第76話:闇の沈黙、光の対話
目が慣れてくるにつれ、少しずつ洞窟の様子が見えてきた。
奥へと続く道は意外にも広く、所々で天井に走る亀裂から春の光が差し込み、天然の照明のように洞窟内を照らしている。
足を踏み出すと、カツンと乾いた音が響いた。
「……リア、これ見てよ」
僕は足元の土を軽く払った。そこには、不自然なほど平らな石が並んでいた。
「……これは、石畳ですわ。長い年月で土が被さり、分かりにくくなっていますけれど……間違いありませんわね」
リアは壁にそっと手を触れ、積み上げられた石の継ぎ目をなぞった。
「……これで、人間……いえ、知的生命体がいる世界ということが確定ですわね、ゆう様」
「あ、そうだね! やっぱり僕たち以外にも誰かいるんだ……!」
ようやく見つけた文明の跡に、僕は声を弾ませた。けれど、リアは淡々とした口調で言葉を継ぐ。
「……もっとも。この文明が、今も滅んでいなければの話ですけれど」
「……ちょっと、リア! せっかくの発見なんだから、不吉なこと言わないでよ!」
「あら、可能性の話ですわ。期待しすぎて落胆するのも、精神衛生上よろしくありませんもの」
彼女はくすりと小さく笑うと、再び真剣な表情で奥を見据えた。
「……先を、見てみましょうか」
僕たちは天井から光が漏れる場所を目指して、手探りで歩き出した。
けれど、光の届かない真っ暗な領域に差し掛かったところで、繋いでいたリアの手が止まった。
「リア……?」
「……お静かに」
短く、けれど拒絶ではない静かな声。
手を引いても、彼女は微動だにしない。真っ暗な闇の中で、リアの規則正しい息遣いだけが耳に届く。
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
重苦しい沈黙の中、僕はリアを慮って動くことができなかった。
けれど、繋いだ手から伝わる彼女の体温と、すぐ間近で聞こえる柔らかな吐息に、僕は不謹慎にも少しだけドキドキしてしまっていた。静寂が深まるほどに、自分の心臓の音がうるさく響くような気がして、僕は必死に平静を装う。
やがて、リアが溜まっていた熱を吐き出すように、大きく息を吐いた。
「……ゆう様」
暗闇の中で名前を呼ばれ、僕は肩を跳ねさせた。
「あっ、うん、大丈夫! じゃない、大丈夫?」
「……? あ、はい。いま、闇の精霊とコンタクトがとれましたわ」
僕の妙な動揺には気づいていないのか、リアの声はどこか澄み渡っていた。
「進みましょう、ゆう様」
彼女が握る指先に、ぎゅっと力がこもる。僕たちは再び、光の柱を目指してゆっくり、ゆっくり、と歩き出した。
光のほう、光のほう……。
すると、光の届く場所へあと数歩というところで、リアが驚いたように声をあげた。
「あら……たった今、光の精霊ともコンタクトがとれましたわ」
光の下に辿り着き、振り返ったリアの顔を見る。
彼女はどこか思案げに、けれど確かな手応えを感じているような表情で呟いた。
「……闇の精霊も、光の精霊も、どこにでもいたのですわね。ただ、わたくしが気づかなかっただけ」
特別な場所にだけいるのではない。
光があれば、そこには光の精霊が。闇があれば、そこには闇の精霊が、最初から息づいていたのだ。
精霊使いとして、リアはこの短時間の静寂の中で、世界の理をまた一つ、その掌の中に掴み取ったようだった。




