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第14章:闇の中に差す光(ライト・ビトウィーン・シャドウズ)――解決編(完結)

現在いまへ戻る――。キアランはモニター越しに、息を荒く乱しながらもラブガールを凝視し、瓦礫の底から這い上がってくるアリスティアの姿を見つめていた。

(証明してみせろ、アリスティア……。お前の姉が、すべてを犠牲にしてまでお前を救った選択が、決して間違いではなかったのだと……!)

シミュレーションの内部。ラブガールは、地面に倒れ伏すアリスティアに視覚センサーの焦点を合わせたまま、砕けたコンクリートの残骸を踏み締めて歩み寄った。

彼女は決闘に終止符を打つべく、右腕のキャノンに膨大なエネルギーを再充填していく。しかしその時、黒髪の少年が、まるで墓の底から響いてくるかのような陰惨な声で、静かに語り始めた。

「……ウミガメは、砂浜に卵を産み落とすと、そのまま立ち去る。生まれたばかりの子亀たちは、砂のあらゆる場所に死の危険が潜んでいると知りながらも、海へ向かうべきだと本能で理解している。……親という存在の性質がこれほどまでに破綻しているというのに、自然界とは、なんと理不尽で厚顔無恥なものだと思わないか?」

「……あなたの言っていることの、論理的な意味が分からないわ」ラブガールは足を止め、応じた。

アリスティアはゆっくりと立ち上がると、意図的な動作で、その顔を覆っていた仮面を外した。

その下に隠されていたのは、単なる傷跡シグマなどではなかった。本来ならば左目があるべきその場所には――無数の黒い砂のような影が蠢き、拍動しながら常に眼球を再生しようとしては、直後に激しく自壊を繰り返すという、果てなき痛みの無限連鎖ループが広がっていた。

「このような世界で生き残るために、『愛』など必要ない」彼は歪んだ声を響かせ、唯一残された正常な右目を狂気の光で爛々と輝かせた。「……我々に必要なのは、ただ一つ。『本能』だ」

前触れもなく、地面から鋭利な影の棘が突き出し、ラブガールの金属の腹部を容赦なく貫通した。内部システムを破壊していく影の侵入により、彼女の回路は一斉にエラー信号を吐き出し、その巨躯が完全に硬直する。その刹那、アリスティアは歪に脈打つ左目を片手で覆い隠した。

「――独自の異能境界エンドレス・テクニック:黒夜の深淵ノワール・アビス

瞬きする間に、世界リアルが丸ごと喰い尽くされた。

半径五十メートルにわたって絶対的な暗黒が急速に膨張し、周囲のビル群も、無数の瓦礫も、そして空に残されていた僅かな光さえも、すべてを等しく漆黒の闇へと呑み込んでいく。

現実世界――審査員室のモニターが、一瞬にして完全な真黒へと塗り潰された。ジファンは困惑を隠せない様子で、映らなくなった画面へと歩み寄った。

「……何も見えん。映像センサーの信号が完全に途絶ロストしているぞ」

ミスター・フェイスレスは、底知れぬ興味を孕んだ不気味な笑い声を漏らした。

「ハハハ……これこそが彼の『異能境界エンドレス・テクニック』。メタヒューマンの力の頂点、絶対領域さ。……いやはや、やはりあの子は、規格外の逸材だねぇ」

シミュレーションの内部。ラブガールは完全なる虚無ましろの深淵に沈んでいた。熱源感知サーモグラフィや各種レーダーを起動しようと試みるが、システムは一切の応答を返さない。

(……何も見えない。私の放つ光さえも。完全に、彼の独壇場ね)

その時、まるで闇そのものが言葉を得たかのように、あらゆる方位からアリスティアの声が重低音となって響き渡った。

「『黒夜の深淵ノワール・アビス』はすべてを覆い尽くす。影を拡張し、外部の視覚も感覚も、何一つとして届かぬ世界。……闇がすべてを支配するこの空間において、私は万物を掌握する」

ラブガールがその脅威を論理的に処理するよりも早く、脇腹に破壊的な一撃が炸裂した。間髪入れずに連続する猛撃が彼女の機体を襲い、まるで糸の切れた人形のように暗黒の中を四方へと跳ね飛ばす。アリスティアの姿は見えず、防御すべき方向すら探知できない。

ラブガールは、戦慄を覚えるほどの明晰さで理解した。この深淵において、アリスティア・ソーンは単なる対戦相手ではない。――彼自身が、この空間せかいの構造そのものなのだ。完全なる、絶対の支配。

蠢く闇が彼女の身体を地面へと圧し折るのを、彼女はただ感覚だけで捉えていた。いや、それすらも定かではない。『黒夜の深淵』の虚無のなかでは、天と地の区別すら不可能だった。周囲のすべてが均一な、窒息しそうなほどの超重圧となり、彼女の全駆動をロックしていく。

そこへ、再びアリスティアの声が冷徹な嘲笑を孕んで響いた。

「……さて。君の尊い『愛』とやらは、この絶望からどうやって君を救い出す?」

胸部に直撃の衝撃が走る。彼女に生物としての心臓は存在しない。だが、その言葉は肉体的な打撃よりも深く、彼女の電子の感情を鋭く抉った。影の重圧によって金属の四肢が悲鳴を上げ、軋む音を聞きながら、彼女のコアは一つの疑問を演算プロセスしていた。

(……愛とは記号的な概念。ロジックに基づけば、そこに力を求めること自体が非合理。けれど、博士ちちうえは私を、論理の枠に収まるだけの機械として創ったわけじゃない。……だとしたら、愛の本当の力って、一体何……?)

記憶の彼方から、一筋の閃光が脳裏をよぎる。――『お前にも、いつか自分自身のために行動できるようになってほしいんじゃ』。創り主のその言葉が脳内で完全にシンクロした瞬間、すべてのパズルが噛み合った。彼女はコアから爆発的な魔力を生成し、全身のあらゆるケーブルと電子回路へ向けて奔流システム・ロードさせた。

(愛の力とは、私たちが何者であるかを突き動かし、恐怖に抗って前へ進ませるための原動力。私たちが行動するのは、この心が『それが正しい』と告げているから。情熱があるからこそ、私たちは感じ、愛し、生きることができる。それがなければ、私たちはただの無機質で、空っぽの、退屈な人形に過ぎない……!)

金属の機体の隙間、装甲の継ぎ目から、鮮烈な桃色の光が漏れ出し始めた。最初は微かな輝きだった。しかし、ラブガールの光は次第にその光量を増し、アリスティアの術式が課す絶対的な拘束デバフを力任せに打ち破っていく。

(生き残るために足掻くのは、自分が今ここに存在する価値を、愛おしいと思っているから。……そして、それこそが。それもまた、『愛』の一つの形よ!)

ノイズ混じりのスタティックと、強固な決意が混ざり合った咆哮と共に、ラブガールは蓄積した全エネルギーを一堂に解放。周囲の影の結界を内側から引き裂く、巨大な桃色の爆発を引き起こした。『黒夜の深淵』がガラスのように粉々に砕け散る。

術式を強引に破壊され、限界を迎えていたアリスティアには、防衛の手段など残されていなかった。衝撃波を正面から浴びた彼の身体は、何メートルも吹き飛ばされ、地面へと無残に叩きつけられた。

爆煙が晴れ、激しく駆動する冷却システムが激しい蒸気を吹き上げるなか、ラブガールは片膝を突いていた。アリスティアは地面に横たわり、仮想世界のなかで瀕死の喘ぎを漏らしている。

彼女は右手で左肩を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。しかし、受けた損傷はあまりにも深刻だった。――限界を迎えた彼女の左腕が、ついに根元から千切れ落ち、金属特有の重鈍な悲鳴を上げて地面へと転がった。

ラブガールは床に転がった自らの左腕を見つめ、それからアリスティアへと視線を戻した。

「この結果に、満足している?」

「……分からない」彼は掠れた、今にも途切れそうな声で幽かに呟いた。

「シミュレーション内部におけるあなたの四肢は、完全に炭化オーバーヒートしているわ」彼女は冷静に観察ログを告げた。「これ以上、戦闘を継続することは不可能だと判断する」

「……その通りだ」アリスティアは唯一残された正常な右目を静かに閉じた。「終わらせるがいい。君がそれを望むならな」

「分かった。仮想世界ここで、最後に残したい言葉はある?」

アリスティアは一瞬だけ沈黙した。脳裏をよぎったのは、姉であるセレネの記憶、そして己がこれまで歩んできた果てなき孤独の残像だった。彼の内側を焼き焦がすような、切実な問いがその唇から漏れ出す。

「……一つ、聞かせてくれ。私のような人間でも……誰かに愛される資格があると思うか?」

ラブガールは、そのレンズ(瞳)の奥に確かな人間の温かみを宿して彼を見つめた。

「その答えは、あなた自身が現実世界(外の世界)へ歩き出して、見つけるべきものよ」

ラブガールはアリスティアの顔面に向けてキャノンを躊躇なく至近距離射撃ゼロディスタンスした。彼の身体は即座に光の粒子となり、シミュレーションから完全に消失ログアウトした。その瞬間、悪夢のような瓦礫の都市は最後のリブート(再構成)を迎え、風船や紙吹雪、そして「おめでとう!」という文字が陽気に踊る、きらびやかな祝賀会場へと姿を変えた。

現実世界の審査員室では、ライアン・スティールが手元の資料ファイルをパチンと音を立てて閉じた。彼はいつもの厳格なフォーマルさを崩さずに、居並ぶ審査員たちへと向き直った。

「よし、これですべての戦闘が終了した。諸君、最終選考の決断を下す時間だ。私はその間、ログアウトした志願者たちに精神的な不具合トラブルが生じていないか、現場の確認へ向かう」

審査員たちは厳粛に頷き、手元の端末やメモを注意深く見直しながら、最終的な選考枠にその「決定的な名前」を刻み込んでいった。

一方、待合室ウェイティング・ルームでは――。カルヴィンは未だにアドレナリンで小刻みに震える手で、コップに水を注いでいた。室内は脱落した志願者たちで溢れ返っており、挫折感に打ちひわがれる者もいれば、過酷な試験を終えてただ安堵している者もいた。そこへ、チェンが足早に近づいてきた。

「ねぇ。……今の気分はどう?」

カルヴィンは遠くを見つめたまま、水を長めに一口含んでから答えた。

「正直……自分でもよく分からないよ」

「私はあなたに圧倒されたわ。きっと審査員たちも同じはずよ」チェンは敬意の込もった声で言った。「間違いなくどこかの部隊ユニットに入れるわ。私が保証する」

カルヴィンは深く息を吐き出したが、直後にその呼吸がピタリと止まった。扉が静かに開いたのだ。サハラ・クロノの一体に護衛され、アリスティアが部屋に入ってきた。彼と視線が交錯した瞬間、カルヴィンの背筋を鋭い悪寒が駆け巡る。あの少年の纏う冷徹さは、やはり不気味なほどに異質だった。

それから間もなくして、ライアン・スティールとラブガールが室内に姿を現した。ライアンは眼鏡の位置を直すと、手元のタクティカル・タブレットを起動。その場の全員の視線を瞬時に釘付けにした。

「諸君、注目。これをもって選抜試験は公式に全行程を終了した」ライアンの威厳に満ちた声が響く。「これより、選抜された合格者と、それぞれの配属先を発表する」

室内は、水を打ったような絶対の静寂に包まれた。

「――第2部隊配属。勝者、ラブガール。卓越した戦闘出力、および驚異的な環境適応能力を評価する」

ラブガールは満足げに、静かに頷いた。

「――第3部隊配属。チェン・ユエチン。その非の打ち所がない規律、戦闘への飽くなき情熱、そして本試験における最多個人撃破数(最多キル)を評価する」

チェンはいつもの冷静さを保ったまま、短く一礼した。

「――第7部隊配属。アリスティア・ソーン。その圧倒的な極大威力(魔力)、および自身の異能に対する高度な熟達を評価する」

アリスティアは表情一つ変えず、ただ淡々とライアンを見つめていた。

「――そして最後に、第12部隊配属。カルヴィン・マドックス。不撓不屈の精神、および平均値を遥かに凌駕する圧倒的な執念を評価する」

カルヴィンは満足感に満ちた笑みを浮かべた。ついに、やり遂げたのだ。

「発表は以上だ」ライアンはタブレットを収めると、冷徹に告げた。「合格者は明日、それぞれの配属部隊の施設へ出頭するように。諸君がプロのヒーローとして、大いなるキャリアを歩むことを期待している。では、解散」

後ほど、カルヴィンは自分の荷物をまとめ終え、出発の準備を整えていた。その時、背後から肩を軽く叩かれる。振り返ると、そこにはいつもの穏やかな微笑みを浮かべ、細められた瞳の奥に底知れぬ気配を隠したレイ・ツキシマが立っていた。

「カルヴィンくん、直接お祝いを言わせてもらいたくてね」彼は物腰柔らかに語りかけた。「私はレイ・ツキシマ。君が配属される第12部隊の隊長トップだ。正直なところ、君が残した結果には非常に満足しているよ」

カルヴィンは笑みを返し、肩の荷がふっと軽くなるのを感じた。

「ありがとうございます、隊長。光栄です。これから現場でよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。明日は部隊の他のメンバーに君を紹介するのを楽しみに待っているよ。きっとすぐに馴染めるはずだ。……今はただ、掴み取った勝利の余韻に浸るといい。君にはその資格がある」

ツキシマは軽い足取りでその場を去っていった。その佇まいは親切でありながらも、カルヴィンにどこか奇妙な、冷たい静けさを感じさせるものだった。彼が部屋を出ようとしたその時、今度はラブガールが歩み寄ってきた。

「カルヴィン」

「ん? どうしたんだ?」カルヴィンは足を止めた。

「ただ、お礼を言いたくて。あなたは本当に、最高の友人よ……。私はあなたのことを、ずっと忘れないわ」

カルヴィンは温かい笑みを浮かべた。

「これからも連絡を取り合おう、な? 配属された部隊が違うからって、せっかくの友達を辞める必要なんてないだろ?」

カルヴィンは二つ折りのスマートフォンを取り出してラブガールの連絡先アドレスを登録すると、二人は並んで出口へと歩いた。外に出ると、ラブガールは最後の笑顔を残して去っていった。そしてカルヴィンの視界に、車の横で自分を待っているジファンとチェンの姿が飛び込んできた。

「……二人とも、どうしてまだここに?」カルヴィンは驚きを隠せずに尋ねた。

「いやぁ、これからしばらくは会えなくなると思ってな。せっかくだから家まで送ってやろうと思ってな!」ジファンは満面の笑みを輝かせた。

「そんな、わざわざ悪いですよ。地下鉄で帰れますから」

「おいおいカルヴィン、水臭いことを言うな」師は強引に言った。「ワシにとってはこれっぽっちも迷惑じゃないし、それはチェンだって同じはずだぞ?」

チェンは呆れたようにため息をつき、腕を組んだ。

「……えぇ、迷惑なんかじゃないわ。でも、今回だけだからね」

「分かりました。……本当にありがとうございます」

三人は車に乗り込み、ジファンがハンドルを握るなか、カルヴィンは静かに助手席に身を委ねた。大切な仲間たちの温かい空気感、そして都会のビル群をオレンジ色に染め上げていく、美しい夕焼けの残光を、彼はただ静かに愛おしそうに見つめていた。

同じ日の夜、アリスティアは自身のマンションへと帰宅した。機械的な動作でコートをハンガーに掛け, 鍵を引出しの中へと収める。

彼は長めの入浴をとり、左目の周囲を洗浄する際は特に細心の注意を払った。鏡に映る己の姿を見た瞬間、本能的な嫌悪感が彼を襲う。――自分は、誰かに愛される資格などない怪物だ。

しかし、彼の視線はふとゴミ箱へと向けられた。一瞬の躊躇いの後、彼は歩み寄り、中央にハートマークが描かれた桃色の封筒を救い出した。封を開き、姉が自分のために残してくれた言葉を、彼は静かに読み返していく。

『親愛なるアリスティアへ。元気にしているかしら。両親が家を出ていってから、私がこんな風にベタベタするのをあなたが嫌がっているのは知っているけれど、どうしても止められないの。

きっと馬鹿げていると思うでしょうし、あなたを責めるつもりもないわ。他人と関わるのが苦手なのは分かっているけれど、遅かれ早かれ、あなたは外の世界へ踏み出さなきゃいけない。今度の選抜試験で、新しい部隊の仲間たちと出会うことになるわ。どうか、彼らにあまり冷たくしないでね。

時間は誰のことも待ってくれない。手遅れになった時、あなたに孤独を感じてほしくないの。だって、あなたは一人じゃないもの。私はいつだってあなたの味方よ、可愛い弟。あなたを愛しているし、私の自慢の弟なんだから。

立ち止まらずに、諦めずに、あなたが本当はどんな人間なのかを世界に証明してみて。私があなたのためにすべてを犠牲にした部隊ことを、今も怒っているかもしれないけれど、心配しないで。私は自分の人生に満足しているし、ただ、あなたに幸せになってほしいだけなの』

アリスティアは丁寧に手紙を折り畳み、ポケットへと収めた。再び鏡の中の己を見つめた時、映し出された影の重みは、心なしか、初めてほんの少しだけ軽くなったような気がした。

家に辿り着いたカルヴィンは、静かに玄関の扉を開けた。家中の明かりが灯っており、温かい家庭料理の香りが廊下まで立ち込めていた。台所にいた母親は、彼の姿を認めると、その表情をぱっと明るい笑顔で輝かせた。

「おかえり、カルヴィン。ちょうど夕食ができるところよ」

カルヴィンも思わず笑みをこぼした。激戦による全身の疲労が、ようやく霧散していくのを感じていた。

「ただいま、母さん。良かった……ちょうどお腹がペコペコだったんだ」

母親が湯気の立つ大皿を運び、二人はテーブルを挟んで向かい合わせに席に着いた。

「いただきます」彼女は食べ始める前にそう言ったが、すぐに辛抱たまらないといった様子で、好奇心に満ちた目で尋ねてきた。「……それで? どれくらい上手くいったのか、教えてくれないの?」

「そんなに簡単に、上手くいったって決めつけるの?」カルヴィンはおどけて見せた。

「あなたのその笑顔を見れば分かるわ、格好いい我があなた。それに、私のたった一人の息子だもの。それ以上の結果なんて期待していないわ」

カルヴィンは小さく吹き出し、深く頷いた。

「……うん。本当に、この結果には満足しているよ。第12部隊に選ばれたんだ。あの中で、自分の出せるすべてを出し尽くしてきた」

彼女はそっと手を伸ばし、無限の慈愛を込めて息子の頬を撫でた。

「あなたなら出来るって信じていたわ、我がマイ・ボーイ。……あ、そうだ、忘れちゃうところだった。あなたにプレゼントがあるの」

彼女は椅子から立ち上がると、近くの引き出しを開け、丁寧にラッピングされた箱を取り出した。

「母さん、そんな気を使わなくて良かったのに」カルヴィンはそう口にしながらも、その瞳は好奇心で爛々と輝いていた。

「しーっ。もし要らないって言われても困るわ、もう返品できないんだから」彼女は楽しげに笑いながら、包みを彼に手渡した。「ほら、何を待っているの? 開けてみて」

「分かった、分かったよ」

カルヴィンは包装紙を丁寧に解いた。箱の中には、しっかりとした上品な仕立ての生地が収められていた。それを引き上げると、それは深い紺碧ディープブルーのトレンチコートだった。背面には、漆黒の剣の紋章が精緻な刺繍で刻まれている。彼は立ち上がり、すぐにそれに袖を通した。誂えたかのように、シルエットは完璧に決まっていた。

「本当によく似合っているわ」母親は誇らしげにその姿を眺めた。

「最高にカッコいいよ……。本当にありがとう、母さん」

カルヴィンは母親を温かく抱き締め、これまでにないほどの充足感に満たされていた。

「明日から、あなたの新しい人生への旅が始まるのね」彼女は息子を抱き締めたまま、耳元で優しく 囁いた。「あなたを誇りに思うわ、カルヴィン。このコートを着る時はいつでも、私がどれほどあなたを愛しているかを思い出してね」

カルヴィンは腕の力を強め、新しい制服の確かな感触を、その肌で深く噛み締めていた。

「――うん。絶対に忘れないよ」

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