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最終話 Re:今まで魔法が使えなかったのは

「――ロッシュ!」


 騎士服をローブ風に仕立てた制服。黒色のそれを着た魔法士が両手で受け皿を作り、ロッシュを待っていた。


「はい!」


 ロッシュは呼び声に答え、両手に飛び乗る。


 ぐ、と踏み込んだ一瞬、ロッシュは空へと打ち上げられた。高く、高く、風属性の魔法士の力も追い風となり、その空を統べるワイバーンへと迫る。


「――」


 王都より北西にある街道で、暗緑色の鱗を持つワイバーンの姿が確認された。周辺には町村が点在しており、放置すれば被害が出る可能性がある。


「ふ……ッ」


 曲がりなりにもワイバーンは竜の一種で、その他の生き物には脅威となりえる。でも、ロッシュはすでにワイバーンを討伐している。恐れおののく理由などどこにもない。


「シャーッ」


 鋭い牙を見せつけ、ワイバーンが威嚇をして迫りくる敵を真っ向から迎えうとうとした。


 本来だったら逃げる場面だ。自分よりも小さく、弱そうな敵に尻尾を巻いて逃げるなど屈辱だが、そう警鐘が鳴り響くほどには危険な状況であった。


 しかし、惹きつけられて離れられない。なぜなら、敵がまとうそれがおいしそうで、逃げようとするたびに本能が食べたいと叫ぶからだ。


「落ちろ!」


 ロッシュはワイバーンの瞳が揺れ動くのを見逃さない。血液の槌を風の勢いに任せて振りかぶった。


 短い悲鳴を漏らし、叩き落とされる。


 ワイバーンは硬い。打撃では致命的な一手にはならないが、今はそれでよかった。


「よしきた!」

「ひいっ」

「一瞬の隙も与えるなー!」


 目下、網を広げた魔物討伐ギルドの面々が落下してくるワイバーンを捕縛する。脳震盪を起こしているのか抵抗は弱々しく、速やかな拘束がなされた。


「お、っと……ありがとうございます」

「素晴らしい身のこなしだ。空中制御の姿勢も素晴らしい」


 打ち上げから着地まで補助してくれた風属性の魔法士に褒められ、ロッシュはくすぐったい気持ちになる。


 王都に戻ってから、ロッシュは魔物討伐ギルドにもすぐに復帰した。以前よりも風当たりが強くなるのではないかと不安もあったが、特に糾弾されることもなく。


 というのも、ヴァンサン家の魔物討伐ギルドは実力主義である。身分だけで評価されることがないため、高みを目指すものは他人を気にして驕っている暇などないのだ。


「総員、撤退の準備を!」


 がっちりと拘束されたワイバーンは荷台に積まれ、ギルドへと帰還した。帰ってはきたが、ワイバーンはここで降ろされるわけではない。


 これから、王城へと向かうのだ。


 今回捕獲したワイバーンは王城の魔物対策課の土地に住まわせることになっている。


 ヴァンサン家の魔物討伐ギルドが討伐した岩竜ソイルドラゴンを王家に献上する褒美として、ワイバーンを飼いならす試みと十分な脱走防止がなされた土地を借りる許可を得たとロッシュはあとから聞いた。


 今回、ヴァンサンへワイバーン討伐の依頼が来たのもそれが理由だ。


「カシアス兄さん! エリゼオ!」

「待ってたよ」

「楽しみですー」


 カシアスの手首には深く艶のある腕輪が輝いていた。


「はい、ロッシュの分です」

「ありがとうございます。話には聞いてましたが、実際にすると思うとどきどきします」

「怖いですか?」

「いえ、全く。そもそもあのワイバーンを落としたのは俺ですから」


 この胸の高鳴りは恐怖などではなく、高揚だ。


 ロッシュはカシアスと同様の腕輪を左腕につけた。


「それらは対になっています。ロッシュが魔力を流すと、カシアスさ……カシアスに魔力が、供給されます」


 カシアスを呼ぶ敬称がなくなっている。言い淀んでいるあたり、関係性が変わって苦労しているのだろう。


「一気に流すと暴発するかもしれないので、少しずつしてください」

「昔は、たまに魔力供給をしてたのでそこらの感覚はわかってます」

「それでも油断は、しないでください」


 ロッシュとカシアスは同時に頷いた。


「――」


 ワイバーンの調教は珍しく、王城にいた人たちが見物に来ていた。本来、飼いならすなら卵からだ。野生の、しかも大人のワイバーンを手懐けるなど前例はなく、怖いもの見たさに興味をそそられたのだろう。


「準備はいい? カシアス兄さん」

「いつでもいいよ、ロッシュ」


 ロッシュは全身から左手に魔力を集中させた。


「っ……ぅ」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。ちょっとくすぐったいっていうか……なんか、うん、くすぐったい感じがするね。でも、満たされる」


 カシアスは腕輪のついていない手を眺めた。


「じゃあ、行ってくる」


 ワイバーンは口輪がされ、暴れないように鎖で地面に貼りつけられている。近づいてくる人間を目に映すなり唸り声を上げるが、カシアスは恐れることなく冷たい鱗に触れた。


「――動くな」


 ワイバーンは凶暴性を失する。しん、と大人しくなったワイバーンに観衆が感嘆に声を漏らした。


 カシアスが振り返り、ぐ、と親指を立て、ロッシュも同様の仕草をする。


 しかし、大人しくなったとはいえそれは表面上だけで、あくまで魔法で押さえつけているだけだ。思考はそのまま、魔法を解けばまた凶暴な魔物へと戻り、それどころか傀儡化の魔法を使うカシアスのことを恨むだろう。


「――」


 そこで、さらにロッシュの出番である。


 ロッシュは魔力を供給したまま収納棚ストレージを開き、血液を取り出した。小さく丸めた血液をワイバーンの口元に飛ばす。


 再び、ロッシュとカシアスは頷き合う。


「……っ!?」


 我に返ったワイバーンは目を丸くし、けれど目と鼻の先にあるおいしそうな匂いを漂わせるそれに食いついた。


 口輪の僅かな隙間でも器用にぱくっとし、むしゃむしゃと咀嚼している。


「グル、ルゥ……」


 魔物にとって、ロッシュの血はよほど魅力的なのだろう。唸りには覇気がなく、戸惑いを隠せていない。


「弟の血をおいしそうに食べられるのは、複雑な心境だ……」


 言いながら、カシアスはワイバーンに触れる。


「そう? 俺は別になんとも思わないけど」

「はあ、少しは頓着してくれ。……動くな」


 不服そうに命令してもワイバーンは動きを止める。


「うん、いい子だね。言うことを聞いてくれたらもっと俺の血をあげるから、頑張ろうね」


 カシアスが魔法をかけて解き、褒美にロッシュが血液を与える。そうして、それを幾度と繰り返した。


 カシアスの言うことを聞けばおいしい餌が貰えると摺り込むことで躾をする。ゆくゆくは魔法を使わずとも服従させることが最終目標だ。


「カシアス兄さん」

「ん? 疲れた? 俺に魔力を供給したうえで魔法を使ってるから、そうだね。休憩しようか」

「いや、そうじゃなくて」


 本能と欲望の狭間で葛藤するワイバーンを前に、ロッシュはぽつりと言う。


「ずっと言えなかったから。たくさん、酷いこと言ってごめんね。俺が兄さんたちと比べられたように、兄さんだって俺と比べられてたはずなのに」

「――」

「兄さんは、悪くないよ」


 隣、息を呑む音が聞こえた。


「行き場のないやるせなさとか劣等感を、ぶつけやすい兄さんにただ押しつけてただけだった」

「ロッシュだけじゃないよ」


 被せるようにカシアスが口を開いた。


「俺も、周りから魔力が少ないって指をさされるたびにロッシュがいなければって思って、冷たい態度をとってた。ロッシュがいなくてもきっと俺は、今度はオスカー兄さんと比べられることはわかってたのに」

「うん」

「突き放したことをなかったことにして、謝りもせずに兄さんぶって……ごめん。俺のほうこそ、謝らなきゃいけなかった」

「じゃあ、どっちも悪くて、悪くないってことにしよう」

「そうだね」


 顔を見合わせ、くすりと笑った。


「ロッシュー! カシアスー! 調子は、どうですかー?」


 離れた位置からエリゼオの声が響いた。


「問題ありません」


 二人は腕輪をつけた手を掲げる。エリゼオは嬉しそうに笑い、手を振ってくれた。


「でも初日だから、今日はこれくらいで切り上げようか。あ、餌にロッシュの血でもかけてみる?」

「カシアス兄さん、遠慮がなくなったね?」

「ははっ。誰かに似てしまったのかもね」


 ロッシュはこれから、もっともっと強くなる。誰もが期待したように、今度こそ魔法士として輝かしい栄光の道を進むのだ。


「ロッシュ」


 それが例え、血に塗れた道であろうとロッシュは厭わない。


「帰りましょー」


 道中はきっと、孤独ではないから。


「――うん、帰ろう」


 横顔が燃えるような夕陽に照らされる。カシアスと肩を並べ、ロッシュはエリゼオの元へと向かった。


「――」


 魔法を見つけられなかったのは、宿った才能が特殊だったから。ポーションを飲んでいたから生じた結果では決してなく、家族のせいでも、自分のせいでも、誰のせいでもない。


「今まで魔法が使えなかったのは」


 紛れもなく、家族に愛されていたおかげだった。

ひとまず完結となります。最後までお読みいただきありがとうございました。

今後の更新は余裕があったらしたいと考えております。

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