第3話 救助要請
――ズシン!
これで何度目か、重い衝撃音があって、船体が震えた。さっきは、ギギギ……という軋み音もきこえたので、船の骨組みにだいぶ大きな力がかかっているようだ。
・・・・・・
本船「GSL209」は、予定通り第18945恒星系にテレポートにて進入した。
――しかしながら、そこで大規模な悪天候に見舞われており、目下、難航中である。
もともと、海図には「空間不安定ニ付キ相当ノ注意ヲ要スル」との付記がなされていたから、警戒はしていた。だが、その不安定な空間状態に加え、主星の活動が予想外に活発となっており、星系内のほぼ全域がひどい悪天候となっている。本船の船体強度はまだ余裕があるから船がバラバラになることはないが、不規則な外力のせいで針路が何度も狂う。こんなに天気が悪いとは、聞いていなかった。
宇宙空間でも「天気」だとか「天候」だとかいう言葉は普通に使われている。なんだかおかしな気もするが、決して人間のちからで制御できないそれが「天」なるものの気分しだいで決定されるということを、人々は肌で感じているようだ。惑星規模では自由自在にふるまえるようになった人間も、宇宙という巨大な自然環境には、技術的にも精神的にも抗えないらしい。
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
【SENSOR POFORMANCE DECLINE】
警告音が鳴りだし、航法画面の右上に黄文字のメッセージが点灯した。
確認ボタンを押してひとまず警告音を止める。探知装置の能力低下を示す警告で、赤文字でないから緊急性はない。主星からの猛烈な恒星風と強力な電磁波が、本船の探知機類を妨害しているらしい。確かにこの星系に入ってからレーダーに入るノイズは増える一方で、次第に見えづらくなってきている。
画面を指でスワイプして切り替えてみると、探知系統は軒並み高負荷状態で、特に熱センサーの負担が大きい。まだ余裕は十分あるが、探知装置の能力低下は見えざる手が目隠しをしてきているように思えて、あまり気持ちよくはない。
次の転移クリスタルまではまだかなりの距離があり、本船の速力でも相当の時間を要する。もし、あまりにも天候が悪化するようであれば、安全上、航路変更して星系から離脱することになる。
まあ変更といっても、この星系では航路の関係上引き返す以外の選択肢はとれない。大丈夫だとは思うが、もし引き返すなら判断は早い方がいい。
「航路」ということであれば、この星系には転移クリスタルがもうひとつ、あるにはある。
海図上ではそうなっているが、「破損ノタメ機能セズ」との付記もあり、使えないらしい。これが使えたなら、航路の選択肢が増えて、もうすこし判断がらくになるのだが――
ひとまず、このまま予定コース上を航行し、計器監視を厳重に行うこととした。
・・・・・・
それから難航を続け、2時間ほど経った時だった。
――ポーン
計器を注視していたぼくは、その意外な音声に疑念をもった。
メッセージの着信音だ。他の船からメッセージが届いたということだが、この大荒れの星系内を、本船以外にも航行している船がいるのか。
星系進入時から、レーダーには自然物しか映っていない。他船の船影らしきものは見えていない。
しかしこの激しい悪天候のせいでノイズが酷いから、遠くの物体は反応がかき消されてしまっている。探知範囲が狭くなっているわけだが、すると相手はこちらの探知範囲外を航行しているのか。
とりあえず受信したメッセージを開いてみる。外部からのノイズでデータが一部破損していたらしく、開く前に自動修正が入った。
――――――――
船舶間電子文書通信
発信者 TSL2198
宛 先 全受信者
内 容
緊急事態発生。われ遭難せり、救助求む。要救助者は9名。
われ、第18945恒星系内を巡航中、漂流中のデブリと衝突し、船体損傷せり。悪天候により損傷拡大せるにつき、自力での星系離脱成功の見込みなし。船体は主星からの熱入力に耐えられぬゆえ、ひとまず、第3惑星夜側の地表面への緊急着陸を試みる。救命艇は破損のため使用できず、船体からの脱出のすべなし。現状では、第3惑星の昼間の高温に耐えられぬゆえ、夜間のうちの救助を乞う。
本船着陸予定地点と第3惑星の詳細情報は添付データを参照されたし。
至急の救助をせつに求む。
――――――――
……まずいな、緊急事態か。
しかも「遭難」と明言しており、救助を求めている。宛先が本船ではなく「全受信者」となっているのは、向こうも本船が見えていないからだろう。あちらとしては、他の船は見えないがもし誰かいてメッセージが届いたなら……と期待を込めて送信したのか。
メッセージの内容は意外と冷静なものだが、これが本当なら、向こうの状況はきわめて深刻だ。
あちらの船は漂流物と衝突し、船体を損傷している。そしてこの悪天候の負荷に耐えられず、損傷部位が広がっているらしい。「主星からの熱入力に耐えられぬ」とあるので、熱に耐えられない部品の破壊が連鎖的に起きているのだろう。
漂流物と衝突したのは、宇宙船乗りとしては迂闊というか、大バカ者といっていい。宇宙には、自然物やら人工物やら、さまざまなものが漂流している。きっちり探知して回避動作をするか、防護フィールドでも展開するか。悪天候で見えづらかった、という言葉は言い訳にもならない。
だが、その後の処置はみごとだ。メッセージによれば「第3惑星夜側の地表面に緊急着陸を試みる」とのことだが――添付データを併せて見ると、着陸予定の場所は当該惑星の日没直後となる所だ。これなら、惑星本体を盾にするかたちで主星からの熱を防げる。日没直後ということは、夜が明けて熱が入り始めるまでの時間が最長となるので……すなわち、生存可能時間が最長となる。メッセージ発信の時点ではまだ着陸していないようだが、データ通りの軌道ならまず着陸は成功するだろう。
口先だけなら誰でもこれくらい言えるだろう。だが、衝突と船体損傷による混乱した船内で、おそらく鳴り続けたであろう警報に対応しつつ、生存可能なルートをすみやかに見つけ出し、壊れた船を操って理想的な着陸地点への進入コースを算定しつつ、救難メッセージを送信する。これをその場でやった者がいる。誰だか知らないが、よくできたものだ。
さて、本船はどう対応すべきか。
「人道的」に考えれば、当然助けるべき――ではない。
この世界では人の命は相当に軽いものだ。ここでこの救助要請を無視しても、べつに罪に問われたりはしない。エネルギー消費や遅延をきらって、救助せずに立ち去っても、なんら非難はされない。
あえて助けてやる船長もいるが、その場合、途方もない報酬を要求したり、それ以上の搾取を行うこともある。これでも基本的に罪には問われない。
この世界の「人道」とはどうせこの程度のものなので、ここは通過しても支障ない。そもそも、悪天候の影響を受けているのは本船も同じだ。救助する余裕がないわけではないが、漂流物にぶつかるような大バカ者たちのために、リスクを伴いつつ航路を変更してまで助けに行く必要はない。
ぼくは受信したばかりのメッセージを削除した。
・・・・・・
むかし――故郷の星にいたころは、そこはもっと「人道的」だった。
当時はそんなふうに思わなかったし、社会はつめたいものと思っていた。
でもいま思えば、みんなやさしかった。道でだれかが倒れていたら、ほかのだれかが助けていた。救急車はタダで駆けつけてくれた。船だって、1隻が遭難しただけで数隻の船が救助に向かった。遭難信号が出されれば、大型船から小さな漁船まで、行ける船はみな全速力で駆けつけたものだった。
あの星から出たのは、ぼくの人生のなかで最大のまちがいだったろう。
あのとき、あれは本当にひと時の気の迷いだった。
身体の不調から療養することとなり、それが長引いて就職ができなかった。「無職」という言葉は、ぼくにとって重かった。金を稼がない人間に社会的信用などありはしなかった。昼間でも家にいるぼくに対して、周囲の視線は痛かった。
ある日ぼくは、誰にも告げず、夜中に自転車に乗って家を出た。時刻はおそらく午前1時前後だったと思う。誰の目もなく、心地よい暗闇に身を隠しながら、人のいない町を滑走していた。
住宅地を抜けて耕作放棄地が広がる一帯に出たとき、当時のぼくは信じがたいものに遭遇した。
それは、はじめて自分の目で見た「宇宙船」だった。
宇宙開発が未熟なその星で、ぼくの家から自転車で行ける場所に宇宙船が停まっているはずがない。
そのはずなのに、たしかにそこに停まっている船を見て、これに乗れば、ぼくの人生は一変するだろうと思って、その船に――
あのとき、あんなものに乗らなければ、こんな所でひとりで船乗りなどしてはいなかったはずだ。
あれから、ぼくを乗せた船がどこをどう航海したのかは分からない。あの星からどれだけ離れたかもわからない。
だから今となっては、どうすれば帰れるか分からない。あの星はどういうわけか海図に載っておらず、どれだけ調べても出てこない。あの星の現地時間と、これまでいくつも乗り継いできた船の船内時間が合っていないので、いまやぼくの年齢すらよくわからない。
たぶん、ぼくはいま27か、28歳くらい。同い年のはずのかつての同級生たちは、あの平和な星で、いまごろどうしているだろう。
だれかいい人と出会って、一緒になって、人並みの苦労をして、人並みの幸せをみつけて――
……くそ。
こんなところ、来るんじゃなかった。
背もたれを倒して座席に身を預ける。外部モニターに映る星々は精巧なプラネタリウムを見ているかのよう。
そんなものは、もうだいぶ前に見飽きた。




