②
「ユニっ、ユニったら」
耳元で叫ぶようにして名前を呼ばれ、ユニははっと我に返った。
「えっと……、あれ?」
「もぉ、しっかりしてよね。もう、放課後よ。あんたがぼぅっとしている間に、ホームルームも何もかも終わったのよ」
訝しがるかの視線を向けられて周囲を見回せば、何時の間にか教室の人口密度が随分と下がっていることを知る。時計を見ても、言われた通り放課後だと言える時間帯に突入していた。
がらんとし、とうとうユニと二人だけになった教室の中で、彼女――狩屋恵は腕を組んで溜息を吐いた。
「本当、あんたって地味で目立たないのにたまに変なことをしでかすわよね」
他の人が聞いたら失礼だと思う言葉ではあるが、こういう発言をされるのは何時ものことだ。既に慣れてしまっているユニは軽く小首を傾げる。
「そうかな?」
「そうよ。絶対に変」
「絶対に?」
「えぇ、だってあんたって、何もかもが普通なんだもの。それなのに、天然としか思えないことをしでかすもんだから、あたしは何時でも冷や冷やよ」
「えっと、ごめんね?」
彼女のその言葉の通り、ユニのことを一言で表すのだとしたら、何処にでも居るような人物と言えるだろう。
特に何かに突出したところもなく、顔立ちも背丈も体重も、それから性格や思考までもが何もかもがまるで造られたかのようにして平均的。学校指定のセーラー服が誂えたみたいにピッタリとしているが、それでも似合うようでそうでないような、影が薄くて不安定なような、そんな妙に曖昧な印象を見る者に与えるである。
「ほら、いつまでもぼぅっとしてんな」
「痛っ」
すぱんと小気味良い音が立ちそうな風に後頭部を叩かれ、ユニは涙目で恵を睨む。友人はカラカラと豪快に笑っただけだった。
「さっさと帰るわよ。こんな場所、何時まで居たって時間の浪費だもの」
「こんな場所?」
「教室よ、教室。何時まで居たって何もないでしょうが。と、いうより学校そのものもそうね」
「あれ? 恵って学校嫌いだったっけ?」
何となしに聞いてみると、恵はげぇっと顔を顰めた。ユニとはまるで違い、随分と人受けする顔立ちをしているというのに、それがあっさりと崩される。
「当たり前じゃない。勉強を好んでする奴なんて、おかしいわ。その感覚はあたしには一生理解できないわ」
「そんなハッキリと言わなくっても」
「言うわよ、ハッキリと」
「けど、恵は勉強できるから良いじゃない」
そう、こんなことを言ってはいるが、平均点しか取れないユニに比べて常に学年トップを恵は取り続けている。他人に言わせると頭が良いらしいが、本人は陰で十分努力しているのだ。だから、恵は勉強ができるのである。
「まぁた、微妙な良い方をするわよね」
「頭が良いって言われる方が良い?」
「まさか。あんたの言い方の方が素敵よ」
さっ、帰るわよと差し出された手を握る。
「痛っ」
その瞬間に恵は反射的といえる速さで手を離した。
びっくり、否、ぎくりとしてその手を見る。
「ごめん」
驚いて思わず謝ると、「いいって、いいって」と改めて手を差し出された。
「相変わらずだよね、ユニの静電気体質。昔からそう、変わらないわよね」
そう言って恵はからりと笑んだ。
「本当、何でだろう?」
「さぁ? 本当に不思議よね」