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323 旅は巻き添え/ある少女と多生の縁

 お千代(魔女)


 私は今、四郎殿と暮らした国、そしてクロが眠っている国を歩いている。


 時折、見慣れた刀を腰にさして歩いている男はいるものの、総じてこの国は平穏だ。

 女子供がさらわれることも少ないし、刃傷沙汰もあまりない。


 徳川の世になってから数十年が経過し、また外国との交易のみならず、出入国を完全に閉ざしてしまったのにもかかわらす、奇妙な空気が流れている。


「・・・世界征服を試みた男たちが何人もいたけれど、もし世界が小さければこうなるのかしらね。」


 一人、多くの人間が踏みならし、下草がまばらになった道を東に向かう。

 見上げれば、今にも雪が降りそうな空模様で、吐く息が白くなっている。


 ・・・はじめは長距離跳躍魔法で一気にこの国をめぐり、すぐにでも西へと戻ろうと思ったのだが、最近は世界中がきな臭くなっている中、この国はあまりにも平穏すぎたことから、ほんの少し、旅を楽しみたくなったのだ。


 というか、14年ほど前のことになるが、覚えたての陽電子加速衝撃魔法を明の都、北京西南部にある王恭廠に向けて撃ち込み、大変なことになってしまったばかりなのだ。


 いやはや、我ながら大変なことをしでかしてしまったよ。

 ちょくちょく様子を見に行ってはいるが、いまだに大きなクレーターが開いたままになっているからな。


 山々が連なり、遠くに青く見える名も知らぬ山を見ながらひとり、山道を抜ける。


 峠に差し掛かると、眼下には大きく丸い湖が見えてきた。


「諏訪の海、だったかしら。確か、460年前にも同じ景色を見たわね。・・・懐かしいわね。」


 ふと振り向けは、行商人のようないでたちの男が大きな荷物を背負い、速足で歩いてくる。


 ・・・ほかの国であれば、身動きも取れないほどの荷物を抱えた商人など盜賊の良いカモなのだが・・・。


 行商人は私と目が合うと、人のよさそうな笑顔で話しかけてきた。


「おや、娘っこよ、ずいぶん荷物が少ねえにゃ。んでも、かあさんかとうさんとでもはぐれちまったんかい?」


「いえ、一人旅です。それに・・・何かと身軽なほうが都合が良いから。」


「あれま、こんな若え娘っこが一人で旅しちょるだなんて。けど、夕方遅ぐなる前に宿場町さ入んなよ。山道さ夜盗が出るけんどな。」


 ・・・やはり全く悪人がいないというわけではないのか。

 ええと、確か昔、天下の大泥棒が詠んだ辞世の句があったっけな。


 たしか・・・「石川や 浜の真砂は尽くるとも 世に盜人の種は尽くまじ」だったか。

 どれだけ平和な世の中にあっても取りこぼされる人間、そしてはみ出す人間がいるようだ。


 とりあえすは、この身体の外見は十歳から十二歳くらいだ。

 面倒に巻き込まれるのもなんだし、次の宿場町に着いたら面倒でもいったん崑崙の隠れ家にでも戻ろうか。


 ◇  ◇  ◇


 子供の足で歩いたからか、下諏訪宿に着いた時にはすでに日が傾いていた。

 朽ちかけた小屋の物陰に隠れ、認識阻害術式を発動したうえで長距離跳躍魔法で崑崙の隠れ家に向かおうとしていると、不意に声がかかる。


「あれま。宿に泊まれんかったかい?仕方ねえな。おらの知り合いがあっちでちいとした宿やっとるんだ。泊まれるように声かけてやろう。」


 気付けば、小屋の横から先ほどの行商人が心配そうに私の顔を覗いている。

 もしかして野宿でもすると思われたか?

 だが、さすがにこの気温で野宿をしたら死んでしまうかもしれない。


「いや、ええと、これは・・・。」


「いいから来んなよ。ほれ、あっちの宿だ。こんな時間じゃ、娘っこ一人じゃ宿なんか取れんって。」


 ごつごつとした手で行商人は私の手を引き、あっという間に宿の暖簾をくぐる。


「おかみさん!この娘っこはおらの連れだ!部屋、まだ空いちょるかい!」


 妙になれた声に、奥から腰が曲がり始めた女が顔を出し、またか、という顔をしながら応える。


「はいはい、だれかと思えば吉兵衛かい。んでも、またおせっかいしちょるのね?・・・あらまあ、可愛い娘っこだこと。ほれ、そこに腰掛けんな。今、足を濯がせてやるから。」


女将と呼ばれた女性は、近くにいた留女に声をかけ、たらいを二つ持ってこさせる。


 私たちは上がり(かまち)に腰を掛け、そろって足を洗ってもらう。

 ・・・驚いた。


 水ではなく、お湯だと?

 それも人肌よりやや温かい、心地よいくらいの・・・?


「よし。二人ともずいぶん歩いたみたいだけど、まだまだ元気そうだね。ほれ、帳場で部屋割りを決めるよ。こっちさおいで。」


 この宿は旅籠と呼ばれる種類の宿屋らしく、素泊まりの木賃宿とは違い、夕食と朝食があるらしい。

 宿代は夕食の時に支払えばいいようだ。


「すぐに飯の支度をするからね。部屋割りは・・・吉兵衛と一緒でいいかい?あとは・・・時岡とかいうお侍様と江戸に帰る顔なじみの商人が二人、泊まっているだけだからね。」


「あ~。その時岡とかいうお侍様って・・・?」


「心配せんでえよ。ずいぶん身なりのよいお侍様だし、何より徳川様の神社警固方の御太刀守(みたちのまもり)のお方だってさ。」


 ふむ・・・僧兵のようなものか?

 しかし、あれは戦国の世の終わりとともに衰退したと聞いているが・・・?


 相部屋となっている部屋に入ると、申し訳程度の間仕切りで隔てられたところに小さな荷物を置き、丸めた外套を枕にあおむけに寝そべっている侍がいた。


 他にも荷物があるところを見ると、女将さんが言っていた商人が二人ほど同じ部屋割りのようだが、今はいないようだ。


「む・・・この寒空を歩き回るのは男どもだけかと思っていたが、そうでもなかったようだ。袖すりあうも他生の縁ということだな。拙者は時岡玄勝(ときおかはるかつ)と申す。明日の朝までよろしくな。」


 玄勝(はるかつ)と名乗った四十より少し若いくらいの男は、すっと手を差し出してきた。


 ・・・握手、だと?


「あ。すまんすまん、つい癖でな。拙者の勤めている社では、こうしてお互いの利き腕を握ることを礼とする習わしがあってな。」


「いえ・・・私は千代と申します。こちらこそよろしくお願いします。」


 まるで大陸のような挨拶の仕方をする男の隣、そして吉兵衛殿の真向かいで、部屋の角になる場所を割り当てられ、私は申し訳程度の間仕切りを立て直し、少ない荷を下ろすことにした。


 ◇  ◇  ◇


 飯、汁、香の物に焼魚と野菜の煮物という、なかなか豪勢な夕食を出されると同時に、安い宿代を支払う。


 吉兵衛殿が私の宿代まで負担しようとしたので、丁寧に礼を言って断っておく。


「お千代さん、路銀は持つのかい?気にしないでこのおせっかいからもらっておけばいいんだよ。」


 女将がこういうところを見ると、吉兵衛殿は頻繁に若い女性を宿に連れ込んでいるということか?


「あ、いえ・・・ある程度のたくわえはありましたので。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。」


 丁寧に断ると、吉兵衛殿は笑いながら出しかけた銭を引っ込める。


「んでも、困ったことがあったら早めに言ってくれよ。おら、こう見えても結構でけえ商家の跡取りなんだぜ。」


 吉兵衛殿は裏表のなさそうな笑顔でそう言い、飯炊き女がよそった山盛りの白飯を口にかきこむ。


 ・・・気のせいであったか。

 まあ、今更貞操程度のことは全く気にもならないし、この際だからどうでもいいか。


 山の中だというのによく塩気のきいた汁と焼き魚を堪能し、腹も膨れたところで女将から声がかかる。


「湯を沸かしたから順に入りな。ああ、あんたはこっち。さすがに男どもと同じ湯には入れられないからね。」


 女将の言葉に従い、湯につかると、外で釜焚きをしている女が熱さ はどうかと聞いてくる。


 ちょうどよいと答え、そのまま肩まで湯につかる。


「・・・ふう。この国はいいわね。なんというか、休まるわ。いつかあの子を見つけることができたら、この国で最後を過ごすのも悪くはないかしらね。」


 とはいえ、半ばあきらめかけているのも事実だ。


 どこでやめようか、あるいはいつまで私の魂がもつのかなどと考え、少しのぼせるまで湯につかり、ほてった体を冷ましながら、部屋に戻ることにした。


 部屋に帰ると、吉兵衛殿と時岡殿はすでに戻ってきていたらしく、碁盤を挟んで楽しそうに茶を酌み交わしていた。


 商人の二人は疲れているのか眠ってはいないようだが、すでに布団に潜り込んでいる。


「おお、戻られたか。さっぱりしたようでこざるな。ここはなかなか良い宿だ。だというのにこれほど客が少ないのは・・・少し心配になるな。」


「時岡殿。この宿は街道からちいと外れちょるからな。けど、毎年春先になれば、商いしちょる者で一杯になる。穴場なのは今だけってことだぜ。」


 二人はどこからともなく出した茶菓子を前に、楽しそうに碁を打っているが・・・。


 ふと、時岡殿の横に置かれた刀に目がとまる。

 刀の鞘には螺鈿と金細工で明らかに何かの意味がある文様と、いくつかの橙色の石飾りが施されており、それが行燈程度の明かりしかない部屋の中で怪しげに光っていた。


「術式・・・回路?それに、その紋所は・・・っ!?」


 鞘には複数の術式回路が施され、さらには魔石により強力な魔術が封じられている。

 それだけではない。


 金螺鈿で鞘に刻まれた家紋は・・・二重七芒星に櫂!?

 まさか!


「お?お千代殿。もしやわが社のことをご存じか?」


「時岡殿。そういえば、貴殿、御太刀守(みたちのまもり)とか言ってたな。刀の守りのことか?太刀って、その刀のことかい?」


 吉兵衛殿は茶をすすりながら彼の刀を興味深そうに眺める。

 その視線に気付いたか、時岡殿は大小の刀を手に取り、自慢げに行燈の光にかざした。


「うむ。これは拙者が向陵千玄稲荷大明神から直々にお預かりしたゴシントウである。この太刀に斬れぬものなし。魑魅魍魎、鬼だろうがな。ま、拙者が試したことがあるのはヒグマの頭と・・・あとは石灯篭くらいだがね。」


 彼はそういいつつ、脇差の鯉口を切り、中ほどまでその刀身を抜いて見せる。


 私は思わず鑑定・解析術式走らせるが、その刀身は思っていたものと違い、一切の光を放っていなかった。


 それどころか、その刀身があるところだけが闇に沈んだような、あるいは一切の光を返さない深淵のようであった。


「・・・組成が、第六の元素精霊(エレメント)だけ?炭と、同じ?いえ・・・この構造・・・まさか、金剛石(ダイヤモンド)・・・とも違う?いえ、こんな構造、見たことがない!?」


 これ・・・明らかにこんな場所にあっていいようなシロモノじゃないだろう!?


「いかんいかん、思わず自慢してしまった。こんなところで刀を抜くものではないな。」


  彼はそういうと、二振りの刀を座布団の左に戻し、手を止めていた碁の続きを打ち始めた。


・・・そんな刀を、やはり気になるのか二人の商人はちらちらと眺めていた。


 ◇  ◇  ◇


 翌朝、手水鉢で顔を洗い、朝食の白飯、みそ汁、そして程よく漬かった香の物を頂き、旅装を整えて宿を立つ。


 吉兵衛殿は甲州を経て江戸に向かうらしく、一足先に出立したらしい。

 商人たちも同じように出立したようで、私たちが最後になってしまったようだ。


「む。お千代殿も中仙道をこのまま東に向かわれるのか?ならば次の宿場までともに参らぬか?なに、拙者はこう見えても時岡直心流の免許皆伝でこざるからな。」


 ・・・まあ、旅は道連れ世は情け、だっけか?

 私も自分の身を守ることぐらいはできるが、それもまあ、いいだろう。


 私の歩く速さに合わせてくれる時岡殿とともに中仙道を進み、峠を越える。


 彼によれば、今では向陵千玄稲荷は遷宮され、東伏見稲荷神社の境内に末社としてまつられているという。


「お話ではかなりの力を持ったお社なのに、なぜほかの神社の末社に入ったのですか?それに、顕現された神格なんて聞いたことがありません。」


「顕現というか・・・御社(おやしろ)様、いや千玄(せんげん)様は元は人であったようでな。なんといえばよいか・・・とにかく、大きな力を持つのに謙虚なお方であったよ。」


元は人であった・・・そして、彼の刀に込められた尋常ではないほどの術式。

おそらく千玄(せんげん)様とはかなりの腕を持った魔術師だったのだろう。


 あれほどの術式を刻める者などクロか、あるいはナギル文明の遺跡くらいでしか見たことはなかったが、そろそろ時代が進んできたということか。


  懐かしくもあり、寂しくもある。


 そのほか、時岡殿の奥方やご嫡男のことを聞き、適当に相槌を打ちながら山影で遠くの山々が見えない谷間に入ったとき、ふわりと魔力の波を感じる。


「む。ゴシントウがあらーと(アラート)を出しているな。 お千代殿。こちらへ。」


 時岡殿は一瞬で目つきが変わり、私を大きな木の陰へと押しやる。

 そして、三つを数えるほどの間もなく、柿色の装束を着た一人の男が立ちはだかる。

 ・・・というか、索敵系の術式まで組んであるのか。


「・・・おぬし、何者だ。」


 時岡殿が誰何する声に応えることもなく、その男は腰から棒のような何かを抜き、袈裟懸けに投げ放った。


「ぬ!?貴様!透波(すっば)(忍者)か!」


 風を裂くような音とともに何かが飛来するも、キン、キンっと甲高い音が響き、何かが幹に刺さる。


「・・・鉄を斬った、だと?」


 柿色の装束を着た男は己が放った手裏剣を、それも二本同時に、はじき落とすどころか叩き切られたのを見て目を丸くする。


「・・・おぬしら、拙者を襲ったのか。それとも、お千代殿を狙ったのか。」


「ふん。」


 その男は鼻で軽く息を吐くと足元に何かを叩きつける。

 一瞬でそれは爆ぜ、あたり一面を白煙で包む。


 次の瞬間、私の腰に何者かの腕が回される。


「来い。暴れればその鼻を削ぐ。」


 ・・・なるほど、私は人質ということか。

 ということは狙いは時岡殿だろう。

 ならば、おとなしく付き合う筋合いもない。


「・・・(いかづち)()()()()()。」


 そう、短くつぶやく。

 相手を殺さない程度の魔力を込めて。


 バチンっと青白い光が周囲を舐め、私の背中を抱いていた男は全身を硬直させながら枯草の上に倒れ伏す。


「お千代殿!大事ないか!これは・・・一体?」


「・・・さあ?持病でも出たんじゃないでしようか。とにかく、これからどうしましようか。」


 さて・・・これは巻き込んだのではなく巻き込まれた、ということか。

 最近は他人を巻き込むことが多かったからか、少し新鮮だな。

 何より気が楽でいい。


 時岡殿はしばらく考え、腰の刀に手を当てる。


「おそらくはゴシントウが目当てなのだろうが・・・困ったな。そもそもこの刀、拙者以外だと千玄(せんげん)の巫女様か御社(おやしろ)様くらいしか持てないのだが・・・。」


「とにかく急ぎましよう。日が暮れる前に次の和田宿まで行かなければ、夜の闇の中で襲われることになりかねません。」


 とはいえ、暗視系の魔法もあるから私はあまり気にしていないんだけどね。


「よし、ならば走ろう。ほれ。」


「え、いや、何を・・・。」


 走ると決めたとたん時岡殿は私を抱き上げ、雪が降り始めた街道を驚くほどの速さで駆け出す。


 すぐにバテてしまうのではないか、と思わす心配になるも、彼の腰にある脇差が淡い光を放ち始める。


「・・・回復治癒の術式・・・!それに、身体強化、それから疲労無視まで・・・この刀、いったい誰が作ったの・・・!?」


 驚く私をよそに、彼はさらに速度を上げる。

 その腕の中で、ただ私は淡く光を放つ彼の刀の術式に見とれていた。


 ・・・・・・。


 二刻ほど走っただろうか。

 もうすぐ次の宿が見えてくるはずのころ、はるか前方で煙が立ち上っているのが見える。


「火事・・・いや、これは・・・狼煙(のろし)か!いかんな、すでに先回りされているということか。」


 先ほどの一味はすでに和田宿にまでその手を伸ばしているということか。

 うーん、面倒なことになってきた。


 無視をして次の芦田宿まで進んでしまうか、いっそのこと長距離跳躍魔法で日本橋まで飛んでしまおうか。


 それとも光撃魔法で薙ぎ払うか、強制自白魔法で雇い主を調べて一網打尽にしてしまおうか。

 そんなことを時岡殿の背中で考えていると、彼はそっと私を下ろす。


「お千代殿。申し訳こざらぬが、このまま下諏訪宿まで戻ってくれ。そして、宿役人に野盜が出たと伝えてくれるか。」


 おまえ・・・もう何里走ってきたと思ってるんだよ。

 女の足で帰れってか?


「時岡様はどうなさるおつもりですか?」


「拙者は・・・これ以上逃げればお千代殿のように誰かを巻き込むことになるだろう。それに・・・ほれ。」


 時岡殿は腰からゴシントウの脇差を抜き、近くの木の幹に立てかける。

 そして、それを私に持つように勧める。


 いわれるままにその鞘に触れた瞬間、フォン、と刀が鳴動する。


「え?・・・お、重い!?こ、これは・・・!」


「ご安心されよ。拙者、御太刀守(みたちのまもり)などと呼ばれてはおるが、実のところ、拙者などいなくともこの刀は盜める者などおらぬのよ。」


 いや、別に心配なんてしてないけどさ。


 これは・・・まさか、下向きの重力加速度を術式で制御したのか!

 それも、今制御されたのは・・・第四階梯の根源精霊(オリジン)だ と!?

 私も知らない根源精霊(オリジン)を、何者かが術式だけで制御した!?

 それも、魔力もない時岡殿だけを選別して?


「・・・く、くくくっ。これだからこの世界は面白い。」


「ん?お千代殿。何か言ったか?」


「いえ、この刀の不思議さに驚いていました。時岡様のおっしゃる通り、私は下諏訪宿に戻ります。そのあとは・・・甲州に向かいます。」


「うむ。達者でな。」


 私は彼と別れ、下諏訪宿に向かうことにする。

 ただし・・・ゆっくりと認識阻害術式を作動させながら。


 さて・・・どうするか。

 少し間をおいて追いかけることにしようか。

 やはり、魔法や魔術の深奥は計り知れない。


 それに相手次第ではあるが、あの刀にはまだ秘められた力がありそうだ。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 ここはどこだろう?

 確か、私は今コールドスリープ中で・・・。

 おかしいわね?

 停止空間魔法を使っているんだから、止まった時間の中で何かを認識することなんてできないはずなんだけど?


 疑問を持ちながらもゆっくりと目を開く。


「ここは・・・ああ、またあんたか。姿は・・・初めて見るわね?」


 目の前には十歳くらいのかわいらしい子供が笑っている。

 だが、男か女かはわからない。

 いや、こいつに性別なんてないだろう。


【やあ。すまないね。邪魔して。ちょっと君と話したくなったんだ。】


「オルテア。私には一分一秒だって無駄にしている余裕はないのよ。くだらない話だったら怒るわよ。」


 法理精霊・・・魂あるものがいつか訪れる場所を管轄する唯一の精霊、要するに、あの世を守る精霊、ってことか?


【つれないな。でもまあ、君にとっては大事な話だよ。タイムリミットを教えてあげようかと思って。】


「・・・タイムリミット?・・・まさか!」


【そう。君がどんなに頑張って現代に帰還しても、魂と肉体を結び付ける力が枯渇していたんじゃ、大事な彼と死ぬまで一緒に過ごすことなんてできない。その力が枯渇するまでのタイムリミットさ。】


「・・・二号さんも似たようなことを言ってたわね。でも、完全に停止した時間の中では力が目減りすることなんてないでしよう?」


 停止空間魔法は、私の固有時間を停止する。


 だから、聖棺(アーク)モドキのふたを閉めた瞬間に目覚めるべき年代へ一瞬ですべてが移行している・・・はずだ。


【うん。おおむねはその解釈で正しい。ただね・・・0ではないんだよ。】


「0では・・・ない?まさか!」


【ああ。ます先に伝えよう。君の残された時間は、あとわずか3日だ。正確には7 1時間と32分、1 7秒56。停滞空間魔法の場合はその停滞具合に基づいて時間は流れていくけど・・・停止空間魔法でもおよそ5万分の1で時間は流れてるんだ。】


「そんな・・・完全停止じゃなかったの・・・!?」


【時の流れはね、止められないんだよ。それに・・・逆に考えてごらん?完全に時間が停止したら、時間が止まっている世界の内側からどうやって停止空間魔法を解除するのさ?】


 そんな・・・じゃあ、もう、間に合わないの?

 私は、帰れない?


 突如として四方から押しつぶされるような恐怖が襲い来る。


【まあ、安心していい。残りは71時間と32分、17秒02。ギリギリ現代には戻れる。戻りさえすれば回復だってする。でも、次に目が覚めるのは・・・何年だっけ?】


「ええと・・・1 9 0 0年初頭にセットしたわ。」


 そう、つまりはあと3 6 0年。

 仄香(ほのか)が南雲仄香(ほのか)として生きている時代を目途にしたのだ。


【悪いことは言わない。次に目を覚ますのは現代にしたほうがいい。何なら僕がコールドスリープ装置の設定を変えておくよ?】


 そうか・・・せっかくだから仄香(ほのか)の顔を・・・いや、ガドガン先生の姿も見たかったんだけど・・・。


 ・・・いや、ちょっと待って。


「だめ。1900年が無理でも、次に目を覚ますのは現代のあの日よ。そうでないと、琴音が・・・。」


 そう、サン・ジェルマンが琴音の胸に振りかざしたオルテアの剣をへし折らなければならないのだ。


【・・・ああ、そうだった。時間遡行術式が発動する直前で君は妹を助たんだっけ。じゃあ、その日の朝に設定するよ。】


「・・・ガドガン先生・・・本当に・・・ごめんなさい。」


 ・・・やっぱり一度死に別れた人とは、なんとしても会えないのか。

 それも、私のせいで死んだ人とは。


【・・・ああ、もう。仕方ないな。じゃあ、一つだけズルを教えてあげるよ。君の左耳のピアス。その石を外して飲み込めばいい。そうすればあと3日といわずに何年でも、いや、何千年でも生きていられるよ。・・・絶対にお勧めしないけどね。】


 ピアスの石・・・。


「原初の石板の・・・最後の破片・・・。」


【そろそろ僕は行くよ。じゃあ、次に目を覚ます時間の設定は触らないでおいてあげる。でも、目を覚ましたらすぐに判断するんだ。すぐに眠るか、石を飲み下すか。くれぐれも、あのバカと同じ轍を踏まないよう、冷静な判断を・・・。】


 オルテアの声が遠ざかるとともに、周囲はゆっくりと闇に閉ざされていった。

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