男たちの大捕物
俺たちはエンジーの町近くの鬱蒼とした竹林にいた。目的は金稼ぎ。仲間が八人になったともあれば、かかる費用は単純計算で今までの二倍だ。
「この辺りで行ったらあそこかねぇ。結構魔物は凶暴だし、ユニコーンとか出るみたいだよ」
街で遭遇した物知り顔のおっさんに教えてもらったのだ。それでここに来た。
ここらの魔物は、ラディアングリス地方とはまた違っていた。無論、あの雪原特化のスニーチカ一帯とも異なる。
サル、ゴリラ、トラ、人食い植物――新しいバリエーションはこんなものか。向こうも強くはなっているのだろうが、はっきり言って何か困ることはなかった。
「ひゅー! 流石は勇者様。剣の冴えは最高だね」
後ろから、あの優男の口笛と声が聞こえてきた。
「馬鹿にされてるようにしか思わないんだが?」
「いやいや、本当に尊敬してるんだよ。ここまでの使い手にはあったことないから」
今も軽口をたたき合いながら、魔物の群れを撃退している。尻尾が二本生えた筋肉ムキムキの禍々しいゴリラが三体。
今、そのうちの一体の胴を難なく真っ二つにしたところだ。剣は今日もよく振れている。もちろん、タークの強化魔法の効果によるところも大きいが。
すかさず、マラートが前に跳び出てきて、そのサーベルで次の一匹を薙ぐ。さらに、短く詠唱を済ませて、残った一匹には火球魔法をお見舞いしていた。
時間にして一分弱といったところか。まあ、相手もあまりすばしっこくなかったし、楽な部類だ。成果は、銀貨三枚。
「ただ一つ問題があるとすれば――」
闘い終わって、投信を見た時に異変に気が付いた。その場で強めに剣を振ってみる。すると――
パキンと、鈍く輝く鉄の剣は折れてしまった。先の方三分の一がぽとりと地面に落ちる。魔物から首を切り落としたみたく。
「さすがにまだまだ武器を選ばずに済むレベルじゃないみたいだね」
「そりゃそうだ。お前みたくうっすらと魔法を刃に纏わせれたら、そんなこともないんだが」
「……やっぱりできるんだ、魔法剣」
「お前にできて俺にできないことはないと思うぜ?」
「すっごい自信家だね、アルス」
はっはっは、とマラートは豪快に笑った。気に障った様子はないらしい。
俺としても本気で言ってるつもりは毛頭ないが。それなりの技術は持っているという自負はあるが、それに驕れるほど自信家ではない。
「ターク! もう終わろう」
ちょっと大きな声で叫んだ。あいつは今俺たちから少し離れたところにいるはず。堕ちているアイテム収集をしている。
元々闘いが得意じゃないんなら、ついてこなくてもいいのに。それを言うと『僕だけ仲間外れはちょっと』と、一応自分が男だという自覚はあるらしい。
「どうしましたか――って、折れちゃいましたか。まあ一般兵に支給される安物ですからね」
「それを早く知ってれば買い替えたんだが」
ちょっと苦い顔をしながら、言葉を返した。逆にここまで持ったのは奇跡ということかもしれない。
「でも、知っていたところで武器を買うお金なんてないですよ?」
「……それもそうだな。ちなみに修復魔法は――」
「使えません。あっ、でも姫様なら」
「今のは、まだ帰りたくないってことじゃないのかな、ターク君」
「そういうことでしたか」
なにか妙に納得いった顔で、彼は頷いた。
……正直成果は芳しくない。竹林に籠って三時間くらいか。稼げた金額は金貨百枚に満たない程度。この地方の物価がわからない以上、もう少し持っておきたいんだが。
「マラート、あとは一人で頑張ってくれ」
「ええ~、そりゃないぜ、アルス。俺も帰るさ」
「馬鹿言え、まだまだ全然足りないぞ?」
「もう潮時ってことさね。あの我儘お嬢様が少しは持ち合わせがあろうだろうし、大丈夫でしょ」
「……後で高くつきそうなんだよな、それ」
「タークもそう思います」
すると、マラートはひょうきんな感じに唇を突き出した。こいつもどこかで同じこと思っているのかもしれない。
しかし、さっきのは冗談としても。このままだと闘えないのは事実だ。三人で町に戻って、武器を新調して、再び出発する。
とりあえず、林の出口に向かって俺たちは歩き出した。魔物には警戒しながら。今の頼みはマラートと、俺の徒手空拳――そんなことやったと知ったら、姫様ぶちぎれそうだけど。
「魔法の杖、借りてくればよかったですね」
「いや、絶対ソフィアのやつが、ついていきますって言い張るぞ」
「肌身離さず持ってるもんね、ソフィアちゃん……」
「よく見てますね、マラートさん」
「そりゃこいつの本業は女の監視だからな」
「違うわっ! 全く人を変態みたいに言わないでくれ」
「じゃあ女に興味はないと」
「その質問もそれはそれでどうかと思うんだが、俺は……」
適当な会話をしながら草をかき分けていく。なかなかに生い茂っていて歩きにくい。もう一度ここに来ると思うと、少しうんざりした。
やがて前方に何か動くものを感じた。茂みががさついたのだ。誰となく立ち止まって身構える。すると出てきたのは――
「コンコン、やっと見つけたコン!」
「おい、しばらく見ない間におかしなキャラになってないか、お前?」
見覚えのあるキツネがやってきた。尻尾が三本あるそれはうちの使い魔だった。
*
「しかし馬なんてこの辺にいるのかい?」
「さあどうだろう~」
「確認してないのか?」
「ただ三馬を連れて来いって、アルスたちに頼むように言われただけだからね~」
のほほんとした雰囲気でキーは答えた。ったくこのダメ使い魔め。肝心なところが当てにならない。若干の苛立ちを覚えながらも、俺は周囲に厳しく視線を這わせていく。
キー……もとい女連中の頼み事とは、馬車を引ける馬を探すことだった。どうあがいても、馬を購入する余裕はないらしい。
「どうしてもだったら、死ぬまで魔物を狩り続けてくれてもいいよ?」
使い主の口調をアホっぽく真似ながら、駄狐は伝言を締めくくった。ザラのやつ、戻ったら覚えていろよ。
「そもそも、本来馬はどこに住んでるんだ?」
「さあ? ターク、わかるかい?」
「いいえ、全く。前も話しましたが、向こうでは馬車を引くのは――って、なんでしょう?」
「被ってる。被ってるよね、キャラ!」
「はい?」
キーは怒ったような顔をしてタークを睨んだ。何言ってんだ、こいつは。
「気にしなくていいぞ。戯言だ」
「アルス、冷たいな~。仮にもご主人だろ? 使い魔をもっと気にかけてくれてもいいじゃない」
「契約書はとっくの昔にザラに譲ったろ」
「それでもさ~。兄妹なんだから、共同マスターなのには違いないよ」
「しかし、これが召喚術か。初めて見た」
「そうなのか? てっきり、こういうのにも精通してるかと思った」
「俺はもっぱら攻撃魔法専門だからね。昔、街に来た旅芸人に教わったんだ」
「旅芸人ねぇ……」
魔法を使いこなすなんてけったいな奴もいたもんだ。少しばかり感心した。そして、そんな相手に教わってあれだけの力を身につけたなんて、こいつの魔法の才は相当だな。
なおも俺たちは歩いていく。しかし当たり前だが、当てもなく歩いていても仕方がないわけで。そもそもこんな竹林に馬がいるとは思えない。
キーと合流して一時間にも満たないが、最早街に戻りたくなっていた。第一、俺の武器は壊れっぱなしなわけだし。
「一回戻ろうぜ。闇雲に探し回っても意味ないぞ」
「同意だね、ほんと。いるかもわからないものを探すなんて――」
「待って、待ってください! あれ!」
タークはどこか興奮気味だった。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、前方を指さす。
「あれは――」
そこには奇麗な泉があった。そして、その縁のところに、白い体をした四つ脚の獣がいる。頭部には立派な角が一本生えている。その姿は馬に似ている。
「あれでよくないかい?」
「ユニコーンだよな、あれ。どうやって手懐ける?」
「……アルス、ちょっと耳貸して」
キーに言われて俺は身を屈めた。ユニコーンについて、とんでもない情報を告げてくる。
俺は信じられなかった。顔を離すと、正気かよと思いながら使い魔の顔をじろじろと眺める。
ただ奴はこくりと頷くばかり。そして、にやりと笑うのだった。
「アルス様、どうしましたか?」
「いや、ちょっとな。……やってみるか。黙ってみててくれ――」
仲間たちに告げて俺はそろりそろりと一角獣へと近づいていく。途端、向こうもこっちに気が付いたらしい。鼻息を荒くして、こちらを向いた。
奴が突っ込んでいたのと、俺が駆け出したのはほぼ同時だった。その獰猛な突進を、俺は跳ねて躱す。そして、身体にまたがると、胸に包み込む様にして首にしがみついた。すると――
「……ブルル」
まんざらでもなさそうなユニコーンの鳴き声が聞こえてくるのであった。




