第14話 人材
翌朝。
公爵邸の食堂に、十人ほどの使用人が並ぶ。
レオナールを通じて集めてもらった、読み書きができ、事務作業ができそうな使用人たちだ。
「よしっ! じゃあ始めますよ!」
クラリスがパンパンと手を叩きながら、使用人たちの前に立つ。
「クラリス様、気合い入ってますね」
「……昨日、散々だったからな」
後ろでつぶやくメイとレオナール。
――アネッサ様への反撃のためにも、まずは人材確保! メイとカールと私だけじゃ何もできないからね。
事務仕事を手伝う使用人を選ぶための集まり。本来レオナールが仕切るべき場だったが、今朝はクラリスの気合が違った。レオナールも見守る形で任せている。
この屋敷には住み込みの使用人が三十名ほど、通いの者が四十名ほどもいた。通いの者は連日の出勤でない者も多いが、他に衛士もいるため相当な人数を抱えている。
「皆さんの中で、今、読み書きをあまり使わないお仕事をしている方、いたら手を挙げてください。その能力を活かしたいの」
クラリスの質問に、三名が手を挙げる。
二人は、クラリスの知っている顔だった。エイルと侍女長だ。
もう一人はレオナールよりは年上だろうか、男性だ。
男性にしては長い茶色の髪を後ろに結び、にやけた表情をしている。
「エイルと、侍女長と……あなたは、厨房で会ったことがあるわね」
「そうですね。シェフ見習いのオットーです」
「そうね、あの夜、世話になったわね」
クラリスの言葉には些かのトゲが含まれていた。メインディッシュを抜かれ、パンを取りに行った時に初めて見た顔だったからだ。
オットーに続き、侍女長も一瞥するクラリス。
「いやぁ……あれはどうも、すみません。言い訳みたいですが俺は関わってないんですよ。まだ皮むきや皿洗いくらいしかやってないんで」
「いいわ、どうせホーディンクの指示でしょうから。それよりあなた、いい歳みたいだけれど、見習いということは最近入ったの?」
「ええ、半年ほど前ですかね」
「そう……じゃあ、一人ずつ面接したいと思います。レオナール様、よろしいですね」
「ああ、わかった」
二人は別室に移り、まずエイルを呼ぶ。
「エイル、あなた読み書きもできるのね。計算もできる?」
「はい、計算は……できますが、得意というほどでは」
「そう。でも読み書き計算できるだけで助かるわ。合格よ」
クラリスは、エイルについては初めから合格させようと思っていた。この屋敷において、味方として安心できる者が貴重だからであった。
「それで……オットーについて聞きたいの。私、彼を知らないから。どういう人? ズバリ、ホーディンク派だった?」
「え、ええと……私もそこまで親しいわけではありませんが、悪い人ではないと思います。ホーディンクさんとの関係は分かりませんが、特に親しいという感じではなかったです。侍女長とか、料理長とか、ホーディンクさんと親しいというとそういった人たちかと思います」
――あからさまな「あっち側」ではないということね。
ホーディンクはアネッサと繋がっている。つまりは敵側ということだ。
「君は、騎士家の出だったね。書類仕事みたいなことに抵抗はない?」
レオナールも質問をする。
「はい、父は騎士学校で教鞭を取っております。お役目は、ご用命とあれば」
「そうか、だから読み書きや計算も教えてもらったんだね」
「はい、父から学びました」
「ありがとう、エイル。じゃあ次はオットーね」
エイルを帰し、オットーを呼ぶ。
部屋に入ってきたオットーは、両手を広げやや芝居がかったポーズをする。
「それで? 俺は何を答えれば良いんですか?」
オットーは、それが素なのか、表情だけでなく言動すべてから人を食ったような印象を与えてくる。
「率直に聞きます。あなたはなんのためにこのアーヴィング公爵家で働いているの?」
「なんのため? それは、どういう意味で聞いているんですかね?」
オットーの顔が真顔になり、眉間に皺が寄る。
「あなた、これまで料理人でもなかったのでしょう。なのに料理人見習いとしてここにいる。なぜ? 料理人に鞍替えしたいだけなら公爵家でなくても良いでしょうに」
――それに、お金が目的なら、読み書きを活かした方が稼げるでしょうからね。なんて答えるかしら。
オットーはもとのニヤケ顔に戻る。
「あー、俺は元々、根無草なんですよ。ずっと旅をしていました。落ち着こうと思ってこの王都で住み込みでやれる仕事を探した。そうしたら見つかったのがこの仕事だった、それだけです」
「では、料理人でなくとも、書類仕事でも良いということなの?」
「ええ、それなりの金が貰えて、住処もあるなら構わないですよ。この家は使用人の部屋もすこぶる良いし、文句なんてないですぜ」
――なにか、こう、信用できないのよね……。
「オットー、君は旅をしていたというけれど、どんな旅だい? 目的は?」
「ああ、それは……まあ、色々です」
「言いたくないなら、別に構わないよ」
「目的なんてほどのもんがなかっただけです。若気の至りってやつですかね」
肩をすくめるオットー。
「計算は得意なの?」
「どのくらいから得意って言うかわかりませんがね、まあ一通りは。読み書き計算は旅人には必需品ですからね」
「それらはどちらで学んだの?」
「自然と……必要にかられてってやつですわ」
「そう……わかったわ。ありがとう」
――はぐらかしているのか、そうでないのか。
クラリスはオットーを怪しむ。読み書き計算ができるのなら貴重な人材だが、この男に任せる仕事は限定する必要があると判断した。
「ああ、最後に。君はどこの家の出だい?」
「いやぁ、そんな家名があるような者じゃありませんよ。旅の流れ者です」
「……そうか」
レオナールは納得が行っていないようだったが、追及しても仕方がないと話を終わらせる。
「オットー、ありがとう。任せる内容は追って伝えるわ」
「もう良いんですか? わかりました」
オットーが退出する。
次は侍女長の番だ。
「クラリス、侍女長はホーディンクの右腕だ。今回の件には加えないよね?」
「いいえ、ぜひ一緒に働いていただきましょう?」
「ええっ?」
――尻尾、掴まなきゃね。
「考えがあります。一旦、引き入れましょう」
ドアがノックされ、侍女長が入ってくる。
足早に二人の前に立ち、メガネを少し直すと、ピシッとした立ち姿になる。
「侍女長を務めるマチルダ・ロレンツです。私は読み書きは当然できますが、侍女を取りまとめる立場。それどころか今は執事がああなってしまった手前、使用人全てを見ております。新たなお役目は難しいでしょう」
開口一番、淡々と話す侍女長ことマチルダ。
「マチルダさん、ええ、大変なお役目ご苦労様です。侍女長って読み書きはあまり使わないものなの?」
クラリスは笑顔を返す。
「ええ、口頭での指示が主です。書類仕事は執事殿らに任せておりました。では、私はこれで。仕事がございますので」
「ちょっと待って。それだけの仕事ができるあなただから、お願いしたいの。こちらの仕事を手伝ってくださらない?」
「……私を、ですか。家の仕事はどうなさるのです」
怪訝そうに、クラリスの真意を探るそぶりを隠しもせずに問うマチルダ。
「そちらは、分担してやらせますわ。職種ごとにリーダーを立てます。よろしいですよね、レオナール様」
「あ、ああ」
クラリスの真意を読めないのはレオナールも同じだったが、考えがあるというクラリスの一言を思い出し、ただ頷く。
「旦那様がそうおっしゃるのなら、異論はございませんが……私は執事殿とも長らく一緒に働いてきた身。クラリス様のお立場であればクビにするか、閑職に回そうとするのが定石かと」
――それをあえて言うの。思ったより、頭が切れて度胸もあるひとね。
「優秀な人材は活かすものですわ。あなたが閑職をお望みなら別ですけれど」
「いえ。旦那様に一任いたします。旦那様がクラリス様にお任せになるのであれば、そのように」
「ああ。この人選はクラリスに任せている。よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
頭を下げるマチルダを、クラリスは見つめる。
――侍女長には罠を仕掛けて泳がせるつもりだったけれど……想像通りこの人がアネッサ様と繋がってたら、厄介かもしれないわね。




