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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第26話 二面性の理由

 立ち直った彼女の指揮で、「乗客」の魔術師の協力のもと、負傷者の治療が行われた。


 乗っ取り犯たちはもはやだれもぼくに逆らわないので、各自に役割を与えて、はたらいてもらうことにした。

 前甲板エアロックに置いてきた2人が負傷しているらしいので、治療のため魔術師をそちらに向かわせた。船内見取り図を持たせた船員をひとり、案内役としてつけさせた。

 残った者たちに操舵室の床の清掃を行わせた。ぼくが血を流させたので、だいぶ汚れていた。後にしてもいいのだが、血だらけの床を背にして操船するのはあまり気持ちよくない。


 どこかへ行っていた85Kが、操舵室に戻ってきた。手には船乗りの制服がひとそろい。


「シャワー、あびてきて。よごれ、きっちり落として」


 はい行きます、きっちり落とします。


「着替えも持ってきたから。これでいいでしょ」


 着替え……?

 ぼくの? あの、それどこから――


「あなた、部屋きたない。予想はしてたけど、もう、あきれる」


 えええ! ぼくの部屋!

 しまったいつもひとりだから、ドアに鍵をかけてない。


 入られた? そりゃあ入られたよな。どこまで、どこまで見られた? 物に埋まって表面が見えない机、グッシャグッシャのシーツ、飲みかけのジュースのボトル5~6本、ちょっとカビ生えてクローゼットに封印した私服、その他全部――?


 ああ――


 ぼくはもう、ダメかもしれない。


・・・・・・


 彼女にうながされるままに浴室へ向かい、入らされた。

 ぼくは必死でシャワーをあびる。脱衣所のまえでは、彼女が刑務官のように立っているはずだ。


 い、いいか、これで……。身体じゅう、どこにも血は残ってない。爪のあいだも、きっちり見た。大丈夫、これで大丈夫……。

 浴室をそっと出たが――脱衣所に、着替えがない。もともと着ていた服もない。持っていかれた……。


 もう驚かない。着ていた服全部、彼女に持っていかれたんだ。

 ああ、情けないなあ……あのひと、こんなぼくをみたら何と思うだろう。


 ドアの向こうに人の気配がして、そのままドアノブが回った。

 ちょっとまって、まさかこのまま開ける――?


 や、やめて――

 なんでもするから、それだけはやめて――っ


「……」


 ドアはわずかに開いて、とまった。


「おわった?」


 彼女の声に、びくりとする。


「お、終わった。大丈夫、ほんとにきれいに洗ったから……」


 だから「確認」とか言ってそこ開けないでよ。一生のお願いだから。ぼくなんて、女の子に堂々と見せられる身体してないから。全裸で縮こまるぼくは、ただの情けない男だから。


「はい、それじゃあ――」


 ドアがすこしひらく。

 だめ、それだけは! それだけは――!


 ……ドアのすきまから、ぼくの着替えが差し入れられた。


「ちゃんと着て、出てきて。見た目くらい、しゃっきりして」


 すこし開いたドアから、着替えを受け取る。ここで思いっきり開けられたら、ぼくはもうおしまいだ。


 ……ドアは静かに閉まった。ぼくの命はつながった。


 すこしほっとして、服を着る。ちゃんと下着も用意されている。本当に何から何まで、ぜんぶ持ってきたらしい。


 ……服、すこしあたたかい。


 ずっと抱えていたのだろうか。

 これ、あのひとの体温か……


 服を着終えると、全身を彼女の体温らしきものにつつまれて、居てもたってもいられなくなった。

 逃げようにも、この服は身体についてくる。このあたたかさにつつまれたまま、どこにも逃げられない。

 ほのかなぬくもりに、胸の奥がこれ以上なくくすぐられて……


 なぜかすこし、せつない感じもして――


・・・・・・


 彼女に言われたとおり、しゃっきりと見た目を整えたぼくは、待っていてくれた彼女と一緒に操舵室へ戻った。


 「TSL2198」元乗組員にして本船乗っ取り犯8名は、やらせていた作業が終わってから、ぼくの権限において全員拘束した。

 いじられた操舵システムはバックアップから復元中で、いまは自動で作業が行われている。


 乗っ取り犯らを空き部屋に閉じ込め、また操舵室に戻る通路の途中で、ぼくは85Kに自分が義勇団の脱走員であることを伝えた。

 驚くべきことに、彼女はべつに変わった反応はしなかった。ただ、1点だけは反論した。


「『7ST-7037』は偽名じゃないでしょ。義勇団をぬけて、やっと自由をつかんだあなたの、ちゃんとしたなまえ。わたしは、そっちがいまの本名だと思うよ」


 ……本名、か。


 ほんとうは、ね。どっちも本名じゃないんだ。

 ぼくの本当のなまえは、ふるさとの星でつけられた名は――


「たいへんだったんだね、あなたが義勇団員だったなんて。あんな無差別に人を襲う組織のなかで、よくこころが持ったと思う」


「……」


「あなたが理性を失っているときは、たしかに義勇団員らしい感じだった。あれは、そのための『機能』なんだね」


「いや、生体防護フィールドとか、指でビーム出すのとかは、実は元からあった能力なんだ。義勇団ではそいつの強化訓練を――」


 彼女が指をぼくの唇に近づけて、言葉を切らせた。


「そうじゃなくて、あの、人を人とも思わないような凶暴さ。あれはほんとうに人を痛めつけたいんじゃないんだね。義勇団員としてはたらくとき、じぶんのこころを守るために――」


 ――?


 ぼくがぼくのこころを、守る……?


「痛いとか、苦しいとか、こわいとか――それを真正面から受けたら、やさしいあなたはたぶんもたない。だから、そういうもので快感かなにかを感じるようにして、ごまかしてる。それが、あなたが義勇団員であるための『機能』」


 ――何を言っているのかよくわからない。


 でも……「それは違うよ」と言い切ることもできない。


 たしかに痛いのはすごく苦手で、だれかが痛がっているのも耐えがたくて、でも理性を失っているときはそれが気持ちよくて――


「もうあなたは義勇団員じゃない。ただのひとりの男の子。だからもう、やさしいだけでいいんだよ」


「……」


「あなたも人並みのしあわせくらい、手に入れていい」


 人並みの、しあわせ……

 できれば――できればそれを、故郷の星で手に入れたかった。


 もうそんなもの、ぼくの手には入らないと思っていた。


 故郷の星は、もうどこにあるのかさえ分からないけど……

 これから、ここで、それを手に入れてもいいのかな。


 こんなぼくが、人並みの幸せなんて、いいのかな――


・・・・・・


 ふたり並んで、操舵室に帰ってきた。


 ぼくは普段どおり、左の主操舵席へ。85Kは、航海士資格を持っていて、本人も希望したことから「応急乗組員」として右の副操舵席についた。この船は、いまからはじめて2人で操船する。


 システムの復元にもう少しかかるので、それまでに必要事項を話し合う。

 彼女はまず、義勇団なる組織について聞いてきた。


「義勇団って……つまりなに?」

「分からない」


 元構成員のぼくでも、そうとしか答えられない。


 義勇団なる組織について、知るかぎりのことを話していく。


 「義勇団」――まず、その名称の由来が不明である。ただ昔から、そう自称しているだけだ。

 いちおう、大昔の戦争で同名の組織が活躍したそうだが、関連性は不明。その戦争自体、もう千年ほど前だそうだ。


 いま存在する義勇団は、行動目的がわからない。軍隊も、民間人も、無差別に襲う。その活動は、およそ250年前から記録されている。

 なぜ襲うのか、誰も知らない。いちおう「作戦計画」があってその通りに戦っているが、その内容は無秩序で一貫性がない。どこの研究機関が調べても、何を目的に戦っているのか解明できないでいる。戦っている団員たちでさえ、何のために戦っているのか分かっていない。

 しかもその作戦計画は、どこから送信されているのか分からない。「船団司令部」なる部署の電子署名があるが、その司令部について知る者はだれもいない。


 団員は、どこのだれか分からない者からの命令に従い、なぜ行うかわからない作戦に従事する。団内での人命軽視はすさまじく、新規団員の6割は「不適格」とされ「臓器提供用生体」として保管される。重傷者が出た時に臓器を移植するためにとっておく――部品取り機材みたいなものだ。

 また、不適格とされなかった4割の中で、3割ほどが訓練中に死亡する。

 「新規団員」はいつも手近な星からさらってくるからいくらでもいる。まれにクローン人間も製造されるらしいが、会ったことはない。


 宇宙船内部では、私的な会話はない。操舵室では操舵号令が淡々と続き、それ以外の部署でも必要な伝達事項以外は会話しない。他人の顔をしっかり見ることも、あまりない。みな視線を合わせない。


 そして義勇団の出現場所は、全宇宙。どこからでも湧いてくる。


「団員だったあなたでも、わからないんだね」


「ほんとそう。戦いって、目的があって、それを満たすためにするはずなのに。義勇団の戦いはすごく強いけど、目的らしいものがないんだ。誰が命令しているのかもわからない。作戦計画も最低限の内容しか書いてないし……」


 簡潔にいえば、目的不明の無差別暴力集団である。


 そして、最も不可解な点は――ちゃんとカネをもっていることだ。


 義勇団の装備は充実している。船も装備品も、それに補給物資も。船体の整備施設だって持っている。たくさんいる団員たちの食費だけでもとんでもない金額になるはずなのに、そのカネはいったいどこからくるのだろう。

 だれかが、強力に資金提供しているとしか思えないが……いったいだれに、それが可能なのか。


「……ねえ、あなたって、どんなところにいたの? 所属? とか」


 ぼくの所属部隊か。あっちこっち飛ばされまくってたな。


「いろいろ、かな。おれは『異能持ち』といわれてて、ほかの団員とは扱いが違ったから。あ、そうそう、義勇団員っていってもただの人間だからね。ふつう、指からビーム出たりしないから」


 そういうのは「異能持ち」しかできないことだ。


 「異能持ち」はとても希少な存在とされ、ぼく自身ほかの「異能持ち」と会ったことはない。

 そして貴重な戦力ゆえ、ほかの団員よりいい扱いをうけた。

 ふつうの団員は命をすりつぶしてもいいとされ、身体かこころを壊して「廃棄」されるものが多い。だが「異能持ち」は替えがきかないので、大切に扱われる。


 ぼくの得意分野は射撃で、指でそのまま銃撃ができ、戦艦主砲クラスの大型砲を片手で持って発射できる。これを行う場合、所属としては「戦闘隊」のなかの「射撃隊」にあたる。

 また、ぼくは若干のテレポート能力を持っていて、船なしでも恒星間航行ができる。専用装備をつければ、10日間ほどの偵察行動や奇襲攻撃もできる。これも「戦闘隊」だが、「偵察隊」か「特務隊」になる。

 また空間認識力も高く、機械や計器の助けがなくとも宇宙空間を自由に動ける。宇宙船を、計器を見ずに操縦することもできる。だから航海士として、船の操縦要員にまわされることも時々あった。


「でも、やっぱり配属期間が長かったのは『戦闘隊』かなあ」

「『戦闘隊』……軍隊なんかがつかう、生身で戦う人たち?」

「そう。戦闘用の船外活動具を背負って飛び回る、近距離戦の主力」


 戦闘隊とは、救命具よりもずっと高性能な戦闘用船外活動具をつけ、武器を持って近接格闘戦を行う部隊。船外活動具は背負うだけだから、着用者は防護フィールドを張っているだけで、実質生身で戦っているようなもの。これは義勇団だけでなく、軍隊でも普通にある部隊だ。


「だけど、おれは近距離戦じゃなくて、長距離砲撃がメインだった。格闘戦できないから。砲撃なら、適切な装備さえあれば、戦艦を向こうの射程外から撃てたよ」


 ……なかなかひどい。ぼくはこの世に、人殺しのために生まれたのかもしれない。


「へえ。なんだか信じられないな」

「だろうね。こんなのもう人間じゃないよ。じぶんでもあきれ――」

「ん、そうじゃない」


 彼女が発言をさえぎってきた。


「そうじゃなくて、いまわたしの前にいるあなたが――一緒にいるとふつうの男の子にしか見えないあなたに、そんなことができるなんて。信じられない」


 見た目じゃわからないよ。

 きみだってさっき見ただろう、ぼくは本当に――


「……」


 いや、ちょっとまって。

 このひと、ぼくよりちょっと年下くらい……に見えるけど。


「あの……すこし年上の男性に対して『男の子』って言う?」

「うん」


 即答を頂いてしまった。


「あなた、船乗りとしてはとっても頼もしいんだけど、普段はなんだか『男の子』なんだよね。一緒にいてみて、そう思う」

「どこが? 立派に自立した大人の男性だと思うんだけど」

「部屋とか――」


 いやそれは、ほら、ふだん見えないところだからノーカウントで……


「それと、しぐさ。袖やズボンでよごれを拭うのが、立派な大人?」


 ……くせ、というのは、おそろしい。この歳になっても、思わずそうしてしまう。

 彼女はぼくの顔を見てくすくす笑った。


「いいんだよ、あなたは男の子で。船の外でだけ大人でいてくれれば、あとは思いっきり男の子でいてよ」


 それは、けなされてるのか、それとも素直にとらえてしまっていい言葉なのか。

 ……彼女の目をみるかぎり、どうやら後者らしい。


――ポーン


 システムの通知音が鳴った。

 操舵システムの復元が完了した。

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