37.魔獣
魔獣の首がガーデウスに絡みつく。ボーガ・ゴーマの長い二つの首が、一方でガーデウスの首、もう一方で金棒を握る右腕を締め上げる。
全身を覆う装甲が悲鳴を上げるたび、真悟も同じ痛みを味わっているような気がした。
ボガロは強い。単純な亜神の性能を比較するだけなら、あるいはそこまで差はないのかもしれない。だが亜神の操り方にかけては、やはり真悟はボガロより一段下に落ちるのは否めなかった。
ガーデウスの胸を突き刺そうとするボーガ・ゴーマの鉾の柄を掴み、押し返そうと力を振り絞った。
『お前にできるのはここまでだ、小僧。お前なんぞに利用されて、ガーデウスも悲しんでるだろうよ』
脳内にボガロの嘲笑が響いた。
『俺達亜神を冒涜し、あまつさえ俺達の戦いに首を突っ込んだ罰だ。このままガーデウスと共に死ね!』
『好きで関わったわけじゃない!』
突き出された鉾を無理矢理引っ張り軌道を反らしつつ、ガーデウスは体を捻った。左の脇腹をこするようにして鉾の先端が突き抜け、装甲を薄く切り裂く。勢い余って前のめりになるボガロの顔面に、ガーデウスは左のフックを叩きこんだ。
衝突音が空に突き抜ける。ボーガ・ゴーマのバランスが崩れ、よろめいてちょうどいい位置にきた。
『スティンガー・ストリーク!』
ガーデウスの両目から放たれた閃光が眼前で絡まり、光球を作ったかと思うと、次の瞬間太い光の束となって放たれた。
光線はボーガ・ゴーマの胴体に直撃し、エネルギーの本流が装甲に接触した瞬間、爆発を引き起こす。
ガーデウスを締め付けていた首の力が緩み、ガーデウスは首を掴んで振り払った。そのままたたららを踏んで後退したボーガ・ゴーマに、ガーデウスは両腕を突き出した。
『スレード・サイクロン!』
『チッ!』
両腕から放たれる二つの竜巻がボーガ・ゴーマに迫る。瞬間、ボーガ・ゴーマは鉾を大地に突き刺し、四肢を強く踏みしめた。
両肩の首が鎌首をもたげ、開いた顎に光球が膨れ上がる。吐き出された光球は鉾の先端にぶつかって弾け、雷光の壁を作り出した。エメラルドの結晶が壁に激突するとあっさりと砕け散り、放電と小爆発が花火のように周囲に散り広がった。
「くそ……!」
装甲車の助手席で二体の亜神を見上げながら、真悟は思わず毒づいた。ボーガ・ゴーマはガーデウスが得意とするカーニエン粒子の結晶化しての攻撃について、対処法を知り尽くしている。先程から色々な方法で攻撃をしかけているが、決定打を与える事がどうしてもできなかった。
手足の数で、近距離の殴り合いでは競り負ける。小技の応酬で傷をつける事はできるが、それはこちらも同程度にはつけられる。二つの体を同時に操作するという奇妙な感覚にも大分慣れてはきたが、このまま戦いを続ければ、地力の差が如実に現れてくる事だろう。隙を見つけて大技を直撃させる事でもできればいいが、言うだけならともかく、簡単にはいかない。
(ガーデウスにも従神があれば)
そんな考えが頭に浮かぶ。先ほど追いかけられた従神――ガーディが言うにはランダという名前らしかった――程度でも、相手の気を惹く程度の事には使えるだろう。とはいえ、この状況ではないものねだりだ。
「真悟!本当に大丈夫か!?」
後方から啓一が叫んだ。後部に設置された椅子に座り、手にはノートPCほどの大きさの端末を抱えている。
「こっちだって色々考えてるところなんだよ!いいからそっちの仕事してろって!」
焦る気持ちが漏れながらも真悟は言い返し、ガーデウスの操作に集中した。
啓一は軽く悪態をつきながらも、手元の端末の操作を再開した。装甲車の内部に備え付けられた端末を通じて、外部に取り付けられた機関銃の操作軸が回転した。前方五十メートルほど先に現れた五匹のタスカー達に銃口を向けて、乱暴に火を吹いた。直撃を受けたタスカーはあっさりと引き裂かれ、致命傷を負わなかった残りの群れは警戒し、泣きながら逃げていく。
「リテル、右から来てる! 近いよ!」
「わかった!」
リテラの指示で、リテルも同じ形の端末の操作を開始した。啓一が操作したものとは別の銃が稼動し、建物の陰に隠れて近寄ろうとしていたタスカーに向けて二発連射する。
弾丸は雨のように散らばって飛び、タスカーに直撃した。鉛弾の代わりに込められた圧電結晶の散弾は触れた相手に対して一気に放電を開始し、タスカーは全身を痙攣させて倒れ、動かなくなった。
先日ルーターが現れた際に、ルーターは神谷市に置かれていた装甲車の強化を提案した。カルラの整備スペースを縮小し、車外には中~遠距離を相手にする二門の機関銃と、近距離の相手の鎮圧用に散弾銃を可動式にして設置し、車内から操作ができるように改造したのだ。
ルーターの言としては、このカーマ・ガタラでまともに動く車両は貴重だし、戦いに利用できそうなものは全て使いたいとの事だったが、真意は自分だけが装備を吐き出すのではなく、同盟の相手にも出すものは出してもらいたかったのかもしれない。
ともかく、たった一晩でこの車はルーターの部下により改造整備され、ある程度の戦闘ならば可能となった。皆がこれに乗り、カルラを着た葵と亜神のガーディが周囲を警戒し、撃ち漏らした相手は啓一とリテルが対応する。この陣形を作る事で、真悟は亜神での戦いに専念する事ができた。
運転手の彰子が、リテラの指示を受けてゆっくりと車を走らせる。背の高い家が立ち並ぶここでは、どこで敵に囲まれるか分からない。
ボガロの軍団とレジスタンスの争いは、ややレジスタンスが優勢となっていた。ルーターの提供した装備はどれも優秀で、タスカーという生物兵器の優位を押し返して余りあるものだった。
人同士の戦いは十分に勝ち目はある。だが亜神の戦い、これが上手くいかない。
(俺がなんとかしないと、全部駄目になる)
焦りと不安が心の奥底からどんどん染み出していく。このまま戦い続ける事が果たして正しい選択なのか分からなかった。
「ねえ、馬上くん」
彰子が不意に呟き、真悟は我に帰った。気付くと周囲には誰もおらず、銃声もどこか遠くから聞こえていた。彰子があまり人のいない所に車を動かしたらしい。
「もし私達が地球に戻る事ができて、これまで起こった事を話したら、みんななんて思うんだろうね?いきなり異世界に飛ばされて、巨大なロボットと宇宙人が集められた龍の背中で、ロボット同士の殺し合いに巻き込まれたんだ、なんて。誰も信じてくれないよね」
「ですね。でも今は」
「うん、今言う話じゃないかもしれないけど、聞いて。あたし、地球に戻ったら本を書くつもりなんだ。ここで何があったか、どんなことがあったか。誰がどんな風に生きてたのか。でもあたしが言うだけじゃ、誰も信じてくれないでしょ?だからさ、君にも証言してもらいたいわけ。あたしが書いてる事が全部本当の事だって」
真悟は運転席を向いた。彰子の顔には不安と緊張が詰まっていたが、それ以上に強さを感じさせる微笑みがあった。
「みんなで帰ろう。絶対。そしたら本の印税で焼肉くらいはおごってあげるからさ。頑張って!」
「先輩、俺も連れてってくださいよ!」
「当然!」
車内の騒ぎに、真悟も釣られて笑みを浮かべた。この友人たちの為なら、何でもできる気がした。
このままやられてたまるか。気持ちを強く持ち、打開策を考える。
ふと、フロントガラスの向こう、石壁と瓦礫ばかりの光景の中に、奇妙な影が一瞬写り、消えた。
真悟の全身に汗が吹き出た。背筋に氷柱が突き刺さった気分だった。あの影が何者か、見間違えるはずはない。
「先輩! 車を出して! ここから逃げてください!」
「え……?」
反応を待っていられなくて、真悟は彰子に飛び掛った。もがく彰子の脇に腕を突っ込み、体を抱きかかえるようにして無理やり座席から引っこ抜く。
悲鳴を聞きながら運転席から離れ、後部の整備スペースに入った瞬間、空から巨大な何かがボンネットを落ち、フロントガラスを割った。
蜘蛛の巣状にひび割れたフロントガラスに影は腕を突っ込み、ガラスを引っぺがして大きく穴を作る。運転手を失った車がエンジンブレーキで減速しながら、不安定に揺れた。
影は長い腕でハンドルを握った。鋭い爪と節くれだった金属の指が、真悟達をからかい、弄ぶようにハンドルを動かす度に、真悟達の体が揺れた。
ボンネットの上を這うようにして、影が顔を見せた。
「よう。お仲間が増えたみたいだな、小僧」
「ボガロ!」
先ほどの状況認識の間違いを真悟は悟った。周囲から敵が離れていったのではない。ボガロが邪魔な敵を殺し、味方はボガロの邪魔をしないように離れた結果、一種の空白地帯が生まれたのだ。
ボガロがいつにも増して、凶悪な笑みを浮かべた。




