38.決着
「この野郎!」
啓一が座席からすばやく立ち上がり、ガーディの杖を構えて引き金を引く。光の矢を一発、二発と放たれるが、ボガロは蹲踞の体勢のままボンネットの上で踊るように交わし、矢ははるか遠くの家を吹き飛ばすに終わった。
三発目を放つ前に、ボガロは巨体に似合わぬ素早さで屋根の上に上がり、姿を消した。
迷走する装甲車の屋根の上を、ボガロが乱暴に這う音が聞こえた。音が屋根の中央までくると、金属が折れ、ちぎれる音が続けて聞こえてくる。
車に設置された銃器を、ボガロが折り破壊したのだ。
突然起きた状況に、皆がパニック寸前だった。車のコントロールを取り戻そうと真悟が運転席に向かったところで、車が大きく揺れた。右から左へ、勢いよく車が傾いていく。
ボガロの強力によって数トンはある装甲車は一気に横転した。車内の皆が思い思いの悲鳴を上げながら、天地逆となった車は滑り、そのまま十数メートル進んだところでようやく止まった。
液晶がひび割れた端末や、筋電装甲用の整備部品が文字通りひっくり返したように飛び散った車内で、真悟は痛みに呻き声をあげた。
全身が擦り傷と打撲の被害を痛みで訴える。こらえきれずに涙がにじんだ。
「みんな……?」
体を起こしながら声をかけるが、返答はなかった。皆倒れたまま、体を起こす事もできない状況だった。呻き声をあげたり、呼吸で胸が動いているのが見えて、怪我はともかく、皆生きていることに安心する。
なんとか起き上がろうとしたところで、社外から何かが叩きつけられる音がした。
後部ハッチが不快な音を立てながら、外側に曲がり、開いていった。開いた先にいた魔獣の全身を包む金属の鱗が、太陽の光を浴びて禍々しく輝いた。
「なんだなんだ、まだ全員生きていたのか。存外しぶといな、地球人」
ボガロの鋭い爪が、床となった車の天井に傷を作る。身を屈めながら入ってきたボガロの耳元まで避けた牙が酷く禍々しかった。
完全に想定外だった。ボーガ・ゴーマを動かしている状態で動き回り、真悟達に狙いを定めて攻撃を開始するなど、真悟には思いもよらなかった。真悟もガーデウスを使いながら会話くらいは可能だが、ここまで激しい動きを同時に行うのは難しい。必ずどちらかがおざなりになり、動きが鈍ってしまう。
「通常体と戦闘体、二つを同時に使いこなすのが亜神同士の戦いの肝だぜ。覚えておきな」
真悟の心を読んだように、ボガロが自慢げに言った。そのまままっすぐ真悟に近づくと、真悟の首を掴んで片手で抱えあげた。
「くそ……!」
首を掴む手の指を両手で掴み、必死にふりほどこうと引っ張るが、まともに動きはしなかった。
それでもどうにかしようともがくと、一瞬でボガロの顔に凶暴な影が見えた。
「おい、俺の許可なく、俺に触るんじゃねえよ」
虫を追い払うように雑に腕を振りまわして、ボガロは真悟を放り投げた。後部ハッチから外にまっすぐ飛び、真悟の体は地面に転がった。無数の砂粒が全身に突き刺さり、肌を引き裂く。地面との激突の衝撃に、全身が痛みを訴える。気を抜くと泣き叫びそうになりながら、だが脳だけは酷くすっきりしていた。肉体的にも精神的にも危機に直面したこの状況で、何とか生き延びようとしている脳内麻薬が大量に吐き出されているのかもしれない。
「お前の存在そのものが、俺達を馬鹿にしているんだよ」
肩をいからせながら、ボガロは大股で真悟に向かって歩を進めてくる。真悟を睨みつけるその目には、いつもの傲慢さや嘲りだけではない、怒りの暗く鈍い輝きがあった。
なんとかして迎撃しなくてはならない。真悟は杖を転送しようと胸元で両手を合わせた。それに気付いたボガロが、一気に走って距離を詰める。
転送した杖を真悟が握った瞬間、ボガロの巨大な足が広がり、真悟の胸元を杖と腕をまとめて踏みつけた。体を踏みつぶされるかと思う程の重圧に骨がきしんだ。
「驚いたぜ。そんな事もできるようになっていたのか」
ボガロの声は冷たく冷静で、それだけに恐怖を感じさせた。
「今お前がやった量子転送も、戦闘体も、俺達亜神にのみ許された力なんだ。わかるか? それをお前のような脆い蛋白質の塊がかすめ取ろうとしてやがる」
「く、くそ……っ!」
「今確信したぜ。お前の存在を許しておくわけにはいかねえ。例えお前の神がお前の存在を許したんだとしても、俺が許さん。ここでは俺が全ての神だ」
ボガロが軽く力をこめると、五本の足指から生えた鎌のような鉤爪が真悟の胸と腹にゆっくりと刺さっていく。皮が裂かれ、心臓が脈打つ度に刃がゆっくりと入っていき、熱と激痛になって血と共に脳を刺激する。
気づかない内に、真悟は絶叫していた。人生で初めて味わう、戦いの激痛だった。
ボガロは真悟の痛みに対する反応を、面白そうに見下ろしていた。
耐え難い痛みの中、真悟の胸に怒りが渦巻いた。亜神がたとえ何であるにしても、真悟の目に映るボガロの姿が、とても人より優れた種であるとは、真悟には思えなかった。
ボガロの向こうに見える空に、ガーデウスの姿があった。痛みに翻弄される真悟の意識の影響で、その動きは見るからに悪くなっている。
振り下ろした金棒をやすやすとかわされて、ガードの開いた肩にボーガ・ゴーマの鉾が突き刺さった。ガーデウスの装甲がついに貫かれ、その一撃でガーデウスが金棒を落とす。後ろ足を軸にしての両前足の蹴りが、ガーデウスの胸に叩き込まれた。吹き飛び倒れたガーデウスの胸部装甲に、先ほどの前足の爪の傷に鉾の傷、様々な武器で切り裂かれた無残な傷跡が見えた。
「どうやら、向こうの戦いもそろそろ終わりだな」
ボガロは二体の巨人を見やると、皮肉げに笑った。
「祭りが終わる時ってのはいつも物悲しいもんだな。これで亜神はまた一体消える。そして、ガーデウスは俺のものだ」
目を細めたボガロは、遠い過去を追憶しているようだった。その瞳の先に映るのは果たして何なのか。戦いだけの修羅界か、他者を殺し、破壊し、奪う地獄以外にはありえないだろうに、彼にとってはそれはひどく懐かしいものなのだろうか。
真悟にはわからなかった。
ボガロは軽く鼻を鳴らして真悟を見下ろした。
「どうだ、最期に何か言いたい事はあるか?」
「……こんな、ところに……、来るべきじゃ、なかった……」
息も絶え絶えな真悟の言葉に、ボガロは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そうさ! お前はこんな所に来るべきじゃなかった!」
「違う、俺の事じゃない……。あんたの、ことさ」
「何……?」
ボガロが眉を寄せた瞬間、銀の影が疾風のごとく駆け寄った。
ボガロが反応するよりも早く、影はボガロにとびかかった。繰り出された長い腕をすり抜けて接近し、ガーディの鋭い牙がボガロの首筋に突き刺さった。
「がッ! き、貴様ァ!」
怒りと驚きが入り混じった苦悶の叫びを上げながら、ボガロは真悟の胸から足を離し、たたらを踏んで後退した。体を振り回してガーディをふりほどこうともがき、その度に首筋から漏れた青い液体が周囲に飛び散った。亜神の身体機能を調整する為に体内を流れるナノマシン溶液に、ガーディの顔とボガロの体が青に濡れて輝いている。
その隙に、真悟は転がるようにして二体から離れた。片膝立ちで体を起こし、ふらつきながらも杖を構える。合図を送るとガーディは反応し、ボガロを踏み台にして再度跳んだ。
ガーディが回転しながら宙を舞うと同時に、真悟は杖の引き金を引いた。放たれた光の矢はボガロの右肩口に突き刺さった。
爆発の閃光が真悟の視界いっぱいに広がる。衝撃を両手で顔を覆うようにして耐えていると、真悟の右隣にガーディが綺麗に着地した。
「よく頑張ったな、真悟」
「へへ……」
真悟は苦しみながらも、ガーディに笑顔を見せた。ボガロが襲撃してきた際に、真悟はすぐにガーディに連絡を取った。できるだけボガロを惹きつけ、注意を向けさせるようにして、ガーディの到着を待つ作戦以外に、真悟に取る手段はなかった。結果として、かなり際どかったが、今回の真悟の賭けは成功したといってよかった。
閃光が消えた時、ボガロは先ほどいた場所から数メートル飛ばされ、うつ伏せに倒れていた。右肩を押さえる左手は青い液体に濡れている。
ボガロと真悟達の間に、頭上から風を切って何かが落ちてきた。濃緑色の鱗に包まれたボガロの腕が、地面にぶつかって跳ねた。杖が放った閃光はボガロの装甲と内部機構を破壊し、腕を切断したのだった。
「てめェ、らァ……!」
地獄の底から響くようなボガロの声だった。対するガーディの言葉は憎たらしさすら覚える程に冷静だった。
「確かに真悟の言う通り、お前はここに来るべきではなかった。塔でボーガ・ゴーマを操っていた方がずっと勝率は高かったよ。少なくとも、私にかみつかれたり、腕を吹き飛ばされたりする事はなかったな」
数分前には予想もしていなかった屈辱に、ボガロの顔が凶相に歪んだ。
「上等だァ……! こっからは本気だ、たかだか腕一本吹っ飛んだくらいで、てめえら二人が俺に勝てると思うなよ」
「こちらとしても、我々二人で勝つつもりはない。実を言うとこうやって話しているのも、単にこちらに注意をそらさせる為なんだ」
ガーディの言葉の意味にボガロが気付くより早く、真悟はガーデウスへの命令を完了していた。
倒れていたガーデウスの瞳から閃光が放たれる。スティンガー・ストリークをボーガ・ゴーマは両腕で防ぐが、その間にガーデウスはまだ動く左腕に、エメラルドの結晶を構築していた。
『ファントム・ハンド!』
『小細工を! いい加減無駄だと悟れ!』
ボーガ・ゴーマの罵りを無視して、ガーデウスはファントム・ハンドを射出した。ボーガ・ゴーマの肩の首が迎撃に動く。だがボーガ・ゴーマの考えとは違って、結晶はあらぬ方向へと高速で飛び去っていった。
ボガロが拍子抜けしたように顔をゆがめたが、言葉を発する前に目的に気付き、固まった。ボーガ・ゴーマに結晶を破壊させる為に鉾を向けようとしたところで、立ち上がったガーデウスが体当たりを仕掛けた。超重量級の衝撃に、ボーガ・ゴーマの巨体が宙に浮く。石の塔を足にひっかけ、バランスを崩して倒れた時には、結晶は宙で軌道を変え、目標ーーボガロに向けて急降下していた。
「畜生ォーッ!」
真悟達に向かって飛び掛かるボガロを、上空から飛来したエメラルドの手が握りつぶし、急激に上昇して飛び立った。高速で戦場を通り過ぎ、進行方向にある家や枯れた木々を粉砕しながら、拳はボガロを掴んだまま、彼方へと飛んでいった。
間髪入れず、真悟はガーデウスに命令を下した。ボガロの命令を失い動きの鈍るボーガ・ゴーマに向かい、ガーデウスは仁王立ちになり、両脇を締めて胸を張って構えた。傷だらけの胸部と肩部の装甲が展開し、金棒や杖についているものと同じ、紅の宝玉が姿を現す。
『シグマ・ストーム!』
体内のカーニエン粒子を急速に反応させ、大量のエネルギーが宝玉に集中する。次の瞬間、放たれたエメラルドに輝くエネルギーの塊が、ボーガ・ゴーマを食い尽くした。破壊的なエネルギーの本流がボーガ・ゴーマの装甲を溶かし、内部の機械を砕き、すべてを吹き飛ばしていく。
エメラルドの光が消え去った時、ボーガ・ゴーマの左半身は跡形もなく破壊され、えぐり取られたように消え去っていた。
誰もが声を上げなかった。一瞬この戦場から音が消えた気すらした。
この地に君臨してきた王が破れ、死んだ姿を、皆が理解できずに思考を停止してしまったようだった。
ボーガ・ゴーマの残った右腕と右肩の首が何かを探すように一度空をかいた。それが最後だった。右半身はバランスを崩し、ゆっくりと倒れていった。石を砕いて轟音を上げ、砂埃を巻き上げた後、ボーガ・ゴーマが完全に動かなくなったのを見た人々は、次の瞬間、あちこちで勝利の歓声を上げた。
痛みと疲労でふらつく真悟の頭にも、歓声は心地よく響いた。
「やった……!」
「お見事。いい戦いだった」
ガーディに会心の笑みを浮かべて応えて、真悟はガーデウスを見上げた。
戦いに勝ち、人々を見下ろすガーデウスの姿は雄大で力強く、まさに鋼の神と呼ぶにふさわしい神々しさがあった。




