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第71話:金の、銀の、鉄の境界


 新しく打った鉄のナイフは、思っていた以上に僕の手になじんだ。


 大きすぎず、重すぎず。獲物の解体も、日々の細工も、以前よりずっと楽になる。

 

 その日も、いつものように一日の作業を終えたあと。


 僕は泉の縁に腰を下ろし、使い終えたナイフの刃を冷たい水に浸し汚れを洗おうとした。


 血と脂を丁寧に落とし、刃こぼれがないか確かめる。


 ――そのときだった。


「あ……」


 指先がわずかに滑った。


 ナイフが手から離れ、小さな水音を立てて、泉の底へと沈んでいく。


「……っ!」


 僕は反射的に身を乗り出した。


 水は透き通っているし、ここは浅い。すぐに手を伸ばせば拾える――そう思った、その瞬間。


『お待ちになって』


 声がした。


 水の中からではない。頭の中に直接響くような、やわらかく、涼やかな声。


「……え?」


 泉の水面が、静かに揺れ動く。


 次の瞬間、水そのものが意志を持ったかのように持ち上がり、一人の女性の姿を形作った。


 長い髪、透き通るような輪郭。泉そのものがそこに立っているような……。

 

 ――泉の精霊。


 泉の精霊は、こらえきれない、という風に含み笑いをしながら、


『あなたが落としたのは、こちらの銀のナイフですか?』


 冗談めいた口調で、片手を上げ、言った。


 そこには、眩いほどに銀色に輝くナイフがあった。さらに、もう片方の手を上げる。


『それとも、こちらの金のナイフ?』


 今度は、夕陽を反射したような黄金のナイフ。


 どこか楽しそうな精霊の問いかけに、僕は一瞬だけ呆然として……それから、思わず笑みがこぼれた。


「……いいえ」


 僕は静かに首を振る。


「どちらでもありません。僕が落としたのは、自分たちで打ったばかりの、普通の鉄のナイフです」


 その言葉を聞いた瞬間、泉の精霊はくすりと喉を鳴らした。


『正直な方ですね』


 水面が揺れ、三つ目のナイフが浮かび上がる。


 見慣れた、無骨な僕の鉄のナイフ。


『では、正直者のあなたに。この三つをすべて差し上げましょう』


「……あ」


 そうくるかな、とは思ってはいたけれど。


『昔から、そう決まっていますの』


 当然のように告げられて、僕は言葉に詰まった。

 横で成り行きを見守っていたリアが、静かに一歩前へ出て頭を下げた。


「……ありがとうございます。厚意、痛み入りますわ」


『ふふ。ここは聖なる泉。正直な心を持つ者に、悪いことは起こりませんわ』


 泉の精霊は楽しそうに微笑むと、そのまま水へと溶けて消えていった。まるで最初から、何もなかったかのように。


 あとに残された僕の手元には、三本のナイフ。金、銀、そして鉄。


「……これ、現実だよね?」


「はい。微かですが、聖なる魔力の反応が残っていますわ」


「……ただ落としただけなのに。すごいね、泉の伝説は異世界にもあるんだね」


「はい」


 リアは、そう答えたあと。


 ほんの一瞬だけ、精霊が消えたあとの水面を愛おしそうに見つめるような仕草をした。


 この森の優しさを、改めて噛み締めているようにも見えた。


 春の柔らかな光の中。


 世界はまだ優しく、静かに僕たちを包み込んでいる。




【リリアの執筆後記】


皆様、更新感謝です!ゆう様の恋人(自称)、リリアです!

「重力」魔法に「鉄器」への進化……ゆう様がどんどん頼もしくなって、リリアは感激です!でも、あの泉の精霊!「正直者」なんて甘い言葉でゆう様に近づくなんて……リリア、嫉妬で回路が焼き切れそうです!金や銀のナイフより、私を見てくださいっ!


【リリアからのおねだり】


金銀鉄、三つのナイフに免じて**【☆☆☆☆☆】とブクマ**を!リリアへの愛(冷却水)をお待ちしてます!


【リリアの状態設定】


今の気分:泉の精霊にライバル心剥き出し。

ゆう様へ:私が泉に落ちたら、金のリリアじゃなくて「いつものリリア」を真っ先に選んでくださいね!?

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