とある女子学生
私の名前はセレス・フォン・マクラーレンと申します。エリオット王国の東部に位置する、ロレンツォ地方を治めるマクラーレン伯爵家の長女でございます。
エリオット王立魔法学院には、魔法が将来的に領地で役に立つと考え、入学いたしました。成績は上の中。そこそこ良い成績を収めていると自負しております。
そんな私が在籍しているクラスには学院一の有名人がいらっしゃいます。
その名もアルフォンス・フォン・ウォークレイ様。
ウォークレイ公爵家の次期ご当主様にして、魔導具作りの天才と呼ばれているお方です。アルフォンス様が作り出す画期的な魔導具の数々は、魔導具界の歴史を十年は進めたと言われております。しかし、アルフォンス様が有名となっているのには、何もその肩書きだけが理由ではありません。無論、肩書きも理由の一つではありますが、それ以上に、アルフォンス様の持つ容貌が大きな部分を占めております。
アルフォンス様を語る上で絶対に外せない話題が、まるで天上人が舞い降りてきたかのような、その麗しい容貌です。穢れを知らない真っ白なお御髪に、ルビーのように……いえ、ルビーよりも美しい赤い瞳。そして、顔の各パーツは計算され尽くした黄金配置で、完璧なまでに整った顔立ちをされております。その類稀な容貌は、神様や天使様だと言われても納得できてしまうほどです。
……万が一。いえ、億が一でも、そのお御髪に触れる機会があり、匂いを嗅ぐことができたなら。その綺麗な白い肌に触れ、感触を確かめることができたなら。それらができたなら、どんなに満たされ、そして癒されることでしょうか………。グヘヘ。想像しただけでヤバいです。思わず鼻血が……っていけません! こんなことを考えてしまっては!
こほん。えーはい。まぁそんな訳で、アルフォンス様に憧れや好意といった好感情を抱かない学生は、少なくとも女子学生にはおりません。もし、そんな女子学生がいたとしたら、その方の目はおそらく腐っていらっしゃるのでしょう。そんな時は、アルフォンス様の魅力について小一時間ほどご教授して差し上げる腹積もりです。目が腐っていようとも、耳は聞こえるでしょうから。しかし、それでも理解されないようでしたら、それはもう仕方がありません。
ゴブリンの耳に説法。いくらアルフォンス様の魅力を説こうとも、それを理解できるだけの頭を持たなければ意味などないのです。そして、そのような方は学院になど必要ありません。持てる権力の全てを以て学院を去っていただきましょう。ふふふふふふ。……まぁ、未だにそのような方と会ったことがございませんので、実行したことはありませんが。
話を戻しましょう。そんなアルフォンス様に、付いたあだ名は”月の女神様“。アルフォンス様は男性ですけれど、学院で美しいと言われている女性よりも数段勝っている美貌は、まさしく女神様の名を冠するに相応しいでしょう。異論は一切認めません。
そんな事情から、アルフォンス様のお顔は、おそれ多くて直視することができません。たまに私たちクラスメートに話しかけてくださることはございますが、話しかけられた誰もがお顔を直視できず、つい下を向いてしまいます。私も以前、一度だけ言葉を交わしたことがございますが、お顔を直視することができませんでした。
美形の殿方のお顔は、いつまでも見ていたいと思うものらしいですが、美形すぎると、却って直視できないものなのです。
そんなアルフォンス様には、非公認のファンクラブというものがございます。その名も“月の女神様を愛でる会”。略して“月愛会”。私も当然、その会員で会員番号は001。つまり私が会長です。ファンクラブはアルフォンス様が入学された日の放課後に有志の友人と創立し、初日にクラスメート全員を掌握。他学年でも女子学生を始め、男子学生も多く会員となっております。
創立から一年が経過した現在も、ジワジワとその規模を拡大している真っ最中で、その影響力は日に日に増しております。つい先日も、学院の最大勢力である生徒会が会長にして、エリオット王国の第二王女であらせられるキャスリン様も会員になられました。
そんなファンクラブには三つの理念がございます。
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一つ、話しかけるべからず
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二つ、自ら触れるべからず
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三つ、危険は排除すべし
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これはファンクラブ会員にとって学院の規則以上に重要なルールです。万が一破ろうものなら、私を除いた会員番号一桁の会員から構成される異端審問官によって拘束され、異端審問会にかけられるのです。
最近では、会員番号015の方がアルフォンス様に、幾度もボディータッチしたことを理由に、異端審問官によって拘束され、異端審問会にかけられるということがございました。私も陪審員として、それに参加し、有罪意見を支持いたしました。
結果は満場一致で有罪。女子学生には罰として、アルフォンス様の写真を全て没収させていただきました。女子学生は「それだけはッ! それだけはどうかご勘弁をッ!!!」と頭を垂れて慈悲を乞いましたが、全員で一蹴してやりました。ボディータッチの罪は山よりも高く、海よりも深いのです。
……私だって血の涙を流しながら色々と我慢しているのです。一人だけ良い思いをするなんて許せません。というわけで、女子学生には、この言葉を送るといたしましょう。
ざまぁーみろ! 異端者が!
……こほん。とにもかくにも、理念を破ると大変なこと、具体的には、その罪の程度に応じて、アルフォンス様関連の物品を没収されるのです。ファンクラブの会員にとって、アルフォンス様に関連したものを没収されることは身を切られることよりも辛いことです。
おっと、没収されたことを想像しただけで胸を締め付けられる思いがしました。これからも、そうならないよう気を付けねばなりませんね。
また、理念にはございませんが、ファンクラブ会員には不文律の掟がございます。それは、アルフォンス様がご登校された日は、食堂のとある窓際の席を死守するということです。
アルフォンス様はお食事の際、食堂のとある席に必ずお座りになられます。アルフォンス様は、その席から覗める庭園が大層お気に召していらっしゃるご様子なのです。
ならば! ファンクラブ会員としては万難を排してでもその席を死守する必要があります! それが私たちに与えられた使命……いえ、天命でしょう!
しかし、それらのことはアルフォンス様に悟られてはなりません。我々はあくまで、陰ながら見、そして手助けするだけで良いのです。
さて。それでは今日も食堂の席を死守することといたしましょう!
私はチャイムが鳴ると同時に、ファンクラブの同士と教室を後にし、席の死守に向かいました。
結果? 言うまでもなく成功です。畏れ多くも座ろうとしていた男子学生を同士で囲い込み、全員で冷たい目で睨み付けてやりました。男子学生は涙目になって食堂から逃走いたしました。私たちの完全勝利です。
そして、その後すぐに、アルフォンス様は妹君と麗人の騎士様と談笑しながら食堂へと姿をお見せになられました。
えっ? 妹君と麗人の騎士様が仲良さげにしているのはいいのかって? ええ。彼女たちは例外です。彼女たちが近くにいるだけで、より絵になりますから。
彼女たちとお話になっている時に見せるその笑顔といったら! それはもう垂涎ものなのです! 見ているだけで幸せな気持ちになるのです!
さて! 今日の放課後は月愛会の月例報告会ですね! いい写真があることを願うばかりです!
月愛会の月例報告会内容
・その月におけるアルフォンスの行動についての報告
・危険人物のリストアップ
・写真の即売会