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TSホムンクルスは安息が欲しい  作者: アセチルCoA
9/13

灰色の空

「うわあ、話には聞いていたけど本当に灰色の空なんだな……」


 初めて屋敷を出て、空を見上げた第一印象はそれだった。陽の光など完全に拒んでいる空。街並みのいたるところからは灰色の煙がもくもくと上がり続けている。二重の空だ。俺の記憶にある青空が上層で、灰色の人工的な雲が織りなす空が下層。二つの空は共存せず拒み合うがゆえに俺達地上の人間からは灰色の空しか見ることができない。大地側から煙のカーペットが下から空を包んでいるのだ。


火竜機関(サラマンダーエンジン)の開発はロンドンから昼を無くしたと言われているくらいだからね。まあいまや工業国の都市はいまやどこでもこんな風景だとは思うけど」


 なるほど、確かにこうも空が暗ければ昼と言われてもピンと来ないであろう。空が灰色だとわかるくらいには日光は射しているが、陰鬱な空気は払拭されていない。


「技術体系が変わるとこんなにも違ってくるんだな。興味深くはあるが身体には悪そうだ。気分も……こうも暗いとこっちまで重くなりそうだな」


 ガス灯が設置された街道を歩きつつ、少し苦笑する。蒸気が支配する世界とはこんなに暗いものなんだと思うとなんだか前の世界の晴れた青空が恋しくなりそうだ。重くのしかかる空はどうにも低く見える。灰色の天井が空を閉ざしているのだ。


「僕達にとっては見慣れた風景だからかな。僕はこの空も嫌いじゃないよ。青空を味わうとなると田舎の方まで行かなきゃならないのは面倒だけどね」


「あ、いや、別にロンドンが嫌いだとかそういうわけじゃない。ふ、風情……は無いか……でもこういう雰囲気はなんかこう……そう落ち着いてる感じで悪くないと思う!」


 あせあせと弁明をする。灰色の空に驚愕しただけでそんな悪く言うつもりじゃ……ああ、俺の口下手!なんでこう適切な言葉を選べないんだ!


「いいよ、確かに今のロンドンは正常じゃない。あの煙だって厳しい労働によって生まれている物なのだから」


「そ、そうなのか?」


 よし、失言をごまかすチャンス。ここに便乗するのが一番いいだろう。レイに対するゴマすりのようだが、レイに嫌われたら俺の人生完全に終わりだからな。いやレイがそんな薄情なやつだと思ってるわけではないが。


「ああ、今のロンドン……いやロンドンだけじゃないな。列強と呼ばれる国はどこもそうさ。火竜機関による工業は世界をより富める者と貧しき者を分離してしまった。本当は労働を支えるために生み出された物がより貧富の差を広げるとは皮肉なことだよ。まあ、僕達のような恵まれている側の人間が言うことじゃないんだけどね」


 どこか寂しそうな、もしくは悲しそうな顔をしながらレイはつぶやく。


「レイは不満なのか?今の状況が」


「まあ、少しね……。錬金術はメルクリウスから与えられた神々の支配から解放されるためのものだったのに、いまやまた人間が同じことをしている。それは錬金術の本筋からは外れてしまっていると僕は思う」


「支配からの解放か……俺のいた世界には錬金術は無かったけどやっぱり支配者と被支配者の構図は変わっていなかったな……」


 社会が成り立つ以上強い者と弱い者に別れてしまうのは世の常なのかもしれない。俺はまだ過酷な環境で産み落とされなかっただけ感謝をすべきだろう。誰にと問われれば神様というよりはレイなのかもしれないが。


「まあ知識を持つ側の傲慢さ。支配者側に甘んじているのにこういうことをべらべらと語る方が滑稽だというものだろう」


「いや、いいんじゃないかな、多くの人の幸せを望むのは正しいことだと俺は思う」


「イヴと話しているとその価値観に驚かされることばかりだ。別世界の知識とはそんな価値観を生み出すものなんだね」


 そんな雑談をしながらいくつかの通りを渡る。すれ違う人々の服装は人それぞれだが、俺達のようにローブを被っている人はあまりいない。やはり錬金術師というのは少し貴重な人材なのだと推測でき、同時に悪目立ちしていないだろうかと少し不安になる。あたりを見回すとコートをした男性が多くどうにも怪しく見えてきてしまうのは仕方のないことだろう。ちょっと、ほんのちょっとだが周りの空気を恐ろしく感じた俺は、レイのローブの裾をきつく握る。一人になる怖さがレイに笑われる恥ずかしさに勝ったのだ。顔をうつむいて隠し、レイのかけてくる言葉に相槌をしながらもきょろきょろとあたりを見回す。


「なあ、俺達浮いてないか?ローブを着た人なんてほかにいないぞ?」


「錬金術師ってだけで珍しいからねえ。少し目立つのは仕方のないことだけど、まああんまり関わろうとはしてこないだろう」

 確かに道行く人達はこちらにあまり注意を払わないようにしている。たまにちらりと見られるがすぐに目を逸らす人ばかりだ。


「そういうもんか?」


「どうも世間一般の人達には錬金術師は怪しい職業……下手したら人間扱いされてないからね。どうも聖教会のイメージは社会に深く根付いてるようで僕ら錬金術師としてはやりにくいものだよ」


「君達が遠巻きにされるのはローブなどを着込んでいるからではないかな、レイ」


「うわっ」


 びっくりして声が出てしまった。突然会話に入り込んできたのは眼鏡をかけた赤毛の青年……?いや女か?中性的な見た目の人だ。黒いコートを着込んでいる。俺達とは違い街中の風景に溶け込んでいる格好だと言えるだろう。


「リタか……。他人の会話を盗み聞きするなんて酷いじゃないか。イヴが驚いてしまったぞ」


「ふうん、認識阻害かい?ずいぶん厳重に守ってるじゃないか」


「イヴ、フード取っていいよ」


 レイの言葉にこくりと頷くと、おそるおそるフードを外す。いったいこの人は何者なんだろう。レイの知己ではあるようだし、フードを外していいってことはそんなに危険な人物ではないと思うが……


「……驚いた。これまた可愛い子が出てきたね。攫ってきたのかい?」


「失礼だな、リタ。この子はイヴ。僕の妹だ」


「い、イヴです……」


 ぺこりと頭を下げておく。リタと呼ばれている人はこちらを興味深そうに観察している。


 うう……じろじろと見られるのはなんか恥ずかしいというか落ち着かないぞ……


「リタだ。君の兄とは同僚でね。仕事場に向かってたら久しぶりの顔を見たものでつい君達の会話に聞き耳を立ててしまった。ごめんね」


「い、いえ……」


 少し恐縮しつつ挨拶をする。リタと名乗ったその人は微笑みながら俺に自己紹介を返してくれたが、どことなく表情は読みにくい。知的かつ鋭利な印象があるが、口を開けたときにちらりと見える八重歯が獰猛さを隠しているようでなんとなく印象が掴みにくい。


「あらら、怖がらせちゃったかな?」


「イヴはあまり人馴れしていないんだ。田舎で療養していたものでね」


「ははーん、それで妹を引き取るために一月も休みを取っていたのか。うちが融通の利く職場でよかったねレイ」


「まったくだ」


 レイはリタと談笑を続ける。どことなく親しさを感じるのでなかなか気のあう同僚なのかもしれない。


「そして久しぶりの出勤と……なかなか気ままな人生を送っているようだが、その妹君を職場に連れてくるのはどういうわけかな?」


「隠しても仕方ないから言ってしまうけど僕はイヴを入局させるつもりだ」


「「えっ!?」」


 俺とリタの驚愕の声がは同時に発せられた……と思うとリタはレイを激しく詰問し始める。


「いったいどういうつもりだい?君は妹君を危険に晒す気かい?私たちの仕事がわかって言っているのだとしたら正気か!?」


「リタ落ち着いて……」


 ヒートアップしたリタをレイがなだめようとするがリタはまだ止まらない。


「これが落ち着いていられるか!私たちの仕事がどれだけ重いものかは、その一部を担っている君はよく理解しているはずだ!人手が足りないわけでもなければ、わざわざそんなことをする必要も……」


「……幻精の眼(グリムアイ)……その保有者をわざわざ自らの手の内から逃す方がもっと痛い」


「……その眼帯、魔眼封じか。なるほどね、世間知らずの妹のためにわざわざ職を同じにしようと……だが君もこの仕事の危険性は百も承知のはずで……」


「あの……白熱しているところに水をさすようであれなんですけど……レイどういうこと?」


 俺はまったく聞いてない……ということもないがレイは人に止められるほど常識外れなことをしようとしていたというのか?というか話自体あまり呑み込めてないけどこれは後で説明してくれるんだろうな?という思いを込めてレイをにらみつけておく。そ知らぬ顔をしようとしたって無駄だぞときつく見つめていると、ぱんぱんとレイは両手を叩いた。


「こんなところで口論していても仕方ない。とりあえずは目的地に行こうか。説明もそこで」


「そうだね……ほかの職員もいるところで話した方が良い」


 と二人は勝手に歩き出してしまう。俺はレイのローブの裾を握りつつ、これからどうなるんだろうと不安になってきたのだった。


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