鈴は......
ああ、これは夢だ。
瞬時にそう理解した。
どこまでも広がる白い部屋。上も、横も、下にも広がっている。
俺は、その中でただひとつ、ポツンと存在していた。
(明晰夢......か)
「そう思ってくれても構わないよ。実際、君の夢に介入している訳だから夢に変わりは無い」
(!! 誰だっ!?)
視界の外から聞こえてきた声に、咄嗟に振り向く。
そこに居たのは、白い布を一枚纏った中性的な人物だった。
「ああ、自己紹介が遅れたね。ボクが神だ」
(こいつは何を言っているんだ?)
一体、『私が神だ』等と言われて信じる人がどれだけいるだろうか。信じたあなたは、壺を買わない方が良いだろう。
ともすれば十代前半にも見える自称神は、俺に指を突きつけて来た。
「あまり失礼な事を考えると、現実世界で天罰を与えるよ?」
(そうかそうか。タンスの角に小指をぶつける呪いだろ?)
そんなことは良いんだ。早く起きなければ。起きて、鈴を探さなければ......
「小猫君が見つからなくても良いのかい? ボクなら、君の元に帰してあげられるけど」
(っっ!! ......鈴をどこにやったんだ!?)
自称神の口からでた鈴の名前に、思わず過剰に反応してしまう。
「あははっ!! 小猫君はボクが失踪させたんじゃない。自分から消えたんだ。勘違いが過ぎるよ?」
しかし、今の俺はそれが聞けただけで満足だ。少なくとも、何か事件に巻き込まれた訳じゃ無さそうだからな。
「まだボクを笑わせる気? だからって小猫君が帰ってくると思うの? ......キミ、自意識過剰じゃない?」
(鈴は......だって......)
「小猫君に、帰りたくない事情ができたんだとすれば? キミと会いたくない事情ができたんだとすれば?」
(でも、俺を好きだって言ってくれたんだ......だからきっと......)
「だからこそ、じゃないかな? 好きな人に自分の醜い姿を見せたくない。ボクには理解できない感情だ。もっとも、そもそも好きという感情が理解できないんだけどねっ」
(お前は......本当に鈴を帰せるのか?)
「ボクは神だよ? 出来ないと思う?」
(対価はなんだ?)
「対価? キミにボクが欲しがるモノが用意出来るとでも? そんなわけ無いよね。このくらい無償でやってあげるよ。その代わり......」
そこで、俺の意識は浮上した。
「最高のエンターテイメントを見せてね?」
「............っっ!! 鈴! 鈴!!」
目が覚めた。寝汗か、それともさっきまで走り回っていたせいか、体がベットリしている。
鈴はいつ帰ってくるのだろうか。
俺は探しに行くべきだろうか。
子猫だった時、雨に濡れて震えていた鈴の姿が。初めて人間として出会った時の鈴の姿が。好きだと言ってくれた鈴の姿が、記憶の中から呼び起こされる。
居ても立っても居られない。
早く____早く鈴に会いたい。
やっぱり、探しに行こう。
倒れていた玄関の床から起き上がり、そのまま扉を開ける。
外はいつか見たような雨だった。
ザアザアを通り越し、むしろドオドオと擬音が聞こえる様な雨の中に____
一匹の猫が、座っていた。
「れ、い......鈴......なのか?」
「ニャ~ン......」
「鈴......」
猫になっていても分かる____訂正。一時期人間になっていても分かる。
俺が好きになったあの目は
俺が好きになったあの毛色は
俺が好きになったあの仕草は
紛れも無く、鈴だった。
以前助けた猫は、美少女になって____そして猫になって戻ってきた。
「鈴......お帰り。さ、中に入ろう」
何も思わないのか、と聞かれたら、否と答える。
ほんの少し前まで意志疎通が可能だった恋人が、急に猫に戻ったら驚くし、少し寂しい。
でも......変わらないと思う。何も。
だって俺が好きになったのは、人間でも猫でもなく、鈴そのものだから。
「コーヒーと紅茶と......ホットミルク、どれが良い? ......って、飲めるのはホットミルクだけだよな」
牛乳ではなく、猫用ミルクを人肌程度に温めて皿に出す。
でも、これで辻褄が合った。
猫耳の様な寝癖を指摘された時、牙のような八重歯を見られた時に顔を青くしたのは、自分が猫に戻りかけている事に気が付いたから。
そして、急に失踪したのは......遂に完全に猫になってしまったから。
思えば、これからの話をしている時だけ、妙に元気が無かった様に感じるし、一ヶ月待ちと言われた時近くの遊園地に変えていた。
お互いに「行ってきます」「行ってらっしゃい」と言い合ったのも、全部......こうなることが分かっていたから。
もう、そんなやり取りが出来なくなると知っていたから......
「鈴」
「ニャ?」
「鈴が人間でも猫でも、ずっと愛してる。大好きだ。だから____せめて話して欲しかった。人間だった頃しか楽しめない事も沢山あったし、急に猫に戻ったら少し寂しい」
「............」
「でも、もう過ぎた事だよな。これからは、猫として楽しもう?」
その夜は、少し泣いた。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピ____
無機質なタイマーの音。
しかし、俺の心は軽い。
昨日は鈴が帰ってきたから......あくまで、猫に戻って、だけれど。
ただ、少し悔しい思いもある。
本当なら今日は、鈴と一緒に遊園地に行く予定だったんだ......
お読み頂きありがとうございます。
明日の朝の投稿が難しいそうなのですが、明日の19時投稿か、今日中の投稿かどちらが良いでしょうか......




