324 魔女と忍者と御太刀守
時岡 玄勝
お千代殿を下諏訪宿に向かわせ、自分は一人、和田宿に向かう。
中仙道を通るのは初めてではないが、東海道に比べると道が険しく、また全体では十里ほど長い。
「・・・すべてが終わったら那須野の温泉に行きたいと思っておったが・・・これは難儀するな。だが、拙者にはこの刀がある。なに、透波だろうが二天一流だろうが負けはすまいよ。」
中仙道屈指の難所といわれる和田峠に差し掛かったころには、いよいよ本格的に雪が降り始め、あたりはうっすらと積もり始めた。
「・・・少し休むか。」
道端にあった石に腰を掛け、何気なく腰の大刀に手をやった瞬間、まるで自分の右手が意志を持ったかのように柄を握り、腰が勝手に回転しながらそれを抜き放つ。
鋼を火箸で叩いたかのような音が三度響き渡り、新雪の上に六つに割れた鉄の棒が落ちる。
「・・・これは・・・自動撃剣術式が作動した!?・・・何者だ!姿を見せろ!」
御社様が眠る前に刻みなおしたこの術式は、拙者の時岡直心流の極意を読み取り、刀の振り方を学んでいくというが・・・。
今の手裏剣は拙者だけでは回避できなかったに違いない。
ゴシントウの力に半ば呆れていると、藪を払い、数人の男が姿を現す。
すべて柿色の装束を身にまとい、頭巾で顔を隠している。
「御太刀守、時岡玄勝だな。おとなしくその刀を置いていけば命までは取らぬ。だが、置いていかぬのであれば・・・!」
一人がそう声を発した瞬間、後ろで何かの気配が動く。
「ふん!」
右手で大刀を背中に回し、一瞬だけ手を放して左手でそれを受けとる。
宙を軽やかに舞った刃は空中で何かをはじき返し、戻した左手にそのまま右手を添えて正眼に構え直す。
「・・・振り向きもせずに苦無を叩き落した、だと!?さすがは公儀が認める御太刀守・・・ゴシントウだけではなく使い手まで化け物か。」
・・・いや、冷や汗が止まらない。
今の技は裏廻刀という、初伝の技だが・・・。
本来は戦場において刀や槍など、ある程度以上の大きさがあるものを払うための技であって、苦無などという小さなものを打ち落とせるようなものではない。
しかも、具足を纏った上で、相打ち覚悟で使う技だ。
だが、そうも言っていられない。
拙者は楓殿のような方術は使えないのだ。
「拙者は公儀神社警固方、御太刀守の時岡玄勝。いざ尋常に・・・参る!」
ゴシントウを正眼から上段へ振り上げ一足飛びに敵の眼前に迫り、振り下ろす。
フッという、風が吹き抜けるかのような感覚が腕に伝わった直後、一人目の男が振り上げた短刀が二つに割れ、やがてその額の額当てがポトリと落ちる。
真後ろと斜め上に気配。
身体を半身に捻り逆袈裟に刃を振り下ろし、一歩踏みだしながら再び切り上げる。
ギヤマンの金魚鉢を土器で叩いたかのような音が繰り返す。
振り下ろした刃で眼前の男が斜めに分かたれ、振り上げた刃が斜め上から襲い掛かった男の足を切り離す。
「く!退け!正面からではかなわぬ!」
男たちが二人だけになったとき、その片方が声を上げ、懐から白い球をこちらに放り投げる。
「こんなもの、効くはずがなかろう。」
煙玉、あるいは包絡玉か。
爆薬、煙幕、あるいはしびれ薬か。
ゴシントウの柄を握りしめ、こちらに迫る球の動きに合わせて刃腹を添え、流すようにその軌道を変える。
時岡直心流中伝、木の葉崩し。
放り投げられたものなら生卵すら受け止め、割ることなく足元に落とす技だ。
新雪の上に落ちたそれは、何ら変わることもなく転がっている。
だが・・・。
「逃げたか。だが・・・残った者はすべて斬ってしまったな。ああいや、こいつだけはまだ息があるか。」
先ほど拙者の上から襲い掛かった男が、切り落とされた足を抱えてのたうち回っている。
たとえ止血したとしても、おそらくはもう長くはあるまい。
「どうしたものか・・・拙者は医学には疎いものでな。こんなことなら楓様の勧めどおりに向陵社で学んでおくべきだったか。」
不思議と一切の血脂がつかないゴシントウを軽く振り、新雪の上に血を振り払ったうえで鞘に納め、その男に向き直る。
拙者はため息をつきながらも、その男の足に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
お千代(魔女)
驚いた。
あの男、背中に目でもついているのか?
それとも、あの刀に戦闘補助用の術式でも刻まれているのだろうか。
とにかくあのままでは刺客の男が死んでしまう。
生きているうちに可能な限りの情報を抜かなければならない。
「もし・・・玄勝様。無事でございましたか。」
恐る恐るという風で声をかけると、彼は跳ねるような動きでこちらに向き直った。
「・・・驚いた。誰かと思えばお千代殿ではござらぬか。下諏訪宿に戻ったのではなかったのか。それに・・・年若い娘にこのような場は見せたくはなかったのだが・・・。」
見れば、あたりの新雪の上は至る所が真っ赤な血しぶきで染められている。
それどころか、切り離された胴や足が散乱している。
確かに十やそこらの娘がこれを見たのであれば、卒倒することもあるだろう。
だが・・・ねぇ・・・。 なんといえばいいか、私は今更なんとも感じないんだよな・・・。
まあ、驚いたふりをしておこう。
「あいにく、夢か現か分からないほどうろたえておりまして。とにかく、ここを離れませんか?」
「・・・うむ。奴らはこの先に向かっていった。おそらくは和田宿のほうだろう。お千代殿。拙者が先に行く。貴方は少し後からついて参られよ。次の茶屋で会おう。」
「・・・はい。」
よし。
玄勝殿が進んで斥候を務めてくれるというのであれば、私はこの男から情報を抜き出すだけだ。
と思った瞬間。
「では、せめて武士の情けだ。今楽にしてやろう。」
「ちょっとおぉ!まだ生きてるでしょう!」
「ぬ・・・しかし、この深手では・・・。」
思わず声が出てしまったが、いきなり殺してどうするんだよ!
残存思念感応魔法は強制自白魔法みたいに狙った情報を得られるとは限らないんだよ!
「・・・彼は私が介抱します。せめて死ぬ時くらい、孤独ではないほうがいいでしょう?」
「そうか。まあ、そうかもな。・・・では、拙者は先に行く。もう長くはないと思うが、看取ったら拙者の足跡を追ってくれ。」
そういうと玄勝殿は踵を返し、和田宿に向かって峠を登り始めた。
・・・・・・。
油汗を流しながらうめいていた男に触れ、回復治癒呪を施す。
ついでに足を拾い断面に押し当ててゆっくりと接合していく。
「ふう。これでとりあえず応急処置はおわりね。それにしても・・・おっそろしい切れ味だわ。」
まさか、これほどの切断面を刀で可能とするとは。
まるで魔法で切断したかのように、その細胞の一つすら潰れていなかったよ。
ほとんどキュウリの戻し斬りと同じだよ。
「・・・おぬし、なぜ俺を助けた。まさか、おぬしも伊賀者か?それにしても・・・かような忍術は初めて見るが。」
すげえな、忍術。
手足をつないだりなんてできるのか?
いや、いくらなんでも無理だとは思うけどさ。
「残念。私は味方でも敵でもないわ。っていうか、あなた・・・まだ子供じゃない!?」
止血のために帯を外したことにより、上着がはだけ、頭巾が外れたからか、まだあどけない少年の顔があらわに・・・っておい。
その胸のふくらみはなんだ。
「信じられない。貴方、女じゃない!?」
「・・・切られた足をつなぐような女には言われたくはない。それより、おぬし、いったい何者・・・?」
「はあ・・・面倒くさいわね。天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を暴き給え。」
大量の血を失って頭を押さえている彼女に対し、とっとと強制自白魔法を発動させる。
「う・・・!?あ・・・。」
ほんの少しの抵抗の後、その少女はぺらぺらと自分の仕事の内容を話し始めた。
・・・っていうか、今精神力だけで抵抗した?
すげーな、忍者って。
・・・・・・。
四半刻ほど話し続けていたあと、その少女はカクッと意識を失う。
さすがに無理をさせすぎたか。
雪の上に寝かせておくこともできないし、どこか安全な所へ・・・まあ、仕方がないか。 崑崙の隠れ家にでも送っておくか。
「ええと、こういう時に使えそうな眷属は・・・ドゥルガーにでも任せようかしら。相手が子供なら胸を刺されても笑いながら窘めるような奴だし、まあ安全よね。」
周囲を見回し、魔力検知で誰もいないことを確認する。
「吉祥なる者の神妃にして数多の神器を携えし者よ。獅子を駆りて水牛を猟りし者よ。我は三神一体の威を借りて汝を目覚めさせしものなり。出でよ。ドゥルガー!」
やや薄暗くなり始め、すでに土が見えないほどに積もった雪の上をまばゆい光が照らし始める。
やがて光は18個の光となり、三叉槍や戦輪、蓮華の花輪や水瓶の姿を取り、一つに集まる。
「相変わらず派手ね・・・ヒンズーの神々は。」
やがて集まった光は五尺五寸ほどの人の姿を取り、ゆっくりとおさまっていく。
・・・腕の本数が10本あるような女を人間というならな。
それに、虎とライオン足して二で割ったようなものに跨ってるし。
「・・・マスター、いよいよですか。私が打ち滅ぼすべき軍勢は・・・あれ?」
そのとんでもない量の装備を構えるなって。 何と戦うつもりなんだよ。
「相変わらず物騒なことを言うわね。とりあえずあなたにお願いしたいのはこの娘のことよ。」
私が雪の上に横たわる少女を指さすと、ドゥルガーは慌てたかのように彼女を抱き起す。
「マスター。こんなに冷えてるのに雪の上に放置って!鬼ですか!」
ああ、そういえばコイツ、自称「すべての母と子の守護者」だったっけ。
最近やっと召喚に成功した吉備津彦は、自称「すべての子供たちの守護者」だし。
クロに付き従っていたのを見て驚いてしまったけど、今はもう、彼女はいない。
ならば私が使わせてもらおうとは思ったんだけど・・・すごい癖があるんだよな。
っていうか、考えてみれば吉備津彦命は古事記に登場する英雄で、その古事記の編纂作業には私も稗田阿礼としてかかわっていたわけで・・・。
まさか自分で暗誦した物語に登場する人物を喚び出すことになるとは・・・思わなかったなぁ・・・。
「ドゥルガー。今からあなたを強制長距離跳躍魔法で崑崙の隠れ家を送るから、彼女のことをお願いね。・・・ああ、食料品倉庫の中にあるものは何を使っても結構よ。着るものもね。それと・・・腕の本数は二本にしてくれると助かるわ。」
「・・・かしこまりました。」
ドゥルガーは一番前に突き出している左右の手で印を組み、何かをつぶやく。
後光のような光が差し、やがてほかの腕は光の中に溶けるように消えていった。 なんといえばいいか・・・人型とオリジナルに大きな差異がないのは便利だよな。
「・・・さて、じゃあいくわよ。勇壮たる風よ。汝が御手により彼の者を在るべき処に送り給え。」
ふわり、と地味な柿色の装束の少女と、目に毒なほどの金ピカな衣装を着た二人が西の空に消えていく。
ま、崑崙山脈、それも玉珠峰に送っておけば、ほかの仲間と接触するようなことは万に一つもないだろう。
ナギル・チヅラにあった遠くの人間と話せる道具があれば別だけどね。
さて・・・彼女の頭から引き出した情報について整理してみよう。
まず、彼女の名前は薄墨という。
・・・なんというか、インクの濃淡を示すような名前を我が子につける親がいるとは・・・。
まあいい。とにかく彼女が所属する組織、というか村は伊賀とかいう忍びの里だそうだ。
伊賀といえば戦国の世の終わりから活躍している地侍で家康公の「伊賀越え」を助けた功績から、服部半蔵正成を組頭としてご公儀に仕えていたと聞く。
彼女は主に若い男性相手の諜報を担当する仕事をしており、場合によっては相手を床に誘うこともあるという。
・・・親は頭に虫でも湧いているのか?
また、玄勝殿が腰に差している刀・・・ゴシントウという大小二振りの刀は、今から二十年ほど前、何者かの手により江戸の北東にある「ひぐらしの里(現在の西日暮里)」にあった向陵千玄稲荷神社に奉納され、同時に秀忠公により玄勝殿が御太刀守に任ぜられた。
ゆえに彼はご公儀公認の神社警固方であり、向陵千玄稲荷から直参旗本に並ぶほどの俸禄を受けているというが、同時に江戸でも並ぶものなしといわれるほどの剣の使い手だそうだ。
問題なのはこの後だ。
すでに将軍を退いていた秀忠公が8年前に亡くなり、それまでの二元政治を廃した家光公は、腹心の堀田正盛や酒井忠勝の進言に従い、各地の寺社に対し、強硬姿勢に出た。
・・・島原の乱で何らかの必要を感じた可能性はあるが、公儀は国内の陰陽師など、すべての魔法使い・魔術師に対し、幕府への恭順を強制したそうだ。
また、その過程で向陵千玄稲荷にも目を付けたらしいが、すでに東伏見稲荷神社の末社となり、朝廷の庇護下にある彼らに対しては強く出ることもできなかったのだろう。
だが、唯一手が届くと考えた相手がいた。
それが、公儀公認の神社警固方である時岡玄勝殿だ。
寺社奉行である安藤重長が玄勝殿に対し、神社警固方の任を解かれたくなければゴシントウを家光公に献上せよと迫ったらしい。
だが、ほどなくしてこれは取り下げられた。
ここからのことは薄墨もはっきりとは知らず、推測交じりのようだったが、向陵千玄稲荷の巫女の一人、明神楓という女性がこれを止めさせたというのだ。
どうやったかは分からないが、朝廷に伝手でもあったか、あるいはどこかの有力大名に顔がきいたのか・・・。
だが面目をつぶされた安藤重長は、考え方を改め、玄勝殿を襲わせ、ゴシントウを奪い取ることにしたというのだ。
秀忠公の時代に改易され、大きく力をそがれた服部家に対し、何らかの甘言を弄したか、伊賀の里から少なくない忍びを借り受け、玄勝殿を旅の途中で亡き者にしようともくろんだ、と。
「大体話が見えてきたわね。・・・どうしようかしら。彼、十分すぎるほど強いのよね。助けなくてもいいんじゃないかしら?」
人のよさそうな男だし、助けてやってもいいんだが・・・かといってこの国には温泉以外に用はないしな。
でもあの刀、気になるんだよな。
まあ、和田宿についてから考えようかと、私は深くなり始めた雪をかき分け、山道を進んでいった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時 和田宿
道中、黒曜石の小石が散らばる道を過ぎ、足元に魔力溜まりの気配を感じながらも、今は用がないので気にせず進むと、やっと山間に小さな宿場町が見えてきた。
途中、東餅屋で待ち合わせた玄勝殿と二人、大黒屋という旅籠に宿をとる。
「あんれま、お侍様。めんこい娘さんだのう。奥さんに似ただかね?」
「ええと・・・母上に似ているとはよく言われていました。」
玄勝殿とは別に親子ではないのだが・・・まあ、お千代は母親似ではあるからな。
「女将。お千代殿は拙者の娘ではござらぬ。道行が同じだから用心棒を兼ねて同行しておるだけだ。それより・・・部屋割りは拙者と同じか?」
「あんた・・・まさかこんな小さな娘相手に・・・。」
何の話をしているのかは知らないが、私としても玄勝殿と一緒にいたほうが都合がよい。
というより、鑑定・解析術式の間合いにあの刀を捕捉しておきたい。
「女将さん。私は玄勝様と一緒のお部屋のほうが安心できます。お願いできませんか?」
「・・・この時期は冷え込むからね。いくつもの部屋に分かれるよりは一つの部屋にいたほうが温いとは思うけど・・・まあ、ほかに客はいないからね。くれぐれも畳や障子を汚すんじゃないよ。」
・・・そりゃ、まあ、寝るだけなんだから汚すことなんてないだろうに。
思わず玄勝殿の顔を見たが、なぜか彼は気まずそうに顔を伏せていたよ。
・・・・・・。
下諏訪宿に比べてかなり質素な夕食を食べ、一風呂浴びようとするとなぜか宿の者が玄勝殿と一緒に入ることを勧める。
まあ、二度手間になることを考えたら楽なのは認めるが、湯船に一緒に入れるだろうか。 ああ、ここは五右衛門風呂ではないのか。
「せ、拙者は汗をかいておらぬ!今日は入らずとも・・・。」
「しっかりと足が泥で汚れていましたよ。ほかにお客さんもいないことですし、手早く済ませましょう。」
玄勝殿は夕食の後にちびりちびりと飲んでいた酒に酔ったのか、赤い顔をして嫌がるも、かまわず風呂場に連れていく。
脱いだ着物をたたんで籠に入れ、手拭いで前を隠しながら風呂に入ると、玄勝殿も同じように前を隠して入ってきた。
「冷えますね。早く体を流して温まりましょうか。・・・玄勝殿?」
「嫁入り前の娘が、男と同じ風呂で・・・・ぶつぶつ。」
私としては現在進行形で襲撃を受けている人間を一人で風呂に入れたくはないだけなんだけどね。
そもそもこの国の旅籠の入り込み湯は男女混浴みたいなものだろう?
ご公儀は禁止しているみたいだけどさ。
・・・・・・。
思いのほか大きかった湯船のおかげで二人向き合う形で温まり、そろそろ出ようかと思っていると、引き違い戸のむこうから何か重いものが落ちたかのような音と、女の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「・・・足元が濡れてると滑るのよね。大ケガしてなきゃいいけど・・・。」
などと、宿の者の心配などをしていると、突然玄勝殿が湯船から立ち上がる。
「うつけものが。拙者の刀に触れたでござるな。」
そのまま引き戸を勢いよく開き、衣を脱いだ小部屋に足を踏み入れる。
そしてそこには、おそらくは極限まで重くなった刀に押しつぶされた木棚と、脇差に右腕をつぶされ、悶絶している女、そしてこちらに向かい、短刀を構えている男が立っていた。
ふんどし一つ身に着けず、おそらくは伊賀の忍びと真正面から相対した玄勝殿は、短刀を構える男との間合いをじりじりと詰めていく。
だが、男の手にある短刀は、ときおりろうそくの炎に照らされて油のようなもので濡れているかのような光を放つ。
・・・あれは!
「玄勝様!毒です!」
私がそう叫ぶと同時に、その男は短刀を勢いよく突き出す。
明らかに殺意のこもった刃は、ほぼ狂いなく玄勝殿の肩口に吸い込まれる。
「ぐっ!?・・・ふん!」
玄勝殿は躱すことも受けることもせずに、その刃を肩口で受けたかと思うと相手の装束をつかみ、身体をひねりながら崩し、男の顔面を足元の石畳にたたきつける。
ゴリっと鈍い音が響き、短刀を持っていた男の力が抜ける。
首の骨を砕いたか、あるいは頭をつぶしたのか。
数度痙攣したのち、男は短刀から手を放し、やがて全く動かなくなった。
「・・・拙者以外は持てないことぐらい承知の上でござろうに。秀忠公だけでなく、幾度も披露してきたというのに、なぜわからぬのか。」
つまらなそうにつぶやき、いまだに動けずにいる女の手から軽々と脇差を持ち上げる。
いや、毒はどうした!?
いまだにきしむ音を上げながら木棚を押しつぶしている、朱塗りの漆に金で二重七芒星に櫂が描かれた脇差を、まるで木切れか何かを拾うかのような動きで取り払うと、そのまま女に向かってつぶやいた。
「・・・安藤殿の手の者か。すでに楓様から返答を行ったであろうに。権威の熱に浮かされた者は懲りぬものよな。ならば伝えよ。拙者に毒は効かぬ。ゆえに・・・この刀が欲しければ正々堂々、奪いに来い。我が誇りにかけて、受けて立つ。」
なんというか・・・心配して損したよ。
というか、あの刀の術式、持ち主に対して解毒系まで含んだ回復治癒まで行うのか。
完全に反則級の遺物じゃないか!
なんでこんなシロモノが神社のご神刀なんかになっているんだ?
それにあの紋章・・・。
間違いない。
ナギル文明の遺物だ。
ならばもう迷うこともない。
玄勝殿には悪いが、その刀の争奪戦。
私も参加させてもらおうか。




