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ダイヤモンド=ヴァルキリア~青白き球の女神たち  作者: 八島唯
プロローグ

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プロ―ローグ:栄冠はヴァルキュリアに輝く

 満員のスタジアム。

 外の冷たい秋雨もなんのその、その空気は沸点を迎えようとしていた。

 ドームスタジアムの天井がまるで太鼓のように震える。

 人々の歓声、振動そして熱気が渦を巻いていた。

 その中心にいる選手たち――グラウンドにユニフォーム姿で守備につく若い女性たち――手にはグローブを持ち、真剣なまなざしで一点を見つめていた。

 その視点の先にあるのはマウンド上の選手。ピッチャーである。

 マウンドの土は見るも無惨に荒らされていた。

 そのマウンドの上に少しうつむきながら一人の少女が立ち尽くしていた――少女は何度も首を振る。

 ようやく頷くと少女は振りかぶり、ダイナミックなフォームから投げ込む。

 その刹那――投げられた白球が青く輝き、とてつもない加速をつけてはじきだされた。まるで光の矢のように。

 バァン!と大きな音。青い光をまとったボールがキャッチャーのミットに納まった。

 それを悠然と見送る女性。ピッチャーとは違うオレンジ色のユニフォームをまとい、バットを構えながらもぴくりとも反応をしない。

『本日初めての160Km/h越えですね。3点を失いながらも海道投手必死のピッチング。球数は100球をすでに超えていますが、いまだ球威は衰えません』

『シャークスとしては投手交代をしたいところですけどねぇ。彼女以上のピッチャーがいない以上はここは続投という判断しかないのが辛いですねぇ』

『さあ、フルカウント。これまで全くバットを振る素振りすら見せない、オーディンズの三番神代。敬遠したくても満塁です。次の一球でこの試合が決まるでしょう』

 神代と呼ばれた少女は軽くバッターボックスを外すと、長いバットをゆっくりと振り上げる。海堂と呼ばれたピッチャーはショートの髪を防止ごと書き上げながら、そっと目を閉じた。

 AR審判の腕が上がる。投球動作に入る海堂。サインを送る。それは動作によるジェスチャーではなく、『神経同調』によってキャッチャーに。それこそがこの『Valkyria Baseball』、ヴァルキュリアボールと旧世界のベースボールの違いである。

『スライダーと見せて、シンカー。外角低め。神代の『運命視』を持ってもこの球は予期できないはず――』

 海堂が青い球を放つ。それは、この物理世界には存在しない、架空の球。しかしこのヴァルキュリアボールをプレイしているもの、観戦しているものには雄一の真実と言っても良い。

 量子演算で生成された仮想運動体――それがこの世界のたった一つの本物のボールなのだ。

 キャッチャーは確信する。いくら、『運命視』の類まれなる持ち主神代であっても、この球は打てないと。

 しかし――その自信は即座に打ち砕かれた。

 内角寄りに構えていた神代はまるで流れるがごとく、外角にバットヘッドを移動させそして――振り抜く。

 神代の長い銀の髪がバッターボックスにあふれる。まるで踊るがごとくに。

 快音がグラウンドにひびきわたる。

 一瞬の出来事であった。

 時速120マイルを超えるスピードで仮想運動体たる青いボールは、スタンドに突き刺さった。

 大きな歓声。

 うなだれる投手海堂。

『やりました!神代!見事試合をひっくり返しました!』

 実況のアナウンサーは大声でそうまくしたてる。

『こうもオーディンズが独走すると、アースリーグはつまらなくなってきますね。神代個人の記録に期待という感じも――」

 ドームにこだまするオーディンズの応援団の勝利の凱歌。

 それをホームベースから見上げる神代。マウンド上で涙を流しながらうなだれるピッチャー海道。

 すでにヴァルキュリアシーズンは佳境を迎えていた。

 


 女子のみの、そして架空のボールを使うヴァルキュリアボール。

 少女が時速160KM超えの豪速球を投げ、バックスタンドに突き刺さるようなホームランを打つ。

 土埃も白球が風を裂く音も、革の匂いもすべてない。全ては量子演算システム『バルドル量子演算プロトコル』によって作られた世界の出来事である。

 それでも人々は、これを――野球と呼ぶ。なぜならフィールドに立つ選手たちの視界には、本物の野球のように白球が躍動しているのだ。

 それは量子演算が描き出す未来の軌道。投手が腕を振る。その瞬間、球場の空間にひとつの光が生まれる。実体のないボールではあるが、誰もがそれを見て、感じている。

 観客はARで。

 選手は神経に接続されたVRで。

 そしてシステムは量子演算で。

 三つの層が重なったとき、そこに真実の「球」が存在するのだ。

 そして、打者は未来の軌道を読み、捕手は最適な配球を選び、守備は落下地点を計算する。

 量子演算によりすべてが計算されるスポーツ。

 だから人は言う。このスポーツには、 偶然など存在しない、と。

 だが、それでも――ダイヤモンドには、時々現れる。

 量子演算の外側で投げる投手。未来を見ない打者。計算を裏切る一瞬。

 その瞬間だけ、この競技はただの演算ではなくなる。

 それを人々は、こう呼ぶ。

 ダイヤモンド=ヴァルキュリアと。


 これは未来を視る者たちが戦う、戦乙女の物語である。

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