第13話 アネッサの提案
「義姉さんが? それなら、一旦僕が出よう」
レオナールが言う。
――タイミングが良すぎる。
クラリスはしばし思案し、口を開く。
「……いえ、私がお会いしましょう。レオナール様もご同席ください。それから、メイも給仕役として参加して」
一行が応接室に入ると、そこには夜会と同じく金髪を纏めた女性が座っていた。
「ようこそお越しくださいました、アネッサ様」
クラリスが礼をすると、ティーカップを手に一瞥だけするアネッサ。
「あなたの家でもないのに、ようこそとは傲慢な娘ね。だいたいレオナールはまだしも、その使用人は何?」
「お気になさらず、お茶の給仕ですわ。私あてにわざわざご足労いただくとは恐縮ですが、どういったご用向きでしょう?」
「義姉さん、あなたとクラリスは夜会で一度会ったきりのはずだ。家に用があるなら僕あてにお願いしたい」
二人の言葉を受け、アネッサは不敵な笑みを口の端に浮かべる。
「フッ、相変わらず人の善意の忠告を無下にするのですね、レオナール。この娘は相応しくないと言ったでしょう。まあいいわ。今日はそっちの娘に提案に来たのよ」
アネッサは、そう言って閉じた扇でクラリスを指す。
「提案、ですか」
少なくとも良い話ではないだろう。そう考えて身構えるクラリス。
「ええ。あなた、商家の出ですってね。奇遇だけれど私の家も商会を営んでいるの」
「はい、存じております。オーベルム商会ですね」
「そうよ、アーヴィング家には、我がオーベルム商会が選りすぐりの品を納めているわ。それで公爵家としての威信を保っているの」
「それは初耳ですわね」
クラリスはオーベルム商会がアーヴィング家を食い物にしていることを知っている。しかし、この場では知らないふりをする。情報を引き出すためだ。
「懇意にしている取引先の信用情報として、こういうのも当然把握しているのだけれど」
アネッサは一枚の紙をテーブルに置く。
請求金額と支払日のリストだ。
「まあ、すごい額ですわね」
白々しくも、驚くふりをするクラリス。
「ふふ、あなたのところみたいな街の小さな商会では見ない額でしょうねえ。ま、これも得意先の情報として知っているのだけれど、アーヴィング家といえどもこの支払いは苦しいと聞いていてね」
――得意先だからって、そんなこと知っているわけないでしょ。この人、一体どこまでを把握しているのでしょう。
「そこで、提案よ」
アネッサは足を組み、ティーカップを取る。
お茶を一口啜り、もったいぶる。
「あなたがここから去るなら、オーベルム商会はアーヴィング公爵家への金銭的なご支援を約束しようと思って。この高貴なお屋敷に、平民に毛が生えたような者がうろちょろしないでほしいの」
――やっぱりそういう話か。
クラリスは、言われた内容を嫌悪するよりも、内情をそっくり知っているような口ぶりに考えを巡らす。
「義姉さん! 何を言っているんだ。クラリスは僕の婚約者になったんだ。そんな話は論外だ!」
珍しく、声を荒げて怒るレオナール。
「レオナール、私はこの娘に話をしているのです。あなたは元より呼んでいない。黙っていなさい」
睨まれて、一瞬怯むレオナール。
しかし、彼は反論を止めなかった。
「黙るわけないでしょう。アーヴィング公爵家の当主としても、僕個人としても、今の物言いは許せません。発言を取り消してください」
「フン、偉くなったもんね。で? おまえはどうなの。失せるつもりがあるの? それとも自分のわがままでアーヴィング公爵家を潰すの?」
――なるほど。だから私だけを呼んだのね。
打算で生きていないレオナールがこんな申し出を受けるはずがないことは、誰でも想像がつく。クラリスが公爵家と自分を天秤にかけ、良心の呵責に押しつぶされることを狙っているのだろう。
――でもね、そっちがその気なら。
クラリスは、頭の中でただ拒絶するよりも少しばかり強い反撃を企てる。
「私が去ったら公爵家へ支援する。矛盾してはいませんか?」
「何?」
クラリスの不遜な態度と想定外の答えに、アネッサの片眉が吊り上がる。
「それ以前に、アーヴィング公爵家はオーベルム商会のお客様なのです。出入りの商会がお客様に大きな口をたたくべきではありませんわ。商売の基本ですのよ」
ニコッと笑顔を浮かべるクラリス。戦いの笑顔だ。
「なんですって? たかだか半年前に貴族の端に並んだだけの下賎の者が、ふざけた口を利くじゃない。私に説教をしようと?」
「義姉さ……」
またアネッサをたしなめようとするレオナールを、クラリスは手で制する。
「アネッサ様、懇意にしているお客様を助けたい、長いお付き合いをこれからも続けたいというお申し出は、商人として大変素晴らしいお心がけだと思いますわ」
「当たり前じゃない。アーヴィング公爵家とうちは長い付き合いだからね」
「ですが、それと私が去ることとは関係ありませんよね。私、平民に毛が生えたような者らしいですから。お得意先を助けたいなら、私なんかに関係なく助けるのが道理では?」
わざとらしくとぼけるクラリス。
「……フン。せっかくの提案だっていうのに、ふいにするつもりなのね。レオナールもいいわね、考えを改めるなら今のうちよ」
「義姉さん、あなたにも、オーベルム商会にも感謝している。だけどこれは許容できないよ。僕を、公爵家を敵に回したいのかい」
「そういうことはきちんと金を支払ってから言うのね。私の言うことを聞いていればよかったのに。借金のカタに領地の徴税権の大半を失うなんて、無様ねえ」
「……なんのことだ?」
「ふふ、あなたのことだから契約書なんて読んでもないんでしょう? それじゃあね。もう泣きついたって無駄だからね。全部その娘のせいよ、覚えておきなさい」
それだけ言うと、アネッサは屋敷を後にした。
「……レオナール様」
「クラリス、すまない。また不愉快な目に遭わせてしまったね……」
「いえ。ぜっっったいに! 金貨二千枚、用意しましょうね!」
――あの人にだけは、負けない! 絶対に!




