322 神社遷宮と御神刀守
江戸城内
「かねてより俎上に載せておった例の社の件はどうなった?」
「変わらず、ですな。なにせアレは誠に神威がある社でございますれば、下手に手を出さぬほうが賢明というもの。誰も呪いなどかぶりたくはありますまい?」
「しかりしかり。だが詣でればいくさで死なず、金を積めば負けず。神託を得ればいかなる小軍でも大軍を打ち破る。権現様が何度助けられたか数え切れまいよ。」
城内の一角、本丸の白書院で髪の白くなり始めた、それでいて眼だけがぎらっく男たちが膝を突き合わせている。
その中に一人、黒い袈裟をまとった僧侶が混ざっていた。
「そもそもあの社に祭られている・・・なんでしたかな、御祭神は。稲荷にしては眷属がキツネではないというが・・・?」
一同は首をかしげる。
確かに向陵稲荷の眷属は、姿がない猫だという。
いわく、ありとあらゆる姿に変化し、元の姿は大きな黒猫とも、あるいは姿がないともいわれる。
事実、あの神社の入り口にある、本来は狛犬がいるべき台座には何も乗っておらす、ただ深夜に猫が喉を嗚らすかのような音だけが響くという。
たしか、眷属の名は「猫中琉」と「狩り狩り」とかいったか?
「向陵千玄大明神とか言ったな。だが、伏見の本宮はそのような神など知らぬと。」
「だが、あの社の創建はかなり古いと聞く。源平の戦のころにはすでに門前町があったというではないか。稲荷の系譜になったのは最近のことではないか?」
「しかり。かの源義経公もあの社に詣でてから八島や壇ノ浦に向かったという。しかもあの社の巫女から渡された大鎧は、八艘分はある船と船の間を軽々と舞える力を義経公に与えたとか。あるいはかの那須与一に必中の神弓を与えたとも・・・。」
「世迷言を。そのようなもの、あるわけが・・・。」
「いや、あるのだよ。三成めが自慢しておったが、先の関白が島左近に下されたという・・・今はわが将軍家に伝わっておるが、羽のように軽く、いや、重さを感じるどころかむしろ羽が生えたかと思い乱るるかと、申しておったよ。」
「ははつ。治部少輔のさいづち頭め、島の左近と佐和山の城だけでなく、もう一つ過ぎたるモノをもっておったか。では弓もありそうだな。」
延々と続きながらも、何も結論が出ない。
そんななかで一人の禿頭の男が大きくため息をつきながら、声を上げた。
「米津殿、島田殿。町奉行職としては狼藉の下手人を奪われた形にはなりまするが、どうか寺社方である私の顔に免じて矛を収めてくださらぬか。」
「・・うむ崇伝殿がそうおっしやるのであれば、是非もない・・・ところで、例の社に囲われた狼藉者の名はたしか・・・。」
「青洲(現在の愛知県)浪人、時岡安二郎、と。時岡直心流の免許皆伝だそうです。」
「そうか。だがあの社にはそれ以上の化け物がごろごろといるからな。剣の使い手が一人増えたくらいでは何ということもなかろうな。」
崇伝と呼ばれた僧侶はすっと立ち上がり、袈裟の裾を整え始める。
「崇伝殿?・・・ああ、そういえば今日だったか。」
「はい。かの千玄大神・・・いや、向陵千玄大明神は、東伏見の社で末社として受け入れることが決まったようですので。伏見の系譜にさえ入ってくれれば、将軍家も皇室との間に大きな橋渡しができるというもの。」
「ふむ。荒神のような女神でありながら手練手管は老獪であるな。まあよい。それにほれ、明日はアレだろう?」
「ああ、御神刀のお披露目だとか。なんでも、試し切りの据え物に蝦夷のヒグマの頭を取り寄せたらしいな。わざわざ凍らせてまで御大層なことだ。・・・いや、凍らせたのは崇伝殿だったか?」
「くくっ。イノシシの頭を両断するのでさえ名刀にとっても酷だというのに、ヒグマとはな。せいぜい、刀を折らないようにしてほしいものだ。」
崇伝は再度ため息を吐く。
お前たちは何も知らないから・・・と喉元まで出かかった言葉を飲み込みながら。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
・・・なんというか、せっかく目が覚めている間にいろいろと楽しいことをしようと思っていたのに、向陵稲荷の中が完全にスパルタ工作クラブと化しているよ。
やっとのことで鞘まで拵えが完成した脇差を刀台に置く。
「千弦様。次はこちらを。・・・はい、ありがとうございます。安二郎。脇差の具合はどうですか?」
「あ、はい。楓様。まったく申し分ありません。・・・まるで羽のようです。これほどの刀がまさか、玉鋼ではなく炭から作られるとは・・・。」
「くれぐれも取り扱いに気をつけなさい。刀身が軽すぎて重心が普通の刀とはかなり違います。昨日のように石灯籠を両断するようなこともまらぬよう、気を付けるように。」
そう、この時岡という人。
かなりの使い手らしくて、グラフェン・ナノチューブ術式振動ブレードを渡したら、その刀身に刻んでおいた自動撃剣術式ともろに機能衝突を起こしたんだよ。
結果、反射的に刀を振りぬいたせいで楓お気に入りの石灯籠が斜めにバッサリと・・・。
おかげで半泣きになった楓をなだめつつ、石灯籠を立体造形術式で修理したり、せっかく刻んだ自動撃剣術式を剥がして学習型に組み直さなきゃならなかったりと、余計な仕事が増えてしまったよ。
ああ、刀の振動系術式も調整しないと。
それから、単分子刃の維持術式も・・・
くそ、調子に乗って大小二振りも作るんじゃなかったよ。
完全に二度手間だよ!
「ところで、俺はこれからどうなるんだ?やつばり町奉行に出頭したほうがいいのか?」
おいおい、いまさら何を言ってるのよ。
「あなたの身柄は向陵稲荷神社の預かりになっています。近く、向陵稲荷神社御警固役という沙汰が下る予定です。それと・・・苗字帯刀差許も決まっています。よかったですね。士官先が決まりましたよ。」
楓・・・そんな冷たい目で言わなくても・・・。
それに沙汰って・・・別に刑罰でも何でもないのに。
私は地獄の獄卒じゃないって。
「それは、願ってもない!だが、俺でよいのか?」
お前も面倒くさい男だな。
とりあえず喜んでおけばいいんだよ。
時岡君の先祖だったらヤバいから助けたんだよ!
「あ。そうそう。俸禄なんだけど、2 5 0石くらいでいい?それなら家臣の一人くらい持てるでしよう?」
ええと、1石が米1 5 0 k gで、大人一人の年間消費量と同じだっけ?
大体1石が1 0万円くらいだから、2 5 0 0万円くらいか。
陸軍将校の年収に比べるとかなり高い気もするけど、彼にはその部下も分もまとめて渡さなきゃならないからね。
「な・・・2 5 0石・・・?」
「ありゃ。足りなかったか。仕方がない。じゃあ5 0 0石でどうだ。」
そうだよね。
家臣団くらいほしいよね。
それに一応はあげたものとはいえ、金に困ってその刀を売られると困るのよ。
「千弦様。それでは直参旗本と同じ俸禄になります。実際に与える俸禄は別にして、2 0 0石にしておきましよう。残りの3 0 0石は特別手当として適当な理由をつけて渡します。それでいいですね?」
なるほど、旗本は5 0 0石くらいもらえてるのか。
ま、どうせ向陵稲荷はもうすぐ遷宮する予定なんだけどさ。
顔が青くなったり赤くなったりしながら指を折って何かを数えている安二郎を放置して、本殿の解体手順や移動先の打ち合わせをしていると、黒い袈裟を着た一人の僧侶が禿げあがった頭をなでながら、境内に入ってきた。
「楓様。お久しゅうございます。」
「崇伝か。どうしました?今日は少し遅いようですが。」
「いやはや、町奉行どもの顔を立てるのにいささか手間取りましてな。それで、こちらのお方が向陵千玄大明神様で?」
「ええ。こちらにおわす方こそ、向陵稲荷のご祭神にしてわが一族の氏神様であらせられる向陵千玄大神です。くれぐれも失礼のないように。・・・千弦様。この男は、金地院崇伝といいまして、例の伴天連追放令の起案を半日で行った男です。」
うん?せんげんだいみようじん?
それ、静岡の浅間神社とカブって問題なんじゃない?
それと、すうでん・・・金地院崇伝か?
「ふーん。ということは、たしか・・・方広寺の鐘に『国家安康』とか『君臣豊楽』って書いてあることに難癖をつけた人?あ、いや、それは別の人で片桐とかいう人の取り調べを行った人だっけ?取り調べの内容までは知らんけど。」
方広寺鐘銘事件はいろいろな学説があるからラジェルの偽書でも使わないと真実はわからないんだよね。
まあ、初対面の人の前であんな危ないものを開く気はないけどさ。
「・・・よくご存じで。私は片桐殿に対し、鐘の銘ではなく、なぜ浪人を集めたかを詰問した次第でして・・・。」
そうだった、そうだった。
日本史をもっとしっかり勉強しておかないと、こういった話にはついていけなくなるからね。
あ、そうだ。
「4年前だっけ?家康公が亡くなった時に南光坊天海が貴方も知らないなんだかで家康公の神格化をすすめるとかで、天海とひと悶着あったんだって?それで秀忠公が怒って、閑職に追いやられそうになったんだよね?」
「・・・まことに、よくご存じで。その話は幕閣しか知らないはずなのですが・・・?」
400年後には教科書に載ってるよ、とは言えないしなあ・・・。
あれ?公立高校の教科書に載ってたっけ?
「ま、まあ、私はたまたま知ってただけよ。ええと、それで今日の予定は?」
「ああ、それは向陵稲荷について東伏見神社が末社として受け入れてもよい、と。」
あ。それはありがたい。
なんて言ったって現代の我が家と目と鼻の先じゃん。
ついでにあの辺に公園があったっけ。
じゃあ、そこにでも新しいコールドスリープルームでも作ろうかな。
なんて余計なことを考えつつ、私はその場を後にしてグラフェン・ナノチューブ製の大刀の仕上げを急いだよ。
◇ ◇ ◇
翌日。
結構朝早い時間に、神社の境内に人が集まり始める。
白地に黒のラインと葵の紋所が入った幕を立て、境内には普通の参拝客が入ってこられないようになっている。
紋付と裃までつけて、お付きの侍を何人も伴った偉そうな連中が、本殿の前の開けた場所を囲むかのように座る。
ふう。・・・ギリギリ間に合ったぜ!
「うわ~。これはまた大仰なことに・・・ん?あれって?」
「ああ、二代目将軍、秀忠公ですね。」
戦下手とか言われるけど、しっかり鍛え上げられていてなかなかい い男じゃないか。
身長は160cmくらいかな?妙に手足が毛深いけど、落ち着いていて温厚そうなイメージを受ける。
ま、主観時間にしてあと数日で現代に戻る私としては、付き合うつもりはないけどさ。
どことなく雪菜の面影が残る巫女と、凛々しい顔をした神主っぽい人が歩み出で、供物代の上に何かを置いていく。
ん?あそこにいるのって・・・?
「ぶはっ!?二号さんじゃん!遥香の姿で何やってんのよ・・・!?」
向陵稲荷の神籬の役を務めているのか、やたらと金銀で装飾された白い千早を翻して舞い、鈴のついた謎の櫂のようなものを振っている。
千早の背には金の二重の七芒星・・・ナギル・チヅラの市章が陽光のきらめき、その美貌にあの秀忠公までもが目を細めている。
一連の舞いが終わり、中央に向けて一度、本殿に向けて二度、頭を下げ、幕裏に下がっていく。
私が眠っている間にずいぶんと派手になったものだ。
歴史に影響が出たらどうしてくれるのかしら。
「千弦様。何を考えているのかなんとなくわかりますが、それは『何をいまさら』だと思いますよ。・・・ほら。いよいよメインイベントですよ。」
楓の言葉に、私は境内の中央を見る。
そこにはまるで別人のようになった安二郎が大小の刀を腰に、しっかりとした紋付き袴を身にまとい、しずしずと歩み出ているところだった。
数人の男たちが墓石のような大きな石材を運び入れ、その上に分厚い木の板と、さらに何か大型の動物の死骸・・・頭を重ねる。
「へえ・・・ヒグマですか。これまた立派ですね。しかも・・・あれ、凍ってますね。」
「あ~。さては御神刀が折れるようにとでも考えたバカがいるのかしらね。まったく。グラフェン・ナノチューブ製の刀なんだから、素人がダイヤモンドに変な角度でぶつけても刃こぼれ一つしないわよ。ま、オリハルコンにぶつけたら別だけどね。」
一同が静かに見守る中、安二郎は一歩前に歩み出る。
そして、本殿に一礼、秀忠公に一礼したのち、鯉口を切り、その刀身を引きぬく。
「おい・・・!あれ、本当に刀か?」
「黒い!いや、まるで影そのもののような・・・。」
「あのような鋼、見たこともない!まるで夜の闇を切り出したかのようではないか!」
ガヤガヤと騒ぎ声がおこる。
まあ、グラフェン・ナノチュープは炭素の塊だからね。
原子一個分の厚みの、0.142nmの六角形の網の目なんて、この世界の人間は見たことなんてないだろう。
というか、黒いのはそれを織り合わせたナノチューブ構造によるものなんだけど。
安二郎は正眼に構えた刃を、ゆっくりと振り上げ、大上段に構える。
・・・あれ?ちょっとカ、入りすぎてない?
「神仏・・・照覧!」
そう口ずさむと、彼は渾身の力を込めてヒグマの頭にその刃を振り下ろした。
・・・刃は確かに振り下ろされた。
音もなく、まっすぐに。何の抵抗もなく。
刃が、土に濡れるまで。
「・・・あ~あ。しーらないっと。」
私がそうつぶやいた後、境内は大きな歓声に包まれる。
「まさか!本当に切るとは!」
「おい・・・ヒグマの頭が真っニつだ!」
何人もの武士が大騒ぎをしているところで、異変が始まる。
ズルリ。
そして、ゴトリと。
安二郎が刀を鞘に納め、鯉口をかちんっと鳴らすと同時に、台座にしていた分厚い木の板が落ちる。
続けて、墓石のような石材がギシ、と泣いた後、二つに分かれる。
「おい・・・あれ・・・?」
「なんだ・・・?割れた?いや、・・・え?」
あたりが静まり返る。
安二郎は本殿に向かい一礼し、秀忠公に一礼すると、幕裏に戻っていく。
・・・妙に青い顔と、玉のような汗を浮かべながら。
やりすぎだ、馬鹿。
「石を、切った、だと・・・?」
「それも、音もなく?そんな、バカな・・・!?」
ま、こうなるんじゃないかと思ったけど。
ってか、安二郎。
せめて木の板で寸止めしなさいよ。
御神刀のお披露目式が終わり、今後は安二郎はその刀を腰に遷宮の警固を行う旨を幕府のお偉いさんに報告すると、案の定その刀を触りたい、あるいは献上しろという騒ぎになったよ。
ってか、御神刀だって言ってんだろ!
人間風情が欲しがるなよ!・ ・いや、私も人間だけどさ!
まあ、あまり断っても安二郎が暗殺される可能性が増えるばかりなので、彼に指示して刀を幕府の重鎮に限り、触ってもよい許可を出す。
・・・けどね。
その刀、防犯用の術式も組んであるんだよなあ・・・。
「なんじゃこれは!?お、重い!こんなもの、人が振れるわけが・・・!」
「も、持ち上がらぬ!一体、何貫あるんじゃ!?」
つまり、安二郎かその血を分けた子供、あるいは私やこの神社の関係者以外が刀に触ると、過負荷重力子加速術式が下向きの重力加速度を 1 0 0 Gくらいまで加速するというおまけつきだ。
ちなみに今、あの刀の重さは300kgを超えている。
持てるものなら持ってみな。
・・・オリビアさんあたりなら振り回しそうだけどさ。
「まことに神の刀なんじゃなあ・・・ 。うむ。時岡殿こそ神に選ばれしもののふよ。後ほど上様からお言葉がある。謹んで受けられよ。」
・・・うん。
話が大きくなってしまったかな。
一刀のもとに断ち切られたヒグマの頭、分厚い木の板、そして石材は、幕府が用意した人足が片付けていった。
なんでも、板と石材は何かに使うらしい。
エコで素晴らしいね。
安二郎は正装に着替え、境内に設えられた場で、膝をつき、頭を下げている。
すぐ横には刀台が置かれ、グラフェン・ナノチューブ製の刀がかけられていた。
「上様のおなりじゃ。一同、控えよ!」
その場に集まった武士たちが一斉に座り、頭を下げる。
反射的に私も膝をつきそうになるが、なぜか楓にとめられる。
ふと見れば、向陵稲荷の関係者は気にもせずに突っ立ったままだ。
「ねえ、このままでいいの?無礼討ちにされない?」
「千弦様。どこの世界に征夷大将軍風情に膝をつく神がいるというのですか。堂々としていてください。」
いや、私はまだ名乗ってないから、そこら辺の小娘なんだけどさ?
「面を上げい。・・・ふむ。そちが時岡安二郎か。なかなか良き面構えをしている。」
「は。恐悦至極にございます。」
「さて・・・よきものを見せてもらった。ときに、安二郎。おぬし、その刀を持って余に仕える気はないか?」
ざわり、と周囲に緊張が走る。
いや、大出世じゃん?
こりゃ、旗本かな?
いい刀を作ってあげてよかったよ。
なんてアホなことを考えていると。
「・・・それは、わが社、ひいてはわが神をないがしろにするというお考えか。」
楓がうなり声のような低い声を出す。
いや、将軍家で雇ってもらえるんなら大出世じゃん?
なんてことを言う間もなく。
「上様!いけません!この社の加護を失うようなことをなさっては!」
おい。
そっちが止めるのかよ。
ってか楓・・・怖いものなしだな?
「冗談じゃ。安二郎の忠義を試してみたまでよ。・・・さて、安二郎。良いものを見せてもらった礼じゃ。余からも何か送り物をせねばな。何か欲しいものはあるか?」
え?何かもらえるの?
・・・と思って楓の顔を見ると、先ほどとは打って変わって落ち着いた顔をしている。
「千弦様。この話は事前に決まっておりましたので。大したものではありませんよ。」
なんだ。金銀財宝とかじゃないのか。
拍子抜けしていると、安二郎が秀忠公に応える。
「では、恐れながら申し上げます。拙者に、名を賜りとう存じます。」
「うむ。では・・・そうじゃな。よし。おぬしはこれより玄勝と名乗るがよい。時岡玄勝じゃ。それと・・・その刀の銘は?」
「ただ、ゴシントウと。」
「うむ。ならば刀への名付けは蛇足じゃ。ゴシントウ。うむ。よき名じゃな。あわせておぬしを御神刀守として任命する。では時岡玄勝。今後も励めよ。」
「ははっ!」
秀忠公は機嫌よさそうにお付きの偉そうな武士に、「きっとあの刀は鬼も斬れるに違いない、いや、もしかしたら龍も斬れるかも」などと話しながら駕籠に乗り込んでいく。
まあ、普通に斬れると思うよ?
ま、これで時岡君の先祖がどうにかなることはあるまい。
さて・・・。そろそろ本格的に遷宮の支度に戻るとしようかな。
そして終わったらいよいよ明治大正だ。
◇ ◇ ◇
ゴシントウの試し切りから20年後
???(魔女)
久しぶりにこの国に来たが、野山の景色はあまり変わってはいない。
まるで故郷に戻ってきたかのような錯覚を覚える。
考えてみれば、あまりにも長く戦乱に身を置きすぎたか。
大陸では明が衰え、撫順攻略からサルフの戦い、寧遠の戦いを経てヌルハチが死に、朝鮮戦役を経て蒙古戦役と至った。
まあ、明が衰退した一因はちょっとした魔法を使った私にもあるのだけれども。
いや、ごめんって。六割くらいは私のせいだよ。
・・・あの魔法でとどめを刺さなければもう少し長く持ったか?
とにかく、やがて後金による半壊した北京への襲撃が行われ、彝族が四川で反乱を起こし、明はこれを鎮圧するも国力を大幅に失い、清の台頭へとつながっていく。
何百年も、何千年も戦乱の世に身を置いていたが、あの子の痕跡は全く見つからなかった。
いや、五千年までは数えたのだが、ユリアナの身体を失ったあたりから時間の流れがあやふやになってきた。
「それにしても・・ この国、すいぶんと歴史が長いわね?確か、私がかぐやと呼ばれていたころからだから・・・いや、稗田阿礼の身体を使っていたころのことを考えると・・・もう千年以上も同じ皇帝の血筋が国を治めているのね。」
ふと、四郎殿と東へ駆け落ちする原因となった天皇のことを考える。
女心がわからない朴念仁ではあったが、空覚に比べればはるかにましだったな、などとも思えた。
「あら?こんな街道も整備されているのね。中仙道とか言ったかしら。それにしても・・・平和な国だわ。」
今から1 4年ほど前に、明の王恭廠に絡んで結構な大失敗をしたせいで身体を失い、幽体のままあちらこちらをさ迷い歩いた挙句、大陸を南に下ったあたりで、紆余曲折を経て餓死した十歳くらいの日本人少女の身体を手に入れることができた。
この少女・・・お千代はアユタヤ日本人街の出身だ。
山田長政が十年ほど前に暗殺されたおかげでアユタヤ王朝(現在のタイ)に対する影響力を完全に失い、ほぼ同時期に幕府によって日本人の渡航と帰国を完全に禁止されたせいで完全に貿易相手を失って一家が路頭に迷い、とうとう餓死してしまったのだ。
せめてあと一日、早くこの娘と出会えていたなら、そのようなこともなかっただろうに。
だが、お千代の身体を手に入れて明に戻り、するべきことを終えた私は、ほんの少しだけ休むことにした。
それにしても・・・鎖国とは思い切ったことをしたものだ。
さほどにも大きくない島国でいながら、国民の出入りを止めても経済が持つのだろうか。
まあ、私には関係ない。
どうせ長距離跳躍魔法で移動できてしまうし、最近ではクロが使っていた空飛ぶ櫂を模したものを作れるようになったし。
まあ・・・箒だけどな。
「ええと、次は下諏訪宿か。・・・そういえば那須野の温泉はまだやっているかしら。それに、旅の途中で見つけたこれ・・・できたら彼女の子孫に渡したいのよね・・・。」
懐の中から巾着袋を取り出す。
その大きさに見合わぬ、一貫ほどの重さ。
そっと開き、中を確かめる。そこには、四枚の金貨が・・・。
表には二重の七芒星に櫂を重ねたかのような紋章と、裏には勿忘草をリボンで束ね、砂時計をあしらったかのような印がある、大きな、そして重い金貨が入っていた。




