女神降臨
「……非道な方、どうして人の身でありながら魔族の味方をするのです……?」
「ヒュマイン様……!」
この場にはその女性の他、現在生存している異界の民たち、そして聖教国の王族、最後に今村が連れて来て飛ぶ寸前にその周囲にいた面々が揃っていた。
そんな中で王女が跪いてよく通る声で言った言葉に今村は首を傾げる。
(ヒュマイン……? 女神……?)
サーシャが道中に読ませてくれていた本などにその詳細はあったはずだ。それに、禁術を得た時に大賢者から見せてもらった記憶の中にもその名前はあった。
「可愛い我が子たちよ……争うのは止めなさい……憎しみと争いは何も生み出しません……」
(少なくとも戦争があった方が技術は発展して来たけどな。にしても、そうか……魔族の危機に魔神が出て来るなら逆もあり得るか……)
女神の言葉を聞きつつ今村はそんなことを考えて動向を窺う。王国の民たちは感激してその場に跪き、こちらの陣営でもサーシャとアシュリーが何かを感じ取り跪いている。
「さて、異界の子よ……あなたは何故、人を殺めるのですか……?」
「罪には罰を。そこの王女から言われた言葉です。そこで魔国に協力して断罪を行っているついでに私怨を晴らさせてもらっています。弱いことは一方的な差別を受ける原因になり、被害者が死ぬまで嬲ることを続けていいと、この世界に来て行動で示され、そのルールに従っているだけです。」
「……私は、真実を、この王国で起きる全ての物ごとを見ていました……あなたは、実害をほとんど受けていないのに、どうしてそこまで……」
女神の言葉に今村は酷薄な笑みを浮かべかけてそれを抑えて言った。
「実際に肩を刺されましたよ? それで実害が殆どない……? 元の世界での生活を奪われ、不当な扱いを受け、拉致にも遭い「もう結構です。」……」
今村はこの女神の言い方に憤りを感じたが女神の言う通りに黙る。
「あなたの怒りは分かりました。……ですが、そこには限度があります。あなたはやり過ぎているのです。止まりなさい。あなたは人として呼ばれました。いい加減に人を赦し、人と手を取って魔族と戦うべきなのです。あなたは人であるのですから。」
頭の中を灼熱の感情が巡る思いがした。
衣食住。すべてが彼の育った国の文化と違う上、娯楽本はない。いや、この国にはあるのだがこの場所で暮らすためには汚物の消毒が必要になる。
この世界の一般的な娯楽である殺し合いは見ても全っ然愉しくない。やり過ぎだろうが何だろうが彼のこれまでの人生を台無しにしたのは事実だ。
今村が感じる範囲内において元いた国に勝てる範囲は人々の容姿くらいなものか。しかし、彼にとって他者はどうでもいい存在。プラスにはならない。
そもそも、この女神は人として呼ばれた、人であると強調してくるが、この世界に来た所為で人間は辞めさせられた。
次々に思い浮かぶ文句を無理矢理押さえつけて今村は女神に告げる。
「……贖いもなく、ただ許すのは、どうかと、思いますが……」
「女神ヒュマインの名において命じます。赦しなさい。」
強い宣告。その言葉を聞いて周囲の人々が笑っている。完全に勝ち馬に乗れたと先程までの緊張した面持ちから余裕の笑みを浮かべている。
「……仮に……そう、仮に赦したとして、何故私が魔族と戦わなければならないのですか、ねぇ……?」
「魔族は劣った種族です。人間の啓蒙を受けてこそ、幸せと言うものに気付けるのですよ。それを知らしめるのが我が使徒たちの役目……」
陶然とするような眼差しで虚空を眺めた後、女神は今村を見下ろして告げる。
「あなたは厳しい試練を乗り越えて強大な力を手にしました。それは正しい使い方をしなければなりません。」
「一方的に……国境付近の子どもたちが町はずれで遊んでいたことに難癖をつけて国境を侵したと虚偽の報告で奇襲をかけ共和国を併呑し、隷属化させているのは女神様は存じていらっしゃるのですか?」
「えぇ……汚らわしい亜人の子どもたちです。人にも魔族にもなれなかった半端者です。そのような輩を許容していた共和国側にも問題があるのですよ。」
あなたにはわからないことでしょうがね……そう言うニュアンスを込めて女神は今村を見下してアシュリーを見る。
「……あの程度の、亜人であればまだ許容できます。私の使徒ですから、寛大な御心で許しますよ。」
心の広い神であることをアピールし、特例として亜人の存在を認めているのだから暗に今村にも過去のことは許して自らの使徒に入れと言う女神に今村は続けて言う。
「……魔族領へ友好使節を装って奇襲をかけたことは……」
「魔族、人間。……所詮相容れぬ者なのですよ。どうやらそこの魔族の娘に誑かされているようですが……友好使節を送ったのは事実で、それを急襲したのは魔族側です。命からがら逃げた所に襲い掛かって来たのでそれを追い払ったところ魔族側が不当開戦だと称して戦争状態に入ったのです……」
それは王国で習う一般の歴史書だ。その事実だけを聞いている王国の人々は悲しげに告げる女神の慈悲深さに涙するが今村はサーシャの持つ本、そして彼女の背景を知っているので女神が真実を述べていないことを知っている。
(……サーシャの両親は人間をもてなして殺されたんだがな。この女神はその事実を知っていて黙っているのか、それとも知らないでこんなことを言っているのだろうか……)
今村は跪いたままのサーシャを見やる。そんな中で空気を読まずに扉を開け放つ者がいた。
「おーだぁりん! ……っと、女神……?」
「……調停者ですか。」
女神はこれまでの眼差しから一転して厳しい目つきで宝石を食べながらこの場に現れたニーナを睨んだ。
「あなたはどこかの国に介入してはならないと、厳命していたはずです。」
「知らないのだ。そう言うのは父殿が……」
「子どもだから、知らなかったで許されるような問題ではありませんよ……」
そこに、ですが……と付け加えて彼女は今村の方を見る。
「あなた方が、これから人間の味方をして魔族を滅ぼすと言うのであれば今回は見逃して差し上げましょう。」
(……さっきどこかの国に介入してはならないとか言ってたのはどこに行ったんだよ……)
しかし、今村とそれなりに渡り合うことが出来るニーナの怯えようから目の前にいる女神が絶対者であることは見てとれる。
仕方がない。今村は溜息をついて告げた。
「分かりました……では、ここにいる全員の命だけで赦します……」
「……あなたは何を言っているのですか?」
「? ここにいる異界の民、そしてそこにいる王族の面々を殺すことで私の復讐を終え、魔族を魔族領に退き帰らせて裏切り者の汚名を被ると言っているのですが。」
「あなたは何もせずにすぐに魔族と戦いに行きなさい。」
女神の言葉に今村は首を傾げた。
「……あなたはもう少し頭の良い方のはずですが?」
「城の政務官たちに手を出さないという破格の申し出なのですが……」
「我が子たちに手は出させません。」
「……では異界の民を皆殺しに、そしてそこの王女だけは殺させてもらいますよ。それだけは、絶対です。」
今村の言葉を受けてうんざりしたと言う顔で女神は溜息をつく。
「……もういいです。あなたは……救いようがないのですね。」
今村は相手の雰囲気が変わったのを見てどうしようもないことを悟ると一気に丸薬を全部呷った。
「【魔皇】……! 最初から許す気がねぇのかよ……脳内お花畑の腐れが……」
「口を慎みなさい。」
女神が今村を厳しく窘める瞬間、今村は動いて前方に【玉璧】を10枚重ねて何とか不可視の一撃を防いだ。
「なっ……!」
「だっ……らぁっ!」
不可視の一撃を弾き返した今村は絶対に殺すべき対象である【光】の勇者からまずは斬り倒した。
「まず、一人……!」
「不敬な! 私の前で……!」
今村の体から幾つもの能力が奪われて行く感触がする。恐らくこの世界に来てから人間に対して行った付与を剥奪しているのだろう。
だが、【玉】の能力は彼女が付けた物ではない。【魔】の能力も彼女の弟神が司る物だ。戦闘に関しても元の世界の時点で鍛えている今村の基本的な戦法に変わりはない。
「迷える者よ。断罪の一撃を受けなさい。」
「……あぁ、断罪とかね。確かに俺は天下の大悪党だ。この世界の人間たちを殺しまくってるしな。それが何だ? あんたらにゃ日常茶飯事だろうが!」
気勢の乗った一撃。初めて女神自体に反撃に出た今村。だが、その足は強烈な腹部への違和感によって急に止まることになる。
「え……?」
「よくやりました……我が子たちよ……」
背後から今村を貫く刃、そして腹部を貫いている腕。今村が後ろを向いたそこには虚ろな目をした少女たちが。
「…………あぁ、柄にもないこと……したからか……それとも、天罰かね……?」
ルナール、ニーナ、サーシャ。彼女たちの、それぞれの得物が今村の腹を食い破り膝を折らせる。今村は口の端に血の玉を浮かばせながらそれを無理矢理吊り上げる。
「誰かを信用するなんて、馬鹿過ぎるな俺は……だが、ただで死ぬわけにゃ、行くか……! この世界に、怨恨を……!」
「天罰が下りました……人の身で、神に抗うとは……身の程を知りなさい。この素晴らしい世界に迷い込んだ異界の子よ。その不当なる怒りは、このヒュマインが裁きました……次こそ真っ当な人間として……」
全力で治療に当たれば修繕可能な体。しかしそれでも勝てないことは分かり来ている。今村はそれを悟って憐憫の眼差しを向ける女神に向かって最期に、嗤った。
「【目玉】、抉られろ……!」
「っぁ! こ、この下等な……下衆がぁぁぁぁああぁぁぁ!」
残りの命全てを費やして女神の片目を奪うことに成功した今村はその声を聞きながら最後に空から降って来たローナの一撃で絶命した。
異界の民、今村の異世界への復讐はここに幕を降ろした―――
イマムラ ヒトシ
死亡
ここまでありがとうございました。




