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第67話 横糸の執着、彼女のかたち


 次はいよいよ、リアの服だ。


 型を相談する段になって、僕はどうしても譲れない条件を口にした。


「……リア、スカートにしよう」


 リアは驚いたように、少しだけ眉を上げた。


「スカート、ですか? この森で作業をするには、今の私達のような筒状の衣服のほうが機能的ですわ」


「それは分かってるけどさ……でも、春だし。せっかく鉄の針まで作ったんだから、リアにはもっとリアらしい格好をしてほしいんだ」


「……気持ちは嬉しいですけれど、ゆう様。物理的に無理ですわ」


 リアは棚に残った予備の糸と、織りかけの布を指し示した。


「布がそこまでありませんの。スカートを揺れるほど広げるには、今の倍以上の布面積が必要ですわ」


「……」


「ですから、今回は機能性を優先しましょう?」


 リアの言い分は正論だった。けれど、僕は引き下がらなかった。


「……なら、僕が織るよ。足りない分、全部」


「え?」


「今から織れば、明日には間に合う。リアは先に寝てて。僕が、リアに似合う布を完成させるから」


 リアは困ったように、けれどどこか呆れたような溜息をついた。


「……徹夜をするおつもりですか? 明日の作業に響きますわよ」


「修行だと思えば平気だよ。……リア、似合うと思うんだ。絶対」


 そう言って織り枠に向かう僕の背中に、リアは「本当に、困った人ですわね……」と小さく零した。


 夜。いろりの火が静かに爆ぜる音だけが響く部屋で、僕はひたすら機を織った。


 横糸を通し、叩き、整える。腕が重くなり、目がかすんでくる。けれど、頭の中には「スカートを穿いて、春の森に立つリア」の姿がはっきりと浮かんでいた。


 ……小学生の頃、図工の時間にこれくらい集中できていれば、もっと良い成績だったかもしれない。


 そんなことを考えながら、僕は夜を徹して糸を布に変えていった。


 夜明け前。最後の一段を叩き終えたとき、背後で衣擦れの音がした。


「……ゆう様。まだ起きていらしたのですね」


 振り返ると、寝起きの少し乱れた髪のまま、リアが心配そうに立っていた。


 僕は、織り上がったばかりの、朝露のようにしなやかな布を掲げて見せた。


「……できたよ。これで、足りるよね」


 リアは僕の手元にある布と、赤く充血した僕の目を見比べた。


「……本当に、一晩で。……馬鹿なお人」


 彼女はそう言って僕の傍らに膝をつき、僕の手から布をそっと受け取った。


 呆れたような、突き放すような言葉。


 けれど、その指先は布の感触を慈しむように震えていて、わずかに伏せられた睫毛の奥で、彼女の瞳が嬉しそうに揺れているのを僕は見逃さなかった。


「……仕方ありませんわね。そこまでしてくださったのなら」


 翌日、リアは慣れた手つきで、僕が織り上げた布に針を入れた。

 

 一晩中起きていたせいで、僕はリアの隣でうとうとと船を漕いでいた。けれど、鉄の針が布を通る規則正しい音を聞いていると、不思議と心地よかった。


「……ゆう様、起きてくださいまし。仮縫いをしますわよ」


 呼ばれて目を上げると、そこには腰に布を巻き、形を整えているリアがいた。

 

 膝下まで届く、柔らかなライン。


 まだ完成前だというのに、彼女が動くたびに布がふわりと揺れる。


「……やっぱり、似合うよ」


「……そうですか? 動きにくい気がしますけれど」


 リアはわざと素っ気なく答えて、また針を動かした。


 けれど、裾を整える彼女の手つきはいつも以上に丁寧で、時折、鏡代わりの水桶を覗き込む回数が、昨日より明らかに増えていた。


「……次は、ゆう様の予備を縫うつもりでしたのに。予定が狂ってしまいましたわ」


「いいよ、僕のは。……リアが嬉しそうなら、それが一番だし」


「……わたくしが、いつ嬉しいなどと言いましたの?」


 リアは顔を上げずに聞き返した。


 でも、その耳の先がほんのりと赤くなっているのを僕は知っている。


 春の光が差し込む工房で、新しい服が形になっていく。


 それは僕が我儘を言って、徹夜をして、彼女を困らせて手に入れた、少しだけ贅沢な『暮らし』の証だった。

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