第四章 皇帝の心の氷解、そして真実の愛
鈴花が貴人として後宮の表舞台に立つようになると、嫉妬と権謀術数が彼女を取り囲んだ。特に、淑妃からの攻撃は激しかった。
しかし、鈴花は、夜間に蒼龍と共に積み重ねた知識と、彼の冷徹な戦略を理解していた。彼女は、淑妃の仕掛ける罠を一つ一つ冷静に回避していった。
ある日の宴で、鈴花は淑妃に毒入りの酒を勧められるという危機に直面した。
「貴人様。陛下に寵愛される貴女に、淑妃である私からの一杯です」
その時、蒼龍は玉座から立ち上がり、ゆっくりと鈴花のもとへ歩み寄った。
彼は、淑妃が差し出した酒杯を、何の躊躇もなく奪い取り、自ら一気に飲み干した。
後宮全体が静まり返る。淑妃の顔は青ざめた。
「毒など入っているわけがない。淑妃が余にそのような無礼を働くはずがない」
蒼龍は冷たい声でそう言い放ったが、その直後、彼は鈴花の頬に触れ、他の誰にも聞こえないほどの小さな声で囁いた。
「この酒は、毒ではない。だが、貴様がこの杯を受ければ、淑妃の罠は成立する。余の寵愛は、貴様の盾だ。この盾を使うことを恐れるな」
(この方は、私の命を守るために、自ら危険を冒した……!)
鈴花は、蒼龍の行動が、もはや「道具を守るため」ではないことを悟った。彼は、初めて、彼女に対して人間的な温かさを見せたのだ。
その夜、乾清殿で、蒼龍は咳き込みながらも政務を執っていた。宴で飲んだ酒は、毒ではなかったが、彼が服用していた持病の薬とわずかに相性の悪いものだった。
「陛下。今夜は休まれては……」
鈴花が心配そうに言うと、蒼龍は顔を上げ、その冷たい銀の瞳で鈴花を見つめた。
「鈴花。貴様は、余が冷酷な男だと知っているな。余は、幼い頃から、感情というものが、どれほど人を弱らせ、判断を誤らせるかを見てきた。だから、余は人の心を閉ざしたのだ」
彼は、静かに玉座を降り、鈴花の目の前に立った。
「だが、貴様が来てから……夜が、寒くなくなった。貴様の記憶する情報は、単なる文字ではない。そこには、貴様の目を通した真実があり、余の孤独を癒している」
蒼龍は初めて、鈴花に触れた。彼の指先は、ひどく冷たかった。
「鈴花。余は貴様を愛している。愛しているからこそ、貴様に触れることを恐れていた。愛は、人を弱らせる。もし貴様が余から離れたら、余は二度と立ち直れなくなると思ったからだ」
鈴花は、その冷たい指を自らの頬に当てた。
「陛下……私は、貴方が人を愛することを恐れていることを知っています。でも、私は、貴方の冷血さが、誰よりも熱い国への愛から生まれていることを知っています。私は、貴方を愛しています。だから、もう、一人で戦わないでください」
その瞬間、蒼龍の冷たかった銀の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、彼が何年も凍らせてきた感情の氷塊が溶け始めた証だった。彼は、鈴花を強く抱きしめた。
その夜、彼らは初めて、真の夫婦として夜を共にした。それは、寵愛でも、政略でもなく、二人の魂が結びつく、温かい夜だった。
第五章 炎上の先の玉座
蒼龍が鈴花に心を開いたことで、二人の絆は強固になった。鈴花は、単なる記録係ではなく、蒼龍の心と頭脳となった。
そして、外戚との最終決戦の時が来た。
淑妃の一族は、軍部の不正資金を利用して、皇帝を廃し、新たな傀儡を立てるための兵を動かし始めた。
蒼龍は、冷静沈着に対処した。彼の策は、鈴花の記憶にすべてが託されていた。
「鈴花、あの時の北部の備蓄物資の偽装記録を」
「はい、陛下。それは宰相(淑妃の父)が、私兵の食糧調達のために、数年前から手を付けていた記録と一致します」
「よし。それを隠すために、彼らが動かす兵の動線を予測せよ」
鈴花は、過去数ヶ月の軍部の移動記録、物資の流通、そして蒼龍が意図的に流した偽の政務情報を瞬時に組み合わせ、外戚の私兵が動くであろう正確な日時と場所を導き出した。
その情報は、蒼龍の最後の反撃を成功させた。彼は、外戚が兵を動かす前に、彼らの資金源と兵糧を断ち、一網打尽にすることに成功したのだ。
宮廷の権力は一気に皇帝の元に戻り、国は安定を取り戻した。




