎやしないか。
ちなみに、私が治療院で1日働いて、報酬は銀貨8枚ほどである。
「確か、ブルーマロウ子爵家は、先の災害で大きくもないが小さくもない結構な額の借金を負ってしまったと記憶している。それも、僕の個人的な資産から肩代わりしてあげてもいい」
「うううう……」
くっ……! ちらつかせられた報酬が圧倒的すぎた。思わず、私は貴族の矜持も忘れてみっともなく呻いてしまう。ルクス殿下は的確に私の弱点を突いてきた。
そう、今我が家には心底金が必要だ。お金があれば、お肉がもっと頻繁に食卓に上がるし、グレイアをもっと楽に学校に通わせることができるし、領地にも還元ができるし、気になっていた屋敷の修理だってできる。嵐の影響でガタが出始めたのか、一部の客室から雨漏りがするのだ。
でも、でも……! ぐらつく心を抑えたのは、ひとえに素直に頷きたくないという悔しさからくる一心だった。
「え、ええと、領地と辺境伯領で治癒師として働いているのに、長期の休みをとるのは難しいです!」
「では、君の働きと同じくらいの仕事ができる薬師を数名代わりに派遣しよう」
「唐突なお話すぎて、両親や弟が心配するかと……今領地は復興の最中ですし」
「そうだな、そればかりは申し訳なく思う。子爵には私からきちんと話を通そう。それに、君がいなくなる影響も出るだろうから、騎士や使用人も必要か」
「ひぇ……王都に上がるにも、支度に時間がかかりますし……」
「当然、私が全て用意する。衣食住すべて保障する。君は身一つで一緒に来てくれればいい」
「ええと、その……」
「さあ、他には?」
「……………………」
淀みなく対案を出されてぐうの音も出ない。私の無駄なあがきはあっさり撥ね退けられ、敗北はあっけなく。
「決まりだね」
ルクス殿下がにっこりと笑う。悪魔の微笑みだ。若干、クロード様が気の毒げな視線を向けてきたのが泣ける。ほぼ最上位の権力に敵うはずがなかった。それ以上に、お金に負けたという現状があまりにも世知辛い。
「いやー、君がすんなり頷いてくれてよかった。魔物の増加については、さすがにまだ国家機密でね? 緘口令を敷いているんだ。むやみやたらに民を不安にさせるわけにはいかないだろう?」
「なっ……!? それでは、私に選択肢などなかったも同然ではないですか!!」
「ごめんね。最初から断らせるつもりなどなかった」
いけしゃあしゃあと呟いた彼は、おもむろに私の手を取り、恭しく指先に口づける。
「協力、心から感謝する、ユユア嬢。大丈夫。僕は君ならできると確信している。君は僕の命を救ってくれた恩人だからね。頼む。そして、僕を信じてほしい。絶対に悪いようにはしないと誓おう」
「殿下……恩人相手にすることではありません」
「違いないが、僕に目をつけられたのが運の尽きだったね」
くすくすと喉を鳴らしながら、軽くウィンクを投げてくる彼の瞳は、獲物を定めた肉食獣のそれとどこか似ていて。
深いため息を一つ。瞳をゆるりと閉じる。
私は諦めてこの無謀な作戦の片棒を担ぐほかなかなかったのだ。
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