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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
勇者の珍道中と王女の冒険
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はじめての航海

「まあ! これは確かにゼルライトだわね。例のデカモグラは無事倒せたのね」


 机の上に載った大きな布袋の中身を見て、彼女は小さな歓声をあげた。満足いったように唇の端を少しだけ上げる。


 明朝早いうちに、わたしたちはリッチマン邸を訪れた。洞窟探索の成果を持って。そして、こうしてマリカさんと二度目のご対面を果たしているわけだ。


 応接間のソファの座り心地は最高だった。身体がなんなくクッションに吸い込まれていく。黒革でできたこれは、相当ものがいいのでしょう。一つ、わたしの部屋に欲しいくらい。


 壁には難しそうな分厚い書物が詰まった本棚と、空いた空間には謎の肖像画。よくわからない賞状まで飾ってあった。


窓際の大きなデスクには、ペン立ての他に、これまた意味不明な像なんか置いてある。


 昨日はこんなに周りを見る余裕はなかった。でも、今日は違う。彼女を前にして、この異質な空間の中でも物怖じしていない。


「ええ、もちろん。こちらにおはします我が兄『サーモンの勇者』アルスがなんなく退治いたしましたとも!」

「……そういうのいいから、ザラ。こほん、ということで、船を出していただけますね?」

「うーん、そうねぇ……」


 なんと、お嬢様は渋い表情をしているではないですか。どうしたことでしょう。わたしたちは条件を達成したはずなのに。


 固唾を飲んで、次に出てくる言葉を待つ。なぜ、わたしは緊張しないと行けないのか。とにかく、それは予想がつかない。


「次はねぇ――」

「ちょ、ちょっと待って! 次って、なに? あなた、ゼルライトを採ってくれば船を出してくれるって」

「ええ。確かに言ったわ。でも、他に条件を出さないとも言ってないわ」

「なっ……! そんなのウソよ、ズルよ、サギよ!」

「別に~。こちらとしては、船を出さなくたっていいんだけど?」

「で、でも、海のモンスターのせいで困ってるんじゃ……」

「それは事実よ。でも、それは国の不手際……お国の仕事ってやつね。だから、パパも文句を言いに行ってんじゃない。わざわざ、余計なリスクを背負うのも、ねぇ?」


 マリカさんはとうとうと謎の理論を捲し立てる。冷やかすような笑みを浮かべながら。


 一応この国の王女であるわたしにとっては、ほんと耳が痛い話だ。閑散とした港の現状を見て、お父様は何をしているのと想うところはある。だから、ちょっとは責任を感じて魔物退治も受け入れているわけなのに。


 それでも開いた口が塞がらない思いだった。この女性、もしかすると初めからまともに取り合う気はなかったのかしら。つまりわたしたちを――


「騙したのね!」

「騙したって、存外乱暴な言葉を使うのね、勇者様は。おまけに変な口調だし」

「はぐらかさないでくれる? もともと船を出すつもりなんてこれっぽっちもなかったんでしょ?」

「いいえ、そんなことないわ。あたしの頼みをもう一つ聞いてくれたら今度こそ取り合ってあげるわよ」

「げっ、まだ何か頼むつもりなんだ。とてもいい()()してますね」

「大人の女性の悩みは尽きないものよ、お嬢ちゃん。それにあんたたち人助けが好きなんでしょ? だったらいいじゃない」


 この人、滅茶苦茶気が強いわね。それこそザラちゃんと匹敵するくらいに。どうあっても、わたしたちに厄介ごとを押し付けたいらしい。


 さすがに二度目ともなれば、信じる気にもなれないが。一方で、船を出してもらえないと困るのも事実なのだけれど……。ここまでくると、もはやいずれ来る王宮の兵士たちを待った方が賢明かもしれない。


「どーすんの、おにいちゃん?」

「勇者様、もちろん聞いてくださいますよね?」

「いや、その……」

「はっきりしなさいよ、優柔不断な男は嫌われるわよっ!」

「そうです! 頑張ってください、アルス様!」


 この流れはいったい何なのでしょう……? この場にいる女性たちの目が一心に勇者様わたしに注がれている。


 うぅ……もう帰りたい。どうして、わたしだけが責められないといけないの? マリカさんはまだいい。でも、ザラちゃんもソフィアさんもなにしてるのよ、全く……!


 コツコツコツ――答えあぐねていると、廊下から物音が聞こえてきた。室内の空気がガラッと変わる。注目はわたしからそちらへと動いた。


「お嬢様、ラディアングリスの兵士の方が来られました」

「わかりました。入っていいわよ」


 がらりと扉が開いた。立っていたのは、あのいけ好かない感じの門番と――


「これはこれは、勇者殿もいらっしゃるではないですか!」


 山の中で共闘した兵士たちを率いていた隊長さんだった。




    *




 甲板であびる海風はとても心地よかった。鼻腔をくすぐる磯の香りが、わたしの気分を高揚させる。


 波は穏やかで、良く晴れているから視界も良好。風の強さも程よく、ぐんぐんと帆が風を切っていく。絶好の航海日和だ、そんな風に船員さんは言っていた。


 これまでのところは、特に異変は感じない。とても魔物が大暴れしている海域には思えなかった。


「よかったですね~、なんとか船を出してもらえて」

「山の中で、兵士たちを助けてたのが功を奏したわけだ。さ、このザラに感謝してよね!」

「どうしてよ……。実際に活躍したのは、わたしでしょ?」

「むっ、協力を提案したのはザラだし。第一、一番はその身体のおかげです~」

「あの、だったら、感謝すべきは本物のアルス様なんじゃ……」

「ソフィアさんの言う通りね。ありがとう、勇者様」


 わたしの言葉にあからさまにザラちゃんは眉を顰めた。頬を膨らませて、不満を顕わにするが、それだけで何も言うことはなかった。


 隊長さんの部隊はやはり、魔物退治に派遣されたものだった。道中、あの大蛇に絡まれたせいで到着が遅くなっていただけらしい。国も、この事態を手をこまねいて見ていただけではなかったわけね。


 彼らは今朝、ゼルシップに到着した。それで、船を出してもらうために町の有力者のところに代表として彼が挨拶に来た。そして、わたしたちと遭遇したというわけだ。


 マリカさんは隊長さんの要求に素直に応じた。彼女の父が所有する中で、最も巨大で頑丈なこの帆船を進んで提供してくれたのだった。


 そしてなし崩し的にわたしたちも同乗することになったわけである。隊長さんが、ぜひ勇者様一向にも力を貸していただきたいとか、のたまって。……まあ、もとよりそのつもりだったからいいのですけど。


「あら、あんたたち、ここにいたのね」

「げっ、性悪お嬢様!」

「そういうのは、本人のいないところか、聞こえないように言おうね、おチビちゃん」

「むきーっ! 誰が、おチビよ!」

「ザラちゃん、口車に乗っちゃだめですよぉ~」


 一番近い船室から外に出てきたのは、マリカさんだった。そう、彼女も同行していた。


 こんな面白いこと見逃す手はないじゃない。話がまとまりかけてきたころ、彼女は突然自分も連れてけと言い出した。


 当然、わたしたちは猛然とそれを止めた。闘いの心得がなさそうな彼女を連れて行ったところで、足手まといにしかならない。……ソフィアさんはいいのよ、仲間だから。そう思いながらも、微妙には感じている。


「ふっ、腕が鳴るわね……! いよいよ、魔法使いデビューの時!」


 なんと、彼女は魔法の心得があるとか。だから、決して邪魔にはならない、それが彼女の弁だった。さらに、自分を置いてくなら、船は出せないと脅しまでつけてきた。


 それで仕方なく、同船することを認めたのである。一応、件の門番さんたちも一緒だ。今は一番大きな部屋で、兵士たちと準備を整えているはず。


「なんか、ソフィアさんに似てるよね、あれ」

「空回りしないことだけを、ただただ祈ってるよ」


 ザラちゃんはわたしの腕を引いて、こそこそと話しかけてきた。わたしも声をできる限り抑えて応じる。


「へ、私ですか?」

「なんでもない、なんでもないよ」


 聞こえていたらしく、ソフィアさんはきょとんとした表情を浮かべる。それで、わたしたちは慌ててそれを誤魔化した。


 船はその後も快活に進んでいく。縁に手をかけて、眼下に広がる激しい水飛沫を、わたしは飽きもせずずっと眺めていた。


 船に乗るのは初めてだから、見るものすべてが新鮮。国王は、わたしを決して国外に連れ出してはくれなかったのよね。


 しかし――


「おい! 船を止めろ!」


 それはいきなりだった。辺りに暗雲が立ち込め始める。後ろを振り返れば、青空は続いているのに。この辺りだけ、急激に天候が荒れ始めている。


 波も高くなってきた。船の揺れが激しくなってくる。立ってているのがしんどいくらいに。わたしはがっちりと手すりを抱いた。


「こ、これはもしかして……」

「いよいよ、始まるのね!」

「ソフィアさんは中にいた方が良いと思うよ。終わったら呼ぶから」

「は、はい。頑張ってください、アルス様、ザラちゃん」


 彼女と入れ替わる様にして、屈強な男たちが中から飛び出してくる。中にいても、この異変は感じ取れたらしい。


 ザバーンっ! いきなり海中から何かが飛び出してきた! それから水がぽたぽたと降ってくる。わたしの髪や顔、服を湿らせた。


「ふっふっふ、また性懲りも来たのね~。愚かだけど、可愛い人間たち」


 現れたのは人型の――


「ワニ?」

「ええ、ワニよ。あたしは、ワニ!」


 ワニ型モンスターだった。……タコでも、イカでもないじゃないの! 私は心の中で高らかに叫ばずにはいられなかった。

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